防御特化と歪んだ空間2。
中は道中と大きく変わりはないようで、壁や床のない空間がどこまでも広がっており、そこにいくつもの足場が浮かんでいる。
立体的に配置された足場は飛行機械を活かして飛び移っていくことができる距離感で、ここのボスが鳥であることも考えると使い方が重要になってくるだろう。
「まずは予定通りにね!」
「「はい!」」
奥からは巨大な白鳥がゆっくりと暗闇の中より顔を出し始め、輝く嘴にガラスの瞳、攻撃にも用いる金属の翼をばさりと広げボスらしい存在感を放っている。
ただ、登場をじっと見ている必要もないわけで、メイプル達は素早く下準備を始めていた。
重要なのは足場の拡張。アイテムを使って本来の足場である瓦礫の端に鉄板を追加する。サリーが動きやすくなればなるほど戦いやすくなるため、まずはボス出現時の貴重な隙を突いたのだ。
「【挑発】!」
メイプルが注意を引くと共にイズは飛行機械で浮上し離れていく。
ボスの攻撃範囲は広く、巻き込まれる立ち位置を取るのは自ら不利を背負いに行くのと同じだ。
「メイプル、攻撃は任せた」
「任された!」
メイプルが片手を兵器に変形させたところで、暗闇から完全に姿を現した白鳥は大きく羽ばたき、一度金属が擦れる大きな音を立てると、暗い空を飛び始めた。
「【攻撃開始】!」
メイプルの手から放たれた一条のレーザー。着弾直前、ボスは吸い込まれるように暗闇の中へ姿を消し、入れ替わりに輝く金属の羽が撒き散らされ、急加速してメイプルの方へ向かってくる。それらは途中で暗闇に吸い込まれ、メイプルを取り囲むようにいくつもの揺らぎが空中に現れた。
「本気で行くよ……【竜炎槍】!」
サリーの両手に顕現したのは燃え盛る炎の槍。手に巻きつけた【糸使い】の長い糸の先に括りつけられたのは愛用の青いダガー。
矢のように飛んでくる幾本もの羽。メイプルを守る立場でありつつも、当たろうものならサリーもまた即死する。
それでも恐れはない。サリーは敵の攻撃をしっかりとその目で捉えて炎の槍を振るった。
キィンと音を立てて槍が迫る羽を叩き落とす。しかしこれでは、リーチが多少伸びただけ。
槍の届かない場所から次なる羽がメイプルを襲う。
ギィン。ギィン。音を立てて、空中に火花が散る。
「わあ……」
「オーケー。いける」
金属のぶつかる音と共に空中の羽が弾かれて落ちていく。長い糸に繋がれたダガー。鞭のように振るわれたそれは、驚くべきことに的確に羽を撃ち落としていく。
サリーが身につけた変則四刀流。手を離れてしまっているダガーは攻撃のダメージは期待できないが、防御においてはまるで自動迎撃システムかの如き動きで鉄壁の守りを実現する。
勿論おかしなことではあるが。
見えない腕があるように、そこに神経が通っているかのように。糸で繋がれただけのダガーは完璧な動きを見せる。
ダガーが意思を持っている。そういったスキルである。そう説明された方がよほど受け入れやすい。
背中に目があるかのように攻撃を認識し、ただの一つも間違うことなく適切な順に撃墜する。それは最早スキルの領分だ。
「大丈夫。信じてくれていればいい」
「うんっ!」
これがただひたすらにプレイヤースキルを突き詰めたサリーの防御形態。それが弾けるものである限り、糸の届く範囲内の全てを撃ち落としていく、誰も真似しようがない絶技。
「【水竜】!【鉄砲水】!」
溢れる水は降り注ぐ羽を阻む。適宜スキルを組み合わせることで、この守りは真に鉄壁となった。
「【毒竜】!」
「こっちも行くわよ!」
メイプルは絶えずレーザーを放ちつつ、姿を現したところにイズと二人攻撃を叩き込む。
やはり、複数種類の強力な遠距離攻撃を持つのはメイプルの強みである。
本来大盾使いが取れない先手を取って、ボスへの攻撃を成功させHPを減らす。
ただ、ボスのボスたる所以。道中の機械魚とは格の違う存在であることを即座に示してきた。
ボスは三人と正対すると、金属製の大きな翼をギリギリと曲げて先端を頭上で合わせる。翼がちょうど円形を描いたかと思うと、それは眩く発光し始めた。
「……メイプル!」
