防御特化と日常12。
八人動いていると想定より膨らみ……
燃え盛る黒い炎をメイプルの姿になったソウが受け止める。
クールタイムも長く、一戦闘中に二度できることではないが、スキルが重要なこのゲームにおいてこれほど強力な能力もそうはない。
「僕らで牽制する。距離をとって」
「ありがとうカナデ!」
ソウが【身捧ぐ慈愛】を展開できているうちに、燃え盛る地面の上から脱出する。
カナデは魔法陣から次々に魔法を放ち、ソウは【機械神】と【古代兵器】。さらに【毒竜】と【滲み出る混沌】など撃てるものを全て王へと撃つ。【擬態】が解ければどのみち使えなくなってしまうのだから、出し惜しみしても意味がないのだ。
障壁に阻まれつつもダメージを稼ぎ、追撃を許さない。ソウの【擬態】は解けてしまったものの、十分役割は果たしたと言える。
「魔導書には都合いいものはないかな。防御はどうする?」
「マイとユイ優先でいく。ダメージカットで耐えてくれるか?」
「うん。分かった」
カスミ、イズ、カナデなら防御力を上げてダメージカットを発動すれば耐える目はある。
完璧に防げないなら回復込みで戦線を維持するように切り替えるのだ。
「まずい時は予定通り残ったスキルを順に切りましょう」
「おう」
先程のような超広範囲攻撃はそれ相応の手段でなければ防ぎきれない。
こちらの切り札の枚数も限られている。使い所は慎重に見極めなくてはならない。
「じゃあまずは【救済の残光】!」
メイプルの背から四つの白い羽が伸びる。最初に使っていなかったことで、打ち消されずに残っていたダメージカット。
ダメージを受ける覚悟で戦うクロム達四人にとって、耐久力を底上げするこのバフはこの上なくありがたいものだ。
仕切り直して第二ラウンド。王は両の手に炎でできた長い槍を持つと急降下してメイプル達に迫る。
「【十ノ太刀・金剛】!」
バックラインを守るためにメイプルとクロムは下がらざるを得ない。
その分フロントとなって王の突撃を食い止めるのはカスミの役割だ。
自前のダメージカットに加え、メイプルのバフを受けて、正面から王と接近戦を開始する。
「はあっ!」
王は二槍、カスミは三刀。
自由に動かせる妖刀で炎の槍を捌き、ダメージを最低限に抑えながら【武者の腕】で斬り返す。
互角。いや、やや優勢なのは王の方だ。ダメージカットはあれどカスミの方が分が悪い。
王はボスだ。ステータスもHPもプレイヤーとは桁違いな上、継続的にダメージを与える炎を纏っており、ダメージを無効化する障壁も存在する。一対一でのダメージトレードは成立しない。
「フェイ【アイテム強化】!」
「【ヒール】」
パリンと響いた音と共に緑の霧が辺りに広がる。イズのアイテムによっての持続回復とカナデの回復魔法がカスミの体力を安全圏まで引き戻す。
しかし続いて発光したのは八人の足元。
超広範囲のそれが次の攻撃先を示しているのは自明だった。クロムは防ぎ切ることは不可能と即座に判断。メイプルではなくサリーとアイコンタクトをとる。
「【鉄砲水】!」
後方へ向けて激流が瞬時に発生し、戦闘中だったカスミ諸共一気に押し流す。
直後に天を突いた火柱は間一髪八人を捉えることはなかった。
それでも、王の追撃は止まない。
上空より降り注ぐは炎の槍。さらに地面は点々と発光を始め、範囲こそ狭いものの複数の火柱の発生を予感させる。
「本気出してきたな……!」
メイプルの防御力と【身捧ぐ慈愛】のコンボがいかに強力か、こういった場面では思い知る。
それでもないものはないのだ。
ここまで行動を制限されてはカナデ、イズ、マイ、ユイを守りつつボスを倒せる位置まで向かうのは難しい。
イズのバリケードも利用してメイプルと二人で防御を固めるが、機動力がない上一撃で致命傷となる現状、あくまで防御することで精一杯といった状況だ。
「サリー、なんとか削ってくれるか!?ちょっとキツイ!」
「任せてください。これくらいなら躱せます」
「頑張ってサリー!」
攻撃の密度がここまで上がっては【AGI】の高い二人に任せるしかない。
HPを削ることで攻撃パターンが変化することを期待してメイプル達は耐えるのだ。
もしそれでより攻撃が苛烈になるというのなら、その時は腹を括るだけだ。
マイとユイによる一撃必殺ができない以上、倒すためには王の全力攻撃を受けて立つより他にない。
サリーはメイプルとクロムの防御を信頼してカスミと共に前に出る。
「ダメージは任せる!」
「ああ!」
サリーは武器を弓に変化させると空を高速で飛び回る王を射抜く。
