防御特化と三層エリア2。
一通り飛行練習を終えた二人。サリーは空を飛ぶメイプルを見てうんうんと一人頷く。戦闘中の高速軌道はまだ難しいが、基本的な移動は問題なく行えるレベルになったと言えた。
「サリー!どう?」
「いい感じ。なーんだ、結構早くできるようになったじゃん」
「サリーの教え方が良かったんだよ」
「いや、メイプルの取り組み方が良かったんだよ。難しそうに見えることも、しっかりやってみれば案外できるものなんだから」
「おー……確かにそうかも!」
三層ではすぐに諦めてしまったが、今回はサリーの熱心な指導もあり、集中していい環境で取り組めた。それがメイプルの短期間での上達につながったのである。
「もっと細かい動きはこれからちょっとずつね。普段は私のを見て参考にしてみてよ」
「分かった!」
「さて、と。この後はどうしよっか?」
メイプルの飛行訓練が思った以上に早く終わったこともあって時間に余裕はある。もう少し探索を続けても支障はない。
「せっかくだから、飛んで行くようなところにしようよ」
「オーケー。調子に乗って落ちないでよ?」
「頑張ります!」
「じゃあ特訓の成果を確かめに、次のクエストに行こう」
「はーい!」
目的地はまた次のクエストの示す場所へ。新たなクエストを受注して、二人は強化した飛行機械を起動して空へと舞い上がった。
「うん。安定してるね。そのまま飛ぶよ!」
「おっけー!」
前を行くサリーについて少し後ろを飛ぶメイプル。以前のように落ちてしまう様子はなく、手を引かれずとも上手く飛べていた。
これならクエスト先でも大丈夫だろうと、サリーはそのままメイプルを先導する。
そんな二人がたどり着いたのは足場のない岸壁に縦に伸びる長い亀裂。内部にもまともな足場はほぼなく、テイムモンスターに乗って入るにはやや狭いため飛行機械があることを前提としているエリアだと言えるだろう。
「暗いねー」
「さっきみたいに多少なりとも整備されていたりはしないみたい」
今回は亀裂内部の壁面に明かりは設置されておらず、奥へ行くにつれて闇が支配する、攻略の難しい環境だ。
「メイプル、光っておいてくれる?」
「もちろん!」
メイプルが即座に展開した【身捧ぐ慈愛】。このスキルは味方を守るだけでなく、周囲を照らし出すような光を放ちもする。
普段は居場所を悟られやすくなるデメリットでもあるのだが、暗い場所では手を塞ぐことのない広範囲に渡っての光源となってくれるのだ。
前方を遠くまで見通せるようイズ特製のヘッドライトも装着して、暗闇を探索する準備は整った。
「ゆっくり慎重に跳ぼう。急に目の前が壁なんてこともあるかもしれないしね」
メイプルも一つ頷いて、二人は飛行機械を存分に活かし亀裂の奥へと侵入する。
「気をつけて飛ばないと……」
「だね……待って、何か来る」
サリーが耳を澄ませて敵の気配を察知する。
暗がりの中からヘッドライトに照らされながら飛んできたのは蝙蝠の群れ。
サリーが武器を構えると同時、後ろから放たれたのは赤い閃光。
「いいね」
素早い反応にサリーが笑顔を見せる。
メイプルが自前の機械によって放った極太のレーザーは襲い掛からんと飛んできた蝙蝠を飲み込みながら赤い輝きで亀裂の中を埋め尽くしていく。
光が収まった時、そこには羽音も鳴き声も一切聞こえない元通りの静かな闇が戻ってきていた。後続がいないことを確かめるとサリーは抜いた武器を鞘へと戻して脱力する。
「ナイスメイプル。これならあのモンスターは気にしなくていいね」
「何してくるつもりだったんだろう?」
「さあ?ま、気にしなくても大丈夫な相手みたいだし……同じ感じで頼むね」
「まっかせて!」
何かする前に蒸発する敵の攻撃パターンが分からずとも困ることはない。
二人は時折飛んでくる蝙蝠をレーザーで焼き払いながら亀裂を奥へ奥へと進み続ける。
「こんな感じの洞窟探検も慣れてきた?」
「うーん……どうだろう?結構いろんな洞窟を攻略してきたのかな?」
