防御特化と朝を待つ。
ヒナタによって作り出された紫のドームの中から出てきたメイプルの側に素早く駆け寄ったサリーは、ベルベットの姿が見えないことを確認して、幻で再現していた落雷を止めて減ったメイプルのHPを回復させる。
「お疲れ様メイプル」
「うん!ベルベットは?」
「退却したみたい」
勝敗の分からない激しい戦闘の後で【神速】のように姿を消すスキルを隠し持っているなどということはないだろうが、ここまで来て甘い読みはできない。
サリーはメイプルの安全を優先したのだ。
「サリーもお疲れ様!すごかったー!」
「そう?ありがとう。メイプルもよく攻撃やめなかったね」
「ふふふー、信じてますから!」
「応えられてよかった」
戦闘中にはタイマーを確認できない。最後の激しい攻防の最中、冷静に時間をカウントする離れ業はサリーにしかできなかっただろう。
正面から薙ぎ払えるだけのパワーを持った二人相手に、それぞれの長所を活かして戦いきった。
「ふー、最後は【ブレイク・コア】で間違ってなかった。あれなら皆は見たことないし避けにくい」
メイプルがスキルで自爆することで倒しにいく敵などそうそういない。
強力な爆発の範囲を正確に知っているのは【楓の木】のメンバーだけだ。
「調べておいて正解だったね!じゃないと使えなかったと思う」
「そうだね。確かにあのままだったら使えないところだった」
【ブレイク・コア】についてメイプルは長い間勘違いをしていた。生き残ることができたのは防御力のおかげではなく、随分前に手に入れた【爆弾喰らい】によるものだったのだ。
ヒナタによる防御力ダウンを受けたうえで自爆しても生き残ることができる。
認識を改めたことで、最後の一撃にこの大技を選択できたのである。
「上手くいってよかった……でも、ちょっと疲れたかな……」
ベルベットを追撃しなかった理由はもう一つ。この戦闘に合わせてパフォーマンスを上げてきたサリーも時間切れ。集中力は落ち、体は重く、反応が遅れる。もう一度戦闘があったとして、同じ動きはできないだろう。
そんな二人の元に空からレイが舞い降りる。
「二人とも無事か!こっちはどうなった?」
「ヒナタは落としました。ただ、ベルベットは撤退したと思います」
「こっちはカスミがやられた。デバフはかかったから攻めてはこないと思うが……すまん」
「無理に止めに行ってもらいましたから。こっちこそ、ベルベットまで倒せればよかったんですけど」
作戦通りとはいえ、メイプルの【不屈の守護者】はこれで丸一日なくなった状態だ。
ベルベットまで倒せればベストだったが、そう思い通りにはいかない。
「えっと、サリーが限界で……」
「一日戦い続けているからな。分かっている」
無理をさせる必要はない。ヒナタがいなくなればベルベットの防御力と機動力はぐっと落ちる。次の機会もあるだろう。
「メッセージ……あっちはマイと【集う聖剣】のギルメンがやられたが、マルクスと各ギルドのメンバーを倒したみたいだ」
「人数的にも不利だっただろう。そのうえでその成果は大きい」
【炎帝ノ国】と対峙した面々は難しい戦闘になったはずだ。
それでも侵攻を食い止め、相手にも被害を与えたとなると相当上手く立ち回ったことになる。
「ベルベット、ミィ、リリィが生き残っているのは不安要素ですけど……次のモンスターの進軍に合わせれば」
「おう、同じようにやればいい」
【再誕の闇】による押し込み。前回はヒナタの【霜の国】によって立て直されたが次は同じことはできない。
もう一度大きな集団戦が起こるタイミング。今回の少数戦も結局は大規模集団戦で勝つことを最終目標とした戦いだ。
「休もう。俺はメイプルを狙うウィルバートの射撃を確実に防げるのはサリーだと思っている」
「それも変な話だけどな。でもまあ、俺も同意見だ」
ペインは三人をレイの背に乗せると王城へ向けて飛んでいく。
こうして真夜中の戦闘はここに終わりを迎えるのだった。
その後は戦闘が起こることもなく、四人が町まで戻ってくるとぐったりした様子の【集う聖剣】の面々と【楓の木】のギルドメンバーがいた。
「おかえりー……」
「無事撤退できたようだな」
「大変だったんだからねー!生き残った人から魔法は飛んでくるしー、ミィは全域を焼き払ってくるし!」
イグニスに乗って辺り一帯に火を放つ分にはミィにはリスクがない。それで一人でも死人を増やせるならやり得というものだ。
「途中なんて炎に強いモンスターをその場でテイムして壁になってもらったんだからー」
「僕もマイとユイを守った分と撤退に使った分も合わせて無敵になるスキルはなくなっちゃった」
