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防御特化と決戦の時3。

こちら三戦目です〜

雷鳴。降り注ぐ雷の雨が激しさを増す中、宙に浮いたヒナタを連れたベルベットにサリーが迫る。


「自由に動かれると、苦しいっすね!」


「そのまま負けてくれて構わないけど?」


「そうはいかないっす!」

メイプルの【身捧ぐ慈愛】の効果範囲内のサリーはベルベットの電撃もヒナタのデバフも一切気にする必要がない。

トップクラスの二人による攻撃を全てその身で受けながら、メイプルは無傷のまま健在だ。


「【攻撃開始】!」


「【氷壁】!」

ヒナタがメイプルから放たれる銃弾を氷の壁で受け止めてベルベットを守ると、ベルベットは振るわれるサリーの短剣をガントレットで弾く。

遠距離からのメイプルの攻撃にはヒナタが、サリーにはベルベットが対応する。


それは必然とも言える。目の前にサリーが張り付き苛烈な攻撃を続けている状況で、メイプルからの攻撃に意識を割けるほどの余裕はないのだ。

サリーの攻撃に集中していなければ、いつその首が飛んでもおかしくない。

ただ、二人もやられっぱなしでいるわけにはいかない。


「【氷山】」


「【紫電】!」


「わわっ!っ、サリー!」

足元からせりあがった氷がメイプルを跳ね飛ばす。ダメージはないが、目的はメイプルを移動させること。

ベルベットの狙いは【身捧ぐ慈愛】の範囲外に飛び出るサリーだった。


「……流石に反応が早いっすね」


「まあね」

弾ける雷が収まった先でサリーはどうということはないという風に武器を構え直す。

【身捧ぐ慈愛】の範囲が後方へ急速に移動したにもかかわらず、サリーは素早く反応してバックステップで合わせることでベルベットの雷撃を無効化したのだ。


「このままじゃあ勝てないっすね」


「はい」

氷山に跳ね飛ばされて壊れた兵器を再展開しつつ、一切ダメージを受けずに立ち上がるメイプルを見て、二人はやはりサリーではなくメイプルを狙う必要があると再認識する。


【不屈の守護者】がないといえど、メイプルを脅かすためにはあの防御を突破する必要がある。多くのプレイヤーを葬った雷の雨もメイプルの前には無力なのである。


「それに、今のサリーは怖いくらい隙がないっす」

かつて決闘で戦った時とは別人のよう。横をすり抜けメイプルの方に向かおうとすると的確に進路を塞いでくる。そんなサリーに貫通攻撃を当て、メイプルにダメージを入れるのは横をすり抜けるよりも現実的でない。

ベルベットの範囲攻撃。ヒナタの移動妨害。サリーにとって都合の悪いスキルをメイプルが全て止めている。

メイプルを倒すにはサリーを、サリーを倒すにはメイプルをどうにかする必要がある。


「打つ手がないとは思ってないけど……来ないならこっちから行くよ」


「……!」

サリーの雰囲気が変わったことを感じ取って、ベルベットとヒナタも次の動きを注視する。


「【雷神再臨】【稲妻の雨】」

サリーから弾ける雷が拡散し、空から雷の雨が降り注ぐ。

二人がそのスキルを見間違うはずがない。それはベルベットが使うものと全く同じ、威力も範囲もよく知った戦いの中心に据えるスキルである。

ベルベットは雷の雨の範囲外へと瞬時に下がると目の前の景色に目を丸くする。


「コピーとか……そういうやつっすか」


「準備はしておきます。確認しないことには……」

リリィから聞いた話では、サリーはペインやメイプルのスキルも使っている。

ペインのスキルが幻だったように、これもそうである可能性はある。


「怖がって逃げていても意味ないっすよね!」

ベルベットはあの雷の雨を避けられる程の技術は持たない。そんな異常な回避力を持つのはそれこそ目の前にいるサリーくらいだ。

それでも、メイプルを倒すにはサリーが放つ雷撃の中へ踏み込まなければならない。


「【エレキアクセル】!」

ヒナタに【光魔法】による回復を構えさせたうえで、ベルベットは意を決して加速し雷の雨の中へ飛び込む。

降り注ぐ雷はすぐさまベルベットに直撃し、しかしそれはそのまま体をすり抜け地面で弾けて消えていく。


「思い切りいいね」


「やっぱり幻っすか!」


「ま、そんなとこ!」

サリーは距離があるうちに開いた青いパネルを閉じ、取り出したアイテムでバフをかけ直すと、電撃を纏い二本のダガーを構えてベルベットに迫る。雷を気にする必要がなくなったベルベットもメイプルの攻撃に対する防御をヒナタに任せてサリーの攻撃に集中する。

