防御特化と嵐の前の。
大きな戦闘の起こらない夜のフィールドは静けさに包まれている。
実際、出歩くプレイヤーはほとんどいないのだから静かなのも当然だ。
そんな夜のフィールドをその特殊な目で見渡しながら歩いているのはウィルバート、そして護衛も兼ねてその隣にいるのはリリィだった。
「やはりプレイヤーが少なければ幾分ましですね。この辺りなら町も遠い」
「昼間は悪かった。相当負担がかかっただろう?」
「仕方ありません。あの時は赤いスパークの発生源を突き止める必要がありましたから」
昼の大規模戦闘ではメイプルの奇襲をいち早く察知することで、被害を最小限に抑えることができた。もし時間がかかっていたなら、戦闘の結果は大きく変わってしまっていただろう。
「追撃はなさそうかい?」
「そうですね。今のところ静かなものです」
二人が警戒しているのは敵陣営が追撃してくることだった。あれだけ派手にやった上で逃走したのだ。追撃したいと考えるプレイヤーがいてもおかしくはない。
ただ、予想に反してこの時間になっても敵軍は全く姿を見せなかった。
そろそろ帰り時かと考え始めたその時。
「…………!」
「誰か来たか?」
昼間、遠くにいるメイプルを見つけた時と同じように、普段のそれよりもさらに広範囲の索敵を行うウィルバートは、遥か遠く、範囲内に入り込んだプレイヤーの姿を確認した。
「メイプルとサリーがこちらへ向かっている……索敵範囲内には二人だけです。間違いない」
「正気か……?」
リリィは不可解なその動きを訝しむ。失敗に終わったとはいえ、後一歩でメイプルを倒すところまでいった先の戦闘は記憶に残っているはずだ。なのに再度【不屈の守護者】のないメイプルをほとんど護衛もつけず戦場に出してくる。
そこには何か意図があるはずだ。
「ウィル、本当にいないか」
「はい。見逃しはありません」
「なるほど……誘っているのは間違いないだろうね」
「ええ。狙いがあるのでしょう。どうしますか?」
見なかったことにして予定通り自陣へ退却することもできる。
メイプル達に何か狙いがあるのは間違いないが、流石にそのまま王城まで向かってくることはないと予想していた。
二人が何もしなければ、ここで戦闘は起こらない。
「射抜けるか?」
「……もう少し待てば射程は問題ないです。ただ、直撃は期待できないでしょう」
「まあ、サリーが止めることを前提にしているだろうね。恐ろしい話だが、実際やってのけそうだ」
安全に倒すというのは難しい。ウィルバートに無理なら誰にだって無理だろう。
倒すためにはこの誘いに乗って、戦闘を起こさなければならない。それが二人の結論だった。
「ウィル。念のためだ、他には誰もいないか?」
「……ええ、この目に誓って」
リリィは少し考えたのち小さく頷く。
「オーケー。乗ろうじゃないか。ウィルの索敵範囲外から戦場に間に合う大群が用意できるというのなら、見せてもらおう」
「分かりました」
「連絡を飛ばす。大人数になるとメイプル達も引くだろう……図らずも同じ狙いとなったかな?」
「そうかもしれません」
リリィは自陣に連絡を入れ、出撃できるプレイヤーを呼ぶ。
こちらもこちらで二人をできる限り誘い込むように。逃げられるだけの余裕をなくすためにじっと待つのだ。
「味方を待って囲い込む。援軍を妨害することにもつながるはずだ。ただ、二人が帰るそぶりを見せたなら仕掛けよう」
敵から与えられたチャンスであるため、危険な香りはするものの、それでもチャンスであることに変わりはない。次はないこの機会、逃したくはない。
「守り切れるというならやってみせろ。というわけだ」
「索敵は続けます。敵影が増えたなら報告しますね」
「ああ。もうしばらく頼む」
二人も方針は固まった。あとは開戦を待つだけである。
戦いの予感。




