防御特化と十層へ4。
ボス部屋の中はちょうど中央で二つに分かれているようだった。物理的にではなくコンセプトがだが。
左側には流れる小川と豊かな緑。氷の壁が障害物としていくつか並んでいる。右側には荒れた地面と吹き出るマグマ。いくつかの浮かぶ黄色い結晶を結ぶように定期的に電撃が駆け抜ける。
そんな部屋の最奥。背中合わせになる二つの人影があった。一人は青い宝石がいくつもついた長杖を持ち、豪華な装飾のなされた白基調のローブに身を包む細身の男。
もう一人は竜の頭部と鱗に覆われた手足、大きな翼を持ちながら、鎧に身を包みその手に背丈ほどのサイズの雷散る大剣を持つ二メートル越えの大男だ。
メイプル達がもう一歩中へと踏み込むと、背中合わせだった二人が向きを変えてこちらに武器を向ける。
地面から噴き上がった水とマグマ。目の前の状況は一変する。
崩壊する戦場。滝のように流れ落ちる水とマグマが遥かそこへと落ちてゆき、道中同様いくつもの石柱によって構成された戦場が姿を現す。
いくつかの足場は氷と水、マグマと雷によって覆われており何も被害を受けずには使えないだろう。
予定をくるわされた【楓の木】に魔法使い風の男は杖を向ける。
展開された五つの青い魔法陣。予測される事象に、サリーはメイプルの方を見た。
「【天王の玉座】!」
その場に設置された純白の玉座。
青い魔法陣から放たれるのは竜巻のような激流。触れようものなら奈落の底へ。
素早く回避したサリーとカスミ、盾で防いで無効化したクロム。しかし、全員は避けきれない。
「……っ!だっ、大丈夫っ!」
轟音にかき消されないよう、メイプルが声を張り上げる。重なるノックバックを受けて、まともに行動はできないが【天王の玉座】が壁になって後方に吹き飛ぶことはない。
ただ、立ちあがろうものなら石柱から滑り落ちて戻っては来られないだろう。
「動けないなら……【古代兵器】!」
ガシャンと音を立ててキューブが拡散し変形合体して巨大な筒の形状になる。
誰かに当たった分全てがメイプルへと集約し、【古代兵器】展開のためのエネルギーを凄まじい勢いで供給する。もはや玉座上から移動することができなくなったメイプルにできることは固定砲台になることだけだ。
五つの水流に返すように青い光線が放たれる。狙いはこの水流の元凶。しかし命中する直前、巨大な白い魔法陣が前に広がり、同サイズの氷の壁となって光線を防ぎきる。
「メイプルはそのまま撃ってて!全部の攻撃には使えないだろうから!」
「うんっ!」
とはいえ。サリーは考える。メイプルの攻撃が決定打とならない以上、他の七人で崩すしかない。しかし、地形と水流は厄介だ。【身捧ぐ慈愛】は広範囲をカバーしているがそれでも魔法使いの元までは届かない。
それはマイとユイを直接届けることが難しいということでもある。
どうしたものかと頭を悩ませていると、状況は勝手に動き出した。
続いて空へ飛び上がり竜戦士が自ら接近してきたのだ。明らかな近接戦闘タイプ。自由にできるスペースに違いはあり、こちらが有利なポジションは取れないが、近づいてきてくれるならその方がずっといい。
「こっちから落とします!」
「オーケー!」
「足場を整えるわ!」
イズは鉄板を取り出すとそれをそのまま倒して石柱をつなげる。
そこに降り注ぐ炎のブレス。しかしイズはメイプルによって、鉄板は質にこだわって高めておいた耐久値によって問題なくやり過ごす。
「僕とクロムで速度を落とすよ」
「私とサリーで動きを制限しよう」
「「分かりました!」」
「ならまずは動きやすくしておくか【挑発】!」
クロムはマイとユイに向かおうとしていた竜戦士の注意を引くと、急降下から振り下ろされる大剣を正面から受け止める。
「ぐっ……!」
潰されそうになるような重い一撃。特殊な大剣は盾でのガードだけでは止めきれない。電撃が弾け、かわりにメイプルにスタンが入る。
