防御特化と日常10。
八人が適切に連携すれば、如何に厄介なモンスターといえど倒せない相手ではない。
手の内を知っていれば、数が増えようとも対応可能だ。
そうして順調に城の中を突き進み、メイプル達は豪華な装飾のなされた大きな扉の前に辿り着いた。ここに至るまで脇道は全て攻略済み。つまりこの先が王の待つボス部屋だ。
「っし、着いたか」
「モンスターは……どうやら湧かないようだな」
「ならいつも通りだね」
「そうね。今準備するわ」
ボス前。準備する時間を与えられているなら、これを活用しない理由はない。
マイとユイを全員で囲むと、ポーションを飲ませ、クリスタルを砕き、粉をふりかけて、お香を焚く。
重ねがけできる限りのバフがマイとユイを強化して、やがてボスすら一振りで塵に変える怪物二人が完成した。
立ち昇る大量のオーラにメイプル達は絶対の信頼を寄せる。それはここまでにボスというボスをワンキルしてきた輝かしい実績に裏付けられたものだ。
「これで全部かな?」
「いつ見てもきれーい!準備万端だね!」
あとは二人を射程内へと届けるだけだ。
バフの効果時間を少しでも長く残してボスと相対するため、メイプルは全員に突入の合図を出す。
七人が武器を構えることでそれに応えると、メイプルは目の前の大きな扉を一気に押し開けた。
広がるのは縦に長く伸びる玉座の間。その最奥で玉座に座るのは黒い炎をゆらめかせる王その人だ。
「来たか。前置きは無しでいいな?」
王はその背に黒い翼と尾を伸ばすと、パチンと指を鳴らす。
不思議と響いたその音とともに玉座の間の壁がボロボロと崩れ去り、空間がさらに拡大し、炎の壁がエリアを区切った。
この城の入り口が隠されていたように、空間をいじって玉座の間をより広く作り替えたのである。
ともかく、これで王の望む広大なバトルフィールドは完成した。
「行くぞ、そう簡単に倒れるなよ!」
王が空中へ舞い上がると同時、黒い衝撃波が発生しメイプル達に襲いかかる。
当然メイプルもそれに反応して防御を固める。
「【身捧ぐ慈愛】!」
展開された防御フィールドが衝撃波の到達よりも早く七人を包み込む。
【身捧ぐ慈愛】による万全の守りは一歩遅れて到達した衝撃波を受け止め。
そして、その瞬間消滅した。
「えっ!?」
メイプルだけではない、サリーの【剣ノ舞】のオーラもマイトユイに重ねがけしておいたバフも、全て綺麗に元通り。
先程の攻撃がかけられた効果を打ち消すものであると気付いた時には、既に王が巨大な炎の塊をこちらに放ってきているところだった。
「ネクロ【幽鎧装着】!【守護者】!」
ここでも咄嗟に反応したのはクロムだった。今や範囲カバーはメイプルだけのスキルではない。メダルと交換で手に入れたダメージカットをかけつつの範囲防御。受けたダメージを自前の回復とサリー、カナデの【ヒール】によって耐え抜いて炎をやり過ごす。
「メイプル!俺と二人で対応するぞ!【カバームーブ】と【カバー】だ!守るべき所は教える!」
「はいっ!」
【身捧ぐ慈愛】はクールダウン。【機械神】や【毒竜】、【捕食者】もこの場面にはそぐわない。今すべきことはダメージを出すことでなく大盾使いとして戦線を維持することだ。
ダメージなら出せるプレイヤーが他にいる。
しかし、攻撃をまともに受けてもいいと言えるのはクロムとメイプルの二人だけなのだ。
「カスミ、前に出たい!」
「ああ!負担を軽減するとしよう!」
サリーとカスミが王に向かって飛び出す。全員で範囲攻撃に巻き込まれていては防御の手が足りない。サリーには【神隠し】と【空蝉】があり、カスミも瞬間移動や【心眼】による自衛が可能だ。
【身捧ぐ慈愛】がなくなった今、全員で固まって戦うことは大きなリスクをはらんでいる。
王は炎を纏いながら高速飛行し、突出した二人に火球を飛ばすが【AGI】の高い二人はそれを躱して王を見据える。
体の周りに弾ける炎。単なるエフェクトと断ずるのはあまりに危険だ。サリーはもちろん、カスミも迂闊に接近するわけにはいかない。近づくなら、勝算がいる。
「【血刀】!」
「練習の成果を見せようかな!【水の道】!」
カスミは鞭のように液状の刀を振るい、サリーは水中を泳ぎつつ武器を弓へと変形させる。
「【氷柱】!」
糸を用いた空中戦。武器を弓にしたことによりサリーは王に劣らないほど自在に空中を飛び回り矢を放つ。
空中で逆さになりながら、時に落下し、時に上昇しつつ王を正確に撃ち抜くその姿はまるでメイン武器が弓なのかと錯覚しそうになる程だ。
二人の攻撃は中ボスの時と同じく王を守る障壁を発動させ、本命となるマイとユイへの攻撃を通すための布石となる。
しかし王もただ攻撃されているばかりではない。サリーとカスミを牽制しつつ空中に生み出した大量の炎の槍を後衛めがけて射出する。
「こっちはなんとかするから二人を!」
「メイプル!マイ頼む!」
「はいっ!」
「「【カバー】!」」
メイプルとクロムでマイとユイを守る。よりどうしようもない場面に備え、クロムの【マルチカバー】は残し、鉄壁の防御で二人を守り抜く。
「【ウォーターウォール】【魔法障壁】!」
カナデはイズと自身を守るように壁を生成するものの、魔導書を使用しなければ流石に出力不足。障壁を貫いていくつかの炎の槍が抜けてくる。
「イズ、お願いするね!」
「ええ!フェイ【アイテム強化】!」
フェイの力でより強靭になったバリケード。インベントリから取り出して即目の前に設置した分厚い壁は、砕けながらも炎の槍を受け切った。
「ネクロ!【死の重み】!」
「シロップ【覚醒】!【大自然】!」
クロムの背後に髑髏のエフェクト。王の移動速度を大幅に下げるデバフが機動力を削ぎ、メイプルはそれを好機と見てシロップの力を借り、巨大な蔓で進路を妨害する。
「【鉄砲水】【氷結領域】!」
サリーが生み出した大量の水。それは続くスキルで即座に凍り、王の元へ続く氷の橋となる。
「【跳躍】!【一ノ太刀・陽炎】!」
そこに飛び込むのはカスミ。跳躍からの瞬間移動で王の目の前に立つと舞い散る炎でダメージを受けつつも一太刀を浴びせ、再度障壁を破壊する。
ここまで接近すれば王の攻撃先も一気にカスミに集中する。炎を纏った鋭い爪。必殺の竜の腕がカスミを貫かんと高速で突き出される。
が、しかし。
「【三ノ太刀・孤月】!」
スキルによる高速離脱。サリーともまた異なるカスミ特有の機動力を活かし、距離を取るように跳躍した。
王の視界を遮っていたカスミ。その背後。カナデとイズから再度移動速度強化バフを貰って、クロムとメイプルに守られて迫るは最強の矛。
氷の橋を渡って、マイとユイは大槌を振りかぶる。
「行くよ!」
「うん……!」
「「【飛撃】!」」
放たれたのは十六の衝撃波。それはたった今障壁を失い、攻撃動作をとった分回避が遅れた王に向けて一瞬で到達しその体を遠く壁まで吹き飛ばすのだった。