「【カバー】【ピアースガード】!」
サリーは素早くメイプルと立ち位置を入れ替えて、イズは上空へ避難する。
円形の翼は砲口。一瞬の後放たれた純白の光線は多くの足場ごとメイプルとサリーを飲み込んだ。
「大丈夫!」
「流石メイプル」
光が収まって行く中、サリーを守った上で無傷で立つのはメイプルだ。
メイプルは羽に対処できない。が、サリーは可能だ。サリーに光線は弾けない。だがメイプルならそれを受け止められる。
二人が弱点を補い合ってボスの攻撃をやり過ごす中、上空で一人自由なイズは四つの武器にエネルギーを込めた。
「ロックオン、発射!」
放たれたミサイルは空中で小さく分裂しボスを囲むように迫り爆発し、正面からは竜のブレスを模した炎が、上空からは意趣返しとばかりに光の柱が降り注ぐ。最後には追撃の暴風が翼をもぎ取らんとする勢いでボスに襲いかかった。
当然まだまだ撃破には至らないが、一生産職が出したとは思えないほど大きなダメージを与えられた。
「これからもいつでも使えたらいいんだけれど……さて、まだまだここからね」
改造に改造を重ねた自慢の機械は手応えアリ。イズは再度攻撃の機会を窺いつつ、撃墜された時の足場にも気をつけながら操縦を続けるのだった。
イズとメイプルの攻撃によってHPが削れたことで、ボスは次なる攻撃を繰り出す。
マイとユイの攻撃力を活かすことでイズ達が確認できたのはここまでだ。
この攻撃までの対処は考えてある。といっても、それはとんでもない力技ではあるのだが。
足場全てに魔法陣が浮かび上がり、そのうちいくつかが点滅したかと思うと、メイプルとサリーが真上に跳ね上がる。
「落ち着いて」
「大丈夫!」
事前に知っていたこともあり、二人は素早く飛行機械を起動する。事前に練習を重ねた成果は確かにあった。下から押し上げられる感覚がありつつも、メイプルはちゃんとバランスを取って空を飛べている。
しかし、飛行機械の飛行時間には限りがある。安定した足場を求めて瓦礫に降り立つ必要があるのだ。
「メイプル、こっち!【水の道】!」
サリーはメイプルを糸で引くと生み出した水の流れに乗せて足場へと移動させようとする。
それに対しボスも容赦なく攻め立てる。再度金属の羽がばら撒かれ、空間が歪みメイプルの周りから大量の羽が出現する。
「サリー!」
「気にしないで」
空中であっても飛行機械が機能している間はサリーにとって地上と変わらない。メイプルよりもさらに自在に自由に空を駆け、水に流されるメイプルの周りを舞うように動く度、炎槍とダガーが空中に軌跡を残す。
「これくらいじゃ破れないよ」
「【攻撃開始】!」
正面からの羽はメイプルが自らの弾幕で撃ち落としながら遠くのボスを狙い撃つ。
頭上ではそれに合わせてイズの砲も火を噴いて、ボスのHPをさらに削っていく。
イズの飛行機械の飛行可能時間はメイプル達のものとは比べ物にならないくらい長い。お陰で足場を起点としたギミックの影響を受けず、三人は順調に戦闘を進めていた。
「メイプル、次は前に行く」
「分かった!」
「ついていくわ」
金属羽の対処を済ませ、空を飛び回るボスに合わせて細かく位置を調整する。
合わせてイズも動く。射程内に入れ続けて、こちらもまた攻撃の手を緩めない。
続けていても問題ないと言っているが、この作戦がサリーの超人的なパフォーマンスによって成り立つ事実を鑑みるに、可能な限り早く戦闘を終わらせる方がいいのは確かだ。
「【滲み出る混沌】!」
「【水竜】!」
「狙って……よし!」
純粋な魔法使いがいない中、三者三様の長射程攻撃によりダメージを蓄積させボスのHPを削り続ける。
驚くべきことではあるが、サリーがボスの羽による連続攻撃に慣れ始め、スキルによる攻撃参加を始めたことでダメージはさらに増加した。
このまま何も変化をつけてこないなら、撃破の見込みも立っていたが、流石にそう簡単に三人にやられるつもりもないようで、半分以下になったHPは次なる行動へのトリガーとなった。
「……何かする気だね」
「イズさーん!」
「ええ、向かうわ」