それは【古代兵器】による攻撃が止まることを意味していた。
天井全域に広がる赤と白二色の魔法陣。まずいことが起こると思った矢先、生成された大量の氷柱とマグマが降り注ぐ。
「俺が防ぐ、ボスを頼む!【守護者】【精霊の光】!」
大盾使いは二人いる。メイプルの【身捧ぐ慈愛】の上からさらに重ねがけることで自分に攻撃を引っ張ってダメージ無効で広範囲攻撃を凌ぎ切る。
そうして稼いだ時間でメイプルはスタンから回復し再び魔法使いとの撃ち合いに、イズはカナデと協力して足場を整える。
そんな中飛び出したのはカスミとサリーだ。
「右からいく」
「私は左から回ろう」
安全な足場を飛び移って、竜戦士の下までやってくるとまずはカスミが飛びかかる。
懐に飛び込まれては対応しないわけにもいかない。ボスがカスミに向いた瞬間サリーは生成した氷の柱に糸を伸ばして背後に飛んだ。
「【鉄砲水】!」
陣形破壊、足場生成、時には脱出にも。サリーの手に馴染んだスキルが水を生み出し、竜戦士を押し流す。
それでも自由になったタイミングで再度飛びあがろうとしたところに紫の霧が溢れる。
「ネクロ【死の重み】」
「【スロウフィールド】」
「今よ!」
クロム、カナデ、イズ。三人によるデバフが竜戦士の移動速度を削り取る。
それは事前にポジショニングを済ませていたマイとユイが攻撃に移れるだけの時間を作った。
「「【決戦仕様】【ダブルストライク】!」」
竜戦士の大剣が可愛く見えるほど、あまりにも重い攻撃。【鉄砲水】に吹き飛ばされた体をそのまま逆方向へ撃ち返す。
派手な音を立てて魔法使いの裏の壁まで吹き飛んで叩きつけられ、HPバーが消し飛んだのを見て、これは決まったと確信する。
しかし、次の瞬間吹き飛ばした先の壁で輝きを放ったのは白い魔法陣。その輝きは竜戦士のHPを半分まで回復させた。
「「ええっ!?」」
「魔法使いが蘇生持ち……いや」
「同時撃破かもしれないですね」
「可能性はある。しかし……」
一体なら安全に倒せる。しかし、今の陣形のままでは二体同時に撃破はできない。
魔法使いまでの距離が遠すぎる。しかも、マイとユイは火力の調整などという器用なことはできない。戦闘参加すれば一撃。同時撃破するためには二人をばらけさせる必要がある。
そのためにはメイプルの【身捧ぐ慈愛】の範囲が問題になり、つまりリスクを取らなければ作戦実行は困難というわけだ。
「こりゃ数人で奥へ行くしかないか?」
「そうするしかないですね。ただ誰を……」
マイかユイのどちらか一人。メイプルとクロムを分ける必要がある。足場の生成とセットアップのための人員。
それらを両側に確保しようとすると編成の自由はほとんどない。
さらには安定感も著しく落ちるだろう。一度で上手く成功させなければ、そのまま分断されて合流も難しくなる。
仕方なくリスクを取るならもっと確実に勝てる方が好ましい。
「サリー!どーするー!?」
「メイプル、何か案ある?」
「えっ、私!?」
ここで自分に振られるとは思ってもみなかったメイプルは目を丸くする。サリーが振ったのにも理由があった。【身捧ぐ慈愛】を中心に戦略を立てている以上、メイプルの意思は重要になる。
「何もないなら全員で避けてその隙に進むしかないかな」
ノックバックを発生させているのはあの水流だ。何らかの方法で全員が直撃を避けられればメイプルも動き出せる。
とはいえ、時間と手間は相当かかってしまうだろう。
「……できることあるかも!」
何かを思いついたという風なメイプル。
「なるほど?なら作戦会議の邪魔にならないようこっちで引きつけとくぞ!」
クロムが竜戦士を引きつける内に、メイプル達は素早くメイプルの策を把握。リスクとリターンを考慮した上で、やる価値があるという結論を下す。
そうと決まれば早速準備だ。カスミは手短にクロムに作戦を共有すると、苦笑い気味にクロムもそれを了承する。
