防御特化と最終決戦2。
壁さえ壊せればプレイヤーだけでなく、モンスターも入り込める。
ついに侵入した城下町。高台に建つ王城まで伸びる長い大通りにリリィの召喚兵がひしめき合う。
【全軍出撃】による兵士出現ポイントは町の中にも設置されていた。自分達の戦力を分析し、負ける可能性が高いと冷静に判断しての事前準備は、確かに敗北までの時間を引き延ばしていた。
制御下にあるわけではないモンスター達はメイプル達を押し退けると、路地を駆け、屋根の上を飛び移って我先にと王城へ向かう。
そんなモンスター達はあちこちで痺れ、貫かれ、爆散して消滅していく。
「潜んでるぞ!」
「トラップも仕掛けられてる!気をつけろ!」
あちこちで注意喚起の声が上がる。トラップに、物陰を活かした奇襲。大規模戦闘をしていた平地と比べれば城下町は少ない人数でも戦える地形だ。自由に進むためには細かなクリアリングが必要になるが、そんな余裕はない。
「イズさんっ!」
「強行突破します!」
「分かったわ、とっておきを見せてあげる!」
イズはインベントリを開くと一つのアイテムを取り出す。それは複数の支柱によって地面に固定され、空に巨大な砲口を向ける大砲だった。
「3……2……1……!」
凄まじい爆発音と共に大砲が火を吹き、空に赤く輝く砲弾を打ち上げると、崩壊し光となって消滅する。砲弾は一発限り。製作にも長い時間と多くの素材を使う贅沢なアイテムだ。
壊れてしまうといえど、アイテムは使ってこそ輝く。少しして砲弾は空中で爆発すると、いくつもの小さな赤い輝きとなって地面に向かって降り注ぐ。超広範囲、かつ無差別攻撃。細かい制御は不可能な、いつも通りのイズの攻撃だ。
「防御してくれ!」
「「「【大規模魔法障壁】!」」」
アイテム由来の攻撃に敵味方の判別などない。味方も防御しなければ、とてつもない被害を受けてしまう。全員を守るように障壁が展開された直後、爆炎と衝撃波が襲い掛かる。
衝撃で発動するトラップは起動し、隠密に専念し攻撃に気づかなかったプレイヤーは致命傷を負い、駆け回っていたモンスターも残念なことに地面に横たわる。それでも城下町のあちこちを炎上させ、召喚兵の数も減らすことに成功した。
「流石イズさん!」
「助かります」
「ペインに続いて大丈夫よ!私はもうたいしたことはできないもの」
こちらを気にするより王城を目指すこと。メイプルとサリーは遠くに見える城に向かって炎上する大通りを駆け出した。
メイプル達が町に侵入した頃、カナデがギルドホームの扉を開けて中から飛び出してくる。
「まだ町は無事か……」
【テレポート】は使用者がギルドホームにワープできるスキルだ。ようは町に戻れるだけなのだが、今回はそれがプラスに働いた。
最速で町へ戻ったカナデは、戦いの痕跡のない城下町を見てミィとベルベットがまだ来ていないことにほっと息を吐く。
【楓の木】は外壁近くにギルドホームを構えている。カナデが外の様子を確認しに行こうと外壁とフィールドを繋ぐ門の方へ向かうと、ちょうどフレデリカを抱えたプレイヤーが転がり込んできた。プレイヤーの数も随分減っているようで後から駆け込んできた生き残りを含めても、フレデリカと共に防衛に向かったプレイヤーの三分の一も残っていない。
「フレデリカ!そっちは?」
カナデが駆け寄って声をかけると、フレデリカは驚いて目を丸くする。
「うぇっ!?か、カナデ?どうやってー……っていうかここまずい……!」
フレデリカが言い切るよりも先に、外壁が赤く発光し、バターのように壁を溶かしながら炎が噴き出す。
「間に合ったか」
縦に大穴の空いた外壁からミィが姿を表す。その身に宿していた炎は壁を焼き切ったのを最後に勢いを失ったものの、それでもメイプル達が破壊するのに手間取った最後の壁を容易く破壊したのは事実だ。
そこから次々にプレイヤーが雪崩れ込む。
「あとは城へ行くだけっすね!」
「ああ」
【thunder storm】と【炎帝ノ国】を中心とした連合軍。逆側で攻め続けるメイプル達より人数は少ないものの、それでも城を落とすに足る数だ。
「フレデリカ、籠城して」
「どうする気」
「稼げるだけ時間を稼ぐよ。それに……巻き込んじゃうしね」
カナデは本棚から黒い表紙の魔導書を取り出す。
「じゃあ近くの人も回収してく、勝っちゃってもいいよー?」
「はは、どうかな」
フレデリカが離れていき、敵軍も町への侵入を済ませてこちらへ向かってくる。
それを見てカナデは【魔導書庫】を手に入れた日から、長い間ずっと本棚にしまっていたその魔導書を開いた。
「【禁術・災禍の嵐】」
急速に空が曇り、生まれた雲が渦を巻く。辺りを駆け巡る味方をも焼く漆黒のスパークは周りの家屋を破壊し、黒い炎を撒き散らす。
誰も見たことのないスキル。敵もここまできてしくじるわけにはいかない。目の前の明らかな脅威に無理に突っ込める程、勝利との距離は近くないのだ。
「これね。面白い魔法でさ、スキルと魔法を使うほど威力が増すんだ」
「「……!」」