大きく羽ばたきあたりに金属音を響かせると、天井のない空へこれまで以上に高く舞い上がる。それが何かを準備しているように見えて、メイプル達は一旦集まって様子を窺う。
【イージス】も【身捧ぐ慈愛】と【ピアースガード】のコンボも残っている今、大技ならメイプルが対処するのが確実だ。
遙か上空でボスが動きを止めると、抜けた金属の羽を円周として空にいくつもの円を形造り、一列に並べて輝く光が溢れ出す。
それが想起させるのはボスが放った強烈なビーム。それも今回は一つや二つではない。十を超える砲口が空から三人を見下ろしていた。
相変わらずバランスを崩させるための魔法陣が設置された足場はそれぞれ順に上昇し、飛び移っていくことで上で待つボスのところまで辿り着けるように配置を変えていく。
見るからに最終局面。勝つためにはこの最後の関門を突破しなければならない。
「射程に入れるには飛ばないと駄目ね」
「急いで決めましょう。多分すぐに撃ってきます」
「ど、どうしよう?飛んでいくのがいいのかな?」
浮かぶ足場は渡っていくためのものというより、叩き落とされた時や体勢を崩された時の立て直しに使うもの。ここが飛行機械がメインコンテンツの三層エリア故、サリーとイズはそう感じていた。
「一気に近づきましょう。メイプルの【悪食】を叩き込めれば事故が起こる前に決着をつけられる」
「そうね、賛成よ。上に乗って!運んでいくわ」
「頑張る!」
イズは飛行機械を二人に寄せると、大砲を格納して、屋根の上に二人を乗せる。ここなら緊急避難もでき、車内とは違ってサリーの変則四刀流もある程度活かせる。
「行くわよ!私の操縦見せてあげるわ!」
イズが操縦を開始すると同時、空に輝く羽の輪から光の柱が降り注ぐ。
強烈な加速。ここまではセーブしていたとばかりにブースターを起動し、凄まじい速度とコーナリングで光の柱を縫うように避けていく。
「わわわっ!」
「縫い止めとくよ!」
吹き飛んでしまわないようにサリーは即座に糸で体を固定。いかにサリーといえどパリィの精度が多少落ちるのは必至。しかし、素早く状況を把握したサリーは今まで自分達を取り囲むように出現し、羽を射出してきた空間の歪みがイズのマシンの速度についてこれず囲い込みが成功していないことに気づく。
「オーケー、なら……!」
サリーは炎槍を消して、紐に繋いでいたより使い慣れたダガーを手元に戻して握り直す。
襲ってくるのはボスの方から真っ直ぐ降ってくる羽のみ。それならば二本の武器で事足りる。
「まだまだ加速するわよ!」
車内から響く声と共に飛行機械がうなりを上げ、ボスの元へと高度を上げていく。
バキィンバキィンと響くのは、より不安定かつ移動する足場の上でも、サリーが問題なく金属の羽を弾く音。
「エネルギーバリア、展開!」
ボスの降らせる光の柱にも負けない輝きが盾となって車体に当たるはずの一撃を受け止める。
距離を詰めたことで回避が難しくなる中、イズは一日一度使い切りのバリアでより濃くなる弾幕の中を突破する。
「ふふ、乗りがいがあるわね!」
三層ではここまでのことはできなかった。十層の敵に合わせて引き上げられた飛行機械の性能を十全に発揮して、イズは役目を果たすつもりなのだ。
「メイプル準備して!」
「うん!【全武装展開】!【身捧ぐ慈愛】!」
十分な距離まで近づいたところで、メイプルはサリーを抱きしめてボスを見据える。
サリーを自分の爆風から守りつつ、直線距離で最速の飛行を。
「【攻撃開始】【ピアースガード】!」
イズの飛行機械を足場にメイプルは真っ直ぐにボスへと飛んでいく。イズにもサリーにもできない全てを無視する強行突破。【ピアースガード】によって防御貫通を無効化すれば、自分の強さを押し付けられる。
「【クイックチェンジ】」
「【ヒール】!」
「【イージス】!」
白装備へと変更し即座に回復。HPを確保してすぐ発動した【イージス】により無敵時間を継続して肉薄する。
ボスの体の中、噛み合って回る歯車の音が聞こえる距離まで来たメイプルは、サリーと二人飛行機械で最後の前進を試みる。
