防御特化と追撃戦。
シン達がメイプル達を視認可能な距離。それはすなわちメイプル達もまたシン達を視認可能な距離だ。
「メイプル!シンが来るよ!」
「ハクは予定通りこのままにする!メイプル、構わない!」
「マイ、ユイ!守りは任せろ、やってくれ!」
「【天王の玉座】!【救済の残光】!【全武装展開】!」
カスミとサリーの言葉を受けてメイプルはスキルを発動する。シロップの背中に玉座を乗せるように、ハクの頭に玉座を設置するとそこに座ってダメージカットのフィールドと大量の兵器を展開する。
頭を持ち上げたハクの上。高度を上げ射線が通せるこの位置なら、メイプルの射撃を遮るものは何もない。
「【糸使い】!」
サリーは全員の足を糸で固定する。回避こそ難しくなるものの、それでもこの作戦には十分な価値がある。
「【崩剣】!ウェン【風神】!」
「【攻撃開始】!」
「ハク、行くぞ!」
化物もろとも。狙いやすい【楓の木】にも飛んでくる剣と風の刃。カスミはそれを見て、ハクに指示を出す。
サリーの糸が体を固定していることをいいことに、ハクは素早く体をくねらせ、頭の位置を変え、その攻撃を回避する。
「「【投擲】!」」
「なるほど……っ!とんでもねえ移動砲台だ!」
シンは理にかなったその攻撃に感嘆する。
放たれる鉄球と、続く銃撃。ハクの巨体を活かしてどこからでも射線を通せる柔軟性。狙われようともシロップのそれを遥かに上回る機動力による回避。そもそも近接攻撃ではまともに届かないその高さ。
あれを機能停止させるには台座の役割を持つハクを倒すのがベストだが、巨体相応のHPに【硬質化】による防御まで持つアレを倒すのも一筋縄ではいかない。
さらには、足元にはメイプルの生み出した化物がひしめきあっているのだから尚更だ。
「くぅ、ありゃ諦めるしかねえか!ウィルバート!頼む!」
当初の予定通り化物の対応も必要だ。排除しやすい脅威から順に対処することにしたシンは、回避に意識を割きつつも化物や魔法使いの攻撃が届かないように飛び回って、上から化物の体を切り裂いていく。
「【引き絞り】【ロングレンジ】【範囲拡大】……それだけ壁になっていれば見にくくもあるでしょう!【滅殺の矢】!」
ウィルバートの矢が赤黒い光を纏い、同色のエフェクトの尾を引いて高速で飛んでいく。
直線上にある全てを貫き飛翔する超高威力の矢は貫いた化物を一撃で消滅させ、そのまま後方のプレイヤーをも薙ぎ倒す。
数で有利なはずのメイプル達に一撃で相当な被害を与えたものの、それでも侵攻は止まらない。
メイプル達も敵が強いのは分かっている。ペインの指揮の元、犠牲が出るのは覚悟の上、このまま勝つ気で来ているのだ。
「マルクスさん!トラップの起動を!もうすぐ味方が接敵します!」
「【トラップ起動】!」
トラップには敵が踏み入る以外で発動するものもある。マルクスのスキルに合わせて、効果範囲内にある一部トラップが起動し、地面が盛り上がり、ハクの高さにも迫る岩や木の柱が次々に生成され、化物達の動きを阻害する。
「【トリックショット】【矢の雨】!」
「【崩剣】!」
勢いを失わず敵の間を跳ね回る矢に続き、上空からの矢と剣の雨が、足を止めた化物の数を減らしていく。それでも、化物は柱を壊し、その間を抜けて、一人また一人と距離を取り損ねたプレイヤーを、舞う砂煙の向こうに飲み込んでいく。
「【癒しの光】!【回復の泉】!」
ミザリーも前線にいるだけで回復するフィールドを展開し、持ちうる回復スキルを順に使用して可能な限りHPを高く保つ。攻めるのが得意でない分、守りは強いのだ。
そうして【炎帝ノ国】が粘り強く戦う中、地面を強烈な光の奔流が駆け抜けた。
「【断罪ノ聖剣】!」
「【旋風連斬】!」
「【多重炎弾】!」
「【土波】!」
化物の進撃に合わせて、ペイン達がプレイヤーを薙ぎ倒す。ミザリーの回復が強力であれど、それが追いつかないほどの重い一撃によるバーストダメージは耐久戦略を許さない。
「メイプル、ここは任せる!」
「サリー!ペインさんの方?」
「いや、ここがチャンスだから……私はシンの方に行く!だからイズさんとカナデも地面に攻撃を続けてくれて大丈夫!」
「オッケー、予定通り魔導書はできるだけ残すよ」
「気をつけてね。無理しちゃ駄目よ」
無差別攻撃となる爆弾などはサリーも巻き込まれうる。一撃死する可能性があるのはサリーくらいなため、サリーが地面にいないなら引き続き攻撃が可能なのだ。
行くと決めるや否や、サリーはすぐさま糸を伸ばして、マルクスの生成した柱を利用し、シンの方へ向かう。
「おお!やる気か!?俺は相性はいいと踏んでるぜ!」
「そうですね。ですけどこっちも好き勝手させるわけにはいきません!」
サリーはシンとウィルバートの合わせ技によって、化物が思った以上に倒されていることを認識していた。