真偽は定かではない。本当か嘘か、それはその身で確かめてみろとカナデが背後にぎっしりと魔導書が詰まった本棚を顕現させる。
「出し惜しみはなしでいくよ」
そう宣言したカナデの背後の本棚から、大量の魔導書が飛び出し、夥しい数の魔法陣が展開される。
「まったく【楓の木】は……」
「本当に化物揃いっすね!」
吹き荒れる風に湧き出す水、死をもたらす黒い霧から、状態異常をばら撒く呪い。
それら全てが切り札で、同時に頭上の嵐の餌なのだ。凄まじい速度で進むスキルカウント。激しさを増すスパークと燃える黒炎は最早ミィとベルベットが操るそれとも遜色ない。
「気合入れていくっすよ!」
「撤退はない、勝つぞ!」
「「「おおっ!」」」
元より全て踏み越えるつもりでここへきたのだ。
ミィ達もまた全力で目の前に立ちはだかる脅威、カナデの撃破に向かうのだった。
防衛のことは完全に任せて、メイプル達は敵拠点中央を突き進む。
「【水の道】!」
「【古代兵器】【攻撃開始】【滲み出る混沌】【毒竜】!」
自爆すると周りを巻き込んでしまう為、サリーの助けを受けて空へ伸びる水の道を通り高度を稼ぐ。そうして開けた視界でもってメイプルは辺りに攻撃をばら撒いた。
範囲攻撃はメイプルが得意とするところだ。大通りの両側を毒で塗りつぶし、前方は二種類の火器を中心とした攻撃で焦土に変える。
【救済の残光】による持続回復とダメージカットで安定感は増しているものの、それでもここは敵地のど真ん中。降り注ぐ魔法が一人また一人と味方の命を奪っていく。
されど侵攻は止まらない。最後にただ一人、味方が王城最奥の玉座にたどり着ければそれでいいのだ。
「レイ!」
「俺達も飛ぶぞ!飛べるやつはついてこい!」
高台に建つ王城へ続く唯一の道は長い長い階段だ。陣形も縦長にならざるを得ないため、空を飛べるプレイヤーは空から王城を目指す。
空へ舞い上がり先行して王城入口前の広場を確認すると、そこには銃を持った兵士をずらっと並べて地面に旗を突き立てるリリィがいた。
「悪いけど、落ちてもらうよ。【追加招集】!」
ペインが警戒する中、光り輝いたのは階段だった。
「うおおっ!?」
「きゃっ!」
階段を駆け上がる途中、その足元から兵士が召喚される。
「わわっ!」
「メイプル!」
サリーは素早くメイプルを糸で救出し、空中に透明な足場を作り避難する。しかし、全員は助けられない。兵士はプレイヤーを次々に突き上げ、バランスを崩した者を遥か下へと転落させる。
地形を活かした一対多。召喚兵を操るリリィだからこそ、想定の外側から一瞬の隙をつくことができたのだ。
ガシャッと音がして、兵士達が一斉に銃を構える。
「【貫通弾装填】!」
「メイプル、貫通攻撃が来る!」
大量の落下死を防ぐ為、【身捧ぐ慈愛】を発動しようとしたメイプルに、リリィのスキルを確認したペインから声がかかる。
兵士の数だけ銃弾が放たれるなら、貫通弾の数は相当なものだ。【ピアースガード】のタイミングを考えて、そのうえで【身捧ぐ慈愛】を、そんなことを考えてもメイプルはサリーではない。ここまで複雑な状況で適切なタイミングを図るのは難しい。
そんなメイプルの迷いを知ってか知らずか、落ちていくプレイヤー達から声がかかる。
「構うな!」
「どうせ落ちたら追いつけねえ!」
「だから……」
落下死するくらいなら。この命を有効活用する方法がたった一つだけある。
「「「喰ってくれ!」」」
「……!サリー!」
「【鉄砲水】【氷結領域】!」
メイプルは皆の意図を、サリーはメイプルの意図を瞬時に理解する。
サリーがまだ落ちていないプレイヤーを噴き出した水を凍らせて作った足場へ避難させると、メイプルは【身捧ぐ慈愛】のかわりに別のスキルを発動する。
「【再誕の闇】!」
それは黒。地面を伝い広がっていく黒い泥。メイプルを中心に、高度を無視して地面に広がる闇は遥か下の地面をも黒く染め上げた。
落下中、逃げ場のないプレイヤー達に向かって迫る銃弾を何とか凌いだところで、彼ら彼女らに地面が近づく。
その後感じたのは落下の衝撃ではなく、全員を優しく受け止めてどこまでもどこまでもずぶずぶと沈めていく、底なし沼のような闇。
落ちていったプレイヤーは百か二百か。その分だけ、地面からずるりと異形が這い出てくる。
「皆!お願いっ!」
メイプルのお願いを聞いて、人だったものは積み重なるように生まれてくる異形を乗り越え、壁に鉤爪をかけて王城へ向けて崖をよじ登る。
そうして、リリィの目の前にプレイヤーの成れの果てが顔を出した。
「はは。まさか生きている内に魔物に滅ぼされる王国の登場人物になれるとはね!思ってもみなかったよ」
入口前の柵や噴水を破壊して迫る異形を目の前に、リリィは城の中へと退避する。
限界まで時間を稼ぐ、そのため玉座の間に向かったのだ。
異形達はその巨体故にスペースを失い落下することもあれど、王城の壁を突き破り、窓を割り、外から順に城を破壊していく。
城から炎と黒煙が上がる。終わりの時は近い。




