防御特化と盾。
目の前の通りをベルベットに向かって駆け出すペイン、サリー、カスミ。
降り注ぐ落雷がさらに激しさを増して近くの建物が破壊される中、三人はその雷の雨の中へ突っ込んでいく。
危険は承知の上。そうすることでしかベルベットは倒せないのだ。
「【紫電】!」
突き出した拳から電撃が迸る。それは飛び出した三人の後方、【集う聖剣】の面々に襲いかかる。
「させるかよ!ネクロ【幽鎧装着】!」
クロムは恐ることなく、電撃を遮るように立ちはだかると大盾でしっかりと攻撃を受け止めて無効化する。
「三人の後方支援頼む!抜けてくる電撃くらいなら俺が守ってやれる!」
「助かる!」
彼らも落ち着きを取り戻し、それぞれが魔法で攻撃しつつ、索敵も再開する。
「……周りには敵反応なしだ!」
「オーケー。なら目の前に集中するか!」
クロムは改めて盾を構え直してベルベットとヒナタを見据える。粘っていれば他のプレイヤーもやってくるはずだ。一対多に強いベルベットとヒナタの性質上、それでも楽に勝てはしないだろうが戦闘場所の優位はこちらにある。
「あの三人には追いつけねえしな!」
前方では三人がそれぞれベルベットの雷の雨の中を駆け抜けていくところだった。
「【八ノ太刀・疾風】!」
「【守護ノ聖剣】!」
カスミは【STR】と【INT】を低下させるかわりに加速することで、ペインは強力なダメージカットと盾によるガード、大量のパッシブスキルにより底上げされたステータスで、そしてサリーは純粋な回避力によって苛烈な嵐を突破する。
「やるっすね!……ヒナタ!」
「……【星の鎖】!」
「【退魔ノ聖剣】!」
避ける動きがほとんどない分、最速で範囲内に入り込んだペインを地面から伸びる鎖が拘束する。がしかし、直後振るわれた聖剣は鎖を斬り払い、即座にその効果を解除する。
ただ、その一瞬を利用してベルベットは距離を取り直すことはできた。
「そうそう無視はできないはずだ。違うか?」
「そうですね……その通りです」
対象を指定しての拘束はサリーにとっての強烈なカウンターだ。ヒナタもそれは分かっている。
だが、まるで射程を完璧に把握しているように、いつまでも射程ギリギリを位置取るサリーのためにスキルを取っておけるほど、残り二人からのプレッシャーは小さくはないのだ。
「ペイン!」
「ああ!」
カスミはペインに呼びかけて、二人同時に接近する。一つ一つ、ヒナタのスキルを削り取ってサリーを本格的に参戦させる必要がある。
「ならこっちも行くっすよ!【エレキアクセル】【疾駆】!」
駆け出したカスミに合わせてベルベットが今度はヒナタを体から離して後方に待機させ、スキルで加速しつつ前へ出る。
「【心眼】!」
カスミは正確に雷の落ちる場所を把握すると、無駄のない動きで一気に接近する。
「【脆き氷像】【重力の軋み】」
ヒナタから防御力を下げるスキルが降りかかるが、カスミは構わずベルベットに斬りかかった。
「【六ノ太刀・焔】!」
「【パリィ】【渾身の一撃】!」
「それくらいならっ!」
ベルベットの右ストレート。【心眼】によって事前に察知した軌道から体を逸らして避けると、一度振り下ろした刀を跳ね上げ、目の前のベルベットを斬りつける。
「っ、やるっすね!」
ダメージエフェクトを散らすベルベットにペインが迫る。体勢を立て直し、ベルベットは前を向く。
「今だ!」
最後方からのクロムの声。それに合わせて大量の魔法が放たれる。
「【氷壁】【氷柱】!」
ヒナタによる咄嗟の防御。魔法こそ堰き止められたものの、ペインは止まらない。
「レイ、【光の奔流】」
「【極光】!」
輝きを増すペインの聖剣を見て、ベルベットは強烈な雷を体の周りに呼び寄せる。光り輝く地面から白い柱のように電撃が空に昇り、ペインの接近を拒絶せんとする。
「構うものか!」
「っ!?」
「【聖竜の光剣】!」
降り注ぐ雷にも焼かれ、さらにダメージを受けながらもペインは聖剣を振り下ろす。ベルベットにも負けない光の奔流が雷の柱を斬り裂いて、ベルベットに迫る。
