防御特化と決戦の時。
こちら時系列は同じ三戦の一戦目となります。
「【多重加速】!」
フレデリカのバフにイズのアイテムも加えて、移動速度を底上げしたところで、集団で移動を開始する。
目的は致命的なタイミングでの【炎帝ノ国】の合流を阻止すること。
そのためには、多少の犠牲も許容範囲だ。
「頑張る分うまくやってよねー」
雷の落ちる戦場を遠巻きに眺め、メイプルとサリーの勝利を祈りつつ全員で移動を続ける。
広範囲に散らばった偵察部隊によって素早く接近を察知したことで、進路を遮るように先に陣取ることができた。
「私達も覚悟を決めないと駄目ね」
「うん。作戦通りやろう」
長距離を移動する必要があり、同行する人数も絞っている。【炎帝ノ国】を迎え撃つに十分な数が用意できたとは言い難い。
それでもやりようはある。【楓の木】には戦況を変えられるだけの強力な武器があるのだ。
「二人とも準備は大丈夫?」
「「はいっ!」」
マイとユイはツキミとユキミの背に乗って、それぞれ六本の大槌を構える。
この状況を変えられるプレイヤー、それがこの二人だ。
「皆で支援する。俺達がどうなっても気にしなくていい」
「頑張って!」
マイとユイがいればHPを削る必要はない。全員で二人を支援するのが最良の選択だということは昼の集団戦で証明済だ。
「うんうん。って感じだから攻撃は任せたよー?」
「任せてください!」
「頑張ります……!」
二人が作戦の核だ。人数の不足は異次元の破壊力で帳消しにする。
「遮蔽を設置するのを手伝ってくれるかしら?」
「オーケー。急ごう、もう近い。おい、こっちに手を貸してくれ!」
「分かった!」
下手に守りに入っても、ミィの炎と押し寄せる大軍の圧力に負けてしまう。
とはいえ完璧に守りを固め、イズの用意した壁の奥で待ち構えても横を素通りされるだけだ。
作戦上、素通りだけはさせられない。であれば死も覚悟した上で戦うしかない。
こちらが壊滅したとしても、敵にも進軍できないほどの被害が出ればそれでいいのだ。勿論、勝てるならそれが最良だ。
「二人は真っ直ぐミィに向かって。危ないと思っても攻撃を続けてほしい」
「「はい」」
「大丈夫。今日限りだけど限界まで僕が守るよ」
カナデが背後に浮かべる本棚にはぎっしりと魔導書が詰まっていた。
「よろしくお願いします」
「その分暴れてみせます!」
「うんうん。その調子で頼むね」
最低限の遮蔽を設置して決戦の準備を整える。先頭にマイとユイ。そしてそれをバックアップする【集う聖剣】の面々を隣に配置して、最後方にイズ、カナデ、フレデリカ、さらに【集う聖剣】から後衛の面々とそれを守るための大盾使いが構える。
「【黎明】はどうするー?」
「んー、基本的にどうにもならないかな」
「撃たれる前に。というのはやっぱり難しいかしら」
「準備に時間がかかるスキルみたいだし、二人に期待しよう」
どうやら無敵になることで防げないらしいミィの攻撃が飛んできたその時。最前線で武器を振るっているであろうマイとユイを助けるのは難しい。
【黎明】を使うために詠唱に入ってミィが攻撃できない間にやれることをやるしかない。
待つこと少し。夜の闇の中に、ポツポツと灯りが見え始める。
それはスキルエフェクトやランタンによるものだ。その数は明らかにこちらより多く、【炎帝ノ国】に【thunder storm】と【ラピッドファイア】のメンバーを含んだ混成軍だった。
今さら人数差に怯んでいても仕方がない。それより自分達の作戦を信じるべきである。
「よーし皆やるよー!【多重頑強】」
フレデリカが防御力を上昇させたのを合図に全員が一気に動き出す。小細工は無し。全てを破壊しうる二人を正面から突撃させるのだ。
暗闇の中、敵も素早くこちらの存在に気づき、次々に魔法が飛んでくる。風の刃、炎の弾丸。それに混じって空から矢の雨が降り注ぐ。
「【多重障壁】!ノーツ【輪唱】!」
「「【マルチカバー】!」」
「「【ヒール】!」」
フレデリカがノーツと共に展開した大量の障壁がその多くを受け止め、抜けてきた分をタンクが受け持ち回復する。
