防御特化と鏖殺。
メイプル達がイズの手助けをしてから数日。複数のクエストの先で辿り着いた隠しクエストなだけあって、三層エリアの真のクエストも枝分かれしながら進んでいった。
相談した通りカスミとクロムも呼んで、こつこつとクエストを進め攻略は順調と言える。
五人で行くことで対応力も上がる。特に大盾使いがもう一人増えることは大きな変化で、安定感が増し、防御貫通持ちが敵にきた時のサリーの負担が軽減された。
イズがいないと進められないため、最優先でクエストを消化していったことで、いよいよ隠されていた分のクエストも終わりが近づいてきていた。
そして今日のようなイズのいない日は、またそれぞれ分かれて別のエリアの探索を続ける。
『魔王の魔力』はまだある。三層エリアのように一捻りある場合も考えると、全員で探索しなければ時間があってもあっても足りないのだ。
そんな二人は今日は一旦三層で飛行機械の強化を兼ねて探索をしていたところだった。今は一区切りついて町まで戻ってきたのである。
残念ながら隠しスキル等には繋がらなかったものの、飛行機械はさらにグレードアップし移動能力や制御機能も強化された。
「他のエリアはどんな感じかなあ」
「カスミはかなり順調に四層エリアを進められているらしいよ。ちょっと違った進め方のクエストで、三層エリアみたいなクリアする度に次のクエストが確実に出るタイプじゃないみたい」
「へぇー楽しみ!」
「クロムさんは六層エリアを頑張ってくれてるって……そこは、任せようかな。モンスターの撃破数に合わせて色々あるとかないとか?クロムさんだと難しいところもあるからマイとユイも向かったって」
「そっちは私が見てくるよ!」
「お願いしようかな」
六層エリアはサリー特効。それはボスが放つ数百の弾幕よりもよっぽど強力だ。
「カナデは八層エリアだっけ?」
「そう。でももう結構解き明かしてるって話。だからマイとユイにクロムさんの方へ向かってもらったんだって」
「おー、流石カナデ!」
「次に行くとしたら……んー、五層エリア?」
全く手付かずのところは少しでも進めておきたい。【楓の木】の目標から考えると『魔王の魔力』入手はクエストを受注できるプレイヤーが一人いれば問題ない。
効率を考えると次は未探索のエリアが目的地となる。
「それに……二層、七層、九層に関しては明確なエリア分けがなさそうだしね。一層エリアっぽいところは導入として『魔王の魔力』があったけど……」
サリーが列挙した層はどれも多くの地形が集まって豊かな自然を構成していた階層で、テイムモンスターだったり対人戦だったりが主軸で、フィールドそのものの特徴はあまりなかった。
故に十層でも明確にここがその層を示していると言える場所が見当たらないのである。十層における広いフィールド、その繋ぎの部分を担っているといったところだ。
まだまだ行くところは多い。二人これまでとこれからについて話していると、町中ということもあり見覚えのある人物が通りかかって話しかけてきた。
「やあ、攻略は順調かい?」
「様子を見るにちょうど戻ってきたところでしょうか?」
やってきたのはウィルバートとリリィ。【ラピッドファイア】のギルドマスター達だ。
「順調です!リリィさん達の方は?」
「ほどほどだね。今はここ、三層エリアを攻略中だが……少し手こずっていてね」
カナデが解き明かした三層の秘密にはまだ【ラピッドファイア】も辿り着いていないようで、どうやらそのことについて話があるようだった。
「ここ数日、時折空を飛ぶ明らかにオーバースペックな機体があるとウィルバートから話を聞いてね。恐らく心当たりがあると思う」
リリィが言っているのはイズの飛行機械のことだろう。あれは他のプレイヤーが乗るものとは明らかに違う。それはそのはず、クリアしたクエストと手に入れたパーツの数が違うのだから出力に差ができるのは当然だ。
「何か手がかりを掴んでいる。そう思ってさ」
「相変わらずいい目をしていますね」
「もちろん無理にとは言いません。その上でこちらにも交渉材料があります」
【ラピッドファイア】がスムーズに攻略できているのは五層エリアと六層エリア。引き換えにそこの情報を共有し、そこでの戦闘にも協力することができるとのことだった。
