防御特化と日常3。
後日。予定通り全員での探索に向かった【楓の木】は広範囲に広がる暗い森の前に立っていた。
「あれ、ここ?」
「イベントの時の調査で入った時にはそれらしい転移の魔法陣はなかったと思いますけど……」
メイプルとサリーが不思議がるのも無理はない。九層はそっくりそのままイベントフィールドにぬったこともあり、各エリアごとどんな地形効果があるかは調べ上げてある。
「ふふふ……ま、いつもメイプルばかりがイベントに遭遇するわけじゃないってわけだ」
「どうやら順路があるようでな。私達も発見したのは完全に偶然だ」
サリーですら見つけていないとなると、普通に探索している分には到達できないエリアと言える。
それこそ、偶然が味方する必要があるような。
「ただ、俺とカスミで何度か確認しておいたから間違いない。っと、そろそろ行こう。メイプル【身捧ぐ試合】頼む。結構モンスターが出るからな。俺だと四人守るのはちょっときつい」
「分かりました!【身捧ぐ慈愛】!」
メイプルを中心に地面が光り輝き、暗い森を明るく照らす。
照明の代わりにもなって便利なスキルだ。
「ランタンはいらなそうね」
「うん、僕ら今は目立ってもいいからね」
イズは取り出しかけたランタンをそのままにしてインベントリを閉じる。
攻撃の際に下準備が必要なイズと、前回のイベントで強力な魔導書を使い尽くしたカナデは転移先までの道中はサポートに回ることとなった。
攻撃力なら二人が頑張らずとも十分足りている。
マイとユイを筆頭にカスミとサリー、ネクロを纏えばクロムもダメージを出せるし、メイプルもいつも通り全部乗せで援護射撃をすればいい。
一歩中へ踏み入るとそこはモンスターの巣窟。八人の侵入に気づいたモンスターが次々と迫ってくる。
「【武者の腕】」
「【ウィンドカッター】!」
「「【ダブルスタンプ】!」」
迫り来る狼を斬り伏せて、飛び交う昆虫を両断し。大槌が残る全てを消失させる。
「いやー、二人で来た時とは段違いに楽だな。これならそこまで時間もかからないぞ」
これといった目印もない中、クロムがしばらく右へ左へ進んでいくとクロムの周りにまとわりつくように黒いもやがついてくる。
「きたきた。上手くいったぞ!」
「これが順路通り進んでいる証となっているようだ。あとは消えないように正しい方向へ進めばいい」
「サリーと行った【救済の残光】の時みたいな感じだね!」
「反応に意識を向けるって意味だと近いかも。でもこれ、結構大変だったんじゃないですか?」
暗い森の中をぐるぐると。それもモンスターに絶えず襲われながらの探索となるとなかなかハードだ。
【楓の木】フルメンバーであれば自動絶対防衛機構で安全確保。鉄塊製のモンスター処理装置が十二台ありモンスターを気にする必要はほとんどない。
現にこうして敵に飛び掛かられながら会話ができてしまうくらいだ。
「なら、とっとと奥まで進んじまうか!時間が関係してるっぽいしな」
時間、人数、ステータス。レアイベントの開始にあたり、求められる条件は多様だ。
クロムのそれはあくまで予想でしかないが、そう外れてもいないように思えた。
カスミと二人で行っても反応したりしなかったり、その条件が限られた時間帯にだけ発現することであるならここまで見つからない可能性もある。
そもそも九層実装後の全員の意識は、レアイベント探しよりも対人戦に向けられていたからだ。
そうしているうち、クロムの体はどんどんと黒いもやに覆われて黒くて丸い塊のようになってしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「もうほとんど前が見えねえ」
「だが今回は安心だな」
心配するメイプルだが、そのメイプル自身がきっちり【身捧ぐ慈愛】を発動していれば問題ない。
カスミがモンスターを一手に受け持っていた調査段階とは訳が違うのだ。
「景色も変わらないし方向感覚を失っちゃいそうね」
「あーカナデに手伝ってもらってればもっと早く見つけられたかもな」
カナデなら同じように見える景色も全く違うものとして完璧に把握できるだろう。
「ふふ、その分新鮮に楽しませてもらってるから」
「ならよし!……そろそろだ」
真っ黒な塊になってしまっていたクロムの体からもやが前方に伸びていき、薄い膜のようになって目の前の空中に拡散する。
そのもやは少しずつ薄れていき、奥に同じような黒い森が見える。ただ、それが今いる場所と違う場所につながっているのは明らかだった。
遠くに見えるのは城の影。そして不気味な巨大な赤い月。
「しばらくしたら閉じるからな。ほら、入るぞ入るぞ!」
「はーい!」
「ドキドキしてきました……」
「頑張ろうお姉ちゃん!」
「城か……本とかあったりするかな?」
「ここでしか手に入らないものがあってもおかしくないわね」
「中の敵は未知数だ気をつけた方がいい」
「よし。燃えてきた!」
未知のエリアへ踏み入る瞬間は何度体験しても興奮するものだ。八人はまだ見ぬスキル、アイテム、装備への期待に胸を膨らませながら異界へつながるその門へ足を踏み出すのだった。




