防御特化と三層エリア。
『New World Online』で会う約束をして、それぞれにログインしたメイプルとサリーは、十層の中でも三層の要素が色濃く反映された機械の溢れる町へとやっていていた。
大きな歯車や、あちこちで唸る謎の機械、プレイヤーが皆利用している機械仕掛けの移動手段。空を自由に飛び回れたのも特徴の一つだった。
「なつかしーい!」
「三層ももう随分前だもんね。それにここまで色々あったし」
「ねー」
楽しい日々の思い出が多すぎて、二人にとって三層は懐かしいと感じるくらいになっていた。それだけ多くゲームで思い出ができたのはメイプルにとって初めてのことだった。
「まずは機械を見に行ってみようよ!」
「そうだね。探索にも役立つだろうし」
機動力の確保は最優先事項である。
こうして二人はまずはこのエリアに来た主目的を果たすため、近くのショップへと向かうことにした。
三層に来たプレイヤーが必ず利用すると言ってもいい店であるため、町の中にはいくつも同じようなショップがあり、空いている店で余裕を持って機械を確認することができる。
中心部から少し外れて、二人は落ち着いて見て回れる店を選ぶと、早速並んでいる機械に目を通していく。
「複数人で移動できる車両タイプ、背負うタイプ……あっ!あった!」
メイプルの視線の先にはブーツタイプの飛行機械。両手を空けることができ、機動力にも優れる、サリーだけでなく多くのプレイヤーに支持される一番人気と言っていいタイプだ。
「メイプルもこれにする?」
「うーん、三層の時にマイとユイに教えてもらってやってみたんだけど……」
その時は結局ものにできず、三層は【機械神】とシロップの飛行能力に頼って探索することとなった。
人気ではあるものの、習熟には時間がかかる。とにもかくにも操作が難しいのだ。
「もう一回チャレンジしてみない?私も教えるからさ」
「……うん!じゃあやってみる!」
「そうでなくっちゃ!」
二人は早速機械を購入する。すると購入に合わせて二人の前にクエストを示すウィンドウがポンと現れた。
「クエスト?」
「『飛行機械改良案』……ナンバリングされて同じ感じのクエストが並んでる」
報酬を見ると、飛行時間や高度、その他にも武器に属性を付与できるアタッチメントなど、文字通り飛行機械を改良するためのクエストらしい。
「今回フルスペックで使うにはクエストをこなす必要があるみたいだね。短時間の飛行ならやらなくても大丈夫そうではあるけど……」
現状の飛行機械の性能を確認したところ、サリーが戦闘中にやるような急な方向転換や三次元的な動きに関しては、未改良でも問題なさそうだった。それでも、より長時間の飛行や飛行時にバフがかかったりなどの有利な効果を得られるというのは魅力的だ。
「せっかくだし、これやっていこうよ!」
「そう言うと思った。それに一番三層エリアらしい要素だし、これが魔王へのアイテムに繋がるかも」
「確かに」
事前にここへ探索に来ていたマイ達によると、まだこのクエストがどこにどう繋がっているか完全には未解明らしく。
枝分かれするように多くのクエストが存在していること、さらに当然他のエリアから探索するプレイヤーも多くいることもあって、全プレイヤーを合わせても解明に時間を要しているのだと二人は想像する。
【楓の木】としてはマイ達が探索してくれている部分は除外して、二人もクエストを進めれば効率的に『魔王の魔力』を探すことができるだろう。しかし、何はともあれ最初の目標は飛行機械の強化。二人はまずやることを一つ決めると早速町を出ることにした。
町を出たメイプルとサリーが真っ直ぐ向かったのは高く聳える山の麓。この中腹辺りの洞窟が今回の目的地だ。木々の立ち並ぶ森を抜けて、山を登った先に希少な鉱石の眠る洞窟が待っている。
「まずは出力上昇から!」
「サクッとクリアしちゃおうか」