【身捧ぐ慈愛】により輝く地面の上で、二つの影が衝突する。ベルベットのガントレットとサリーのダガーがそれぞれの攻撃を的確に受け止め、金属音と共に火花を散らせる。


「【紫電】!」

サリーのダガーから電撃が迸り、ベルベットの視界を埋め尽くす。

着弾まではベルベットのそれと変わらない。ベルベットは安全に距離を取りつつ回避する。


「幻でも厄介っすね!」

視界を奪って詰めてきたサリーはそのまま方向を変えてベルベットを追う。


「【氷壁】【氷槍】!」

メイプルとの間に氷の壁を作り、射線を遮るとヒナタはできた余裕でサリーに氷の槍を放つ。


「【氷槍】!」

サリーは容易くそれを回避すると同じように氷の槍をベルベットに放つ。

それにはもう怯まない。

そのまま前進しサリーに迫るベルベットの左肩に直撃した氷の槍は、予想に反し音を立てて砕け散った。


「なっ……!?」

飛び散る氷の破片。そして確かなダメージエフェクト。予想外の事象がベルベットの動きを鈍らせる。


「朧【幻影】」


「っ!【電磁跳躍】!」

分身を生み出し追撃へ移るサリーからスパークを残して離れる。

しかし、目の前の壁から外れたところを見逃す程、今のメイプルの判断力は鈍くない。


「【攻撃開始】!」

放たれた数本のレーザーが空中のベルベットに迫る。使い続けてきた武器による的確な射撃は確かにベルベットを捉えていた。


「【重力制御】」

空中のベルベットが見えない何かに突き上げられるように突然跳ね上がる。

狙いが的確だったこともあって、そのズレはレーザーを回避するに足るものになった。


「助かったっす!」

ベルベットはそのまま空中を走り抜けて、メイプルの射撃を避けて地面に降り立つ。

メイプルもまたベルベットの貫通攻撃を避けるため距離をとっていたため、攻撃の着弾にタイムラグがあることは二人にとって幸いだった。

とはいえ、浮上した新たな問題が二人の頭を悩ませる。


「幻じゃないんすか!?」


「見破ってみてよ」

分身を引き連れて向かってくるサリーを観察するベルベットは、サリーの周りで弾ける眩しい電撃の中に紛れて、いつの間にかヒナタのそれに似た白い霧が発生していることに気づく。

それは冷気。これによるものか、これも二人を惑わせるためのブラフなのか、それは二人には分からない。


「とりあえず氷は避けるっすよ!」

ダメージは大きくない。ヒナタの基本的な回復魔法で傷を治すと、得体の知れないサリーに向かってベルベットは再度駆け出した。




「……」

まず一つ上手くいったとサリーは再度集中する。

ベルベットにはいつもの装備に見えているこの装備は、実際は【偽装】によって見た目を揃えた二種のユニークシリーズで構成されたものだ。

実際に放ったのは水。スキル名とエフェクトをヒナタのものに合わせ【氷結領域】によって凍結させることで行われた模倣。仕組みを知らなければ、ヒナタのスキルをコピーしたと考えるのが普通だ。


