防御特化と三層エリア3。
しばらく思い出話をしつつゆったりと地底湖を眺め、満足した二人は町に戻ってくると早速強化を済ませる。
これで飛行速度と飛行時間、二つの重要な強化が済み、飛行機械も分かりやすく一段階グレードアップしたと言えるだろう。
「まだ一段階なのに結構飛べる時間伸びたね」
「十層も広いし助かる」
クエスト、自由探索。二人がさて次はどうしようかと考えていると、一通のメッセージが届いた。
「イズさんからだ」
「同じメッセージが届いたみたい。時間があったら来て欲しいってことだけど、どう?」
「もちろん行こう!」
「オッケー。ちょうどクエストも一区切りついたところだしね。早速行こう」
二人はメッセージを返すとイズが待っている場所まで向かうことにした。
飛行速度を強化した飛行機械の性能を活かして、二人は町の中心へ向かって飛んでいく。
まだほとんど未探索の町を見渡し、今後の観光にも期待が膨らむ。
大きな歯車が噛み合って動いている様や、高い塔の壁面を上っていくエレベーターらしき装置、飛行機械があるが故の高低差のある町並みはフィールドにも負けず劣らず探索しがいがありそうだった。
もちろん拠点となる町は三層エリア以外にもある。味わうべき場所はまだ数多くあるのだ。
そんな二人は空からの眺めを満喫してイズと待ち合わせていた場所、ギルドホームに到着し扉を開ける。
そうして最初に二人の目に飛び込んできたのはギルドホームの大きなソファーの背もたれに体を預けてぐったりとしているイズだった。
「イズさーん!来ました!」
「お疲れ様です……何かあったみたいですね?」
「ええ、そうなのよ」
イズはメイプルとサリーが一つ目の『魔王の魔力』を手に入れるまでに、三層エリアで何があったかをかいつまんで話し始めた。
「マイちゃんとユイちゃん、それにカナデも合わせて四人で三層エリアに向かってしばらくして、クエストの内容はある程度判明したの」
「皆飛行機械は欲しいですからね」
十層のメインクエストとは別に、飛行機械という明確な利益がある三層エリア。そこに他と比べて多くのプレイヤーが集まってくるのは必然だった。
「マイとユイから聞いた話だとクエスト内容は完全には解明されていないとか」
「そうなの。正確には恐らく解明されていないって感じなのよね」
「「……?」」
イズ曰く、クエストには所々難易度の高いものはあったものの、十層まで順調に辿り着くことができたプレイヤーが勝てないようなものではなく。二人の想像とは異なり多くのクエストはそれぞれ誰かの手によって一度はクリアされたとのことだ。
「すごーい!そうなんだ」
「それで未解明……ということは『魔王の魔力』が見つからなかった?」
「そう。そうなのよ。結局『魔王の魔力』はクエストの報酬にはなかったの」
「確かに。それなら未発見のクエストがあってもおかしくはないですね」
膨大な量のクエスト。それも三層エリアに深く関係するもの。ここに『魔王の魔力』がないのは少々不自然だと言える。
そう思っているからこそイズ達を含む多くのプレイヤーは、何か未解明の謎があるのではないかと注意深く探索を続けていたのだ。
「えっと、どうでした?」
「私は全然駄目だったわ。そもそも私が見つけられるようなら他の誰かが見つけていそうなものだもの」
イズは探索によって思ったような成果をあげられなかったようだが、誰も糸口をつかめていないならそれが普通というものだ。
「ただ……」
「「ただ?」」
「カナデは違ったみたいね」
イズが笑顔を見せてそう言うと、二人もいい報告を期待して続きを待った。
【楓の木】にはこういった謎解きのエキスパート。見たものを忘れない記憶力やゲーム内の創作言語を解読できる程の思考力を持ち、普通気づかないような違和感を察知できる頼れるメンバーがいるのだ。
「カナデは普通の流れでは出現しないクエストを見つけ出したの、それはどんどん次のクエストに繋がっていって……いくつかクリアはしたのよ?」
しかし、恐らくカナデの見つけたクエスト群は『魔王の魔力』につながるもの。難易度も急上昇し、イズ、カナデ、そしてマイとユイというパーティー構成ではクリアできないクエストが出てきてしまったとのことだ。
「あ、そういえば三人はどうしたんですか?」
この謎を解明したカナデに頼りになるメインアタッカーであるマイとユイ。三人の姿はギルドホームにはなかった。
「八層エリア……水中探索が必要な所ね。そこにも謎解き要素があるみたいで先にそっちに行ってもらったわ」
「確かにその方がいいですね。私達だと未知の言語とか出された時に手も足も出ませんから」
「またお礼言っておかないと!」
「というわけで、二人にはクエストクリアの手助けをお願いしたいの」
「もちろんです!」
「皆がまだ答えを見つけられていないうちに一番乗りを目指しましょう」
「頼もしいわね。頼りにしているわよ」
「「はい!」」
対応できる幅も広く、名実ともに【楓の木】のTOP2である二人だ。