「落ちついて……よしっ!」
「オーケー、いいね。周りは私に任せて!」
慌てずインベントリを開いて、大盾を必殺の【悪食】がセットされた『闇夜ノ写』へ装備し直すと、無敵時間が残るうちにボスの白鳥、その長い首に大盾を叩きつけた。
遠距離攻撃でじりじりと削ってきたのとは違うより重い一撃。
サリーが周りの羽を叩き落としていることで、余計なものを吸収することはなく、【悪食】は全てボスへと叩き込まれる。
「【攻撃開始】【古代兵器】【滲み出る混沌】【毒竜】!」
ガシャンガシャンと音を立てて二種類の兵装と強烈なスキル、さらに【悪食】という最強格の近接攻撃がボスを攻め続ける。
そうして、メイプルの放つスキルは白鳥の頭を首の半ばから千切るように刎ねて、辺りにパーツが弾け、光の柱が消え、襲いくる羽もその勢いを失っていく。
それはこの戦闘の終わりを示す分かりやすい目印となったのだった。
ボスを構成するパーツがボロボロと崩れ落ちて消えていく中、ただ一つ空中に残ったのは輝く金属の羽が複数枚連なってできた輪だった。
「無事クリアね」
「まず一つ、です」
「よかったー!上手くいったね!」
「ええ本当に。二人と組むと楽に勝てる相手だと錯覚しちゃいそう」
メイプルとサリーの弱点は明確で、それを突かれない限りダメージを受けることなく戦闘を終えることも多い。
性質上一歩間違えれば敗北もありうるのだが、今回もダメージを受けることはなく、内容としては完勝といったところだ。
「ただ、実際かなり面倒な相手ではあったので……八層エリアの謎解きをしているカナデ達は別として、一旦カスミとクロムさんは呼んでもいいかもしれないですね」
クエストを進めているのがイズになるため、イズ主体で進めていくのが最も効率的だ。
メイプルとサリーが今から頑張ったとしてもそれはイズの後追い。時間も限られているメイプルとサリーにとってあまり好ましい進め方ではない。
それに、あの飛行機械があれば守ってもらわずともイズは戦力になれるだろう。組み合わせの幅も戦闘のプランも増え、戦闘もしやすくなる。今回もクロムとカスミがいればまた別の戦い方ができたのは間違いなく、そうしたいくらいには敵の攻撃パターンは苛烈だった。
「まだ『魔王の魔力』は手に入っていないですし、今後も戦闘は予想されるので」
「そうね。ある程度目処は立っているわけだし、協力してもらって三層エリアを終わらせてしまう方が賢いかもしれないわ」
【楓の木】が分散して探索を続けている理由は各エリアの情報収集のためだ。
ある程度集まったのならその場所を進める方向へ切り替えるのは悪くない。
「これは私がもらっておくわね。次のクエストへ行くために前のクエストでできるはずの改造を進めておく必要があるの」
「お願いします!」
「手伝うことはできるので」
「ええ、本当に助かったわ。この調子でいっちゃいましょう!」
三人は激戦を終えたそれぞれを労うと、浮かぶ瓦礫の上に出てきた魔法陣に乗って、元のフィールドへと戻っていく。
別世界といっても過言ではない場所から、転移によって帰ってきた三人はその場で一息つく。
「今日はクエストはここまでね」
「そうしますか?」
「ええ。結構大変な戦いだったと思うわよ?それに私の飛行機械も色々と使っちゃったしね」
エネルギーバリアや急加速用のブースターが無い状態では対応力も落ちる。
メイプルの【悪食】もないため今回と同じような戦い方はできない。サリーの疲労も溜まってはいるはずだ。
それらを考慮するとここは無理はしない事が重要。あれより強いボスが出てくる可能性もあるのだから。
「しばらくは付き合ってくれると助かるわ」
「もちろんです!」
「空いた時間は……自分達の飛行機械の強化に使うのが良さそうですね」
「イズさんのすごかったもんね……」
イズ程とまではいかずとも、あの強さを目の当たりにすれば考え方も変わるというものだ。
今回はただ飛ぶためだけのものとして使うのはもったいない。
「そうね。それがいいと思うわ」
次の目標も決めつつ、三人は今日のところは解散とするのだった。




