防御特化と毒性2。
「とりあえず一匹捕まえようか。毒も回復すれば耐えられるって分かったし」
「うーん……どうやって捕まえる?」
「毒の霧の中で試すのはちょっと危ないから、シロップの上まで連れてきたいけど……できなくはないけど、んー」
ほとんどのモンスターは弱らせたところで動きが鈍ったりはしない。HPが1でも残っていればピンピンしている。
「サリーは何か案はある?」
「んー、思いつかないことはないけど……」
「え!聞かせて聞かせて!」
メイプルがぐっと顔を近づけて興味津々という風にサリーの言葉を待つ。サリーはこれはもう仕方ないかと、思いついてしまった作戦についてメイプルに話すことにした。
「できそう!」
「だから言わなかったんだけどね。ちょっと危ないし」
「大丈夫。危なくなったら先に攻撃しちゃうから」
「……それもそうか。分かった。じゃあやってみよう、メイプルそこ立って」
サリーはメイプルを立たせると手から糸を伸ばしてメイプルに巻きつける。
「良さそうなタイミングで合図してね」
「おっけー!」
サリーはそのままシロップの端に立つと、スルスルとメイプルを地上に向けて下ろしていく。獲物は蛇、餌はメイプル。
いざ、フィッシングスタート。
紫のもやで地上は覆われてしまっているため、サリーはじっとメイプルの合図を待つ。
すると。
「サリー!いいよー!」
下から聞こえてきた声に、サリーは伸ばした糸を引き戻す。感じるずっしりとした重み。それはしっかり獲物がかかっていることを示していた。
「ポーションおねがーい!」
「はいはーい」
糸の先目掛けて回復ポーションを連投しながらメイプルを引き上げること少し。蛇にギチギチに巻きつかれて全く動けなくなったメイプルは、首筋を噛まれた状態でシロップの上に転がっていた。
「さて、口は開く?」
「な、なんとか!」
「じゃあ回復はこっちでやるから、防御低下のデバフもかけとくよ」
「ありがとー」
「調味料も適当にかけとくよ」
「あ、ありがとー?」
メイプルの耐性を低下させることはできても、毒の霧がない状態ではフルスペックは発揮できない。自前の毒でダメージを与えてもサリーが回復させてしまう。
これに対するメイプルの捕食によるダメージ。こちらも微々たるものだが、蛇には回復手段がない、この差は大きかった。
「味変しとくね」
「ピリピリするかも!」
「……それは多分蛇の毒」
「そっかあ」
メイプルはのんびりと食べ進み、ついに蛇のHPはゼロになった。
釣ったものは美味しくいただきましょう。パリンと音を立てて蛇は消えていき、メイプルも拘束から解放される。
「どう?スキルは」
「えっと……ざんねーん。ないみたい」
「ま、そんなこともあるか。モンスターも沢山いるしね。また似たようなタイプがいたら試すのもアリかも」
耐性低下スキルはメイプルの戦略の幅を大きく広げてくれるだろう。
十層を探しているうちにそんなモンスターや、らしいイベントにも遭遇できるかもしれない。
楽しみにしておくことが一つ増えたと前向きに捉えて、二人はこのまま地上を避けて奥へと向かうことにした。
「邪魔されちゃうかな?」
「どうだろう。最初くらいは許してくれるかも」
シロップを飛ばして奥にいる毒の主の元へ。モンスターに妨害されないことを祈りつつ、快適な空の旅を続ける二人なのだった。
今回のところは妨害もなく、無事に最奥までやってきた二人は改めてシロップの上から地上を確認する。
「見えないねー」
「降りるしかないか」
敵の姿が全く見えない状態では、二人といえど倒しきるのは流石に難しい。
イズからもらった爆弾や【機械神】によって生成した兵器を惜しむことなく使えばいつかは倒せるかもしれないが、そこまで手間とリソースを注ぎ込む必要もない。
「メイプル、高度を下げて」
「はーい!」
地上の状況を確認できないため、いつものような飛び降りではなく、シロップに乗ったまま徐々に高度を下げていく。モンスターまみれだったり、地面に大穴が空いていたりしても把握できないのは危険だ。
以前にも下を確認せず飛び降りて串刺しになりかけたことがあるため、ここは慎重に様子を窺う。
「何かいそう?」
「物音はしないね」
「じゃあ降りるよー」
ズンッとシロップが着地する。辺りは変わらず紫のもやに覆われているものの、モンスターの気配はない。
「毒の原因ってどこだろう?」
「メイプル、そこじゃないかな?」
「……?」
サリーが指差した先には地面に走った大きな亀裂。幅は二人が横に並んで手を広げたくらいだろうか。近くに顔を寄せて奥を覗き込んでみると、紫のもやがこれまでの比ではない勢いで噴き出してきた。
「うわっ!」
「毒効かない状態じゃないとここからは本当に進めないかも」
「【身捧ぐ慈愛】は常時発動だね!」
「そうしてくれると助かる」
よくよく見ると亀裂の端に沿って足場が続いている。この先が目指す場所となるとシロップに乗って降りることはできない。ここは用意された足場を使うしかないだろう。
「落ちた先がどうなってるか分からないから気をつけてね。あんまり離れちゃうと見えなくなるから」
