防御特化と天下分け目。
各々が準備を進める中、時間はあっという間に過ぎて、外壁周辺には生き残っているプレイヤーが続々と集まってきていた。
当然【楓の木】の六人もその場にいて、出撃の時を待つ。
「メイプルさんは後ろに乗ってください」
「ユイありがとー」
前回見せた天上の戦略兵器メイプルは今回はなしだ。ウィルバートが残っている以上警戒されるのは間違いなく、一度見せている分対応も素早くなることが予想できる。
空は逃げ場も少なく、助けにも行きづらい。リスクにリターンが見合わないと判断したのだ。
その分ついていくのに足りない移動速度は、ユキミに乗ることによって無理なくカバー可能である。
「さてと……【方舟】があるとはいえできれば撃たせたくないな」
「マルクスがいないなら【一夜城】もないし、牽制したいね」
「私も準備は万端よ。ちょっとでも役に立ってみせるわ」
守りは確実に手薄になっている。遮蔽のない戦場ではミィも簡単には【黎明】の詠唱には入れない。【楓の木】を筆頭とした少数精鋭ギルドの役割は戦場を移動しピンポイントに脅威を抑えて回ることだ。特にベルベットとミィは最優先の警戒対象である。
数には数。メインとなる戦闘の行方は【集う聖剣】を中心に大規模ギルドに委ねる。適材適所というわけだ。
そうしているうちにフィールドのモンスター達の様子が変化し、一斉に敵陣に向けて移動を開始する。
「いくよメイプル」
「うん!」
掛け声と共に移動を始めた多くのプレイヤーに混ざって【楓の木】も移動を開始する。
進軍に合わせてそれぞれのギルドの索敵担当が絶えずスキルを回転させ、本隊への不意打ちがないことを確認。
先行して戦場に向かった偵察部隊からはトラップがないと連絡を受け、万全の態勢で進んでいくと、いよいよ正面に砂煙を上げる敵モンスターと多くのプレイヤーの影が見えてきた。
全員が武器を構え直し、戦闘の予感に空気が張り詰める。
モンスターの駆ける地響きのみが鳴る戦場。今回先手を打ったのは敵陣営だった。
「【殺戮の豪炎】!」
「【轟雷】!」
「慌てるな!」
ペインがギルドメンバーに呼びかける。偵察により【黎明】が使われていないことは確認済み。慌てることなく即座に展開された大量の障壁は雷と炎を受け止めて被害を最小限に食い止める。
二人の攻撃を合図として両陣営から次々に魔法が放たれる。
互いに展開される障壁が駆け出した前衛を守り、両軍が衝突する。
「フレデリカ!」
「はいはーい!」
「レイ【全魔力解放】【光の奔流】」
「【多重全転移】!」
数を減らし、陣形を破壊するなら最速で。光を放つ聖剣を構えたペインの隣にサリーが飛び込む。
「それ借ります」
「……!」
サリーの意図を察したペインは全てのバフが集約された剣を振るう。
「【聖竜の光剣】!」
ペインが放った光の奔流が敵陣営に向かって襲いかかる。受ければ即死は免れないその攻撃にそれぞれが自分の持つスキルで対応を図る。
ダメージ無効。それはシンプルでありながら最強の防御手段。だからこそカウンターである【黎明】も恐れられている。
しかし、無効化しなくともそういったスキルには隙がある。サリーは当然それを認識していた。
「【聖竜の光剣】!」
サリーの武器がペインのそれと同じ光を放ち、ペインから少し遅れて、光の波を敵陣へ送り込む。
ダメージ無効。それは強力であるが故に、効果時間は短いものばかりだ。
「【虚実反転】」
ペインの単発攻撃を無効化したプレイヤーに、全く同じエフェクトで静かに二撃目が忍び寄る。それはペインの光の延長として紛れ込み、しかし当然別の攻撃としてダメージを与える。
サリーが再現できるのはペインのスキルだけ。かかったバフまでは再現できない。それでもその仕組みを理解できないまま、多くのプレイヤーが消失することとなった。
陣形に大穴が空いたところで、味方のプレイヤーが一気に突撃していく。
受けられないと分かったならダメージを無効化して防ぐ。であれば普通の障壁や防御アップを使わないのが普通だ。
ただ一点。その隙を狙っていたのである。
「サリー、あの四人は」