イズとフレデリカのバフによって底上げされたステータスは、障壁によって妨害された魔法程度なら容易に耐え抜けるのだ。
唯一掠ることさえ許されないマイとユイだけを守り、さらに前進する。バフによる加速もあってか、両軍の距離はあっという間に詰まる。
が、しかし。集団の中から赤い炎を散らして夜空に不死鳥が舞い上がった。
「【灼熱】!」
ミィによって放たれた進軍を阻まんとする強烈な炎の波。
迫る猛火にそれでもマイとユイは突っ込んでいく。それは、守られることが分かっているからだ。
「【断絶】」
カナデが魔導書を開くと、空間が裂けミィの炎が飲み込まれていく。基本的に二度撃つことができないものの、カナデが持つ切り札と言えるスキルの数は他のプレイヤーとは比べ物にならない。
容易く攻撃が無効化され、続く炎を放つより先に、ツキミとユキミに乗ったままマイとユイが大槌を振りかぶる。
「「【飛撃】!」」
飛来する高速の衝撃波。
それは風船を針で刺したように、掠めたプレイヤーを消滅させる。
「避けるか無敵で対応しろ!」
こちらを囲い込みながら、マイとユイから距離を取れるよう散開する。
防御力上昇、ダメージカット。二人の前に立った者にとってそんなものは無価値だ。
「【噴火】!」
マイとユイを狙って再度ミィの炎が迫る。地面から炎が溢れ出し、火柱が二人を包み込まんとする。
「【水神の加護】!」
素早くカナデが対応に辺り、二人を水の膜が包み込む。炎を打ち消す守りによって、二人は足を止めずに前へと進む。
「「【ダブルストライク】!」」
「【精霊の光】……はぁ!?」
「【守護の輝き】!っ、マジか!」
ダメージを無効化したプレイヤーはそのまま吹き飛び、後衛のプレイヤーを巻き込みながら地面に転がっていく。それで勢いが止まったのはまだマシな方で、斜め上に飛んだプレイヤーの行方など当然誰も知りはしない。
「「【超加速】!」」
加速することで大槌を避け、二人の懐に潜り込む。当たらなければそれでいいのだ。
「「【カバー】!」」
素早く割り込んできた【集う聖剣】による防御が間に合い、マイとユイは攻撃を続ける。
「二人がやられると困るんでね!」
「守らせてもらう」
「なるほどね……!」
【集う聖剣】による対応が早く、カナデのスキルを使わせるにも至らない。すぐに距離を取り直さなければ大槌による反撃で粉々にされてしまうため、諦めて一旦引くしかない。
異様なまでの攻撃力の差は接近しての攻防、その一切をないものとしてしまっているのだ。
ミィはイグニスに指示を出し、フレデリカを中心に地面から飛来する魔法を回避すると、狙う対象を切り替える。
「【豪炎】!」
夜空に発生した業火は、その圧倒的な火力でミィを狙った魔法を飲み込み後衛に向かって降り注ぐ。
「【多重障壁】!」
「フェイ【アイテム強化】!」
フレデリカが障壁を展開するのに合わせて、イズがアイテムにより防壁を生み出しさらに守りを固める。そこに【集う聖剣】の面々も障壁を追加して、ミィの炎を防ぎ切った。
「守りが固いな……」
ミィは魔法を避けながら一旦自軍方向へ戻っていく。後衛を一気に焼き尽くし、陣形を崩壊させたいところだったが、流石は【集う聖剣】といった安定感。カナデがスキルを使っていなかったことを鑑みても、あの守りを崩すには時間がかかるだろう。
であれば仕方ない。ミィはこの戦場の中心となっているマイとユイに照準を定め炎を放つ。
「【炎帝】!【炎槍】!」
「【対象増加】【精霊の光】」
マイとユイに放った二つの炎の球、そして巨大な炎の槍はカナデのダメージ無効化によって防がれる。カナデは他のプレイヤーと違って、どんなスキルをどれだけ持っているか分からないのが厄介だ。それでも、カナデを攻撃してもフレデリカを中心とした大量の障壁に阻まれるなら、限られたスキルでしか救えないマイとユイを狙う方がマシである。
もしくは。
「マルクスから?」
ミィは届いたメッセージに目を通す。
『時間稼ぎされてる。戦力もじわじわ削られてるし、多少時間がかかってもミィに決めてほしい』
