防御特化と追撃戦2。
全てを破壊するペインの光が吹き抜けた後。優しい光が辺りを包み込み、消失寸前のプレイヤーが何とかその場に踏み止まる。
「マルクス、トラップはどうですか!」
「うぅ、ペインのせいで起動中のはほとんど吹き飛んだよ……」
シンの判断がよかったこともあり戦線が崩壊するほどの被害は出ていないが、ペインの攻撃で化物の邪魔をしていた柱が砕け、雪崩れ込む量が増加する。ウィルバートも数を減らしてくれてはいるが、シンがいなくなったことでペースが落ちていた。前衛のプレイヤーが化物を止めきれなくなった時は、後衛プレイヤー共々皆餌になるだろう。
つまり、このままではジリ貧というわけだ。
「ウィルバート、なんとかならない……?こっちは時間稼ぎしかできなそうだよ」
残るトラップで水流や突風を発生させ敵を進行を食い止める。
「すみません……!一対多はリリィの領分なもので」
やれることはやると、ウィルバートはひたすら矢を放つ。化物を減らしつつも、少し位置取りを間違えたプレイヤーがいればその心臓を貫いて消滅させる姿は、メイプル達敵軍の進みを遅らせていた。
しかしそれでも、止まりはしない。ゆっくりと、回復が追いつかなかったものから順に化物の波は無慈悲に飲み込んでいくのだ。
敵からすれば恐ろしくとも、味方からすれば頼もしい味方だ。
シンがいなくなった今、化物と上空からのマイユイメイプルの強力な支援砲撃は、【集う聖剣】を中心とした地上を行く部隊を一方的に有利にしている。
「ペインさん!」
「降りてきたか」
「あー、サリー!上手くいってたねー。さっすがー」
「勝算あったからね。って言っても何回も通用する方法じゃないけど、このイベントなら一回上手くやればそれでいいでしょ?」
「そーだねー」
「ああ、お陰でやりやすくなったぜ!ウィルバートは相変わらずだけどな!」
化物を肉壁にしてウィルバートの矢を防ぎつつ、プレイヤーを順に倒していく。
蔦に炎に氷に風。トラップによる妨害の向こう。ついに本拠地である【一夜城】が見えてくる。
あともう少し。勝利が近づくそんなタイミング。シャドウを中心に攻撃していたドレッド、そして続いてサリーが、エフェクトに紛れて一瞬光った空をバッと見上げた。それは嫌な予感、虫の知らせとでもいうようなもの。ただ、その感覚は二人にとって十分信用に足るものだ。
直後。空が輝き、大量の落雷が辺りに降り注ぐ。
「ベルベット……!」
「シャドウ【影世界】!」
最速で感知したことにより、範囲内にいたプレイヤーを影の中に潜り込ませて落雷から逃れ、化物の群れに紛れる。
メイプルもベルベットの参戦に気付き、化物達を集めて積み重ならせて上からの攻撃を受け止める。
「ノーツ【ソナー】!……と、飛び降りてきてる!?」
凄まじい勢いで迫る存在を感知したフレデリカは、急いで杖を構える。
「ヒナタがいるはず!減速できる!」
「その通りっす!」
ヒナタを連れたベルベットは、サリー以上の自由度で空中を駆け、地面に激突する直前で急に方向を変えて五人に向かって突っ込んでくる。
「ヒナタ!頼むっす!」
「【隔絶領域】!」
ヒナタの周りに紫のオーラが溢れ出し、辺りに一気に拡散する。
「……!」
「お、押し出されてるー!?」
ドーム状に広がる紫色の光。ヒナタの重力制御によって周りの存在が次々に外に押し出されていく。【隔絶領域】の名の通り。重力を捻じ曲げて作ったドームは外側からの干渉を跳ね返し、逆に内側からも外に干渉できなくなっている。
ドレッドは紫の壁に手を伸ばして魔法を放ち、内側に弾き返されるのを確認してベルベットの方を見た。
「なるほど。同数でのデスマッチか……」
「そうっす!理解が早いっすね!」
「ドラグ、やるしかねーな」
「……おう、上等だ!なぁに、この空間、空からの雷も止めてんだ!やってやれねえことはねえ!」
「ああ」
対峙するのはこれで三度目。フレデリカやペイン、サリーが弾き出され、脱出できないこの領域内に二人が残されたということは、ベルベットとヒナタが二度の戦闘を踏まえた上で、二人を戦う相手として選んだということだ。それはつまり二人に勝つことができると言っているようなものである。
「そう簡単に勝てると思うなよ」
「当然っす!全力で行くっすよ!」
雷の雨は重力の壁に遮られているが、電撃が使えないわけではない。ベルベットは両の拳を握り締め、激しく雷を散らせると一気に駆け出した。
「【グランドアーマー】【石の肌】!」
ベルベットに合わせて、ドラグが岩の鎧を纏い防御力を上げて突進する。
