防御特化と毒性。
メイプルとサリーは依頼を受けてフィールドへ向かって歩いていく。
と、その途中。町の中から鎧をつけたドラゴンが一体、プレイヤーを乗せて飛び立つのが目に映った。
「テイムモンスター?」
「……じゃなさそうな気が。ちょっと見ていく?」
「うん!」
二人はフィールドへと出る前に一旦ドラゴンが飛び立った辺りまで向かう。
するとそこには同じように鎧をつけたドラゴンや、以前も頼もしかった馬など、何種類かの動物やモンスターの姿があった。
「……今回は借りる形式みたい。ドラゴンなんかはちょっと高いけどね」
「乗るのに制限とかは……」
「残念ながら一部ステータスがちょっと必要みたい。十層まで来てたらそんなに苦しい数値じゃないんだけど……」
極振りでここまでやってきたメイプルには厳しい、というより無理な要求値だ。
「ふふ、でも二人乗りができます」
「おおー!」
「乗ってみたいなら私が前で。ステータスは問題ないからどれでもいけるよ」
「シロップはお休みかなあ」
【念力】によって空を飛んでいるシロップは移動速度はかなり遅い部類だ。十層の探索にはこの速度では物足りない。
「あくまで非戦闘時の移動の手助けみたいだから、シロップはモンスターと戦う時に頑張ってもらおう」
「分かった!じゃあ馬は前に乗ったし、ドラゴンにしよ!」
「オーケー!空も飛べるし探索もしやすいはず。それに、元々これが気になってきたんだしね」
「うんうん!」
決して安くはないものの、ここまでもちゃんと探索を続けてきた二人はお金も十分貯められている。
小型のドラゴンの背に二人で乗り込むと、サリーの合図で一気に空へと舞い上がった。
「はやーい!」
「これまでで一番かもね!落ちないでよ?拾いにはいくけど」
「はーい!」
メイプルなら落ちても問題はないがちょうど下に人がいたりすれば事だ。
気をつけてしっかりと掴まるメイプルを連れて、サリーは目的地へとドラゴンを向かわせた。
しばらく空を飛んだ二人は目的地付近まで来て高度を下げるとゆっくり着地した。
「しばらくの間は呼んだら飛んできてくれるみたいだから、安全なところで待っていてもらえばオッケー」
「それなら戦うことになっても安心だね」
ドラゴンには待っていてもらい、二人はクエストで指定された先へと向かう。
そこは幾度目かの攻略となるゴブリン達の巣穴。奥へ奥へと続く暗がりの向こうにモンスターが待ち受けているのだ。目的は一定数のモンスターの撃破。つまり魔王の手先とされるモンスター達を倒し、安全を確保するといった内容のベーシックなクエストとなる。
「入っていくしかなさそうだね」
「じゃあ私が前で!」
モンスターを倒すには敵の本拠地に踏み入るしかない。メイプルは大盾を構えるとサリーを守るように前に立って奥へと歩き始める。
すると早速奥にゴブリン数体が見えた。
「よーし」
「……メイプル!」
「うわっ!?」
サリーが突然メイプルを掴んでぐっと引き戻すと、目の前を壁から突き出た鋭い槍が横切る。それは僅かにメイプルを掠めてダメージエフェクトを散らせた。
それを見たゴブリンは上手くいったと言わんばかりに笑い声を上げて奥へと消えていってしまう。
「罠を張ってるみたいだね」
「いたた……ありがとうサリー」
「ダメージはそんなに高くないけど……貫通か」
ただのトラップでメイプルの防御力以上の威力というのは考えにくい。それはあらゆるプレイヤーを一撃で葬るものとなってしまうからだ。
「もし当たっても回復を挟めば大丈夫だと思う。ただ、トラップがどれくらい連続で発動するかは読めないから」
四方八方から防御貫通の矢が飛んできて、反応できずに倒されるというケースもないとは言い切れない。
警戒して進むしかないとメイプルに床や壁を確認するよう伝えるサリーだが、少し考え事をしていたメイプルからは別の作戦が返ってきた。
「こういうのってできるかなあ?」
「ん?どんなのか聞かせて」
メイプルが思いついた作戦をそのまま話すと、サリーは何度か頷きながらたった今聞いた作戦について考える。
「悪くないと思う。こっちにリスクもないし、やってみよっか!」
「やった!」
「じゃあ早速準備しよう」
「はーい!」
メイプルはサリーの前に立つと、どこにトラップがあるか分からない巣穴の奥、少し下っていく薄暗い闇の方へと短刀の切先を向けた。
「【毒竜】!」
噴き出したのは大量の毒液。びちゃびちゃと音を立てて紫の液体が洞窟内を汚染していく。
メイプルはこれでよしと言ったふうにうんうんと頷くと、目の前にインベントリから取り出した爆弾をこれでもかと並べていく。