【黎明】の詠唱。それは戦闘終幕へのカウントダウン。マイとユイもカナデによる防御を無効化されては耐えられない。
範囲外まで引くというなら、そのままベルベットとリリィに合流できる。
ミィはイグニスに指示を出しマルクスの側に降り立つ。
「ミィ、頼んでいい……?」
「そのつもりだ」
「その間は僕が支えるよ。あの二人の足止めも任せて」
「分かった」
マルクスは足元に設置した【一夜城】を起動し、ミィを守ると、【黎明】の準備が始まったことを確認して前へ出る。
「【設置・花の騎兵】【設置・水の軍】」
マルクスは蔦でできた騎兵と水の歩兵を呼び出すと射程内のプレイヤーに触れるたびに消滅させる二人にけしかける。
「好き勝手されると困るんだ」
「止まる気は……」
「ありませんっ!」
「【遠隔設置・風刃】【遠隔設置・炎刃】!」
どんなに弱い攻撃も対処しなければならないのが二人とカナデの弱点だ。メイプルの【身捧ぐ慈愛】に比べれば隙はある。
「クリア【消失】」
マルクスのトラップから発生した風の刃と炎の刃。騎兵と歩兵が一瞬にして姿を消す。
どういうつもりだと、一瞬動きを止めた【集う聖剣】の大盾使いの肩口に、突如蔦でできた槍が突き刺さりダメージエフェクトが弾けた。
「……!」
「下がってくれ!」
「「はい!」」
透明になっただけ。触れればその姿も見えるようになる単純明快なスキルではあるが、マイとユイの護衛難易度は跳ね上がる。
「僕だって後ろでじっと見てただけじゃないよ……【全トラップ起動】」
地面。空中。あちこちからさまざまな物質で構成された兵士たちが湧き出してくる。それら全て、マイとユイにとっては無視できない敵だ。
「クリア【色無き世界】」
マルクスによって呼び出された多様な兵士達は全てその色を失い、空気に溶け込んでいく。いよいよまずいと大盾使いを中心に体で炎と風の刃を受け止め、串刺しにされながらもマイとユイを集団の中へと逃す。間に立って壁になることで、二人への攻撃を防ぐのだ。
マルクスのスキルによってマイとユイのプレッシャーが弱まり、戦場の様相は一変するかと思われた。
後方。展開されるは召喚された兵にも負けない数の魔法陣と、銃口のついた飛行機械。放たれた幾条ものレーザーとメイプルの【機械神】にも負けない弾幕が透明な召喚兵に直撃し次々に実体化させていく。
「うっ……あの二人か」
マルクスに準備をする時間があったなら、イズにもあったということだ。
そして、準備さえできればイズも生産職とは思えない力を発揮できる。
「えー……私と張り合えるアイテムって何ー?」
「準備しておいて良かったわ!」
「助かるけどねー、でもー……」
「ええ、そうね」
マルクスも全力で攻めに来ているわけではない。マイとユイをしばらく止められれば、ミィが全てを終わらせる。
それは【thunder storm】や【ラピッドファイア】のギルドメンバーも織り込み済みであり、最終的に勝つ算段があるのなら犠牲が出ても構わないのだ。
「マイ、ユイ!」
カナデが少し前へ出て敵を薙ぎ倒す二人に声をかける。
「カナデさん!」
「多分これだと……」
間に合わない。そう言葉を発するより先に、夜空に太陽が顕現する。
中心にいるのはミィ。マルクスが稼いだ時間で全てを焦がす炎の準備は整った。
「【黎明】!」
白く輝く炎がミィを包み込みすぐにでも来る解放の瞬間を待つ。
全員が範囲外へ逃げようとする中、最前線にいたマイとユイにマルクスが手を伸ばす。
「退かせない……【聖なる鎖】!」
白い魔法陣から伸びた鎖がマイとユイをその場に拘束する。効果時間は僅か三秒。されど三秒。
ミィの炎から逃げる時間がなければそれでいい。
「【インフェルノ】!」
迫るは地面にダメージゾーンを生む巨大な炎の波。視界を赤が覆い尽くす中、マイとユイはカナデの方を振り返り決心したというふうに頷いた。
「【フライト】!」
カナデはそれを見て上空へ避難。二人の決断を信じた。
残されたマイとユイの鎖の拘束が解けたその時には炎は目の前だった。
それでも、この状況は二人にとって避けられないと覚悟していたものだ。
なら、やることは決まっている。