モンスターが犇く場所として定番となっているロケーションの一つであるため、振り返ってみると敵を倒しながら洞窟内を進んだ思い出も多い。洞窟そのものでなくとも、一本道を進んでいくダンジョンも似た経験と言えるだろう。
「ちゃんと前を警戒してるから。ほらここまでの迎撃も速かったし」
「えへへ、そう?」
「そうそう」
メイプルの中に少しずつ積み重なった経験は、敵はどこから来ることが多いだとか、この敵はこんな攻撃をしてきそうだとか、より正確な形での予測を可能にしていた。
もちろん完全ではなく、簡単な状況に限ったものではあるが、サリーが何もかも教えずとも、メイプルは正解を導けるようになってきているのだ。
「確かな成長を感じています。ふふ、まだまだ強くなってもらわないとだけど。ほら、魔王は相当強いだろうし?」
「最後の強敵だもんね!今の蝙蝠みたいに簡単に倒されてはくれないよね!」
「……そう、最後の強敵に勝てる力を十層で養わないと」
「じゃあサリーとの連携ももっと練習しないとだね」
「ん……そうだね」
強敵が意味するもの。道中のボス、魔王、他のギルド、あるいは。
「私ももっと強くならないと」
「えー!サリーはもう十分過ぎるくらい強いと思うけど」
「ほら、ここまできて負けたくないし……後悔のないようにね」
メイプルとサリーのコンビとしてここまで勝利を重ねてきた。ゲームから離れる間際になって負けるというのも後味が悪い。
メイプルはサリーの言葉をそのままそう解釈した。
「確かに、せっかくなら勝たないとね!皆もたくさん手伝ってくれてるし!」
「そういうこと」
とはいえ、先のことばかり考えていて目の前のモンスターにやられているようではいけない。二人とも突出した強さを持つプレイヤーではあるものの、弱点も変わらず存在するのだから。
メイプル達は再度気を引き締めて、クエスト達成に向けて移動を続けるのだった。
亀裂の中、【身捧ぐ慈愛】とヘッドライトに照らされる岩肌はやがて湿り気を帯びて光を反射し始める。時折響いてくる水音は雫が滴った時のものだろう。
明らかな周囲の環境の変化、そして二人が用いる光源でない輝きを認識するのにそう時間はかからなかった。
暗闇の中の青い光。それは先程攻略した収集クエストで手に入れた鉱石が放つ光と同じものだ。
「この奥だね。斜め下に行ける。ゆっくり高度を下げるよ」
「うん!」
メイプル達は壁面に衝突することがないよう出力を調整して光の元へと降りていく。
邪魔になる岩をいくつか避けてスルスルと奥へ進むとやがて光は強くなっていき、目の前に青く輝く湖。地底湖が姿を現した。
全体が青い光を放つ大きな湖は暗い亀裂の中で浮かび上がるように存在感を放っている。
二人はすぐ側に降りるとじっと湖面を覗き込んだ。
「光ってる……底にさっきの石が埋まってるのかな?」
「いや、水そのものが光ってるみたい」
サリーが水を掬いあげると、それは湖同様青い光を放って美しく輝いている。
先程の鉱石がそのまま液体となり溜まっているような神秘的な湖。ここが亀裂の最奥であり、二人の今回の目的地だ。
「クエスト内容だとここのはずだよね」
「焦らなくても、向こうから来たみたいだよ」
「?」
メイプルとサリーの見ている前で、掬い上げた水が掌でぴちゃぴちゃと音を立てて形を変え始める。ただ、それはあくまで余波のようなもの。本体は湖の中だ。
バシャバシャと激しく響く水音。それと共に重力に逆らって天井に向けて伸びる水柱。
水柱は水面から分離してやがて球体になり、ふわふわと湖上に浮かびながら青い輝きを放っていた。
「来るよ。構えて」
「うん!」
HPゲージが水球の上に現れる。道中は難なく突破してきた二人だが、雑魚モンスターとは一線を画すボスの出現には集中した表情を浮かべる。
「【水の道】!」
サリーが空中に水を展開し、自分の足場を確保しにかかると同時、水球はその形を蛇のような細長いものに変えて、形取った頭部の口を大きく開けて、体を伸ばし鞭のようにしならせて勢い良く突撃してきた。