イズ特製の時限爆弾は時間がくれば勝手に爆ぜる。もちろん威力も十分な一級品だ。
「おっけー!」
「【鉄砲水】!」
メイプルの合図でサリーが呼び出した大量の水は致死毒と共に危険物を巣穴の奥へと押し流す。
「【毒竜】!」
「【水の道】!」
メイプルが毒を用意し、サリーがそれを押し流す。巣穴の出口は入り口と同じ。二人が入ってきたこの一箇所のみ。
悲鳴こそ上がらないが、勢いよく毒水の流れる音と爆発による地響きが奥の状況を伝えてくる。
「あ!クエスト達成度上がってるよ!」
「上手くいってるみたいだね」
どこかでゴブリンが息絶えた。毒殺か、溺殺か、はたまた爆殺か。洞窟の空間全てを水で希釈した致死毒に沈める勢いで、二人は動かずして巣穴を制圧するのだった。
そうして巣穴が八層のダンジョンかと錯覚してしまうような状態になった頃。
「あ!」
「おおー」
「やったー!クリア!」
「無事……?うん、無事勝てたね」
奥は凄まじいことになっているがもう踏み入らないため問題はない。少しすれば水も毒も効果時間切れで消滅するだろう。
「楽できたしこのまま次も行っちゃおうか。ちょうどメイプルと相性が良さそうな相手だし」
「ってことはアレだね!」
「そそ、あのクエスト」
クエストはまだまだ残っている。サクサククリアして、目指すは十層のラスボスとなる魔王の元だ。特段動くことなくモンスターを滅殺した今の二人なら疲れもない。次もベストなコンディションで戦いに臨めるだろう。
「またちょっと距離あるからドラゴンで飛んでいこう」
「おっけー!」
サリーはメイプルを後ろに乗せてドラゴンを再び空へと舞い上がらせる。
「この調子でもう一つくらいいけたらベストかな」
「ふふふ、任せてー」
「頼りにしてるよ」
広いフィールドもしばらく飛んでいけば目的地まで辿り着ける。移動速度に優れ空を行くが故にモンスターの多くを無視できる。ドラゴン様様である。
そんな二人が次に降り立ったのは、辺り一体の木々や草花が枯れ、荒れ果ててしまったエリアだった。
「とうちゃーく!」
「さてと、クエスト名からしてメイプル有利だとは思うんだけど……」
二人がこのクエストを選んだ理由。それはクエスト名が『毒の源を絶て!』という何とも分かりやすいものだったからだ。
毒とくればメイプル。メイプルとくれば毒だ。多くの武器を手にして戦法も多彩になったが、今でもお世話になっている。つい先程も見事にゴブリンを巣穴ごと撃滅した毒だが、使うだけでなくちゃんと耐性も持っているのがメイプルだ。
毒は対策されると弱いもの。ここはメイプルの【毒無効】と【身捧ぐ慈愛】のコンボで封殺しようというわけだ。そんな二人の目の前で地面にあちこちできた亀裂から紫色のもやが噴き上がる。
「毒っぽいよね」
「先に【身捧ぐ慈愛】使っておいてくれる?」
「おっけー!【身捧ぐ慈愛】!」
メイプルの背中から羽が生えて、全ての攻撃を引き受ける防御フィールドが展開される。
いかにサリーといえど毒の霧で隙間なく攻撃されれば、いくつかある強力なスキルのどれかを使って対処するしかない。
敵の攻撃の範囲が分からない以上避け切れるという前提で動くのは危険だ。サリーならそれでもやってのけそうではあるが、こういった時に無理をしないことが、ここまでノーダメージを続けてきた理由の一つなのは間違いない。ここは予定通り、無理をせずメイプルの力を頼るのがベストだ。
「早めにチェックしておこう」
「そうだね」
メイプルはとことこと亀裂の近くまで歩いていくと紫のもやが出てくるのをじっと待つ。少しして噴き出した紫のもやを全身に浴びてその効果を確かめるとメイプルは後ろで見ていたサリーの方にくるっと振り返る。
「大丈夫みたい!」
「ん。なら気をつけるのはモンスターの方だね」
「任せたまえー」
二人は安全だと確認が取れたもやの中へずんずん踏み込んでいく。
奥へ行けば行くほど亀裂の数も増えていき、ほぼ隙間なく辺りに漂うもやは視界をも奪う。メイプルのお陰でこれ自体は邪魔なだけで済んでいるが、毒が効くプレイヤーではまともに歩くことも難しいだろう。
「すごーい……紫色の霧の中みたい」
「これは流石に避けきれないかな。使っておいてもらって正解だったね」
そうして悠々と進む二人の前に遂にモンスターが現れる。
ずるずると体を引きずって、二人を囲むように四匹で近づいてきたのは霧と同じ紫の鱗を持つ蛇だ。ハク程の常識はずれな巨体ではないが、数メートルはある体はメイプルとサリーに巻きついても余りが出るくらいには長く、二人の胴体ほどの太さを持っている。
