防御特化と救援。
サリーから作戦を伝え聴いて、【楓の木】は三手に分かれてそれぞれが光の柱の元へ急ぐ。クロムとカスミ、イズとカナデ、マイとユイ。それぞれリスクもあるが相談の上で決めたことだ。
「バラけるのは不安もあるが……贅沢言ってられねえな!」
「ああ、信じて急ぐとしよう」
全員でまとまって動けるならそれが一番だが、リリィ達はそれを許さない策を取ってきた。
こちらの都合を通せる状況ばかりではない。戦場を回れるだけ回って、不利になっている場所に参戦するのだ。
「ハク、そのまま突っ込め!」
戦場に横から突っ込んで、襲い掛かる兵士もろとも敵プレイヤーをその質量で薙ぎ倒す。
「うおっ!な、何だ!?」
「カスミの蛇だ!気をつけろ!」
カスミはそのままハクに乗って戦場を横断し、いつでも突撃できるように控えさせて、クロムと二人地面に降りた。
「ま、俺達も混ざって一人ずつやってくか。召喚されてる奴は俺が引きつける。カスミはプレイヤーを頼む」
「【武者の腕】!【血刀】!」
「【幽鎧・堅牢】!」
そうしなければ敵の数は減っていかない。細かい指示を受けていない召喚体であれば、数がいても戦えるとクロムは自信あり気だ。
防御形態にしたネクロを身に纏い、同じく攻撃を受け止める大盾使いの中に混じるクロム。カスミは【硬質化】により防御を固めたハクを突撃させ、その頭上で液状になった刀を振るう。
「【心眼】【戦場の修羅】!」
カスミの視界が変化して、飛んでくる攻撃が可視化される。これほど無理やり単身突撃すれば当然真っ先に狙われるが、飛んでくる場所が分かるカスミはハクに上手く指示を出してそれを回避する。
「【トルネード】!」
「【範囲拡大】【フレイムランス】!」
「【一の太刀・陽炎】!」
攻撃を事前に察知していたカスミは敵の目の前に瞬間移動することでそれを回避し、さらに両側の武者の腕と合わせて強烈な一撃を放つ。移動中にアイテムによるバフもかけられるだけかけたことで、一撃必殺の威力がその剣に宿っている。
「ぐっ、くそ……」
「【一の太刀・陽炎】!」
こうもプレイヤーが多くては誰が対象に取られたかが判断できず、【戦場の修羅】のクールダウン解消による連続使用によって突然目の前に現れたカスミが振るう刀によって一人また一人と斬り伏せられる。
「め、滅茶苦茶しやがる!」
「防御を固めましょう!まず耐えないと!」
「【剣山】!」
一の太刀によって転移し、また1人を斬りつけたカスミはそのまま地面に刀を突き刺す。
直後、【血刀】のような赤い液体が円形に地面に広がり、紫の刀が大量に突き出し周囲のプレイヤーを貫く。
妖刀のスキルは代償がある。それでも、この場面ならステータスを一時的に減少させる対価としては十分だ。
「こんなことまで……っ!」
「蛇も来る!立て直すぞ!」
ただ速いだけとはまた違った特殊な機動力に翻弄される中、召喚された兵士の方で大きな炎が上がる。
「【バーストフレイム】【挑発】!おい、こいつらならそうそう俺を殺せねえ!安心してプレイヤーの方に突っ込んでくれ!」
「分かった!」
「助かるわ!」
クロムが兵士を引き受けた分、手の空いた前衛が、魔法使いを守りながら立て直しを図る。
「【活性化】【衝撃反射】!」
「【マルチヒール】!」
「おう、助かる!」
盾で適切にガードしつつ複数の回復スキルでHPを保つ。そうしてクロムが兵士を受け持つのを見て、後ろからは回復魔法が飛んでくる。
そう、今回は【楓の木】だけでの戦いというわけではない。この戦場で自分に足りない部分は、多くの味方のうちの誰かしらが補えるものだ。
「上手くやってるといいが……っと、他のこと考えてる暇ねえな!」
残りの【楓の木】の面々もうまくやっていると信じて、クロムは目の前の敵に集中する。
所変わって、逆側ではイズとカナデが戦場に到着していた。
「ソウありがとう。お陰で素早く辿り着けたよ」
ハクの姿に変化していたソウは時間切れで【擬態】が解除され元のスライムの姿に戻ってしまう。それでもイズとカナデの二人に不足していた移動能力を与えてくれただけで十分だ。
カスミやクロムのようにそのまま突撃して前線で暴れることは難しい二人は戦場の後方に位置取って支援を開始する。
「まずこっちも防壁を立てよう」
