防御特化と分裂。
「よっ、と!……ほんとイズさんのお陰でやれること多くて助かる」
サリーは奥へ奥へとボールを投げ込んでいく。もちろん適当に投げているわけではない。飛んでくる毒塊の角度や発射時の音からボスの位置をある程度予測し、その後ろに落ちるように投げているのである。
ガコンッと大きな音を立て、辺りに充満する紫のもやがほんの少し揺らぐ。
それを確認したサリーは見えない奥へと数本の糸を伸ばす。びたっと糸が張り付く感覚。上手くいったことを確信して伸ばした糸を一気に縮める。
ガリガリと地面を何かが擦る音。もやを切り裂くように姿を現したのはいくつもの大きな球体。そして、それに押し出される形で無理やり連れてこられたボスの毒塊の姿だった。
「よし、上手くいった!」
イズ特製のボール。時間が経つと巨大化するそれは、本来は空中に投げたりトゲ付きにしたりして攻撃に使うためのもので、サリーが使う予定はなかったが、上手く応用してボスを引っ張り出すことに成功した。
「【氷柱】!」
逃げ出せないように氷の柱を立てて、動けないメイプルの前にボスを固定する。
目の前にいるメイプルは次々に放たれる毒塊でぐしゃぐしゃになってはいるものの、攻撃そのものではダメージは受けないため、どうということはない。
「とりあえず持ってきたけど……これ本当にいくの?」
「柔らかそうだし大丈夫なはず!」
「気にしてるのは見るからに毒物なことの方なんだけど……届かないだろうからこのまま埋めちゃうよ?」
「おっけー!スキル目指して頑張る!」
サリーがボスとメイプルとの距離を更に縮めて、座ったまま口が届く範囲までボスを寄せるとボスもメイプルがあまりに近づいてきたためのしかかって攻撃してきた。
「息大丈夫!?」
「水の中じゃないから大丈夫みたい!」
「よかった。それにこれなら座ったまま戦える……食べられる?よね」
それへの返答は行動で。毒塊から連続して小さなダメージエフェクト。わずかに減るHPバー。その体がなくなるまで逃しはしない。
「ごゆっくり」
「ふぁーい!」
毒塊の中に完全に埋もれてしまってはいるものの、聞こえてきた元気な返事に安心しつつ何かあった時のために備えるサリーなのだった。
そうしてボスとの戦闘。もとい捕食を行うメイプル。流石に十層なだけあって捕食のみで倒し切るのは途方もない時間がかかってしまう。ただ、メイプルがよく手にするスキルはどれも最後の一撃が捕食、正確にはドレインであれば問題ない。それはサリーも【糸使い】を手に入れた時に確認済みだ。
「【ダブルスラッシュ】!」
行動パターンが変わるようなHPになるほどまで削ってしまわないように、適度に火力を抑えてボスのHPを減らして時間を短縮する。
そうしてメイプルが一口、また一口と食べ進めていくうちにそれは起こった。
ブルブルと揺れ始める毒塊。サリーが警戒する中、サリーの拘束から逃ると、ボスは一瞬で目の前からいなくなる。
それだけならよかった。
サリーは【身捧ぐ慈愛】の範囲が急速に移動していくのに気づき、即行動を起こした。
「【超加速】!」
幸いにも【身捧ぐ慈愛】の範囲は広い。サリーが同じ方向へ全力で走れば何とか中にとどまれる。普段ならただ目立つだけになることも多い光のエフェクトが今回は助けとなってくれた。
「メイプル、大丈夫!?」
「だ、大丈夫ー……突然跳ねたからびっくりしちゃった」
互いに無事でほっと一息ついたところで、不思議と紫のもやが少し薄れていく。それでも毒は受けるだろうが、視界を遮る程ではない。
そうして多少晴れた視界にいくつもの毒塊が跳ねていくのが見えた。
「あれっ!?」
「……分裂?本体が分からないと時間を稼がれて毒に苦しめられる、みたいな。今もすごい勢いで毒液飛んできてるし」
地面は足の踏み場がないほどべちゃべちゃの状態だ。当然この毒を飛ばす攻撃そのものにも本来ダメージはあるはずで、短期決戦を求められる中での分裂は厄介な戦法だったのだが。
「メイプルが入ってるのは一つだけだから、お陰で楽に分かった」
「偶然だったけどよかったあ」
「なるべく早く倒しちゃおう。玉座に戻るのも難しいし」
回復能力が落ちた分サリーはポーションでメイプルを援護して、完食するのを待つことにした。
「ちなみに美味しいの?」
「あんまり……」
見た目こそ葡萄味のゼリーのようだが、中身は劇毒だ。美味しいわけがない。
「そりゃそうか。本当よくやるね」
いいのか悪いのか分からない成功体験を重ねてしまったが故、メイプルの選択肢に捕食が入ってきてしまった。
「せめてスキルは手に入るといいね」
「ね!」
こうして次第に減っていくHPバーを見つつ、食い千切られるボスの体が動かなくなって、そうしてゆったりと戦闘は終わっていくのだった。
最後の一口がボスのHPを削りきり、パリンと音を立てて、メイプルを包み込んでいた毒塊は崩れて消えていく。
「ありがとサリー!一人だったらこんなふうに倒すのは無理だったよー」