「【ウィンドカッター】!」

サリーは牽制しつつ距離を詰める。【身捧ぐ慈愛】がある今、貫通攻撃を受けたり、範囲外に出たりしなければ他の攻撃はどれも脅威にはならない。

【虚実反転】は残したまま、サリーは次の手を準備する。


「メイプル!」


「……!」

呼びかけてのハンドサイン。事前に決めておいたそれはサリーの意図を適切かつメイプルにだけ分かるように伝える。


「【氷柱】!」

生み出した柱をベルベットの動きを制限すると同時に、糸を使っての高速移動にも使いベルベットの前までやって来る。

サリーの速度ならこの距離などないに等しい。


「【攻撃開始】!」

固定砲台となったメイプルから弾丸がばら撒かれる。当たらない軌道のものは放置され、当たりうるものが氷の壁と重力による引き寄せに阻まれていく。

ただ、それでも対応にヒナタのスキルが使われたその隙に、サリーがそのまま懐へ飛び込む。


「【ダブルスラッシュ】!」


「【振動拳】!」

スキルによる決められた動き。それは基本触れることすら許さないサリーにも生まれてしまう隙。

赤い輝きを纏って振るわれるダガーのうちの片方をガントレットで弾き、ベルベットは拳をねじ込む。


「【キャンセル】」

サリーがそう口にすると同時、振るわれるはずの次のダガーは予想した軌道を外れて、突き出したベルベットの拳をガードする。

スキルのキャンセル。そんなスキルをベルベットは聞いたことがない。

サリーが半身になって前へ一歩踏み出す。ベルベットがそれに対応しようとしたその時。


「……!?」

脇腹にダメージの感覚。

咄嗟にそちらへ意識が向く。深々と、何かが抉っていったような傷跡。溢れるダメージエフェクトはその攻撃の威力を物語る。


「【重力制御】!」

思考が一瞬止まったベルベットをヒナタは冷静に強制的に後方へ跳ね飛ばして救出する。


「【氷の城】【ヒール】!」

メイプルが攻撃を庇うことで、サリーが自由に動けるとはいえ物理的な壁は越えられない。


「大丈夫ですか?」


「何とか……ちょっと、困ったっすね!」

決闘の時は全力ではなかったサリー。分かってはいたものの、これは二人の想定以上だった。



氷の壁に阻まれたサリーは背後のメイプルにナイスとばかりにグッと親指を立てる。

練習してきた連携。難しいものにはなるが、今の自分なら実行できるとサリーは自信を深める。

サリーは二つの仕掛けを打った。

【キャンセル】などというスキルはなく、あれは【ダブルスラッシュ】を完璧に模倣しただけにすぎない。【偽装】と技術によってスキルは再現でき、発動していないなら中断もできる。

それはただ武器を振っているだけなのだから。



そして、ベルベットに与えた深手。ヒナタが防げずベルベットが反応できなかった一撃。

ギリギリまで自分の体で隠したメイプルの銃弾。

範囲内に入った瞬間に【蜃気楼】によって遠く外れて飛んでいったように見せかけられたそれは、半身で踏み込んだサリーの横をすり抜けて、不可視の弾丸となりベルベットを貫いた。かつてメイプルの盾に使ったように、サリーは銃弾を消して見せたのだ。