「勿論、自分達で一から解き明かしていくため不要だと言うならそれでもいいさ。その場合は手を引こう」
「なるほど……」
「んー……メイプル、どうしたい?」
サリーはメイプルに問いかける。サリーも自分の考えを持っているが、ここはメイプルに委ねることにした。ギルドマスターに決断してもらうべき場面かつメイプル自身が納得のいく後悔のない決断であって欲しかったのだ。
「分かりました!協力しましょう」
「そう言うと思った。なら事前に色々まとめておいたのが使えるかも」
「本当?ありがとー!」
サリーはばらけて探索する【楓の木】のメンバーに共有する為に用意してあった情報まとめを表示する。
「うん、なら話しやすい場所へ移動しようか。ちょうどそこに店がある」
「はいっ!」
メイプルはギルド間交流にとても積極的だ。【集う聖剣】とは素早い決断で同盟を組み、【炎帝ノ国】の面々と協力して攻略をしたこともある。
元々提案を強く拒絶するタイプでなく、基本的に協力を好むのがメイプルだ。リリィ達もそれが分かって交渉を持ちかけているし、メイプルにとっても交流が活発になり、自分に足りない知識や定石についてを知れる機会を得られるのは悪いことではない。
メイプル達は近くのカフェに入ると席について話を始める。
「まずはこちらから話そう。その方が安心だろう?」
「ありがとうございます」
そう言うとリリィは二つのエリアについて話し始めた。六層エリアはクロムが攻略中なこともあって知っていることも多かったが、五層エリアは未知の情報ばかりで、メイプルは忘れないように頷きながらメモを取って聞く。
「察しているとは思うが五層エリアの本質は空に浮かぶ積乱雲の中だ。雲の真下、地上にある町は拠点とできるし、もうすでに開放もしているかもしれない。ただ、空に浮かぶ雲には飛んでも近づくことはできない」
三層エリアの飛行機械は勿論のこと、テイムモンスターやリリィのスキルで生み出した機械に乗っても行けなかったとのことだ。
シロップや【機械神】でも同じ結果になるだろうことは想像に難くない。
「いくつかあの雲の中に通じる魔法陣があるんだ。私達が見つけたものを地図で示そう」
複数のルートは雲の中のどこに着くかに差があるようだ。魔法陣は守るモンスターがいてそれぞれ強さが異なるが、強いモンスターの守る魔法陣ほど転移先がいい位置になる。
「五層エリアの目的は簡単です。ただひたすら上へ登ること。頂上に向かって、モンスターと様々なギミックを乗り越えることです」
五層エリアはクエスト制ではなく、いわば雲の中が一つの超巨大なダンジョンとなっているようなものだということだ。
「魔法陣を守るモンスターは……まあ【楓の木】なら恐れる相手ではないさ。それに、一度倒せばあとは素通りできる」
「ふんふん……なるほど」
その後もリリィは雲の中の話を続けた。幸い防御貫通が蔓延る世界ではないようで、メイプルが適切に対処すれば進めるダンジョンだ。
「じゃあ次は一旦三層エリアの話をしますね!」
「ああ、そうしてくれると嬉しいね」
メイプルは三層エリアについて、イズから詳しく聞いておいた隠しクエストの糸口についてサリーのまとめを見つつ話していく。
「なるほど。そういう訳か……それなら」
「ええ、そうですね。そこさえ分かれば、クエスト自体はクリアできる難易度だと感じますよ」
「そうだね。分かった、ありがとう。お陰で三層エリアは攻略に取り掛かれそうだ」
「役に立てて何よりです!」
「五層エリアは同じメンバーで探索しない場合は一番進みが悪いプレイヤーの位置からスタートになる。そこだけ注意しておくといい」
「どうしよっかサリー」
「んー、全員で行ってもいいけど。他のエリアもあって結局そんなに人を集めてられないから……」
八人で入っても足並みが揃わなければ意味がないとくれば、攻略はその中の数人によって行われがちな【楓の木】の人数事情と噛み合いは悪い。そうなると全員で突入する意味は薄い。
「とりあえず入っておくかい?そこまでなら手伝ってもいい」
「本当ですか!?」
「ああ勿論。ただ、一つ条件があってね」
そう言うと、リリィは条件を二人に伝える。