「確かに回復役がいないと厳しかったかもね。役に立ててよかった。お、毒も消えていくね」
ボスの消失と同時に辺りに充満していた紫のもやも綺麗さっぱりなくなった。かかり続けていたメイプルの毒を解除して、もう毒にかかる心配もない。
「そうだ、スキルは?」
「あっ!そうだったそうだった……えーっと、あるある!増えてるよ!でも耐性低下じゃなさそう」
「おおー、さすがボス。まあまあ、ここなら他の人もいないし試しておく?」
「そうしよっか!あ、MPが足りない……鎧につけておこうかな?」
「結構足りない感じ?装備でどうにかできないこともないけど」
「使う時に100か200か300かで調整できるみたい」
「消費量を変えられるなら最大値でも使えるようにしたいし、装備にセットしておいた方がいいかもね」
MPを300確保できる装備となるとかなり強力なものが必要になる。それならばせっかく足りないMPを肩代わりできる最高の装備があるのだから、それに頼る方が無理なく自然なやり方だ。メイプルは鎧のスロットにスキルをセットする。
「じゃあ300使って全開で!」
「うん。見せてみてよ」
「【毒性分裂体】!」
メイプルを包み込むようにどばっと溢れた紫の毒液がそのまま地面に流れ出して辺りに広がっていく。
そうしてできた毒だまりからゴボゴボと音を立てて三つの毒の柱が立ち上がる。
それは徐々に形を変えてメイプルの姿を形取ると色まで完全に模倣してメイプルと瓜二つになった。
「おおー、区別つかないね。これ、どこまで真似できるの?」
「スキルは何も使えなくて、でも能力値は同じだって!」
「【絶対防御】とかは発動してないけど装備のステータスは反映されているってことで大丈夫?」
「うん」
「なるほど」
スキルを一切持たないといってもメイプルのユニークシリーズは凄まじい防御力を持っている。装備分と基本ステータスが反映されているならば並の攻撃は効きはしないだろう。
「ある程度は指示できるけど何もしなかったら毒で攻撃してくれるみたい」
「ああ、さっきの」
「後は再発動で爆発する!」
「……?」
「【毒性分裂体】!」
メイプルがもう一度スキルを発動すると、メイプルの見た目だった三体の分裂体はバァンと音を立てて弾け飛びあたりに毒液を撒き散らした。
「…………」
「すごーい……ほんとに爆発したね」
絵面はまあ中々にショッキングだが、それはいいかとサリーは一旦納得しておいて、そういえばと気になることについてメイプルに確認する。
「それさ、【蠱毒の呪法】は乗るの?」
「スキルは持たないって書いてあるけど……」
「元はメイプルが使う毒スキルではあるからさ、どうなのかなって」
「確かに……」
「もし効果あるなら強そうじゃない?倒そうにも滅茶苦茶防御力高いわけだし、近づいたら爆発させることもできるし。私の分身と違って耐久力があるから壁にもなってくれる」
「なるほど。結構いいスキルなのかも!」
「分からない部分は試しておこう。戦略にも組み込めるしさ」
「うんっ」
確かな成果を得つつ、クエストをクリアした二人は辺りを毒に汚染していたボスの住処から脱出するのだった。
メイプル達が攻略を進めているのと同じように、他のギルドもまたそれぞれ手分けしたり、有利なプレイヤーに各エリアを任せたりと、方針を決めて十層の攻略に乗り出していた。
もちろんその中でも順調に素早く攻略を進めているギルドはあり、【集う聖剣】もそのうちの一つだった。
「流石にレイの方が速いねー。レアモンスターなだけあるなー」
「落ちるなよ。助けようがねーからな」
「お、ペインそろそろだぜ」
「ああ。高度を下げよう」
町で貸し出されているドラゴンに乗らずとも四人で移動できる【巨大化】可能なレイがいる。対人イベントでも幾度となく役立ったその高速飛行は、広大な十層においても頼りになる。
地面に着地して四人はレイから降りる。
「ここから先は飛んでいけないもんねー」
「空も全部飛んでいけるわけではないようだからな」
強風や撃破不可能なモンスターなど、いくつか空にも通過できない場所はある。クエストの都合やイベントのためなど、飛ぶことによってどうしようもなくそれらが成り立たなくなってしまうような場所は飛んでいけないようになっているのだ。
「シャドウも【巨大化】できたらねー」
「今更できるようにはならねーだろうな。【巨大化】は基本初期のスキルだ」
シャドウに乗って移動できればこういう場面も楽にはなるのだが、今後もそれはできなそうだ。その分戦闘時には役立つ強力な移動スキルがあるため、適材適所というものである。
「うっし、早速攻略と行くか」
「移動速度上げるねー。ん?」
バフをかけようとしたフレデリカの視界に入ってきたのは円形に光り輝く地面が高速で横切っていく光景だった。
見上げると、町で借りられるドラゴンが一匹空を飛んで通り過ぎていくところだった。それは少し行ったところでゆっくりと高度を下げ森の中へ消えて見えなくなった。