「お願いお姉ちゃん!」
「【巨人の業】!」
マイが五本の大槌を振りかぶり炎の波に叩きつける。STRが敵の攻撃の威力を上回ればダメージを無効化して跳ね返す。この効果から【黎明】によってダメージ無効だけが消えた時起こる現象は。
それは捨て身のカウンター。
全てを焼く炎。その一部がマイを中心に押し返され炎の波は反転する。
「まずっ……クリア【存在消滅】!」
朧の【神隠し】と同じようにその場からいなくなることでマルクスは炎の波をすり抜ける。
マルクスが見た燃え盛る業火の向こう。炎上するフィールドにキラキラと舞うエフェクトは逃げきれずに消えていったプレイヤーの数がどれほどのものだったかを示している。
一部の後衛を残し、ほとんどが焼却。
しかし。
「本気……?」
レイドボス相手にも通じていたマイとユイによる攻撃の突き返し。
しかし二人の姿は炎の波の向こうにはない。
つまり、死を覚悟の上でのカウンター。
それは甚大な被害をもたらした。
跳ね返ってきたのは一部とはいえ、それでも広範囲、かつ想定外の事象だ。
退避が遅れ、陣形は崩壊している。
マルクスが前を見ると、空中浮遊を終えたカナデが炎上する地面を避けるため、生成した巨大な岩の上に降り立ったところだった。
「まだやる気……?」
マルクスは訝しむ。跳ね返されたとはいえあくまでそれは一部。【楓の木】サイドの方が被害は大きい。戦闘続行は難しいはずだ。
攻撃を終えたミィもマルクスの元へやってくる。
「ミィ、ありがとう」
「敵は……カナデが殿ということか?」
「そうみたい」
地面の炎が収まり、容赦はしないとミィが続く炎を両手に生成したところで、カナデが魔導書を開いた。
「【黒煙】」
辺りに一気に黒い煙が広がる。
それはデバフではなく単純な目眩し。
「【トルネード】!」
どこかから放たれた風魔法は素早くその煙を押し流す。
煙幕を張って逃げた。全員がそう予想した中。煙が消えたその先で、カナデは空中に太い蔓で足場を生成し、ミィとマルクスに向かっていた。
「「……!」」
予想外の選択に二人の視線がカナデに向けられる。
「上だ!」
誰かが叫ぶ。ミィが見上げたその時にはもはや間近に迫っていた白い人影。
落下しつつ大槌を構えるのは紛れもなくユイだった。
「【蒼炎】!」
「【巨人の業】!」
放たれた青い炎を撃ち返す。
【インフェルノ】に対応したのはマイ。振るわれたのは五本の大槌。残りの一本は遥か上空へとユイを撃ち上げるのに使われた。
同じことができる二人だからこそ、マイはユイに、ユイはマイに託すことができる。
メイプルにも似た思い切ったプレイングはユイの方が得意とするところだ。
撃ち返された炎に包まれる中、ミィは転がって何とかその場を離れる。
「【砕けぬ盾】!」
カナデが残り、前に出た理由はただ一つ。ユイを無事に着地させるためだった。
「やあぁっ!」
轟音と共に地面に着地したマイはそのままミィへと大槌を叩きつける。
この距離、散開した陣形。最早避けられず、誰かからの支援も期待できない。
そう察したマルクスは隣にいたミィにその手に持っていた一枚の札を投げつける。
「【チェンジ】!」
札から展開された水の衣がミィを包むと同時、マルクスはスキルによって二つの罠の位置を入れ替える。ミィを包んだ罠はミィごとはるか後方へその位置を移動させ、安全圏に避難させる。
「あー……あとは、頼んだ」
ただ、咄嗟に発動できたのは一つ分。
対象を切り替えて振り抜かれた大槌。マルクスがそれを耐えられるはずはなかった。
一瞬。有無を言わせぬ必殺の一撃が高い音を立ててマルクスを光に変える。
そうして大槌がマルクスを消滅させると同時にカナデは魔導書を開いた。
「【鉄砲水】!逃げるよユイ!」
「はいっ!」
生み出した水で押し流したユイをキャッチして素早く逃げる。こんな時のために【AGI】には多めに振ってあるのだ。
「向こうが終わってるといいけど……!」
こちらの被害も大きい。ユイを守る魔導書ももうなく、足止めは難しくなった。カナデは残る戦場を心配しつつ、イズとフレデリカの元へ急ぐのだった。