「うん、気をつける」
二人で足元を確認しながら亀裂を底へと向かって移動する。そうして辿り着いた地底は毒のもやが充満しており、あちこちからシューシューと毒の噴き出る音が響いていた。
「気をつけて」
「うん。何が出てくるか分からないもんね」
警戒しつつ辺りを確認すると、ここはある程度広い空間のようだった。ただ、天井はそう高くなくスペースには限りがある。派手に飛び回るのは難しいだろう。
びちゃっ。毒の噴出音に紛れて、気配を探る二人が聞き取ったのは粘性の液体が弾ける音。
紫のもやを貫いて飛んでくるのは濃い紫の液体。二人も即座にその正体を看破。間違いなく毒。メイプルの【毒竜】のそれにも似た毒の塊がどばっと二人に降りかかる中、素早く対応したのはサリーだった。
「【鉄砲水】!」
サリーは範囲外に出るとそのまま強烈な水流で毒を押し返す。メイプルも未知の敵を前に、大盾を構えてサリーの隣まで逃げてくる。
「何かいる」
「ボス……だよね?」
「多分ね」
まずは姿を確認しなくては話にならない。しかし、敵も待ってはくれないようで次々に毒の塊が飛んでくる。
弾速は遅め。サリーなら容易に、メイプルでも何とか躱せるレベルだが、毒使いというだけあって正面切って戦うわけではないようだ。
「地面に残るか……!」
「サリー、出ないようにね!」
着弾地点を中心に広がる毒だまり。見通しを悪くする紫のもやも相まって、戦場はかなり敵に有利な状態だ。
【身捧ぐ慈愛】による防御がなければ話している余裕すらないだろう。
「とりあえず飛んでくる方撃ってみて!」
「分かった!」
メイプルは兵器を展開すると毒液が飛んできた方へ大量の弾丸を放つ。角度を変えて、天井から地面、左から右へとばら撒かれた弾丸のうちの一つが何かを捉えHPを削り取る。
手応えを感じた二人はそのまま距離を詰めていく。【身捧ぐ慈愛】の範囲から出ないように先行したサリーはボスの正体を突き止めた。
「スライムみたいなタイプか……!」
ドロドロと流動的な紫の大きなボディ。紫のもやを噴き出す本体もまた全身が毒でできた怪物だった。手足はなく、目や口もなく。まさに生きる毒塊といった風だ。
「【カバームーブ】!」
メイプルが追いついてきたことでサリーもさらに前に出られる。
ボスの動きは遅く、サリーならば逃げられる心配はない。朧を呼び出し、武器に炎と水を纏わせて強く踏み込むと一気に距離を詰めきる。
「【クインタプルスラッシュ】!」
ずぶっと刃が沈み込み、深々と攻撃の跡が残りダメージエフェクトが散る。しかしスキルによって三重にかけられた追加ダメージ込みでも思ったほどの手応えはない。
「硬いな……ダメージカット?」
反撃を受けないうちにサリーは一旦少し距離を空け、目を凝らしてもやの中のボスの動きを警戒する。
するととボスは大きく膨れ始め、直後辺りに充満しているものより濃い紫の毒ガスを噴き出した。
「サリー!」
急速に広がるガスを避けきるのは難しい。【身捧ぐ慈愛】はあるものの、念のために近くにとメイプルはサリーを呼んだところで二人をガスが包み込む。
「うっ……!?」
「持っててもおかしくないと思ったけど!」
メイプルが毒状態になったことを示すアイコン。地上の毒蛇ですら持っていた耐性低下。ボスが持っていても不思議ではない。
問題は今回は避難する先がないということだ。
「メイプルは全力回復でお願い」
「【天王の玉座】【救済の残光】【瞑想】!」
メイプルの自己回復に加え、ボスに対抗してイズからもらったアイテムで持続回復効果を持つ癒しの緑の霧を発生させる。適宜使用するポーションも含め五重の回復効果はメイプルの減ったHPをすぐに元に戻していく。クロムを近くで見てメイプルは回復し続けることの強さもよく分かっているのだ。
「毒だけなら何とかなりそうだね」
問題はメイプルが玉座に座っているため動けないうえ、【瞑想】を使うために攻撃もできないことだ。今のメイプルは辺りに絶対的守護を振り撒く彫像といったところである。
「引き込むしかないけど……来てくれるかな」
ボスは距離が空いているうちは毒塊を撃ってくるばかりで接近戦は仕掛けてこない。ボス側としてもこの毒の中で耐久戦ができていることは想定外だろうが、となるとどちらか、正確にはサリー達が近づかなければ戦況は動かない。
ただ、サリーはメイプルの庇護下から出るわけにはいかない。
いっそ【鉄砲水】を上手く使って引き寄せるか。と、そんなことを考えているとメイプルが声をかけてきた。
「サリー!チャンスかも!」
「……?」
「ボスも耐性低下持ってるみたい!」
「……!オーケー、任せて!」
どうやらこの親友はこの戦闘で負けたり苦しい展開になったりするなどとは微塵も考えていないようだ。それは強さからくる自信か共に戦う自分への信頼か。後者であればいいと思いつつ、サリーはプランを組み直す。
蛇は前菜、まだメインが残っている。
ボスなら望むものを持っているかもしれない。メイプルの前にあの毒塊を届けるためにサリーは準備を開始するのだった。