防御特化と脱落。
「だあぁっ!ペインそれ届かねえかあ!」
「仕方ねー。ペインは斬り合えるなら最強だが、上手くやられたな」
観戦エリアではほぼ同時に始まった激戦が順に決着し、戦闘の中で倒れたプレイヤーが転送されてくる。
悔しそうな声を上げるのはドラグだ。
ペインの放った光の奔流は僅かにリリィとウィルバートを捉えるには至らなかったのである。
そうして戦闘の行方を見守っていたドラグとドレッド、ミザリーとシンの四人の元にマイとカスミ、マルクスとヒナタがやってくる。
「二人ともごめん。ミィは守ったんだけど」
「十分十分!それに流石にあれは読めないって」
「だよね……」
「咄嗟にミィを守ったのは大きいと思いますよ」
やることはやった。あとは残った面々に託すしかない。マルクスとしてもミィになら託せると思って守ったのだ。
「ユイ、上手くいったんだ……よかった」
ユイがおらずマルクスがここに来ているのを見て、同じく転移してきたマイはほっと息を吐く。それは二人が立てた作戦が上手くいったことを示しているからだ。
ミィを倒すという一番の狙いこそ達成できなかったものの、マルクスを倒せたのなら胸を張っていい戦果だと言える。
「おう、二人ともナイスだったぜ!思い切った作戦で裏をかいた!」
「ま、あれを真似できる奴は他にいねーわな」
「あ、ありがとうございます!」
空にプレイヤーを撃ち上げるのも、攻撃を弾き返すのもマイとユイにしかできないことだ。
「にしてもメイプル譲りのクソ度胸だな。できるからって花火みたいになりてぇか?」
「別の手を探すだろうな」
ドラグのもっともな感想にドレッドも同意する。
「僕は嫌だけど……」
「私も遠慮したいですね」
「あれカナデもよく合わせたよなあ」
両陣営の面々がそうやって話す中、ヒナタはそわそわと落ち着かない様子でモニターを確認していた。
「ベルベットが気になるか?」
「カスミさん、はい……やっぱり」
戦闘が終わったことでモニターはあちこちの少数戦に映り変わっており、その後の追撃戦がどうなったかははっきりしない。
「こちらとしては撃ち取りたいところだが、この様子をみるに……」
「ミィさんとの合流に成功しているといいのですが」
ベルベットとミィがここにやってこないことが、その後の結果を示している。
ベルベットのステータス強化が切れるまでにはあと少し猶予があった。
ヒナタとしては、閉じ込められたメイプルに気を配る必要があるサリーを、速度の差を活かして振り切ってくれていることを願うばかりである。
「メイプルとサリーが勝ってくれたのならそれでいい。私の役割はペインが担ってくれるだろうからな」
機動力のあるアタッカー。それぞれ個性はあれど、役割として見た時に替わりになれるプレイヤーは多い。
だからこそ、カスミは危険も承知で攻めたのだ。
結果、メイプルとサリーが替わりがいないと言えるヒナタを倒してくれたのなら、リリィとウィルバートの前に立った意味もあるというものである。
そうしてモニターを見つつ二人は少し待ってみたものの、どうやら次の戦闘は発生しなかったようだ。そんな二人の元に、そっちの二戦の話も聞きたいとシンが声をかける。
「カスミー、まだそんなデバフ隠し持ってたのかー?」
「隠し持っていたわけではない。使う機会がなかっただけだ」
「【楓の木】ならデバフはいらなそうだもんな」
シンはチラッとマイの方を見る。デバフなどなくても敵が弾け飛ぶ光景など容易に想像できる。
「二人には上手く釣り出されてしまったな。クロムには申し訳ないことをした」
テイムモンスターによって、ウィルバートがヒナタにも負けない強烈な移動妨害を使えるようになったのは誤算だったと言える。
クロムとしてもあれがなければ追いつけるはずの距離ではあったのだ。
「俺の責任でもある。俺が生き残っていれば」
ドレッドとシャドウがいれば緊急避難も移動もより柔軟に行えた。元々夜はドレッドを中心に動く予定だったのだ。そんな中心人物の早期退場は戦闘の行方を変えるものとなった。
「後でフレデリカに言われるぜ」
「今回は仕方ねー」
「ヒナタとベルベットもおしかったね……」