「あれは……メイプルか」
「だろーな。【身捧ぐ慈愛】の光だろ」
「あっちって何かあったっけー?」
「いや。現状そんな情報はないぜ」
「見に行ってみよーよ。何かレアなイベントとか見つけてるかもー?」
「ま、ないとは言い切れねーな」
「ふむ。なら行ってみようか」
「え、本当に?」
乗ってくるとは思わなかったという風にフレデリカは目を丸くする。
「はは、フレデリカから提案したはずだろう。【楓の木】は動向をチェックしておきたいギルドだ。この広い十層なら偶然会った時に現状確認はしておいた方がいい」
「ならレイに乗っていくか!【巨大化】解除する前でよかったぜ」
「ああ、そうだな。レイ!」
ペインは三人をレイに乗せるとメイプルらしき光が消えていった森の方へと飛んでいくのだった。
近くまで来ると、着陸したレイから飛び降りてフレデリカは辺りに意識を向ける。
「この辺りかなー」
「……!」
「…………!」
「お、誰かいそうだぜ」
内容までは聞き取れないものの、少し先からは戦闘音と誰かの声が聞こえてくる。どうやらまだダンジョンに潜ったりはしていないようだ。フレデリカが先頭になって様子を見にいき、目の前の茂みの向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきたことで、確信を持って茂みから顔を出して様子を伺う。
そこにいたのは三人のメイプル。それが大きな熊のモンスターにぎゅっと抱きついていた。熊はガシガシとメイプル達を殴って攻撃しているものの、ダメージはない。
そうしているうち、まだ十分にHPがあったはずの熊は突然蒸発するように消えていった。
「……?」
サリーの能力で分身させているのかと思っていたフレデリカだが、どうにも違いそうだ。
ならば新たなスキルなのかと三人のメイプルを見ていると、それらはいきなり爆発し辺りに破片を撒き散らかした。
「うわ……!」
「ん?あ、フレデリカ!」
「あっ……やっほー二人ともー」
あまりの光景に思わず声を上げてしまったフレデリカに二人が気づいて近づいてくる。
それに少し遅れてペイン達三人が姿を現す。
「フレデリカがすまない。ちょうど飛んでいくのを見かけたから少し話でもと思って追ってきた」
「そうだったんですね!」
「レアなイベントでも見つけたんじゃないかって思ったんだけどー。この辺りってクエストとかで来る場所からちょっと外れてるし。新しいスキルを試しに来ただけかー」
「今度のイベントではフレデリカに真っ先に使ってもらおうかな?」
「遠慮しとくー」
「ふふ、見られたからには生かしておけぬってね」
こうは言うものの実際はスキルの詳細が分からなければ見られてもたいした問題はない。サリーのこれも冗談のようなものだ。
それに今回のスキルは知っていようといまいと厄介さはそう変わらない。
「フレデリカが覗き見るようなことになってしまったからな。二人が望むならこちらから何か情報提供はできるがどうだろう」
お詫びとしての申し出を受けて、二人は情報をいくつか受け取った。
「流石ですね。【集う聖剣】はかなり攻略が進んでいるんじゃないですか?」
「まあまあだな。ギルドメンバーも多いがそれでも手が足りないくらいだぜ」
「クエストを進めるだけならそこまで詰まることもねーけどな。それだと取りこぼすイベントが多すぎる」
「私達も強くなっちゃうからねー。あ、今度また一戦やろうよ」
「いいよ。期待しておく」
「これでもまだ未探索エリアの方がはるかに多い。俺達も人手はいくらでも欲しい。一度は同盟も組んだことだ、協力し合えると助かる」
「もちろんです!」
「困ったことがあれば声をかけてくれ。必要なら手を貸そう」
「はい!」
「ならこっちも手を貸してもらっておかない?元々ちょっと探索に行くつもりだったしー」
「メイプルがいいなら。どう?」
「うん、大丈夫!それにちょうど同じクエストだったりするんじゃないかなあ」
「確かに連戦だし【集う聖剣】がいてくれるなら心強いか」
「やったー!んふふ、これで防御は考えなくて済むねー」
「Win-Winってやつだな!」
「なら早速いこーぜ。攻撃専念でいいなら作戦も変わる」
「ああ、あまり時間をかけさせるのも悪い。早速出発するとしよう」
【集う聖剣】と共にクエスト攻略。メイプルの絶対的防御から繰り出されるどれを取っても最高峰の攻撃。
巻き起こる蹂躙に次ぐ蹂躙。飛び交うスキルにより吹き飛ぶモンスター達。
それはボスであっても変わらない。
いかに十層といえども万全の状態の六人を相手にできるモンスターが、誰でも挑戦できるようなクエストに配置されているわけもなかった。
今回、クエストが達成できたかどうかは最早語る必要もないだろう。
それほどまでにメイプル達は強力なパーティーだったのだから。
バァン(メイプルが飛び散る音)