横薙ぎに振るった大斧に対し、体勢を低くして下をすり抜けようとしたところで、ドレッドが距離を詰める。
「……!」
「【紫電】!」
短剣を振るうドレッドだが、ベルベットは駆け出した勢いを完全に殺してスライドするように右へ避けると、電撃を放ちドレッドを遠ざける。
「【重力制御】か……自在なもんだな」
地面から僅かに浮いていたベルベットは再び地に足をつけて構える。ヒナタが重力を操作することで本来地上では不可能な動きが可能になっていた。
その様子を見てドラグはドレッドに小声で話しかける。
「機動力に差があり過ぎるぜ。俺の攻撃は当てづれえ。が、避けさせることはできる。」
「ああ、最後は俺が詰めに行く。シャドウ【影の群れ】!」
ドレッドは影の狼を呼び出すとベルベットにけしかける。
「【轟雷】!」
雷の雨の代わりとばかりに柱状の電撃を発生させ狼達を焼いていく。
「【重突進】!【土波】!」
その電撃を突き抜けてドラグが一気に距離を詰め、波打つ地面を爆ぜさせる。
「【氷壁】!【凍てつく大地】!」
「そりゃ効かねえぜ!」
地面を氷が走るが発動時に接地していなければ問題ないのはもう既に知っていることだ。
ドラグは一瞬ジャンプし綺麗に効果範囲から外れると、その勢いのまま氷の壁を叩き壊す。
「【エレキアクセル】!【重双撃】!」
ドラグは加速したベルベットの拳をその身で受けると、ダメージを受けながらもその手を掴む。リーチの短さ、それが拳を武器とするプレイヤーの最大の弱点だ。
「捕まえたぜ!【グランドランス】!」
「【極光】!」
ドラグからは岩の槍が、ベルベットからは特大の雷光がそれぞれにダメージを与える。
そして雷光が収まったその瞬間、ドレッドが一気に距離を詰める。ドラグが体を張って捉えているうちがチャンスだ。
「【コキュートス】!」
「シャドウ【影潜り】!」
行動阻害は潜って回避する。地面の中まではヒナタの冷気も届かない。
「ベルベットさん!」
「【放電】!」
「ぐっ、流石にいってえな……っ!?」
ドラグは大きなダメージを受けながらもその手を離すつもりはない。そうして眩しいほどの雷光がダメージを与えるものの、生粋の前衛であり体力防御力共に高いドラグはまだ倒れない。
強い光に目を細める中、ドラグは掴んだベルベットの手が青く光を放っていることに気づく。それは電撃のものとは違う、オーラとでも言うべきもののような。
直後、強まった力によって一瞬で掴んだ手が振り払われ、重い拳が突き刺さった。
「ぐっ!?おい、ドレッド!やべえ!」
「……!」
宙にまだ残る電撃の光を突き破り、青いオーラの尾を引いてベルベットが数段速くなった突進で、逆にドレッドに迫る。
「何をした……!?」
「奥の手は一つじゃないっすよ!」
「【トップスピード】【超加速】!」
高速の拳にドレッドが何とか短剣を合わせるが、一撃毎に重く、速くなるその攻撃に次第に二重の加速をかけているはずのドレッドが遅れ出す。
「【思考凍結】!」
「チッ、封印……か!」
効果時間は長くないもののヒナタのスキル封印により、【神速】によるさらなる加速を封じ込める。その一瞬は致命的なもので、遂にベルベットの拳は突き刺さり、ドレッドのHPを吹き飛ばす。
「【突進】!」
「ベルベットさん後ろ!」
背後からドラグもまた一瞬で距離を詰める。その斧も一撃必殺の威力であり、ベルベットはそれを避けつつここでドラグにとどめを刺しに行く。
「流石に追いつけねえ、な」
スピード特化のプレイヤーを上回る今のベルベットは素早くドラグの斧を避けて、カウンターを叩き込む。
それでも消滅する間際、ドラグはアイコンタクトを取っていた。
ドラグの斧を避け、カウンターを入れる。ベルベットのその動作のうちに真後ろにつけたドレッドがその背に短剣を突き出す。
「……!」
それは異様な回避。まるで高跳びでもするかのように短剣を超えて、ベルベットは空中で逆立ちになる。重力を完全に無視した、重力を操ると想定していても完璧に予想できはしない挙動。そのまま体を捻り、ベルベットは肩に向かって足を振り下ろす
「ま、手紙は返せたか……」
「……?すっごく、楽しかったっすよ!」
青い軌跡を残して、振り抜かれた右足はドレッドの肩に直撃し、スキルにより耐えて残ったHPを吹き飛ばした。
そうしてベルベットの纏うオーラが消えるのと共に、四人を包み込んでいた紫のドームも消失する。
「うぇっ!?負けたんだけどー!?」
「サリー」
「はい」
ペインの短い呼びかけに応えて、二人は地面を蹴って加速しベルベットに迫る。