「次は詰めきる……!」

仕組みを知らない状態で、ゆっくり考える暇もない戦闘中の看破は不可能。

そう確信しているサリーは、氷の城壁から空中に飛び出して着地したベルベットを見据える。


「すごいっすね!一体どうなってるっすか?」


「残念だけど言えないかな」


「本当に分かんなかったっす!あれじゃあ対応もできないっす……だから」

踏み込もうとしたサリーはベルベットが何か決意を固めたらしいことを感じ取って足を止める。


「対応するのは止めるっす」

細かいことを考えていてもサリーに追いつけない。ヒナタを連れてなお、ベルベットは駆け引きでサリーを上回ることが難しいと理解した。

正体不明の攻撃によって不利を背負い続ける以上長期戦は不利。ならばやるべきことは細かく相手の動きに合わせることではない。

すべきこと。それは自分の強みを押し付けることだと割り切ったのだ。


「【頂への渇望】」


「……!」

突如迸った青いオーラ。サリーがそれを視認した直後。ベルベットは異常な速さでサリーの隣を駆け抜けた。

反応では追いつけない速度。暴力的な加速でもってベルベットはサリーを振り切る。


「【超加速】!」


「【超加速】!」

加速するサリーに合わせてベルベットが再度その速度を上げる。


「メイプル!」

追いつけない。そう確信したサリーはメイプルに注意を促す。


「【攻撃開始】!」

メイプルが狙いを定めて放った銃弾を、桁違いの加速と【重力制御】による空中移動で回避する。

こうも激しく動き回られてはメイプルの攻撃も当たらない。


「【コキュートス】」

【身捧ぐ慈愛】がある限りサリーに使っても遠く離れたメイプルが動けなくなるだけ。

ただ、メイプルを狙う限りその効果は問題なく発揮される。


「【脆き氷像】【錆びつく鎧】【星の崩壊】」

メイプルも見たことがあるものをはじめとして、次々に降り注ぐデバフ。しかし、メイプルもここまで多くの敵と戦ってきた。自分の弱点はよく分かっている。


「【ピアースガード】!」

ヒナタが【思考凍結】でスキルを封印するより先に、貫通攻撃に耐性をつける。


「【紫電】!」

ベルベットもまたメイプルの盾の危険性を知っている。凍りついて動けないメイプルに弾ける電撃を放ち、やがて盾が反応しなくなったのを見て突撃した。


「【思考凍結】」


「【闘気覚醒】【爆砕拳】!」

纏うオーラを強めながら、側面に回ったベルベットがメイプルに拳を振りかぶる。

【ピアースガード】は効いている。メイプルは防御は考えず攻撃に意識を割く。

しかし、それを遮ったのは何とサリーだった。


「【変わり身】!」

メイプルの位置が瞬時にサリーと入れ替わり、ベルベットの拳をギリギリのところで回避する。


「【鉄砲水】!」

ベルベットの体勢を噴き出した水によって崩すと再度メイプルを守るように間に立ちはだかる。


「さ、サリー?」


「……どうして分かったっすか?」

不思議そうなメイプルを他所に、ベルベットがサリーに語りかける。

位置を入れ替える。ベルベットがまだ見たことのなかった強力なスキルを切ってまで、メイプルを守る理由など今この瞬間にはなかったはずだと。


『作戦』は成功するはずだったのだと、ベルベットは怪訝そうな顔でサリーを見る。


「私達のギルドには色んなスキルについて知ってる、特別物知りな人がいるからね」


「知ってたってことっすか」


「貫通攻撃じゃない。でしょ?」

カナデは【神界書庫】で見たことのあるスキルの効果文、コスト、名称を完璧に記憶している。サリーは時間をかけてそれを教わり、今日までに全て頭に叩き込んできた。


【爆砕拳】はその中に確かにあった。

それは超高威力の攻撃。しかし、それだけだ。


「あはっ!そうっす!でも……次はないっすよ!」

ブラフ。その可能性もある。しかし、それは割り切って攻めてきた今のベルベットらしくない。


「メイプル、気をつけて。【ピアースガード】は貫通攻撃を防ぐだけ」

もしも、ヒナタによる他に類を見ないデバフに後押しされたベルベットの重い一撃が、想像以上の破壊力を持つとするならば。

メイプルもサリーの言葉の意味を理解する。

今のベルベットはメイプルの防御を正面から突破できる。少なくともあの二人はそう認識している。一連の動きを見るにそう考える方が妥当だ。


「危ない時は私が弾く。信じて」


「うん、分かった」