それを止め、かつ上からの火力支援をメイプル、マイ、ユイの三人にできれば【集う聖剣】も一気に押し込みやすくなる。
そのために、自分がその首を狙いに行く必要があったのだ。
「嫌なことしてくれるな!だけど、これは俺にとってもチャンスだろ?」
シンは地面に向けていた剣の多くを自分の元に戻してサリーの対処に当たる。シンとしても、ここでサリーは倒したい。それは大きく戦力を削ることに繋がるからだ。
「【水の道】【水纏】!」
「やるな!」
生成した水の中を泳いで素早く柱から柱へ移動するサリー。それを見たシンは足場にしている剣を操作し、なるべく距離を保ちながらウェンの風の刃に合わせて攻撃する。
サリーの武器は二本のダガーだ。魔法も使えるが、特別得意というわけではない。きっちり距離を取って戦えば、そうそう倒されはしない。
「つっても当たらないもんだな!」
「こっちはその剣を引き受けるだけでも十分ですから!」
剣の攻撃が緩んだことで【集う聖剣】の手助けができればサリーとしてはそれで十分だ。
そして一対一に関しても、シンが安全を確保できるだけの距離をとれば、隣にいるウェンの風の刃の着弾が遅れる。
それでも普通なら到底避けられるものではないのだが、サリーの異常な回避能力ならば、接近時より薄くなった弾幕の隙を的確に突くことができるのだ。
「実際……下の化物がまずいんでね。倒しに行くぜ!ウェン【彼方への風】【旋風】!」
ウェンのスキルによって範囲が拡大され巨大になった渦を巻く風が連続してサリーに襲いかかる。さらに続く風の刃と【崩剣】は的確に逃げ場を塞いでいく。
「【超加速】【跳躍】!」
サリーは完全に囲まれてしまう前に、スキルによって一気に飛び上がった。
「朧【火童子】!」
素早い回避行動で迫り来る暴風を回避したサリーはそのまま空中に足場を作りシンに迫る。
「させねえ!」
「朧【神隠し】!」
シンが自分の周りに残してあった剣をショットガンのように前方へ放ち接近を拒否するのに対し、サリーは朧のスキルで攻撃をすり抜けて無効化する。後もう一歩。貴重な攻撃の機会。そんな中それでもサリーは冷静に視界の端に赤いエフェクトを捉えた。
「っ!【氷柱】!」
「流石……!やるなあ!」
シンが引き込んで射線が通ったその一瞬。下から飛んできたウィルバートの必殺の矢をサリーは氷の柱で防御する。
どこまでも隙のない動きに驚きつつも、シンは盾を構えながら剣を引き戻す。
ここを凌げば引き戻した剣で攻撃に転じることができる。さあ、どんな攻撃でも来てみろと、正面のサリーを見つめるその一瞬。
続くサリーのスキル宣言にシンは目を見開いた。
「【始マリノ太刀・虚】」
サリーの髪は白く、その目は緋色に染まっていく。見間違えも聞き間違えもするはずがない。それは以前カスミがシンを倒したスキルそのものだ。罠か、それとも本当なのか。結論は出ないまま、サリーの姿が消失する。
「ウェン、後ろだ!」
一連の変化に続くサリーの消失。これを根拠に、シンはサリーが何らかの方法で【始マリの太刀・虚】を使用したと判断し、背後に暴風を吹き荒れさせる。カスミと違ってサリーのHPは低い。風の刃が掠めるだけで十分だ。
「シンさんなら反応する。せざるを得ないと思っていました」
「なっ……!」
それは正面。空間が揺らいで、至近距離でダガーを振りかぶるサリーが現出する。
直撃は避けられない。一対一でこの距離まで踏み込んできたのだ。これは間違いなく自分のHPを消し飛ばすだけの火力を出してくるだろうとシンは直感する。ただ、【炎帝ノ国】にはミザリーの【リザレクト】がある。
即時復活して反撃。接近した分、次の攻撃はサリーにとって回避困難なはずだ。
素早い思考。そうして受け止める覚悟をしたところで、地上から凄まじい速度で空へ昇る強烈な光がシンの視界に飛び込んでくる。
「……!」
シンはサリーと目が合い、そして即座にその意図を理解した。
サリーは暗にこう言っているのだ。【リザレクト】を今シンに使うなら、少し遅らせたペインの超広範囲攻撃で残る全軍を薙ぎ払うと。
タイムラグがあるならばどちらかしか救えない。
シンは自分の想像以上に丁寧に練られていた戦略に絡め取られたことを理解すると、大きな声で叫んだ。
「ミザリー!俺は捨てて構わない!」
「……それなら!」
サリーは躊躇なく踏み込むと、シンの構えた盾にガードされないよう素早く急所を斬り裂いた。
斬り裂かれた場所で水と炎が弾け、【剣ノ舞】のダメージ増加がそのHPを吹き飛ばす。
「あーやられたなあ……!」
強くなっていたのは当然メイプルだけではなかったというわけだ。サリーの攻撃のトリックを解明できなかったことを悔しそうにしつつ、シンは消滅していく。
「はー、後は頼んだぜ!」
芯が光となって消えていくその最後の瞬間に見たのは地面を駆け抜ける強烈な光の奔流と、見覚えのある蘇生エフェクトだった。