「全員います」
「撃破に向かう」
一撃を加えたことでペインの重要な役割は済んだ。
後はメイプルを不意に倒せるプレイヤーを落とせば、臆することなく【再誕の闇】で押し勝てる。
「メイプルは?」
「イズさん特製のボックスの中でバフを撒いてます」
「……?分かった。心配ないならいい」
ペインはレイを呼び出し【巨大化】させると素早くサリーを背に乗せて空へ舞い上がる。
ペインとサリーの連携攻撃によって吹き飛んだ分のプレイヤーをリリィが召喚兵で埋めたことで、二人はリリィとウィルバートの居場所を把握する。スキルの連続発動によるエフェクトと、分かりやすい二人の装備は集団の中でもよく目立つ。
「レイ【聖竜の息吹】!」
集団に向かって放った光のブレス。全員が巻き込まれるのを嫌ってか、二人は集団から外れるように後方に移動していく。
上空からは戦況がよく見えた。
ミィとベルベットの攻撃は確かに被害を出しているが、ペインとサリーが広げた人数差で自陣営が有利に進んでいる。
「……」
二人が距離を取れば敵の後衛陣が挟み込む余裕はないはずだ。
それでもカスミが倒された時と同じく誘い込むような形に、ペインは突っ込むべきかどうか少し迷う。
「行きましょう。二対二ならやれます。それに二人を戦場から引き剥がせるなら」
「分かった。日和っていても仕方ないな。レイ【流星】!」
レイが光をまとって急降下する。当然狙いは敵陣後方、リリィとウィルバートだ。
二人も、ペインとサリーが狙ってきていることは分かっていた。
さらに召喚兵を戦線維持に回すリリィは、主戦場の状況が悪いことも把握している。
レイが迫る中二人は現状を整理し言葉を交わす。
「ウィル、想定以上に悪い。これはサリーが何かしたな」
「ええ」
「連絡を頼む」
「……分かりました」
ペインの初撃は防げる想定だったが、そう上手くはいかないものだ。それでも、当然このまま押され続けて負けるつもりはない。
「【再生産】【傀儡の城壁】!」
リリィの召喚兵を再構成して作り上げた壁にレイが突進し、壁を破壊して降り立つ。
「今度は逃しはしない」
「カスミの仇は取らせてもらいます」
「さて気合を入れようウィル。倒せば士気も上がるというものさ」
「ええ、勝ちましょうリリィ」
リリィが旗を構え、目の前に召喚兵を生み出す。
それを見てサリーとペインは同時に駆け出した。
リリィは足はそう早くない。躊躇なく前に飛び出したサリーとの距離が一瞬で詰まる。
「【ダブルスラッシュ】!」
サリーのダガーが赤く光り、リリィに連撃が繰り出される。リリィも当然それを旗で受け、しかし反撃はせず冷静にサリーの動きを見る。
「【キャンセル】!」
サリーは途中で動きを止めてリリィに突きを繰り出すが、リリィはステップでそれを躱すとサリーに兵士をけしかける。
「流石に聞いてますよね」
「そりゃあね」
ベルベットが生き残ったことで、あの夜見せた攻撃はリリィにも共有されている。
「じゃあこういうのはどうですか【オートキャンセル】!」
サリーは赤い光を纏うと、今度はペインと足並みを合わせて駆け出す。
「【光輝ノ聖剣】!」
「【その身を盾に】!」
いまだ【多重全転移】のバフの残るペインが大技でリリィを守る兵士を薙ぎ払い、そこにサリーが滑り込む。
「【トリプルスラッシュ】!」
サリーの連撃に旗を合わせにいったところで、左手のダガーがするりと軌道を変えてリリィに突き出される。
「……!」
リリィはそれを間一髪回避し、スキル通りに動くもう右手のダガーを弾く。
サリーが軌道を歪めた左手のダガーも元の軌道に戻り再度リリィを斬り裂かんとする。
すると、今度は意識の外。右のダガーが軌道を変え、リリィの脇腹を捉える。
「なっ……!?」
「【従者の献身】!」
ウィルバートのHPをコストにリリィのHPを回復し防御力を上昇させ余裕を持たせる。リリィもまた慣れた動作で再度肉壁として兵士を間に立たせて距離を取る。
「はは、なるほど【トリプルスラッシュ】と言われると気をつけていても反応してしまうね」