回避能力は変わらないため、王にも負けない速度で移動しつつ障壁を剥がす。
新たなユニークシリーズによって、魔法以外の遠距離攻撃を手に入れたサリーは、本人の技量の高さによってまさに変幻自在の戦闘スタイルを確立していた。
回避が難しいタイミングでは武器を大盾に変化させ攻撃を受け止めることもできる。
サリーを狙えば狙うだけ他の七人が楽になる。依然として一撃で倒されるHPではあるものの、そんなことは起こらないと、サリーへの信頼は絶大だ。
「【一ノ太刀・陽炎】【三ノ太刀・孤月】!」
サリーに合わせてカスミが飛びつく。どれだけ素早く動こうとも範囲内にいる限りカスミの瞬間移動からは逃れられない。
空中に転移して無理矢理に攻撃を捩じ込むと、サリーにへと飛ぶ王に跳躍によって方向を切り替えて背中に一撃を加える。
再度上空に舞い上がって距離を取る中、あくまでも自在に空を飛べるわけではないカスミは落下していく。
「カスミ、使って!」
「助かる!【四ノ太刀・旋風】!」
それでも。今の二人にはまだできることがある。サリーが【黄泉への一歩】によって空中に生成した足場に着地したカスミは【跳躍】によって再上昇するとボスをそのまま追いかけて連撃により障壁の守りを貫いてダメージを与えた。
「【水の道】【氷柱】」
サリーは宙へ伸ばした水の中を泳ぎ跳躍したカスミに追いつくと、水中から飛び出して糸をカスミに伸ばす。
跳躍するスキルがもうないのなら、サリーが糸で引き上げる。
グンと引き上げられ王の前まで移動したカスミはそのまま刀を構える。
ダメージカットによって降り注ぐ炎を強引に突破して、残るは大技を決めるのみ。
そこで再度障壁が復活したのを見て、カスミは僅かに顔を顰める。
しかし。障壁の復活とほぼ同時。読んでいたように後方から飛んだ一本の矢がその障壁を破壊する。
「あとはよろしくね」
「【終ワリノ太刀・朧月】」
障壁復活までの時間を既に正確に把握したサリーによってタイムラグなく破壊された最後の防壁。舞う炎によるダメージも意に介さず、白く染まった髪を靡かせて、カスミが十二連撃を叩き込む。
一刀一刀が重く鋭い。王の炎槍に身を焼かれながらもガクンガクンとそのHPを削っていく。
十二連撃が終わった瞬間。サリーは再度空中に足場を作りカスミを着地させると、カスミはほんの少し飛び上がり、体勢を崩した王の斜め上を取る。
「【七ノ太刀・破砕】!」
叩きつけるように振るった刀は王の肩口に直撃し、地面に向けて王を吹き飛ばす。それは自分が回復するための距離の確保であり、同時にずっとその瞬間を待っていたメインアタッカーへのセットアップでもあった。
「空は頼む!」
「こっちは私達で!」
空から降り注ぐ炎の雨をカナデの障壁とイズのアイテムでカバーして、正面から放たれた炎はメイプルとクロムで受け止める。
二人が引きつけているうちにジリジリと詰めておいた距離はやはりこの瞬間のためだった。
「「【飛撃】!」」
逃げ場がない広面積の衝撃波。カスミの十二連撃からマイとユイの十六連撃。
凄まじい連撃が王のHPを大きく削り取り王はまたしても壁に向かって吹き飛ばされる。
メイプル達はそれでもまだ王のHPが残っていることを確認していた。
「……さあ最後までやろう。広くした甲斐があるな」
不思議と響く王の声。炎の壁を割いて巨大な黒竜の頭が突き出る。直後鋭い爪を持つ足が、頑強な翼が。完全に竜の姿となった王は、始めに拡大した空間を活かしてその巨体を舞い上がらせる。
直後咆哮が空気を揺らし、生成済みだった【氷柱】や設置してあったバリケードを破壊する。
大きく開いた口の奥。溢れ出る炎を見て全員が直後起こる現象を理解した。
「お願いメイプル!」
「【クイックチェンジ】!」
「「【ヒール】!」」
装備変更によってメイプルが純白の鎧を身に纏う。増加した分のHPをサリーとカナデが即座に回復したところで王の放つ灼熱のブレスが全面を炎の海に変貌せんと迫る。
ある一定のラインを超えた、並の方法では防ぎきれない破壊力。
理外には理外でもって対応するのだ。
こちらにも普通の枠に囚われない最終兵器は存在する。
「【イージス】!」
溢れ出した光は八人を包み込むドームとなって灼熱の炎を受け止める。
広範囲の無敵効果。これ以上ない強烈な防御によってメイプルが王の必殺の一撃を無効化する。戦闘は最終局面。勝ち切る上でミスが許される相手でないことは明白だ。
「集中していくよメイプル」
「うん!」
あと一押し。竜へと変貌した王を見据え、八人は武器を構え直した。