「【超加速】!【電磁跳躍】!」
それでも。ベルベットは攻めに転じた。加速して前に踏み出すことにより、ペインの一撃をすれ違うように回避するとそのまま一気に距離を詰める。
「【鉄砲水】!」
「っ、サリー!」
自分から完全に意識が逸れたその瞬間。サリーはそれを待っていた。
飛び込もうとした所を噴き出す水によって妨害されたベルベットはそのまま体勢を崩す。雷の雨は残っているが、ペインとサリー相手では効果的ではない。
「「【超加速】!」」
加速したベルベットに追いつくためにペインとサリーが加速する。
これで対等。ベルベットが距離を取り、立て直すには時間が足りない。
こうしてサリーとペインは言外にある意図を匂わせる。
さあ、使えと。
「【コキュートス】!」
広がる白い靄。強烈な冷気が辺り全てを凍り付かせていく。それを見たペインとサリーは即座に距離を取り、ベルベットも立て直しつつ短く息を吐いた。
距離を取ることには成功したものの、使わされた形だとヒナタは苦い顔をする。
「大丈夫っすよヒナタ、助かったっす!」
ベルベットはまだまだ余裕だと笑ってみせる。
しかし辺りがざわつき、多くの足音が響いて、状況が一変したことを告げる。
ここまで派手に戦ったのだ。周りのプレイヤーが状況を把握し参戦してくるのも当然のことだ。
「畳み掛ける!」
「ああ!」
「はい!」
ペイン達、さらには参戦してくるプレイヤーに合わせ、クロムも位置取りを変えて前に出る。
ここまで敵が増えれば、前衛を無視して後衛に構っている余裕などないからだ。
「俺が庇う。ガンガン攻めてくれ!」
一つ一つ、着実に追い込む。たとえ多少犠牲が出ようとも、この二人を倒すことができれば問題ない。それがここに集まるプレイヤーの総意である。
「囲まれてますね……」
「あはは、そうっすね!でも、それを待ってたっす!」
ベルベットはそう宣言すると、ニッと笑って再度構える。
「【過剰蓄電】!」
強烈な雷鳴。直後地面を駆け抜けたスパークは近づこうとしたプレイヤー達を押し返す。
重力制御によって背中合わせになって浮かぶヒナタにベルベットが声をかけた。
「後ろは頼んだっすよ!」
「任せてください」
「【轟雷】!」
ベルベットの宣言と共に、強化された雷の柱が拡散し、家屋諸共プレイヤーを焼き焦がしていく。
ペイン達はそれを避けるものの、強まる雷の雨は、あらゆるプレイヤーの接近を拒むものとして圧力を増していた。
「【重力強化】【重力の檻】!」
ヒナタによってより広範囲に強力な移動速度低下がばら撒かれ、それに合わせてベルベットがペイン達の方へ一気に駆ける。
「【活性化】【ガードオーラ】!ネクロ【死の重み】!」
「【連鎖雷撃】!」
クロムが前に出て、ベルベットの移動速度を落としながら盾を構える。
間違っても今のベルベットをサリーに近づけるわけにはいかない。
ベルベットがその盾を正面から殴りつけると激しいスパークが散り、さらに降り注ぐ雷撃が容赦なくクロムを焼く。
「ぐっ……ヒナタのせいか!」
想像以上のダメージ。辺りに立ち込める冷気がクロムの防御力を持ってさえ耐えられないほどのデバフをかけているのである。
「クロムさん!」
サリーはクロムに糸を繋いで一気に引っ張ると氷の柱を立ててベルベットの追撃を防ぐ。
「助かったぜサリー!」
「クロム、【不屈の守護者】は?」
「かなり削られただけだ。それは問題ない!」
「建物は諦めましょう。あのスキルにも時間切れがあるはずです」
「ああ、好きに使えるならば最初から使っておけばいいはずだ。おそらくフレデリカの【マナの海】に近い」
【過剰蓄電】が切れさえすればそれでまた攻められる。
「逃がさないっすよ!」
ベルベットが重力を無視して氷の柱を飛び越える。ペイン達を倒すため。眼下にその姿を捉えた瞬間。
「今だ!」
「「【フレイムキャノン】!」」
「「【渾身の一射】!」」