メイプルの反応速度ではベルベットの高速の攻撃に盾を合わせられない。故にメイプルは攻撃に専念し、サリーが防御に回る。

速度で上回るベルベットに振り切られないようメイプルとサリーは近くに立ち、目の前の二人に武器を向ける。ここからは二人で二人を庇い合って敵の隙を窺うのだ。

雷の雨は依然としてノーダメージ。注意すべきはあの拳だけだ。


「【疾駆】!」

ベルベットが二人に向かって駆ける。サリーが持たない加速スキルによって【超加速】が切れたサリーを遥かに追い抜く。ただ一撃をメイプルに叩き込むために。


「【攻撃開始】!」

射撃をサイドステップで回避し、ベルベットが接近する。メイプルの旋回よりもベルベットの移動の方が速い。


「【豪雷】!」

発生した雷の柱がメイプルを飲み込む。それはダメージを期待したものでなく、兵器を破壊するための雷撃だ。


「【古代兵器】!」

青いスパーク。メイプルの周りに浮かんだ黒いキューブがバキンと割れて円筒状に変形して回転し始める。

それは高速の連射でもって、近づこうとしたベルベットに青く輝く光弾を放つ。


「っと!」


「【砲身展開】!」

壊された兵器を再展開し、ベルベットに追撃を加えるが、時間と共にさらに加速するベルベットを捉えるには至らない。

銃弾すら振り切ってメイプルに向かうベルベットをサリーが遮る。


「【氷槍】」

放たれた氷の槍。嫌なイメージがベルベットの頭をよぎる。

回避を選択し、軌道から体を逸らした所にサリーはダガーを振るう。


「私の方が速いっす!」

ブレーキをかけてステップを踏みサリーのダガーを躱したところで、ベルベットの肩からダメージエフェクトが噴き上がる。メイプルは近く、弾もいくらでもある。背中に目がついているかのようにメイプルの射撃を認識しているサリーなら好きなものを【蜃気楼】で消し放題だ。


「っ、また……!」

正体不明の攻撃。しかし、もう怯まないと決めた二人は回復をかけてそのまま突っ込む。


「【凍てつく大地】!」

ヒナタがメイプルを拘束すると、二人はサリーの隣を抜けてメイプルに肉薄せんとする。


「っ!」


「私だって出し惜しみはしない」

ベルベットに、今までよりも深く。重いダメージの感覚。腹部を斬り裂くような傷跡はメイプルの銃弾やレーザーのそれではない。


「【滲み出る混沌】!」


「【氷壁】!」

意識がメイプルから逸れた瞬間。放たれた化物の口が氷の壁と衝突し、派手に爆ぜる。


「【トリプルスラッシュ】!」

サリーの声にベルベットが振り返り目を丸くする。そこにはベルベットが斬り裂かれた理由があった。

サリーが片手に握るのは青いダガー。もう片手に握るのは、灰色の長剣だった。

サリーは勢いもそのままにベルベットに斬りかかる。


「っ、まだ変なことできるんすね!」


「【キャンセル】!」

当然スキルなど発動していないサリーは、ベルベットを引きつけて動きを変化させ、そのまま長剣を突き出す。


「【変容】」

突き出した長剣は槍になって、突然変化したレンジがベルベットを貫くに至る。

ベルベットが下がったのを見てサリーは武器の見た目を全く同じ青いダガーに戻すとそれを背中に隠してくるくると回して持ち替える。

もう偽物はどちらか分からない。


「そんな厄介なものばっかり、どこで見つけてきたのか教えて欲しいっす」

スキルのエフェクトも偽物、武器や見えているものさえ。【偽装】によってスキル名も毎回変えられるようになった今正確に全てを認識しているのはサリーだけだ。

押し切ろうとするベルベットを冷静に咎める。ベルベットの出力は高いが、まだこの勝負は自分の制御下にあるとサリーは感じていた。


「…………」

とはいえ、それも薄氷の上の有利だ。それでも余裕そうにしていることは牽制になる。

得体が知れない。いつもはメイプルの役割だが、今回はサリーの担当だ。

勝ち筋は頭の中に描けている。しかし。


「【毒竜】【攻撃開始】!」

メイプルが攻めているうちに、サリーは思考をまとめる。

サリーの中の不安要素。それはベルベットとヒナタのスキル構成。

ベルベットにもヒナタにも二つの軸がある。雷と格闘術、氷と重力。

それも他のプレイヤーが使う所を見たことがないスキルだ。二つのユニークシリーズを保有し、混ぜて使うサリーだからこそ分かる。この二人もおそらく同種、複数のユニークシリーズを持っている。だが、そのうえで見た目を【偽装】することで誤魔化しているサリーと違い装備品に統一感がある。