綺麗に両方を一撃で倒すためにはマイとユイが分かれる必要がある。
メイプルは両方は守れない。ここはクロムの出番だ。
「【結晶化】!」
【発毛】により毛玉になったメイプルの表面を結晶が覆っていく。
「うん。タイミングは大丈夫そう」
「っし、ならそろそろ寄せるぞ!」
決行の時が迫る。体積が増加したメイプルは玉座で何とか引っかかっている状態だ。
「そろそろ!マイ!」
「……行きます!」
「おっけー!」
「フェイ【アイテム強化】!」
「【大規模魔法障壁】!」
サリーがタイミングを見計らいマイは大槌を振りかぶる。それと同時にイズがアイテムの効果を高め周りの足場にバリケードを立て、カナデが障壁を展開する。それはほんの一瞬激流を止めて、メイプルをノックバックの連打から助け出した。
玉座から転がり出た結晶化したメイプルボール。振りかぶったマイの大槌はそれを真芯で捉えて真っ直ぐに飛ばした。
無理矢理な急接近。しかしこのままでは水流に跳ね返される。
そこでメイプルはこの状況でこそ使える唯一の対抗策を使う。
「【ヘビーボディ】!」
ノックバック無効。メイプルのステータスでは移動不能に陥るスキルだが、飛ばされている途中なら問題ない。もう着弾までは確約されている。
そんなメイプルを止めるため氷の壁が出現する。メイプルボールは鉄球ではない。マイに撃ってもらってもダメージは見込めない。
しかし、壁に直撃する直前。結晶化は解けた。
「流石サリー!」
完璧な時間計算。羊毛の内部で赤い光が大きくなっていく。もう、邪魔をする結晶はない。
直後、轟音。メイプルボールにたっぷりと詰まった爆薬がメイプルごと氷の壁を巻き込んで大爆発を起こす。
「「【挑発】!」」
それを合図にして、メイプルとクロムがそれぞれのボスの注意を引く。クロムに突撃する竜戦士、その背後には空中へ伸びる氷の道。
マイはボスの裏を取った。
「後はお願い!」
近くの足場に転げ出たメイプル。メイプルの仕事は氷の壁の爆破まで。ダメージを出せるスキルはあれど、マイには遠く及ばない。メイプルでは同時撃破は成し得ない。
メイプルボールの中に入っていたのは爆薬だけではない。マイよりも思い切りよく、無茶な作戦が実行できるもう一人のアタッカー。
壊れた氷の壁を抜けて滑り込んだ魔法使いのすぐ隣。大槌を振りかぶるのはユイだった。
「「【ダブルストライク】!」」
距離が離れていても完璧に息の合ったタイミングで振り抜かれた大槌は二体のボスをそれぞれ壁まで吹き飛ばした。
舞う砂煙。弾ける炎と水。パリィンと高い音を立てて二人のボスが消滅していくのを見て、作戦の成功に全員がよしっと笑顔を見せるのだった。
ボスの撃破と同時にまともに歩けないような状態になっていたフィールドも元に戻り、サリー達は飛んでいったメイプルとユイに合流する。
「ナイスー。上手くいったね」
「うんっ!よかったー」
「やっぱ二人の攻撃力は偉大だな。今回は王の時みたいなダメージ上限もバリアもなかったし」
「やはりあれが特別だったのだろう。それでも気を付けておく必要はあると思うが」
今回は先に竜戦士にダメージを与えられたことでいけるという判断になった。もし魔法使いが一定以上のダメージを一度に受けないような能力持ちだった場合、今回の作戦は上手くいかなっただろう。
今回は無事勝利できたが、これからもマイとユイが一撃で倒せないケースについて、頭の隅に入れておく必要はある。
「じゃあ楽しみにしていた十層に行ってみようか。ほら、奥に道ができてるよ」
「どんな感じかしらね。相当広いみたいだけれど」
「「楽しみです!」」
「じゃあ皆、行こー!」
メイプルを先頭に、八人は十層へと続く階段を上っていく。しばらく上った先で奥から明るい光が差し込んでいるのが見えた。
いよいよ十層だ。
期待に胸を膨らませながらメイプル達は十層のフィールドへと一歩を踏み出した。