結構溜め込んできたはずなんだけどと、カナデは困ったように笑う。
カナデの強さを支えている魔導書は簡単には補充できないため、次は同じ戦い方はできない。
「私も壁と機械を全部持っていかれちゃったから、しばらくは爆弾くらいしか使えないわ」
フレデリカ同様【集う聖剣】の面々も疲れ果てた様子だ。そんな中唯一変わらない出力を発揮できるのはユイである。
「皆さん私を守ってくれて……」
「そういう作戦だからな」
「俺達全員合わせたよりダメージ出るし」
元よりそういう作戦だから気にするなと大盾使いを中心に反応が返ってくる。他がどれだけ磨り減ろうとメインアタッカーに注ぎ込む。
あくまでマイとユイがいる時に最も勝率が高くなる作戦を実行したまでだ。
「皆休んでくれ。外はしばらく俺が見張っておく」
「働き者だねー。んー、今回はお言葉に甘えておこうかなー」
いつもと変わらない調子ではあるものの、フレデリカも確かに疲れているようで、一つ伸びをするとギルドメンバーと共に王城の方へと戻っていく。
「メイプルもサリーを休ませてやってくれ」
「はいっ!」
これ以上無理をする場面でもないと、サリーも素直に従って休むことにした。
明日もメイプルの隣で目を光らせていなければならない。その責任を全うするためには休息が必要だ。
こうして【楓の木】も眠りについていく。ペインもミィやベルベットが近くまで来ていないことを改めて確認すると、日が昇ってからの戦闘に備えて休息を取るのだった。
メイプル達が休んでいる頃、ミィもまた回収したベルベットを町へ送り届けて一息ついていた。
「全員に声をかければやれないこともないが、そこまでする必要もないだろう……三人がその様子ではな」
目の前にいるリリィとウィルバートはカスミのデバフによって戦える状況ではなく、ベルベットは【頂への渇望】のデメリットによりステータスが大幅に減少しぐったりとしている。
三人が戦力の全てではないが、わざわざいない状態で戦う理由はどこにもない。
「三人倒して加勢する予定だったんだけどね」
カスミが二人を倒すため一歩踏み込み過ぎたのと同じく、カスミを倒すため立ち止まった二人はデバフの範囲外へ出られなかった。
「流石に今夜はもう無理っすね。疲れたっす……」
「次の大規模戦闘が分かれ目になるだろう。それまでには私達のデバフも解ける」
「私のステータスも元に戻るっす」
「なら問題ない」
「となると問題はどう戦うかですね……」
モンスターの移動が戦闘のきっかけになる。その時にまず問題となるのはメイプルの存在だ。
リリィとウィルバートがメイプルを倒すことに執着していたのは、【再誕の闇】を使った侵攻ができないようにしておきたかったからでもある。
「正面からぶつかり合った時あまりいいイメージはないね」
「そうっすね。ミィと私の攻撃もまた躱されたらどうしようもないっす」
ペインの聖剣による光の奔流が場を荒らし、そこにメイプルが化物を突撃させる。
その展開は確実に起こる。そのうえで勝てるようなビジョンが四人には見えていない。
大技を放つまでの時間稼ぎ、敵からの強烈な一撃に対する防御。それらを担っていたヒナタ、マルクス、ミザリー、シンの退場は作戦に確かな穴を開けていた。
「残念なことに私達からはこれといった打開策がない」
「申し訳ありません……」
二人はどうかとリリィがベルベットとミィの方を見る。
「一つあるっす」
「こちらにも一つだけある」
「いいね。とてもいい」
休む前の最後の打ち合わせとしようと、リリィは二人の策とやらに耳を傾ける。
そうしてそれを聞いたリリィとウィルバートはなるほどと頷いた。
「確かに、それならひっくり返せるかもしれないね。やるだけの価値はある」
「そうですね」
「私はちょっと準備がいるっす」
「ああ。今は敵も警戒しているだろう。下手に出歩いて誰かと出逢ったら逃げられないからね」
何をするにしてもステータスが元に戻ってからである。今日はこのまま休むことに変わりはない。
「リリィ、ウィルバート。実行することになったなら【ラピッドファイア】を中心に動いてもらうことになるだろう」
「ああ。なあに、ちょうど得意分野だよ」
明日のモンスターの侵攻の前に、可能な限り多くのプレイヤーに作戦を共有しておくことにして、四人はそれぞれ休息に入る。
「難しい戦いになりそうですね」
「勝ち筋があるならそれで十分さ」
戦闘前に準備しなければならないことがいくつかある。明日も朝早くから動き始める必要があるだろう。
「やはり最終日まではかからないだろうね」
明日が最後の戦いになることも考えながら、二人も眠りにつくのだった。