「こっちもある程度は割り切るしかないか」

そうであるなら、考えることは一つ減る。楽観視はできないが可能性の一つとして頭の隅に入れておいた。


「メイプル、時間切れと同時に私が仕掛ける」


「分かった!」

無制限に使えるなら【頂への渇望】など最初から使うはずだ。そうしないのは、そうでないから。

だとすれば、相手も黙って待ちはしないはず。ここが最後の正念場だと、サリーはインベントリを開きアイテムでバフを掛け直して気を引き締める。


「ベルベットさん」


「……頼むっす!」

ベルベットは迷いを振り切ってそう返す。

リスクは覚悟でここへ来たのだ。中途半端に引くくらいなら全て出し切る方がいい。


「いきます!」


「分かったっす!」


「【ゼロ・グラビティ】!」




「わわっ!?」


「メイプル!」

サリーは悪い予感が一つ当たったと険しい表情を浮かべる。

ヒナタから紫の光が辺りへ拡散した直後、地面に固定されていないもの全ては浮き上がった。

飛ぶ弾丸も、地面を濡らす毒も、降り注ぐ雷さえ。サリーの分もスキルを受け止めたメイプルだけが無防備に空中に浮き上がったのを見て、重力を制御下に置くヒナタの助けを借りベルベットは空を駆ける。


「ヒナタ……!」


「【攻撃開始】……えっ!?」

新たに撃った弾丸が着弾より先に勢いを失いふわふわと空に浮かんでいくのをみて、メイプルは目を丸くする。


「【氷柱】!【糸使い】!」

一人浮かばなかったサリーは空へと向かう。

それでも、空中での機動力は重力を自在に操る相手の方が上回る。


「遅いっすよ!」


「【脆き氷像】【錆びつく鎧】【星の崩壊】」


「メイプル、切って!」


「【暴虐】!」


「【爆砕拳】!」

サリーの声に迷いなく【暴虐】を使い化物の姿になったメイプルの体にベルベットの拳が突き刺さり、凄まじいダメージエフェクトと共に肉が弾けて飛び出たメイプル本体が地面へと叩きつけられる。


「【覚醒】!シロップ【大自然】!」


「【氷柱】!」

メイプルはシロップによる蔓で、サリーは氷の柱で二人を妨害し、浮かび上がらないよう糸で地面にメイプルを繋ぎ止める。

動けなくはなるものの、浮かぶよりはずっといい。


「のんびりしてもいられないっすから!行くっすよ!」

これでもうメイプルを守るものはサリーのみ。その上であらゆる飛び道具を無力化した今、メイプルに武器はなくなった。サリーの守りを越えること。それが最後にして最大の障壁だ。