飛行速度を上げればメイプルにとってもサリーにとってもプラスになる。
二人の意見も一致して、まずはこのクエストからスタートすることとなった。
二人が森へと足を踏み入れる。森といってもそこは三層エリア。時折目に入ってくる歯車はただ不法投棄されたものではないらしく地面に半分埋まった状態で回転を続けている。
他にも木々の合間には淡く光るライトが吊り下げられており、一層エリアの森のような自然環境とは違うようだ。
であれば、出てくるモンスターも違って当然と言える。
「メイプル、気をつけて」
「うんっ!」
敵の接近を察知したサリーが声をかけてすぐ、飛び出してきたのは機械の人型モンスターが三体。それらは二人を視認すると、うち二体が木々の隙間を縫って高速で飛行し、腕を変形させて銃口を向けてくる。
残る一体は足に付いたブースターを起動し一気に加速するとその手に持った剣を構えて一気に距離を詰めてきた。
「メイプル、銃の方任せた!」
「【身捧ぐ慈愛】【砲身展開】!」
サリーの声にスキルで応える。メイプルはモンスターから放たれた青いエネルギー弾を自慢の防御によって無効化すると、敵の数倍の数の砲口でもって狙いを定めた。
「【攻撃開始】!」
放たれた大量のレーザーが森の中を抜けていく。機動力の高い敵といえど、元より飛行の容易でない森の中。そこにさらに隙間のない攻撃を回避することはできない。
メイプルの放つ赤黒いレーザーがモンスターの体を直撃し、爆発してよろけた所に追撃が入る。反撃のエネルギー弾はメイプルに届いているものの手数も防御力も違いすぎる状態では話にならない。
メイプルが二体の相手をしている間、自由に動けるサリーは正面の剣を持った個体と斬り結ぶ。
「速いな……」
流石に十層なだけあって、スピードタイプの敵はサリーの速さにもしっかりと付いてくる。
メイプルが圧倒できているのはあくまで異常な程の防御力があるからであって、一般的なステータスでは、そう容易くは上回れない。
そのはずだが。
ギィンと音を立てて敵の剣が弾かれ、サリーのダガーが首元を深く斬り裂く。
ステータスが同じなら、差が出るのは技量。モンスターと。いや、あらゆるプレイヤーとサリーの間に空いた絶対の距離。そうは縮まらない、サリーを強者たらしめる差。一度斬り結ぶたび、つまり間合に入るたび。敵の傷が一つ増える。
それは自ら死に向かっていくかのようだった。
「流石にこんなのには負けてられないんだよね」
雑魚相手にくれてやる命はないと、サリーはするりと一閃を躱してすれ違い様に首を刎ねた。
「ふぅ」
振り返って見ると、メイプルもまた二体のモンスターの銃撃をその身で受け止めながら、ちょうど二体を撃ち抜き爆破するところだった。
「そっちも大丈夫そうだね」
「うん!問題なーし」
「よし。ならこのまま行こう。モンスターが出たら同じ感じで」
「遠距離は任せて!」
毎度のことではあるものの、雑魚モンスター数体に歩みを止められる二人ではない。
向かってくるもの全て薙ぎ倒して、二人は山の中腹へ向けて順調に歩を進めるのだった。
そうして無事中腹まで辿り着いた二人は山肌に大きく口を開ける洞窟の前に並んで立っていた。
「ここ?」
「それでよさそう」
マップでクエストの目的地を再確認し、目の前の洞窟で間違いないと分かったところで、奇襲を警戒しつつ洞窟の中へと入っていく。
洞窟といってもここは三層エリアの機械に関わる素材の手に入る場所。それもあっていくらか人の手が入っているようで、壁には明かりが等間隔に付けられており、地面もある程度整えられ足場は安定している。
つまり、機械と共に生きる町における希少素材の採掘場所といった位置付けなのだ。
「この様子だとトラップはなさそうだね」
二人は念の為注意はしていたものの、実際トラップと呼べるものはなく、モンスターも森に出てきたものと変わらないこともあって、特に苦戦することもなく二人は最奥へと辿り着く。
