防御特化と追撃戦3。
各所で【楓の木】が対処に当たってはいるものの、それだけでは手が回らない。リリィとマルクスが行った下準備の規模は大きく、マップ全体で見れば押し込まれている部分が多くなる。
そんな中での主戦場。ここもまた、凄まじい激戦の最中にあった。
マルクスの柱は既にそのほとんどが壊され、溢れ出た化物の波がその巨体でもって湧き出す兵士を踏み潰し、プレイヤーに襲い掛かる。かと思えば炎と銃弾の波状攻撃が化物を消し飛ばし、溢れる兵士がこちらもまた波のようにペイン達へ押し寄せる。
「【ポルターガイスト】!」
メイプルは【機械神】の兵器から放ったレーザーをそのまま空中に止めると、剣を握るようにして何本もの極太のレーザーを滅茶苦茶に振り回す。
それは当然兵士達を消滅させ、またしても化物が雪崩れ込む。
「上手く対応できているそうです!」
「……行くぞ!」
サリーから【楓の木】の戦果報告を聞いて、ペインはさらに敵陣へ踏み込む判断を下した。
これ以上踏み込めば、互いにこれ以上犠牲なく終わりなどとは考えにくく、当然撤退にも手間がかかる。勝てばいいが、他が激しく攻められている以上、そのリスクを許容するにも理由がいる。
【楓の木】の防衛が上手くいっているという知らせは、まさに待ち望んでいたものだったのだ。
「【蒼炎】!」
「【一斉掃射】」
無限に湧き出す兵の後ろ、リリィが召喚した銃を構える機械兵が銃弾をばら撒き、ミィの炎が一帯を焦がす。
その炎と弾幕が収まるのに合わせて、メイプル達は一気に攻勢に出た。
「フレデリカ!」
「はいはーい!サリー見てなよー!これが私のとっておき【マナの海】!」
フレデリカの周りに煌めくエフェクトが舞う。それ以上見た目の変化はないと思っていたサリーだったがフレデリカが杖を前に向け魔法を発動した瞬間、とっておきたる所以を理解した。
「【超多重炎弾】!ノーツ【輪唱】!」
背後に展開された夥しい量の赤い魔法陣。【多重炎弾】が手を抜いていたのかと錯覚するような、メイプルの【機械神】の弾幕すら上回る炎の弾が敵陣に降り注ぐ。
「【超多重水弾】【超多重風刃】!」
「え、MPどうなってるの……?」
ノーツのスキルも相まって、単発の魔法を撃つような感覚でとんでもない量の魔法が放たれる。
それでもフレデリカのMPは尽きないようで、【マナの海】とやらがそれを支えていることはサリーにも理解できた。
「いつでも使えるわけじゃないってことか」
「そうだ。だからこそここで畳み掛ける!」
できるなら最初から常にやればいい。そうでないのはフレデリカの言ったようにこれがとっておき。軽々に切れぬ切り札であるということだ。
「皆!集まってー!」
湧き出す度、すぐにフレデリカの魔法が兵士を撃破する。この強烈な攻撃に合わせ、メイプルは残る化物を呼び寄せて【一夜城】に狙いを絞る。
「【覚醒】!」
「【水の道】!」
化物が埋め尽くす地上を避けて、レイに乗ったペインと水の中を泳ぐサリーが上に出る。
敵味方の攻撃が届く距離。【AGI】が高いプレイヤーであれば接近するだけならそうかからない。
「レイ【流星】【全魔力解放】【光の奔流】!」
ペインは光り輝くレイと共に一直線に【一夜城】へ向かう。【一夜城】がトラップの一種であることは知っている。ならば、全力の攻撃でもって城もろとも叩き斬るだけだ。
「【聖竜の光剣】!」
「【傀儡の城壁】!」
無限に湧き出す兵士の体が解けて光となって、再構築され城の前に壁として立ちはだかる。
しかし、レイの力を借りて放ったペインの一撃はそれを貫き、【一夜城】を破壊し、中にいたミザリーとマルクスが外に放り出される。
「させるか……イグニス!なっ!?」
迎撃しようとしたミィは、ペインの背後。同様に光り輝く一振りの剣を持ったサリーが水の中から飛び出して、剣を振りかぶる姿を視認する。
「もう一発。受けてみてよ!」
「何だと!?」