ギルドメンバーが切り開いてくれた道を進む力は備わっている。
「じゃあ早速助けてもらおうかしら」
「任せてください!」
「クエストの場所までは乗せていくわ。私の飛行機械は複数人乗れるものなの」
「あ、そうなんですね」
三層の時は戦闘中に武器を使いにくくなるため不人気なタイプだったが、移動するだけなら悪くない。イズは戦闘に重きを置いていないタイプのプレイヤーでもあるため、その選択にも納得がいく。
「ふふ、三層の時とはちょっと違うのよ」
「「……?」」
「見れば分かると思うわ」
イズの言っていることは正確に把握できていないままだが、三人は決めた通りクエストへと向かうことにする。
そうしてギルドホームから出た二人はすぐにイズの使っている飛行機械を目にすることとなった。
「これが今回の私の飛行機械よ!」
「おおー!」
「えっと……これは?」
目の前にあるのは飛行機械と言うと疑問符が付くような異物。何に近いかと聞かれれば、むしろメイプルの【機械神】というのが正しいだろう。車というよりはもはや装甲車や戦車というほどになってしまった大量の追加装甲。それは多くのクエストをクリアして手に入ったアタッチメントにより、いくつもの砲やレーザー、各種属性兵器にブースターと盛りに盛った改造済みの代物だった。
「素体が大きいとアタッチメントもたくさんつけられるのよ。その分小回りは効かなくなるけれど……」
ブーツタイプにはない利点。これならイズもいつも以上に戦える。少なくとも目の前の異形じみた車体にはそう思わせるだけの迫力が存在した。
「かなり強そうですけど……これで勝てないってことですよね?」
「そうね。勿論サポートはするわ」
「頑張ります!」
強敵が待っているのは間違いない。メイプルとサリーはイズからモンスターの情報を聞きつつ飛行機械に乗り込む。
中は自動車らしいものになっているが、操縦席部分は別物で、いくつものレバーやボタン、空中には何を示すのかも分からないレーダー画面が光を放ちながらずらっと並んでいる。
「うわ……難しそう……」
「色々と改造しすぎてこんな風になっちゃったの。でも、一回覚えればあとは便利なことも多いのよ」
イズがレバーを引いてボタンをいくつか操作すると、一つ起動音のような音を立ててふわりと空中に舞い上がった。
「ちょっと遠いけどそう時間はかからないと思うわ」
そう言うとイズの操縦する飛行機械は、メイプル達のものとは比べものにならないスピードで空を走り抜けていくのだった。
ものの数分で目的地まで辿りついたイズはメイプルとサリーを降ろすといくつかボタンを押して自分も飛行機械から出る。
すると、三人を乗せていた飛行機械はみるみるうちに小さくなってイズの近くをふわふわと浮いてついてくるようになった。
「これで戦う時はいつでもすぐに使えるのよ」
「流石ほぼフル改造しているだけありますね」
「そういうこと」
「えっと、ここで何をすればいいんですか?」
メイプル達の前にはいくつもの大きなバネや歯車、機械のパーツらしきものが転がっているが、だだっ広い平地が広がるばかりでモンスターもおらず、何をすればいいかは一見しただけでは分からない。
「何かありそうではあるけど……」
「何かが分からないと手のつけようがないね」
「実は、適切なエネルギーを適切な量供給する必要があるのよ。カナデはその詳しい数値と……そもそも条件自体を探り当てた」
そう言うとイズは二人に指示を出しながらいくつものアイテムを手渡していく。
「お、多くないですか?」
「う、うん。持ちきれるかな……?」
「一旦籠に入れた方がいいかも。インベントリだと分からなくなっちゃうかもしれないし」
「そうしよう!」
「でも……確かにこれだと偶然では見つからないかもしれないですね」
渡されているアイテムはどれも属性攻撃ができるもの。その量からして偶然見つけるとしたなら魔法を乱れ撃つ必要があるのは間違いない。ただ、この辺りはモンスターもおらず、そういった偶然は起こりにくいように作られている。
「ぱぱっと準備しちゃおうか。せっかくカナデが真っ先に見つけてくれたものだしね」
「うん!」
メイプル達は急いで準備を済ませるとイズに報告して待機する。
「フェイ【糸水】!」
フェイのスキルでバネや歯車を繋ぐように細い水が伸びていく。それはつまるところ導火線。全てのアイテムを一度に起動するための下準備だ。
「準備完了ね。じゃあいくわよ」
刺激を与えればアイテムは一斉に効果を発揮する。イズの手元で砕かれた黄色い結晶から迸る電撃は、伸ばした水の糸を伝って辺りに広がっていきあちこちでエフェクトを散らした。
それに続いて響く重低音。動き出した各種のパーツは少しすると目の前に青いスパークを散らし、同じ色をした一つの魔法陣を生み出した。
「すぐ消えちゃうから急いで乗ってね」
「はいっ!」
「分かりました」
タイミングを揃えて魔法陣の上に飛び乗ると、バチバチと激しい光が辺りを照らし三人を別の場所へと転送するのだった。
 