「くっ!」
「ベルベットさん、一旦……!」
ベルベットを狙い撃つ遠距離攻撃。ベルベットがペイン達に向かいたくともそうはいかない。この戦場がどこであるのか、周りのプレイヤーからの攻撃はベルベットに再認識させる。
「流石に……キツいっすね!」
ベルベットは降り注ぐ雷の雨を周りにばら撒きながら、プレイヤーを屠っていく。
それでも、数の有利は揺らがない。無敵スキルがなくなったプレイヤーを下げて、順に戦場に繰り出すことで被害も思った以上に出ていない状態だ。それを感じ取ってベルベットは背中のヒナタに呼びかける。
「ヒナタ、ちょっと頼むっす」
「……分かりました」
ベルベットは囲んでいるプレイヤーを倒すのはやめて外壁方向へ走っていく。撤退。それを予感した者達が逃すわけにはいかないと囲い込むように追いかける。
「逃しはしない」
「はい」
「外壁方向にも回ってもらってる!」
「ああ!この状況で玉座への突撃はない!」
幸いベルベットはよく目立つ。見失うことはない。先回りも容易だ。
「【氷の城】!」
それでも、迫る人波を妨げるように、氷の壁が立ちはだかる。
しかしそれは大量の攻撃によりすぐさま削れて壊れていく。ただ、ベルベットにとってはそれで良かったのだ。
「やるっすよ!」
稼いだ一瞬。
ベルベットが手を突き上げる先、空を照らす凄まじい雷光。響き渡る轟音はこの後の事象を想起させる。追ってきたプレイヤー全てを焼き払うであろう【雷神の槌】が、振るわれる瞬間を待っていると。
「撃つよりも先に落とす!」
「させません……!【溶ける翼】!【凍てつく大地】!」
接近しようとしたペイン達を強制的に地面に落とし、足を縫い止め、さらに一瞬時間を稼ぐ。【氷の城】で開いた距離を詰めるのには少し時間がかかる。
ただ、空と大地を雷が繋ぐよりも先に、王城前から爆発音が響く。
それはサリー達にとって聞き覚えのあるもの。爆炎に包まれながら、背から天使の翼を伸ばすその存在はメイプルそのものだった。
急遽加わった援軍。
ベルベット達もすぐさまそれに気づく。
「メイプルさん……」
「待ってたっすよ」
ようやく来てくれた。
ベルベットは疲労の滲む表情でそれでもそう呟いた。
空の上。
スキルによって索敵を阻害する黒い外套を纏ったウィルバートとリリィは飛行機械の上でじっとその時を待っていた。
「ウィル。外すなよ」
「ええ、万に一つも」
ウィルバートは弓を引き絞る。今のベルベットに【雷神の槌】は撃てない。あれはブラフだ。
「来るさ。来るとも。彼女はそういうプレイヤーだった」
味方が危ないとなれば飛ぶ。メイプルは自分の判断で味方を切り捨てられないと、短い付き合いながらリリィは感じ取っていた。
飛んでくる。そこを撃ち落とす。
全ては最初からメイプルをあの王城から引き摺り出すためだったのだ。
「その機械の腕では盾も構えにくいだろうさ」
燃え盛るメイプルは夜空の中によく映える。ウィルバートは弓を引き絞り射程に入った瞬間に矢を放った。
「【ロングレンジ】【滅殺の矢】」
飛翔する高速の矢。【不屈の守護者】はそこにない。事前に気づく力はメイプルにない。
構える盾すら今この瞬間はない。
迫る赤い閃光。メイプルがその正体に気づいた時には反応すら追いつかない。
「わっ……!」
どうしようもないことを悟ったメイプルが思わず目を閉じる。
響いたのは金属音。
「させない」
「……サリー!」
目の前にたなびく青いマフラーは見間違えようがない。
サリーはメイプルを抱えてそのまま物陰へと避難した。追撃ができないように。
「リリィ!」
「ああ二人を回収する!」
「なんという……」
ウィルバートは全てを見ていた。
メイプルが空へ飛び出したその瞬間。ただ一人サリーだけがメイプルに向かって走ったのだ。
もちろん矢への反応ではなく。当然予測でもない。
それは覚悟だとか決意だとか、そんな動きだった。
そう、そこにただ一枚。メイプルの盾はあったのだ。