基本的なスキルの動きは頭に入っている。しかし、サリー相手ではそれが裏目に出るのだ。注意していなければ無意識に追いかけてしまうスキルの軌道からサリーの武器は僅かに逸れる。
「そのスキル一体どんな仕組みだい?」
「タネも仕掛けもありませんよ」
「はは、まあそうか」
実際は言葉通り。だが、リリィもまさか本当にタネも仕掛けもないものとは思わない。
「ペインさん。次行きます」
「分かった。合わせよう」
リリィの召喚兵と防御の動き。長引かせてもいいことはないとサリーは一気に決めにいく意志をペインに伝える。
「「【超加速】!」」
「【玩具の兵隊】【再生産】!」
加速したサリーとペインを止める為、リリィはさらに兵士を呼び出す。しかし、そんなことは二人も織り込み済みだ。
「【破壊ノ聖剣】!」
「全く泣けてくるね!」
ペインの異常な威力の聖剣が呼び出した兵士をすぐに消滅させてしまう。
リリィのスキルの方がクールダウンは遥かに短い。スキルのトレードを繰り返せば、いつか有利にはなっていく。
しかし、サリーはそれは許さないとばかりにペインの作った隙を活かして接近する。
それに対し余計なことは考えるなと、リリィはサリーの武器に意識を向けた。
「【ダブルスラッシュ】!」
サリーがダガーを振り抜く中、リリィはダガーの動きに集中する。
「【ファイアボール】!」
続く宣言。魔法が頭をよぎったその瞬間、ダガーは長剣に変形し、リリィを深く斬り裂く。
「なるほど……!」
ベルベットから聞いていたスキルは【変容】。つまりそれすら真実でないことにリリィは思い至る。
返しで突き出した旗を容易く避けたサリーが、さらに反撃としてダガーを突き出す。
「【ウィンドカッター】!」
今度はサリーの背後に風の刃。リリィは顔を顰めながら放たれた刃を避けようとするが、着弾よりも先にリリィの腹部が斬り裂かれる。
「はは、面倒な!」
風の刃を生み出すサリーそのものが【蜃気楼】。長剣よりもさらに長く。大剣のサイズまで巨大化させた本物のサリーの武器は気を取られた一瞬のうちにリリィに深手を負わせていた。
「くっ、考えている余裕がないね!」
スキル宣言、目に見えるエフェクト。本当か嘘か迷わせることで思考や反応を遅らせる。
サリーのスキルの本質はいつも通りの思考や動きを奪うことにあった。
話に聞いていても、実際に見て使われるのとは訳が違う。咄嗟に出てしまう反応はそう簡単に制御できはしないのだ。
「【ウォーターボール】!」
スキルの正体がなんなのか考える時間が一瞬生まれるなら、サリーにとってそれで十分だ。
さらに、まだ完全にサリーのスキルを把握できていない今の状況なら、対応は遅れ一瞬どころではない隙を生む。
【ウォーターボール】という名の【鉄砲水】。それは足元から噴き出してリリィを跳ね上げる。
「これは思ったよりも……手も足も出ないな」
「レイ!」
打ち上がったリリィにレイへ飛び乗ったペインが急接近する。
「すまないウィル!頼む!」
「【断罪の聖剣】!」
ウィルバートに託す。そんな言葉を最後にリリィに対してペインの剣が振り抜かれる。
「【わが身を盾に】」
聞こえたのはウィルバートの声。リリィに直撃したペインの聖剣のダメージは肩代わりされ、替わりにウィルバートのHPが吹き飛ぶ。
「助かった!」
「はい。後は……」
リリィはウィルバートに短く礼を言うと、即座に生み出した飛行機械の上に着地し、集団の方へ飛んで脱出する。
「ウィルもよくやるな……!」
リリィは顔を顰めつつ前方に目を向ける。
天上の眼がリリィ一人の管轄下に置かれたことにより一気に広がった視野。ウィルバートとは違い、リリィは完全に覚醒した状態の情報量は処理しきれない。できたとしてほんの一瞬だけだ。
必然、使える能力を一人分に絞ることになり【権能】は使えないが、それでも急激に広がった視野でもって戦場の状況を把握する。
「予想通りか」
状況は良くない。だが、全く戦えないほどまでプレイヤーが減っているわけでもない。
「さて、ここからだね」
ウィルバートに庇ってもらった分、上手くやらねばならないと、リリィは敵陣を見据えるのだった。