「【重力の檻】【氷柱】!」
強まる重力がその速度を落とし、その隙に目の前に太い氷の柱が生み出され二人の行手を阻む。
素早く回り込んだ直後。そこに二人の姿はなく、かわりに地面が揺れ氷の柱の向こう、そして遠く離れたいくつかの場所に太い光の柱が発生する。それはベルベットの雷光とはまた違ったもののようだった。
「これは……」
【氷柱】の壁を迂回した二人が見たのは地面に広がる発光する巨大な魔法陣と、そこから次々に湧き出て来る命なき兵士だった。
「大量召喚ならこちらも負けていないさ」
「遅いよリリィ……いつトラップを使おうかと」
「すまないね」
【一夜城】の上にはイグニスが降り立ち、ミィも炎を溢れさせる。
「【全軍出撃】!」
「【全トラップ起動】!」
事前に設置しておいた場所に、光の柱と共に巨大な魔法陣が展開され大量の兵士が発生する。合わせて設置されていたトラップが距離に関わらず全て起動し状況を一変させる。戦場は何もここだけではない。マルクスとリリィの入念な準備により、ここ以外の戦場のパワーバランスは崩壊した。
「ベルベットも上手くやったようだ。ここから反撃といくぞ!」
炎を巻き上げて、ミィが全員の士気を上げる。多くのプレイヤーの思惑が交錯する中、状況は目まぐるしく変化する。次はメイプル達が被害を抑えるための重要な分岐点に立たされた。
「ペインさん!多分さっきの光……!」
「ああ、こちらも戦力を分散させるしかない。【thunder storm】の姿も消えた今、他の戦場が危ない」
「こっちで向かわせます。メイプルは残して」
メイプルは化物達の指揮官だ。ここを離れれば作戦が成り立たなくなる。
「あの兵士がどれくらい強いかかなー」
フレデリカが品定めするように生み出された兵士を見る中サリーは素早く【楓の木】に作戦を伝える。すると後方からの支援砲撃は止んで、その背に四枚の白い羽を伸ばすメイプルが隣に落下してきた。
「早いねメイプル」
「うん!ドレッドさん達は……」
「二人は上手く捕まっちゃったんだよねー。残念だけどここまでー」
「大きなミスはなかった。それだけ敵が強いということだ」
メイプル達は正面にいる【炎帝ノ国】の三人と【ラピッドファイア】の二人を見据え、それぞれの武器を構える。
集まったプレイヤーとプレイヤー。メイプルの化物とリリィの兵士がぶつかり合う中、それでも【一夜城】の正面を四人が進む。
他のプレイヤーは味方も敵も中央を避けて戦闘を繰り返す。理由は簡単だ。
「【光輝の聖剣】!」
「【殺戮の豪炎】!」
こんなところにいてはいくらでも巻き込まれて、命がいくつあっても足りないからである。
貫通攻撃に狙われないよう、メイプルは【身捧ぐ慈愛】は使わずに兵器での攻撃と、化物の指揮に集中する。
「サリー!当たらないでよー?【多重炎弾】ノーツ【輪唱】!」
「大丈夫。調子いいから」
そういうサリーは言葉通りマルクスの石柱と自分の氷柱を上手く利用し、飛び交う魔法の間をすり抜けて自分も攻撃を返していた。
フレデリカとメイプルの攻撃が生み出される兵士を吹き飛ばし、リリィとミィの攻撃が化物の命を絶っていく。
「フレデリカ。出力を上げれば一掃できるか」
「まー、一時的にならねー。でもー……」
すぐにまた湧いてくるがそれでもいいのかとフレデリカはペインを見る。
マルクスとミザリーの強力なバックアップがあるため、あの五人のうち誰か一人に絞っても倒し切れるかは微妙なところだ。
「この勝負、あの兵士が本当に際限なく生成されるならこちらが不利だ」
メイプルの化物は下準備をして数を揃えたものだ。倒されればもう一度生み出すのは難しい。多くのプレイヤーを屠り、蹂躙し、期待通り活躍してはいるがその数は着実に減っている。
「【楓の木】を信じていないわけではないが、他の戦場も気になる」
「今度はこっちが上手く退くタイミングが欲しいってことですね」
「そうだ」
「じゃあ、私とサリーで!ほら、あれ!」
射撃を続けながら、メイプルはサリーに話しかける。あれが何を指しているか、サリーにはすぐに理解できた。
「分かったよメイプル。なら、もし必要ならタイミングはこちらで作れます」
「頼もしい。助かる」
「で、どうするのー?」
「退くために追撃をためらうような痛手を相手に与える必要がある。拠点を生み出し敵の陣形を強固にするあの二人を倒しにいく」
「ん、じゃあ準備できたら言ってよねー」
目標はマルクスとミザリー。敵の戦線を支える重要なポジションの二人を倒すため、四人はタイミングを見計らうのだった。