拘束されれば抜け出すのは難しい。一見してそんな印象を受けた二人は言葉を交わすより早くさっと背中合わせになって死角を潰した。
これまで積み上げてきた幾度もの戦闘で染みついた動き、素早く戦闘態勢を整えた二人に紫の大蛇が一気に飛びかかる。
たとえ当たってもメイプルが庇ってくれる。それは分かった上で、サリーは正確に蛇の攻撃を見切る。
「【氷柱】!」
自分によってメイプルがリスクを背負うことはそう簡単には許さない。
氷の柱で一匹の蛇を打ち上げると、武器を大槌に変形させて別の蛇の頭を捉えて弾き返す。
サリーが二匹の蛇を完璧に対処するその後ろでメイプルは大盾をぶんと振って、目の前にいた蛇を一瞬のうちに消し飛ばす。
サリーの攻撃とは訳が違う、今なお変わらない【悪食】による問答無用の一撃。
細かな対応も難しい動作も必要ない。当てれば終わり。その何と単純明快なことか。
しかし、メイプルはサリーほど上手く全てに対処はできない。一匹を即死させたものの、横から飛びかかってきた残る一匹の蛇がメイプルの胴に噛み付いた。
「……えいっ!」
噛み付くということは接近するということ。【悪食】残弾あり。よって攻撃イコール死。ぐにっと押し付けた大盾が【悪食】によって蛇を飲み込むのには数秒もかからなかった。
「ふぃー」
ダメージなし。同じレンジで戦ったならメイプルの方が遥かに強い。
「残りは私がやるよ。ボスに残しておいて」
「はーい!」
二体ならサリーが対応しきれる。メイプルは安心して機械神による火力支援に回ろうとする。
メイプルのHPがぐんと減少したのはまさにその瞬間だった。
「えっ?」
「【水の道】!」
サリーはメイプルよりも敏感にHP状況について察知すると、糸を巻きつけメイプルを連れて即座に真上に泳ぎ出した。
「【跳躍】!」
そのまま空中に足場を作ったサリーはそれを起点に跳躍しさらに上空へと飛び上がる。紫のもやを突き抜けて、蛇の姿など遠く見えなくなったところでメイプルと自分を繋ぐ糸をぐんと引いて跳ね上がったメイプルを抱き止める。
「【ヒール】」
「シロップ【覚醒】【巨大化】!【念力】!」
メイプルの対応もよかった。サリーの意図を理解して呼び出したシロップを即座に巨大化させ、空中に浮かべて甲羅の上に着地する。
こうして安全は確保したものの、メイプルはHPが減少した理由が分からず困惑気味だ。
「な、なんでダメージ……?」
「落ち着いて。回復はこっちでするからステータスを確認してみよう」
サリーはポーションを取り出しつつ、メイプルに詳しい現状確認を求める。
「えーっと……あれ?毒……?」
メイプルは自分が毒状態になっていることに気がついた。それはもう長らく無縁だったもので、久しぶりのその表示に目を丸くする。
「毒ね。なら状態異常を」
サリーが取り出したポーションをメイプルに使うとと、毒はすんなりと解除された。
「あっ、これかも!耐性低下中!」
状態異常とはまた別の能力低下のようなもの。後数分の間メイプルの【毒無効】は弱体化してしまっているようだ。
「なるほど。さっきの蛇の攻撃に耐性低下効果があったのかな。で、この毒の霧でそのまま毒に」
「じゃあ当たっちゃダメってことだよね」
「だね。盾で防ぐか避けるか。モンスターも中々強い動きをしてくるようになってきたなあ」
「これだと耐性があっても安心できないかも」
「イズさんが作ってくれるアイテムでも耐性強化できるし、もう今はスキルも色々あるし」
メイプルがそうであるように、多くのプレイヤーが耐性を持っている上、最近はアイテムでもある程度対処可能だ。となると、状態異常のスペシャリストと言えるようなモンスターはそれくらいでは抑え込まれない術を持っていてもおかしくはない。
「頭の片隅に入れておいた方がいいかも。その方がいざっていう時に焦らないですむから」
「そうだね!」
「それに悪いことばかりでもないと思うよ」
「……?」
「敵が使ってきたならどこかに耐性低下スキルがあってもおかしくないし、メイプルがそれを手に入れられたら……」
最近はもっぱら【蠱毒の呪法】による即死効果を期待して使っていた毒攻撃も、強力な拘束能力を持つ麻痺攻撃も、本来の輝きを取り戻すだろう。
「おおー!」
「もちろん相手が使ってきてもおかしくないから要注意」
「うん!……あ、じゃあさ一回あの蛇捕まえてみようよ!」
「……?」
「ほら、食べたらスキルくれるかもっ!」
「あー、まあ。蛇かあ。オッケー、一匹だけ残して捕まえてみよう」
ギリギリ食べてもおかしくない生き物か。と、サリーは少し目を細めつつではあるが納得し、メイプルの【毒無効】が元に戻るのを待って蛇の捕獲へ向かうことにするのだった。