「そうね。マルクスのトラップに対抗しないと」
敵だけ遮蔽と無尽蔵の兵士の補充があることで、魔法攻撃が与える被害に差が生まれてしまっているのだ。まずはこれをなんとかしなければならない。
「バリケード渡すわね」
「うん。どんどん置いていこう」
カナデとイズは手分けして自分達の有利なように戦場を作り替えていく。それを見て、優先すべきはそっちだと何人かが手伝いに来てくれた。
「強度には自信があるわ。必要なところに適宜設置して」
「オーケー、助かる!」
咄嗟に隠れられる場所があれば、防御スキルも節約できる。
「フェイ【アイテム強化】!」
イズは取り出したいくつかのポーションをフェイに強化させる。効果は勿論強力なバフを与えるものだ。
「【広域撒布】!」
イズは効果範囲を広げ全域に複数のバフをかける。ステータス上昇からダメージカット、持続回復まで、貴重なアイテムによるバフは魔法やスキルのそれにも匹敵する。
「僕は防御に回っておくよ。【大規模魔法障壁】!【威力減衰】!」
カナデも防御に参加し、バリケード被害軽減とバフによる持続回復も含めて徐々に回復が追いつき全体の体力状況が改善していく。
バフが済んだら次はデバフだとイズは用意した大砲に弾を込める。
中身は通常の砲弾ではなく、着弾地点に黒い霧をばら撒いて、被ダメージ増加と回復量減少のデバフをかけるものだ。
「カナデ!動きを止められる?」
「任せて【重力制御】!」
ヒナタも使うスキルによってカナデはふわりと浮き上がり、前線へ飛んでいく。
「【大地の拘束】!【スロウフィールド】!」
「うおおっ!?な、なんだ!?」
「あ、足がっ!」
あちこちから驚愕と困惑を含んだ声が上がる。
カナデとイズが後方にそっと参加したこともあり、二人が戦場にいることははっきりと認識されてはいなかった。
不意打ちのように放たれたスキルにより空間が歪み、地面が足首を捕らえて移動を制限する。
もし戦場にいるプレイヤーが使えるならずっと前に使っているようなスキル。それが今になって飛んできたことは少なからず敵陣に混乱をもたらした。しかし、それもそのはず。カナデは少し前までこの戦場にはいなかったのだから。
上空でカナデのスキルエフェクトが発生したのを見て、イズは並べた大砲を即座に起動した。
「行くわよっ!」
大きな音と共に敵陣にいくつもの砲弾が着弾し悲鳴が上がる。こちらにバフをあちらにデバフを。気づいた時には能力に大きな差ができていたのだ。敵に無尽蔵のリソースがあるとはいえ、それでも戦況は改善しつつある。全員の質が上がるとはそういうことなのだ。
戦況を不利から五分へと引き戻す。四人がそれを達成する中、マイとユイもある戦場に辿り着いた。
破壊可能な岩石が遮蔽として並ぶエリアで、一定時間ごとに遮蔽は復活するものの、激しい戦闘が起こっていては、全て更地となってしまうような場所だ。一方的に攻撃されていては、自分達だけ遮蔽を失い、戦闘継続は難しくなってしまう。
兵士達に押し込まれ、遮蔽を魔法で破壊されて今もなお魔法の雨に晒され、苦しい戦いを続けるプレイヤー達の後ろから二人は声をかけた。
「皆さん!」
「できることはありますか……!」
「……っ、おい!」
「ああ!分かってる!」
「このままじゃ仕方ないわ!」
二人の姿を視認した複数人のギルドマスターらしき人物が素早く意思を統一し、それぞれがスキルで敵を怯ませて、何枚もの障壁を張りながら生存者全員で二人の元へ駆けてくる。
「マイとユイだろ、戦えるか!?」
「「はいっ!」」
「このままじゃ一方的に犠牲が出る。全力で支援する。思いっきりやってくれ!」
「「分かりました!」」
二人はツキミとユキミにまたがって、空中に四本、そして両手に一本ずつ必殺の大槌を構える。ここまでやってきたような鉄球による支援は今この場にはそぐわない。この状況を打破するために必要なのはもっと直接的で、対処不能かつ致命的な破壊力だ。
「「【決戦仕様】!」」
二人の武器を赤いオーラが包み込む。その前をボロボロになった大盾使いが走り出す。
レイドボスすら正面から殴り倒してきた二人の攻撃力は、その場にいたものにとって舞い降りた一条の光だった。そう、二人は既に命を賭けて守るに足る価値があると全員に認識されていたのである。