そんなことがあるかと、ミィもリリィも目を見開く中。サリーの持つ剣は光を強めていく。
「【聖竜の光剣】!」
「【天使の守り】!」
強烈な光の奔流。ペインのそれと全く同じ一撃を見て、ミザリーは範囲内の敵からの攻撃を消滅させるスキルを使用する。強力である分、使用制限は厳しく、これもまた奥の手だ。
しかし、その光は消滅することはなく、そのまま向かってくる。
「そんな!」
「なっ!?なん……」
「イグニス!」
戸惑うマルクスとミザリーをイグニスの足で乱暴に掴み、その体でダメージを受け持つつもりで、空へ退避する。サリーの放った一撃は庇う形になったイグニスに命中したものの、イグニスは無事に空へと舞い上がる。
「イグニスにダメージがない……幻か!」
ミィ同様、リリィとウィルバートも、辺りに被害がないことを見てその可能性に思い至る。
サリーのスキル群を思い返せばそういった系統のスキルはいくつかある。
「マルクス、ミザリー。反撃するぞ!」
ミィはまず安全に地面に降りようとペインの追撃がないか確認する。
「オッケー。メイプル、頼んだ」
偶然にも、サリーが託したその瞬間とミィがその存在に気づいたのは同じタイミングだった。
前方。空に浮かぶ大亀の上、腰を落とし片手を突き出したメイプル。【機械神】のレーザー兵器の周りを補強するようにその周りを漂うのは青いスパークを放つ巨大な黒い筒。それがこちらに向いている。
それが砲であることを察するのに時間は掛からなかった。
「【古代兵器】!【攻撃開始】!」
メイプルの宣言と共に青と赤のスパークが遠目にもわかるほどに強まり、それは一気に放たれた。
イグニスもろとも全員を飲み込む規模のそれに耐えられないのは、かつての対戦で分かっている。
「くっ!」
「空だとトラップが……」
ミザリーは冷静に状況を把握すると、最悪の事態になる前に決断を下した。
「ベル【覚醒】!【最後の祈り】」
呼び出したテイムモンスター。パッシブスキルしかなかったベルがイベント前に初めて覚えたそのスキルは、本人とテイムしているプレイヤーを犠牲として広範囲に無敵と回復をばら撒く、文字通り最後の祈りだった。より効果的に使えればと思い残してはいたものの、抱え落ちるよりはよっぽどいい。
「ミザリー!」
「ち、ちょっと……いやでも」
スキルの宣言は取り消せない。それに、他に選択肢がないのも分かっていた。レーザーが三人を飲み込むものの、それはダメージを与えない。その隙にミィは脱出するが、ミザリーは消失していく。
「ミィ、マルクス。頑張ってくださいね」
ミザリーが倒れたことで強力な回復能力を失い状況は悪くなったが、メイプルの召喚した化物もそのほとんどが倒れ伏した。
リリィの召喚兵の分だけ有利だと感じたミィは追撃できるかどうか、ペインから距離を取り下がってきたリリィの元へ降り立つ。
「追撃は……」
リリィに相談しようとしたミィは正面、レイの背中に乗ったサリーが機械神のレーザー兵器、そして青く輝くスパークを散らせる巨大な砲をこちらに向けているのを見て目を見開く。それはまさに今自分達を撃ち抜いたメイプルのそれと同じだったからだ。
「フレデリカ!」
「【多重全転移】!」
呼びかけたサリーの体に異様な量のバフがかき集められ、その攻撃の威力、射程を数十倍に跳ね上げる。
「幻だと思うなら……受けてみたら!」
「リリィ!」
ウィルバートが、リリィに声をかける。二人にだけ分かる意図を伝えるために。
「それができれば苦労はしないさ!悪いねミィ、独断だ【陣形変更】!」
「【古代兵器】【攻撃開始】!」
放たれた青い光は、空中に放ったメイプルとは違い地上を埋め尽くし拡散していく。幻影であったそれは、既に退避してプレイヤーのいない敵陣で吹き荒れるとやがて消滅した。
「防衛に向かう!挟み込むつもりで行くぞ!」
それを合図に、ペインは全員を撤退させる。追撃はいたずらに拠点を危険に晒すだけだからだ。