「すみません。勝ち切れる想定だったのですが」
ヒナタ達にとってもメイプル達を倒し、ここで一気に勝ちに傾けるつもりでの囲い込みだったのだ。メイプルを倒せば残ったサリーにも優位が取れる。そうしてそのまま【炎帝ノ国】と合流する予定だったが、サリーのパフォーマンスがベルベットとヒナタの想定を上回った。
「ああそう!サリーはあれどうなってんだ?」
「すごい動きでしたね」
「そんなに?僕は見られなかったから……」
「戦ってみて何度も驚かされました」
実際に目の前で見たヒナタと、カスミのスキルを使われて倒されてからサリーの戦闘には注目していたシンがサリーについて話し始める。
「ドレッド、どうだ?確か前に一対一でやってただろ」
「あれは第四回イベントの時に一瞬交えただけだ。今やったらきつい」
ドラグの疑問にドレッドは軽く首を横に振りながら答える。
「へー、意外だな。俺はドレッドも相当やると思ってたけど」
「流石に動きの精度がちげーわ。シャドウもタイマン向けじゃねーしな」
自分よりはペインの方がいい勝負になるだろうとドレッドは語る。
「そういえばサリーさんも【神速】を使っていましたね」
「えっ。もしかして……教えた?」
ミザリーの言葉を聞いて、マルクスがドレッドに尋ねるものの、ドレッドは心当たりがないという風に肩をすくめる。
「あれがなければ逃げる選択肢もありましたけど……」
速度を上げたうえで姿を消されたことで接近を許してしまった。
サリーが持っていない想定のスキルだったことも判断を遅らせる要因になっただろう。
「ますます警戒しないと駄目になるなあ。それに武器も何か変形してたんだよ!スキルも妙だし」
「ええ……?」
マルクスはわかりやすく嫌そうな顔をする。それは化物になったメイプルを見た時と同じリアクションだった。
サリーの動きは特別に注目しておいて【炎帝ノ国】に一つでも情報を持ち帰ろうと、シンを中心に三人がモニターに目線を移す。
ヒナタも残る【thunder storm】のギルドメンバー達の活躍を見守ることにしたようで、用意された椅子に腰掛けた。
「…………」
そんな中、何とか【thunder storm】に借りは返せたと、ドレッドはふぅと息を吐く。
他のスキルの再現方法などドレッドは知らないが【神速】は正真正銘本物だ。
ドレッドが死ぬ前に出した手紙。それはフレデリカのスキル【伝書鳩】のことだ。このスキルはバフを届けるだけでなく、スキルを送り返してもらうこともできる。
しかし強力な分、送り返せる人数は一人だけ。
故に効果の大きいスキルをいくつか持つドレッドがスキルを送ることに決まっていた。
「一応……役には立ったか」
「一矢報いることくらいはできたな。ノーツもお手柄だぜ」
「またフレデリカが調子にのるぞ」
「はは!乗せとけ乗せとけ、あいつはその方が動きいいぜ」
「それもそうだな」
二人も引き続き観戦を続ける。目をつけていた有力なプレイヤーの脱落こそあったものの、イベント自体はまだ終わらないだろう。
カスミとマイもそのまま残ることにした。
ここからは次にここにやってくるのが【楓の木】の面々でないことを祈りつつ応援する時間だ。
「流石サリーだ。ウォーミングアップの時よりもさらにいい動きを見せたのだろう」
「カスミさんと戦っていた時もすごかったですけど」
「サリーは負けられない時ほどパフォーマンスが上がるタイプだな。ただそれにしても……」
カスミとマイは事前にスキルの効果やできることについて聞いていたものの、使い方によってここまで幅が生まれるのかと顔を見合わせる。
実際に戦っているところを見てみないことには、サリーの新たなスキルの強さは分かりづらい。
とはいえあのスキル自体はそもそもサリーの技量への依存度が高く、二人がスキルを手にしたとしても同じ動きはできないような代物なのだが。
「メイプルも残っている。あとは上手くやってくれると信じよう」
「私も……私の分までユイが頑張ってくれると信じてます!」
残る【楓の木】の面々も精鋭揃い。後を託せるだけのプレイヤーばかりである。
そうして陣営の勝利を期待しながら、二人もまたモニターに目を移すのだった。