そこでは青く輝く鉱石が壁面や床、天井に至るまであちこちから伸びており、これが二人の今回のクエストで求められるもので間違いなかった。
「まずはさくっと一つクリア!」
全員が通っていくようなクエストの一つだ。特にスキルやアイテムを持たずとも鉱石は採取できるようで、サリーが手で触れると青い鉱石はパキンと音を立てて根本から折れ、サリーの手の中に収まる。
「いる分だけ持っていこう」
「そうだね!」
あくまでこの後、機械の強化が本題だ。クエストは手早く済ませてしまおうと、二人は鉱石を採取して足早に洞窟を出ていくのだった。
クエストをクリアした二人は早速飛行機械の強化を済ませる。
ブーツタイプの飛行機械には先ほど採取してきたばかりの青い鉱石が取り付けられ、内部にエネルギーを供給しながら光を放っている。
この改良によって飛行速度がアップし、実質的な飛行距離の増加にもつながった。
他の強化も進めることにして、まずは飛ぶための練習だと二人は周りに人がいないところまで向かったのだった。
「この辺りでいいかな」
「モンスターもいないしね!」
障害物もなく、邪魔になるモンスターもいない。ここならメイプルがどこに落下してもぶつかるのは地面で済むだろう。
「前にもちょっと使ったことあるんだっけ?」
「うん。マイとユイに教えてもらって。その時は結局【機械神】で飛ぶことにして練習するのは止めちゃったんだけど」
メイプルはかなり早くから複数の飛行手段を持っていた稀有なプレイヤーだ。
どっしり構えて敵を迎え撃つ戦闘スタイルが、高い機動力を要求しないこともあって、飛行機械の魅力は他プレイヤーに比べて少なかったとしても不思議ではない。
とはいえその頃と比べて敵も強くなり、フィールドも広く多彩なギミックを内包するようになった。求められるものが多くなった今、メイプルも咄嗟の急加速や立体的に動いての戦闘が必要になることも増えた。であればメイプルにおいても飛行機械の機動力は輝くはずだ。
「まずはちょっと飛んでみるから見ててよ」
サリーはそう言うとメイプルの目の前でふわりと宙に浮き上がる。
「基本はこのまま滑る感じで動く。慣れたらこんなこともできるんだけど」
逆さになったり、急加速と急停止を繰り返したりと、素早い動きで空中を自在に飛び回る。
【水操術】と【糸使い】。さらに【氷柱】と【黄泉への一歩】の足場生成を組み合わせることで空中は最早完全にサリーの領域となっていた。
「というわけで、最終目標はこんな感じ」
「で、できるかなあ」
スキルを絡めた動きは別として、根幹となっているのはあくまで機械による飛行だ。
メイプルがサリーのそれを身につけられたなら、十層において【AGI】が低いことのデメリットは最早ほぼほぼなくなると言っていい。
「できるように教えてあげる」
「……うん!頑張ってみる!」
サリーはメイプルの手を取ると、二人で機械を起動してふわっと宙に浮く。
「まずはゆっくり飛んでみよう。あ、【身捧ぐ慈愛】は発動しておいてね?」
手を掴んだまま二人で地面に落下すれば、鋼鉄の肉体を持つメイプルと違って、サリーはバラバラになってしまう。
「安定するように持っててあげるから、まずは左にすーっと動こう。ゆっくり力を込める感じで」
「分かった」
サリーの手助けもあってメイプルは落下することなく、手を繋いだまま空中をゆっくり滑っていく。
「上手い上手い!この調子でいこう」
「ご指導お願いしまーす!」
「はいはい」
二人手を取って、滑るように踊るように空を飛ぶ。元々プレイヤーもモンスターもいない場所を選んだため、気兼ねなくいくらでも練習に没頭することができる。こうしてサリーのレッスンが一通り終わる頃にはメイプルも随分と上手く飛べるようになっていたのだった。