両陣営、全戦場を合わせて大量の死者を出した正面衝突はこれで一旦の終わりを迎え、戦闘の跡が色濃く残るフィールドがその激しさをただ静かに物語るのだった。
【陣形変更】それはメイプルの方舟に似た効果だ。こちらもまた範囲内のバフがかかったプレイヤーの位置を移動させるものであり、これによりリリィは多くのプレイヤーを後方へと逃したのだ。
「リリィ、助かった。ありがとう」
「うん?ああ、いや独断で撤退判断を下してすまなかった」
「あれが幻かそれとも本物だったのかは未知数だ。避けるほうが安全だっただろう」
「次に本格的に戦う前に私とウィルで一度確認できるといいが。ウィルの目に頼ることにはなるが、その身で受けて試してみるよりはよっぽどいい」
本物でした、死にましたではお話にならない。そんなことが起こらないようにより安全に探りを入れるためにはウィルバートが適任だ。
「兵士もそろそろ時間切れでね。マルクスのトラップも似たようなものだろう」
「うん。また必要そうなところは再設置かな……」
プレイヤーの数は開始時と比べて随分減った。ここからは大規模な戦闘だけでなく、待ち伏せや奇襲から始まる少数戦も増えてくるだろう。
「夜が来ますから。そこでまた数を減らしに行きましょう」
「そうしよう。ウィルは夜目も効くからね」
「ミィは目立ちすぎるから防衛かな……」
「……そうだな」
夜に炎はよく目立つ。そうでなくともミィの戦闘スタイルは嫌でも目を引くのだが。なんならテイムモンスターのイグニスもよく目立つため、隠密行動には不向きだと言える。
「どうやら向こうも追撃はしてこないみたいだね。ああ、王の攻撃も足を止めたかな?」
空に展開された魔法陣と、そこから降り注ぐ大量の魔法を遠目に見て、こちらも追撃しなくて正解だったとリリィは一つ息を吐く。
「やはり、疲れますか」
「まあね」
「うん……ちょっと受けちゃ駄目な攻撃多いからなあ」
「そうだな。一つのミスで一気に持っていかれる」
もう少しやれたかもしれない。先程の戦いに関しても悔いが残る部分は多い。それでも、スキルが多いこのゲーム、皆切り札として強力なスキルを持っており、読み切れないのも仕方ないと言えた。
「同じ手でやられないようにしないといけないね。おっと、あの二人も戻ってきたかな?」
魔法の降る空の中、雷鳴を轟かせ雷と共にベルベットが落下してくる。そうして地面ギリギリで、ヒナタのスキルで減速しピタッと着地した。
「どうだったっすか!?」
「ミザリーがやられた。プレイヤーは相当倒したが、【集う聖剣】と【楓の木】はあれ以降倒されず残っているはずだ」
「うぅ、そうっすか……」
「すみません。作戦のためとはいえ、戦いたいとも言っていたベルベットさんを」
「いや、それは仕方ないっす!好き勝手し過ぎるのもギルドの皆に悪いっすから!」
「まあ、そのあと色々あったからね。その時は残ってもらっておくべきだったとも思ったけどさ」
「ええっ!?そんな面白いことあったんすか!」
「面白い……かなあ」
戦闘を振り返り苦い顔をするマルクスにヒナタが苦笑しつつ答える。
「きっと、ベルベットさんにとっては……となると思います」
「ああ、そうだね」
話しながら六人は王城の方へ戻っていく。
「そうだそうだ。作戦の方はどうだったかな?」
「バッチリっす!ついでに途中の敵は倒したっすよ!」
「よかった。なら被害を抑えて耐えた甲斐がある」
あの戦場にベルベットとヒナタがいれば状況は変わったかもしれない。それでも二人を離脱させたのはその作戦がこの六人にとって大事な物だという共通認識があったからだ。種はまいた。あとは適切な時を待つだけだ。
「しばらくは休憩っすね」
「はい、私達も夜の奇襲に備えましょう」
戦場にずっといては疲労も溜まる。適度な休息もパフォーマンスを維持するのには大切だ。
そうして遠くに見えてきた王城にリラックスし、戦場から離れた実感と共に六人は体の力を抜くのだった。