質量に任せた豪快な一撃。中々の速度ではあるものの、サリーはそれを悠々と回避し、自らの生み出した【水の道】の中を通って上を取る。
「【ウィンドカッター】!」
まずは敵の様子を見るところから。サリーが放った風の刃は、蛇のような形に伸びた水のいわば胴体部分を斬り裂く。
「ダメージなし……それなら!メイプル、引き付けて!」
「【挑発】!」
サリーは背後のメイプルと素早く作戦を立てると敵とすれ違う様に湖上へと【水の道】の中を泳いでいく。
狙うは変形元、本体となっている水球だ。
「【ダブルスラッシュ】!」
メイプルが注意を引いている内に距離を詰めたサリーは、飛行機械を唸らせて隙の少ない連撃で本体の水球を斬り裂いた。
ゼリーの様な感触と共に、輝く水球にダガーが突き刺さりHPゲージが僅かに削れる。
「物理は駄目か」
想定を下回るダメージにサリーは魔法での追撃を試みる。再度放った風の刃は今度こそHPを減らすことに成功した。それも、武器での一撃よりもより効果的にである。
湖上での戦闘は足場もなく地上に比べて安定しない。飛行機械を活かしての戦闘も可能だが、接近して武器を振るってもダメージが出ないとなれば、遠距離からの撃ち合いで倒す方が合理的だ。
「っと!流石に放っておいてはくれないか」
ダメージを与えたことで、水球から追加で伸びた水の奔流がサリーを襲う。
ここで戦うことは得策ではないと、サリーは空中であることを忘れさせるような自在な動きで攻撃を回避すると、メイプルの元へと戻っていく。
「【砲身展開】!うわっ!?」
サリーの動きを見て、メイプルも奥の水球へと攻撃を試みる。サリーよりも射程と遠距離火力に優れるメイプルは砲身をいくつも生成して砲口を向けるが、それよりも速く大量の水がメイプルを襲い、視界を奪いながら展開した兵器を即座に破壊していく。
【身捧ぐ慈愛】も兵器には適応されない。メイプルにとってこの兵器を敵から守るのは味方を守るより遥かに難しいのだ。
水に飲み込まれて身動きが取れないメイプルを横から何かがグンと引く。
「サリー!」
「大丈夫、メイプル?」
「ありがとう!」
糸によって救出されたメイプルはサリーに抱えられ、襲い来る水を躱しながら二人作戦を立てる。
「メイプルに撃ってもらうのは難しいかも」
「うん。すぐに壊されちゃうもんね」
「それに、んー……」
敵のポジションは湖上の空中。メイプルのスキルは遠距離戦を得意とするが、【機械神】が機能しない場合はサリーを巻き込むような範囲攻撃ばかりになってしまう。
「とはいえ、私が地道に削るのはちょっと時間がかかりそうだし……いっそメイプルに全部頑張ってもらおうか」
「どうやって?」
【機械神】は上手く機能しないと分かったところである。ならばメイプルに頼るというのは難しい様に思えた。
「たとえば……」
サリーの策を聞いてメイプルもそれならできそうだと作戦に乗った。
「じゃあ行くよ」
「うん!いつでも大丈夫!」
真っ白な装備に身を包むメイプルの体に巻きつけられたサリーの糸。万が一の時のために命綱をつけて、サリーはメイプルの手を掴んだ。
「【背負い投げ】!」
「【反転再誕】!」
サリーによってメイプルが湖に向けて投射される。ボスとの細かいやりとりをする気などなし。最短で最速で、劇物を中心に叩き込むのだ。
「【クイックチェンジ】【滅殺領域】!」
装備の変更によって防御力を元に戻して、メイプルの背には黒い四枚の羽が生える。
ドボンと着水すると同時の轟音。降り注ぐ赤黒いスパークが青い湖面の輝きと混じり合って目が痛くなるほどの光を辺りに撒き散らす。
本体が動かないなら真下にメイプルを放り込む。湖のほぼ全域が、メイプルの放つ文字通り滅殺の領域に取り込まれ、ボスのHPがガリガリと削れていく。
これではたまらないと水球は変形し、水中へ次々に攻撃を繰り出すものの、メイプルを傷つけるには至らない。