「そんなことでいいなら……?」
「はい!大丈夫です!」
「オーケー。なら早速行こう。思い立ったが吉日、善は急げというやつさ」
「私達もギルドホームから転移して向かいます。場所は地図に示した通りなので、雲の下の町から行くのが近いと思いますよ」
【ラピッドファイア】の二人は一旦メイプル達に別れを告げるとギルドホームへと戻っていく。
「手伝ってくれるのは助かるね。これで一気に進むんじゃない?」
「ね!五層エリアも攻略できちゃうかも!……でもお礼があんなことでいいのかな?」
「いいんじゃない?向こうから提案してきた訳だし」
「それもそっか。じゃあ急ごう!」
「そうだね。待たせても悪いし」
メイプル達も後を追ってカフェから出ると飛行機械で町を飛び、ギルドホームへと帰ってそのまま五層エリア真下の町へと転移する。
そうして事前にウィルバートが言っていた地図の場所までやってくると、そこにはリリィとウィルバートが待っており、二人に気がつくとひらひらと手を振って反応する。
「来ました!」
「なら早速行こうか。この洞窟の中だ。特に道中はないし、ボスも言った通りにしてくれれば大丈夫さ」
前衛物量押し装備のリリィを先頭にして四人は山肌に口を開ける洞窟へと入る。
洞窟といっても、数メートル奥へ入ったところですぐに突き当たりに行き着いて、そこには白く輝く魔法陣だけがぽつんと存在していた。
「このためだけの場所だからね」
四人で揃って魔法陣に乗る。そうして転移した先は真っ白でふわふわとした雲で壁も床も天井も作られているドーム。
その壁から飛び出してきたのは体長五メートル程の白馬。たてがみや尻尾は雲でできており、青い瞳が雲間の空のようにきらりと光っていた。
「メイプル、やろうか。準備を頼む」
「分かりました!」
ボスも四人に気づいたようで、大きないななきと共に前足をドンと床に叩きつけ、周りから雲でできた馬を次々に呼び出す。
リリィの兵士との物量勝負。いや違う。
「【反転再誕】」
そんな甘いものではないのだ。
「【再誕の闇】!」
浮かぶ玉座に乗ったリリィの下でメイプルが闇を広げていく。
「【砂の群れ】【命なき軍団】【玩具の兵隊】」
リリィの召喚した無数の兵。単体がそれほど強くないが故に許された大量召喚。それが全て闇の中へ沈んでいく。替わりに出てくるのは一騎当千。数倍では済まないサイズになった黒い異形達だ。
メイプルとリリィの最強の連携。際限なく生成される兵器をメイプルが創り変える。
白い空間に黒が溢れる。仔馬を踏み潰し飲み込んで、異形はボスへ殺到する。
蹴り飛ばし、宙を駆けて、何とか逃れようとする白馬のスペースを奪うように、前の異形を踏み台にして追いついて引き摺り下ろす。
「うん!実に爽快だね。はは、一度使う側に回ってみたかったんだ」
「前回のイベントではリリィがあちらの立場でしたからね」
「そうとも。私が手に入れられればいいんだが……メイプル、これはどこで?」
「お、教えられませんっ!」
「賢明な判断だ」
手に入れれば一人でコンボがスタート可能で、あまりにも大きな脅威となる。メイプルがそれを分からないとは思っておらず、本気で聞いたわけではないようで、リリィは満足したように蹂躙されゆく白馬を眺めるのだった。
「いや、よかったよかった」
満足した様子のリリィはボスの消失を見届けると、また機会があればやろうと言い残してウィルバートと二人ボス部屋から出ていった。これならば気軽に手伝うといったのも納得できる。短時間で簡単に勝つと分かっていて、楽しく蹂躙できるならついていき得だったのかもしれない。
「ふー、お陰で助かったね!」
「じゃあ三層エリアが終わったら次の目的地はここにしようか」
「それがちょうどいいかも」
「カナデとかも召喚スキルは用意できるだろうし、使える時は積極的に使うのもアリかも」
「すっごい強かったねえ」
無法の異形無限生成。とまではいかずとも似たことは【楓の木】でもできるはずだ。
思いがけず新エリアの攻略が一歩前進したことに、積み重ねてきた交友関係のありがたさを感じながら、二人も一旦五層エリアは置いておいて三層エリア攻略を済ませようとボス部屋を後にするのだった。




