防御特化とお天気。
今週から定期投稿となります。曜日や時間等変更ありましたら、活動報告か開設したTwitterか、どちらかでお知らせします。
両陣営に被害を出した大規模戦闘。心身共に疲れの溜まったプレイヤー達は再度無理に攻め入ろうとはせず、しばらくの間ゆっくりとした時間が過ぎて、やがて太陽は地平線に沈んでいく。
「メイプル、どう?」
「大丈夫!ゆっくり休んだよ!」
王城の中、シェフに用意してもらったデザートを食べ終えたメイプルは準備万端なようだ。
「夜になったら出るよ。【集う聖剣】の方にも連絡してある」
「うん!上手くいくといいなあ」
「予想はしにくいはず。メイプルのそれ、正確に理解している人はいないと思うから」
夜。奇襲と小数戦が活発になる時間帯。今回の作戦の中心は、サリーではなくメイプルのようだ。メイプルのあまりにも派手なスキル群は、通常奇襲には適していないように思えるが、今回のメイプル達には何か策があるようである。
「俺達はしばらくは待機だな」
「ええ、また様子見からね」
戦闘を繰り返すうちにプレイヤーの数は減っている。さらに夜になったことで隠れて移動しやすくもなり、敵が自陣に入り込んだことに気づきにくい状況だ。
敵陣に向けて攻撃に出れば、その分防衛に戻るまでに時間を要する。攻めているうちに王城に到達されていては元も子もない。
敵プレイヤーを的確に倒しつつも、基本は防衛に力を注ぐ。夜を乗り切るためには攻守のバランスが求められるのだ。
「もし外に出る必要があっても単独行動はできる限り避けないとね」
「ああ、一人では対処できないことも増える」
特にマイとユイは奇襲を受けてはひとたまりもない。援軍として外に出るのも要注意というわけだ。
「メイプルさん、サリーさん!頑張ってくださいね!」
「でも、気をつけて……!」
「うん、任せて!サリーもいるし大丈夫!」
「頑張るよ。【不屈の守護者】が使えるようになるまでは特に」
出撃を控えて、休息をとっていた【楓の木】。八人がいる部屋の扉がゆっくりと開いて、フレデリカがひょこっと顔を出す。
「お疲れー。どう?準備できてるー?」
「大丈夫!いつでもいいよ!」
「じゃあそろそろかなー。日も沈むしー」
夜闇に紛れて奇襲を仕掛けるため、メイプルとサリーはギルドメンバーに別れを告げて部屋を出ていく。
「よーし、頑張るぞー!」
「うんうん。メインはメイプルなんだから、しっかりねー」
メイプルはそのまま王城を出てシロップを呼び出すと、協力して大きな黒い布で手足と頭が出るようにシロップを包み、二人をその背に乗せた。
「上へ参りまーす!」
メイプルの掛け声と共にシロップの体が浮き上がり、そのまま真上へ昇っていく。
「よかったー。マイとユイにやってもらってた感じで飛ぶんだったらどーしよーって」
「今回は急ぐ必要ないからね」
ゆっくりと高度を上げるシロップは雲を突き抜けて、次第に夜に染まる空、その高度の限界まで辿り着いた。
「うわー、たかーい……高所恐怖症じゃなくてよかったー」
「落ちないようにね!」
落ちて生きていられるのはメイプルくらいのものだ。そんな危険な高さまできた三人は、そのまま夜空を敵陣へ向かって進んでいく。どこまでも続く空に目印はないが、マップがあれば迷うこともない。
「これは気づきにくいはず」
「布もあるしねー」
シロップを包む黒い布は移動中に見つかりづらくするためのものだ。遥か下から見た時に夜空と同化するその姿を捉えることは難しい。
雲もあるこのフィールドではそもそも地上から確認できるものでもない。あくまでこれは念のため、そんな下準備だ。
奇襲を仕掛ける都合上、相手に全く認識されていないことが何より重要なのである。
そうして移動を続けるメイプル達は、敵に気づかれることのないまま敵陣地上空までやってきた。
「そろそろだね。フレデリカ」
「はいはーい、ノーツ出番だよー!」
フレデリカは呼び出したノーツが頭の上にちゃんと乗っていることを確認してスキルを発動する。
「【ソナー】!」
波紋のように広がるエフェクトはノーツを中心として一定距離内の存在を把握できる。メイプルの【身捧ぐ慈愛】同様、上下の距離に制限がない優れものであるため、ここからでも地上を索敵範囲に含められるのだ。
「いるねー」
「ほんと便利だねそれ。で、どれくらい?」
「固まって十人かなー?」
「メイプル、やってみよう。実験する気でさ」
「分かった!」
「じゃあこっちもやるよー?ノーツ、【ボリュームアップ】!」
フレデリカがノーツに命じるとメイプルにバフがかかる。効果はスキルや魔法の範囲拡大だ。フレデリカはさて何をする気なのかとメイプルを見守る。
「【アシッドレイン】!」
「【クリエイトウォーター】!」
空中に紫の魔法陣が展開され、地面に向けて毒の滴がしとしとと降り続く。
それに合わせてサリーが生み出した青い魔法陣がただの水を生み出して、それを雨のように降らせる。それ全てがただの雨だと思ってもらえるように。
地面を湿らせるものが毒であると気づくには時間がかかることだろう。
「……それだけー?」
「そ、これだけ。まあ実験も兼ねて、ね。メイプルの毒の威力はよく知ってるでしょ?【毒竜】撃つと流石にバレちゃうしね」
「それはそうだけどー」
思ったより地味なものだと、フレデリカは肩をすくめる。
「町に降らせるかは考え中。バレたら逃げられなそうだし」
「ウィルバートなら見つけてきそうだしねー」
呑気に話すそんな中、地面を濡らす雨が触れたものを時に即死させる劇毒中の劇毒であることをフレデリカは知らない。
【蠱毒の呪法】。広範囲に降り続く死の雨が、より多くのプレイヤーを葬ることを願って。
今夜の天気は雨時々毒。ところにより死人あり。
こうしてメイプル達は雨を降らせながら敵陣地を移動していくのだった。