それでも、ボスもただではやられない。湖面から離れていた体を湖へと伸ばしたかと思うと、HPを回復し始めたのだ。
【滅殺領域】の回復効果減少をもってしてもHPが徐々に増えていく。
強烈な回復を沈んだ水中から確認したメイプルは、一ついいことを思いついた。
「……!」
回復のため敵は湖に浸かっている。つまり水と接している。ならばとメイプルはスキルを発動する。これも狙いをつける必要はない。狙わずともボスに届くことが確定しているからだ。
「【毒性分裂体】【毒竜】!」
メイプルから溢れ出した毒は瞬く間に青い輝きを飲み込んで全ての水を染め上げると、ボスの体をも汚染し侵していく。
サリーは【滅殺領域】と共に不可避の攻撃でHPを削っていくその姿を水際で眺める。
「これなら時間の問題かな」
下手に手を出す必要はないと、水中のメイプルと繋がった糸だけはしっかり管理して、息が続かなくならないようタイマーを管理するサリーなのだった。
溢れ出る毒と【滅殺領域】によって痛めつけられること数分。
HPがゼロになり、ドロドロと溶け落ちるように崩れ元の湖に戻っていくボスを見てサリーは糸を引く。
確かな手応えと共に先端に巻き付いていたメイプルが引き上げられ水面に姿を現す。
【滅殺領域】の効果時間も終わり、【毒性分裂体】も水中で破裂させ、安全な生き物になったメイプルは無事回収された。
「お疲れ様。作戦通りに勝てたね」
「うん!上手くいったかも!」
「最後は攻撃頻度も上がったし、水上っていうのも嫌な位置どりだし、飛行機械を上手く扱って戦えるかのテスト的なボスでもあったのかも」
「なるほど」
順当にいけば飛行機械は全プレイヤーが手にするものだ。であれば少なくとも三層エリアのボスくらいは、それを前提として作られていてもおかしなことはないだろう。
「今回はメイプルの出力が上回ったけど、今後はもっとちゃんと飛んで戦うことも大事になってくることも想定しておこう」
「じゃあもっと練習しておかないと!」
「そうだね。流石に今回みたいな攻撃だとメイプルは避け切れないだろうし」
クエスト的にもまだ序盤のボスなのは間違いない。今後より攻撃が苛烈になっていくことも考えると、飛行機械を操る訓練は続けていく必要がありそうだ。
今後のことも考えつつ、二人はここへやってきた目的であるクエスト達成のためにアイテムを回収する。
先程倒したボスがドロップした、より輝く濃い青の液体。これが今回必要なアイテムだ。
「よーし、ばっちり回収!」
「また強化が進むね。今度は飛行可能時間増加だし、練習も捗りそう」
「だね!」
今回もこれまで同様帰るための魔法陣が出現しており、帰りは安全に外へ出られるようになっている。
「メイプル?」
いつでも戻ることは可能だが、サリーが振り返ると、メイプルは毒が消え元通り綺麗に輝く湖を眺めてじっと立っていた。
「サリーと初めて行ったのも地底湖だったよね」
「そうだね。こんな風に湖は光ってなかったけど、そこでこの装備も手に入れたし」
「ねー」
流石に伸びるステータスは見劣りするものになってはきたが、【蜃気楼】は今も唯一無二の性能でサリーの戦闘に貢献してくれている。
思い出としても性能としてもサリーにとって大事な装備だ。
「あの時に【水泳】も【潜水】上げたなあ。結構時間かかったけど」
「でも八層でも大活躍だったし!」
「あはは、あんなに役立つ階層が来るとは思ってなかった」
サリーはメイプルの隣まで来ると同じように湖を眺める。
「綺麗」
「うん!」
「十層だからなのかな」
「……?」
「ほら、エリア自体もそうだけど。ダンジョンもこれまでの思い出を刺激してくれるみたいな」
「確かにそうかも」
振り返り、総決算。十層の有り様がそういったものなら、サリーの気づきもあながち間違いではないのかもしれない。
「沢山振り返っていこうね。思い出の数だけ」
「そうしよー!」
戻るのはもう少し後回しにして、二人邪魔されることなく神秘的に輝く地底湖の側で、ゆっくりとした時間を過ごすのだった。
 