「潰せ!潰せ!近づかせるな!」
「【紅蓮波】!」
「【タイダルウェイブ】!」
それは敵も同じこと。あの大槌が届けば一切の小細工は意味を持たない。鉄球程度ならいざ知らず、本体が振るうれっきとした『武器』が放つ比べ物にならないプレッシャーは勝ちの空気が漂う敵陣に一気に緊張感をもたらした。
「「【カバー】!」」
迫り来る水と炎を受け止めて、盾で防ぎきれなかった大盾使いから順に消滅し、崩れ落ちていく。
「行け!止まるな!」
「私達もそうずっとは受けられないから!」
二人に賭けると決めたのだ。止まることがあるとするなら、敵全てを蹂躙するか、二人を守りきれないほど味方が死亡するかのどちらかだ。
「【不可侵の障壁】!」
頭上からの魔法を障壁で弾き返し、マイとユイが命なき兵士に接敵する。
「「やあぁっ!」」
【救いの手】に持たせた大槌が振るわれた瞬間。赤い軌跡を残し、軌道上の全存在が跡形もなく消失する。積もった埃でも払うかのように。容易く、一切止まることもなく目の前の兵士を光に変えて二人は直進してくる。
「バケモンが……!」
「何とか止めろ!【矢の雨】!」
「【連続魔法】!」
それはその場全員にあれがどれだけ常識外の存在かを改めて実感させた。決して触れるな近づくな。あの二人はそういうものだと作戦段階でも話されていたのだから。
「【マルチカバー】!っ、突っ切れ!」
「「【プロテクション】!」」
二人を一箇所にまとめた理由はここにあった。この二人ならクロムがついて行かずとも、必ず誰かが守るのだ。ならば、バラけさせるよりその出力を高める方が勝ちに近づく。
「ありがとうございますっ!」
「ユイいくよっ!」
兵士の群れを強行突破し、奥に控えた前衛に二人の牙が遂に届く。二人は全ての大槌を叩きつけるため、ツキミとユキミの背から飛び降る。
「「【クイックチェンジ】!」」
射程内。ツキミとユキミを指輪に戻し、かわりにもう二本大槌を追加する。これで最大捕捉人数は八人だ。
「「【ダブルインパクト】!」」
「「【精霊の光】!」」
「「【守護の輝き】!」」
基本的なスキルだろうがこちらが盾を構えていようが関係ない。何ならその盾すら叩き割られて粉々になりさえすると、使える者はダメージ無効スキルを、ないものは【不屈の守護者】等の生き残るスキルで対応する。
それすらないものは瞬きの間にそこに何もなかったかのように消滅し、ダメージ無効化を行ったプレイヤーに大槌が迫る。
「ぐっ、おおっ!?」
「なあっ!?」
ダメージを無効化した先に待つものは、メイプルを空に撃ち上げた際に起こったそれと同じこと。
つまり、空に向かって高速で飛翔する結末だ。着地など当然保証されてはいない。
「は、はあ……!?」
この威力を目の当たりにして、想定を上回る現象に目を疑い血の気が引く中。マイとユイはそのまま大槌を振り回す。通常攻撃にクールダウンはない。ああ、それは周知の事実ではないか。
そもそもただの攻撃を止めるのに無敵になる必要があると言われては話にならない。
「撃ち抜け!斬り伏せろ!一撃当てればそれでいい!」
「守り抜け!敵の被害の方が多くなる!」
飛来するあらゆる魔法。受け止める防壁と人の壁、その中心で全ての防御リソースを回されている二人の少女は舞うように大槌を振るう。
掠める度、人が爆ぜる。受け止める度、彼方へと消える。それは無慈悲な嵐のように。通過する先にいる全てを粉々にして回る。
攻めろ。攻めろ。その言葉のままにマイとユイは殲滅に全力をかける。
そうして敵も味方も無数に死に行くその果てに残ったのは、数人のプレイヤーと湧き続ける兵士達だけだった。
途中で逃げたものはいたかもしれないが、今この場には動く敵プレイヤーはいない。
「すみません!こんなに守ってもらって……」
「もっと早く倒せれば……」
「いやこれより早いはそうそうねえよ」
「はは、これならかわりに死んでやってもいいさ」
「それに、もともと全滅しそうだったしね」
「っと、早くどこかに合流しよう。あの兵士止まってくれねえらしい。まだ、ついてきてくれるか?」
「「はいっ!」」
ここまできて、今更兵士に倒されていては馬鹿らしい。生き残りのプレイヤーに丁重に守られながら、マイとユイは召喚され続ける兵士から離れていくのだった。