最後の勝負に出たベルベットを迎え撃つためサリーが前進する。


「【極光】!」


「……!」

サリーが持っているはずのないスキルの発動と共にメイプル諸共サリーの姿が光の柱の中に隠れる。

どう動いてこようとも速度の差で振り切る。そう決めて大きく回り込むように走るベルベットの体を、見えない何かが斬り裂く。


「またっすか……!」

ヒナタの氷と重力の防御を抜けて、サリーは的確にベルベットに攻撃を繰り返す。

続けて腕、足。メイプルに近づこうとする度に体のどこかからダメージエフェクトが弾ける。

それでも二人は体力を回復し、チャンスを窺う。

【極光】の光が収まり、サリーとメイプルの姿が見えるようになった瞬間、ベルベットは一気にメイプルへ向かった。


「通さない」


「「【覚醒】!」」


「……!」

ベルベットとヒナタの宣言にサリーが一瞬身構える。想定できる最悪のパターンを瞬時に思い描き、高速で思考を回転させる。


「ブラフ。違う?」

サリーが前進しダガーを振るう。それは途中で大剣へと変化し、ベルベットを浅く斬り裂く。


「流石っす」

鮮血のように弾けたダメージエフェクト。

二つのタイプの強力なスキルを使い分ける二人。許容せざるを得なかった強烈なデメリットは、装飾品の枠を全て埋めること。

【絆の架け橋】は二人には装備できないのだ。


それでも。長い間隠し通したその事実は、サリーの攻撃をほんの一瞬遅らせた。

ここで、その一瞬を買えるならそれだけで十分だったのだ。

肉を切らせて骨を断つ。ベルベットはダメージを受けながら、サリーの隣を高速ですり抜ける。


「【砲身展開】!【攻撃開始】!」


「【鉄心】!」

避けている余裕を与えてくれるサリーではないと、ベルベットは効果時間は短いものの強力なダメージカットとヒナタの防御にものを言わせて弾幕の中を最低限の回避で走る。


「【紫電】!」

電撃でメイプルの武器を破壊して、射程圏内に飛び込んだ。


「【古代兵器】!」

メイプルは壊されない兵器を展開し、突き出した右手に合わせてスパークを放つ黒柱が回転を始める。


「ヒナタ!」


「【脆き氷像】【錆びつく鎧】【星の崩壊】!」


「【爆砕拳】!」

メイプルが構えた兵器が攻撃するよりも早く、ベルベットの拳がメイプルを捉える。

回避など当然できるはずもなく。

それは二人にとっての悪い想像通り、メイプルの防御力を正面から突破し、HPバーを吹き飛ばす。




それでも。メイプルはダメージに表情を歪めつつ、突き出した右手の周りで激しさを増すスパークをじっと見ていた。


「【カウンター】!」


「っ【雷獣】!」

右手から青い光が溢れる。ただ1だけ残ったHP。生きているなら、まだ動ける。ベルベットの必殺の一撃をそのまま自分の攻撃に乗せて、緊急避難のため巨大な白虎になったベルベットを今度はメイプルの放つ極太の青いレーザーが貫き、遥か地平の果てへ抜けて中にいたベルベットを遠くへ吹き飛ばす。


「メイプル!」


「うん!」

そこにあったのは絶対の信頼。サリーが何も言わずベルベットを通す時。それはメイプルが生き残れる確信がある時だ。


故に回避も防御も不要。攻撃だけを考える。

ただ、サリーの判断に命を預けて。


バフをかけ直すふりをして時折確認していたタイマー。サリーによる秒単位の正確な時間管理を前提として、この時間に作戦を決行したのだ。

今この瞬間、時計は十二時を数秒だけ過ぎていた。


「……っ」


「次は私達の番」

ベルベットにサリーが詰める。まだ速度に差はある。撤退か、応戦か。

サリーは迷わない。こちらの策はこれが全て、あとは詰めるのみ。


「【神速】!」


「それは……!」

サリーの動きを止めようとしたヒナタが目を見開く。本来ドレッドの持つスキルによって、サリーは姿を消したのだ。


「ベルベットさん!」

左側、空間が歪みサリーが姿を現す。怪しくとも対応しないわけにはいかない。


「【氷槍】!」

ヒナタの氷が直撃した所で、二人もそれが幻であると察する。本物がこれに当たるはずがない。

本体は右。【蜃気楼】で注意を引いたサリーは【神速】により距離を詰め、左手から伸びる糸をぐんと引く。

その先に繋がっているのは回復を済ませたメイプル。

その胸元。崩壊した鎧の奥から覗く、バチバチとスパークする赤黒い球体。二人まとめて吹き飛ばせる【ブレイク・コア】が光を強める。


「まず……っ」


「走ってください」

短くそう言うと二人を繋ぐ重力のパスを断ち切って、ヒナタはベルベットの前に飛び出る。


「【隔絶領域】!」

対象は自分とメイプル。ヒナタから広がる紫のドームが二人を干渉不可能な別空間に閉じ込める。


「ええっ!?」


「ふふっ、させません」

ヒナタが柔らかく笑った直後。メイプルを中心に発生した爆発はヒナタの生み出した空間全てを埋め尽くすのだった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] いくらデバフと超威力の攻撃でもステータス1000以下が当たり前のゲームでVIT20000超えたメイプルを突破できるのは相手の使ったスキルの詳細やステを知りたい 第四回イベでペインもメイ…
[良い点] カナデがカンペになるのも結構ずるいですよね……。 サリーの偽装やスキルでっち上げにしろ、カナデのスキルカンペにしろ。 スキルの全貌が不明でとにかく数の多いこういうゲームだとめちゃくちゃ強い…
[良い点] 作劇の文章として最高至高でした!この章を読み返すたびに脳汁の出る量が増加します…最終的に幸せの絶頂に到達して幸福死しそう(アニメでこのシーン見るまでは絶対死ねませんが) 一期のアニメでも…
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