防御特化と戦略兵器。
【集う聖剣】が人を集めてくれている間に、【楓の木】はフィールドへと歩み出る。
中央での戦闘の前に、強固な陣を張ってジリジリと戦線を押し上げている【炎帝ノ国】を牽制する必要がある。
少しでも対等な条件に戻すため、【楓の木】は準備していた策を実行に移すこととした。
「戦況はー……うん。射程ギリギリで魔法を撃ってる感じだね」
カナデが双眼鏡で遠くの戦場を確認する。魔法の射程はある程度決まっており、それは既に周知の事実だ。その射程ギリギリから全員で弾幕を張れば、強力な回復と障害物の設置による防御能力を持つ【炎帝ノ国】と言えども、安全に前進し、攻撃を続ける魔法使いの敵部隊を撃破するのは難しい。
それでもマルクスの【一夜城】を中心に、水や岩により防壁を展開して損害なくプレッシャーを与え続けられているのは、【炎帝ノ国】が強力なギルドであるからだ。
「あれ以上踏み込むとミィに焼かれかねないからな。上手くやっているものだ」
「じゃあ、早く私達も援護しないとね!マイ、ユイ?」
「「はいっ!」」
この作戦の鍵となるのはこの二人だ。メイプルは【身捧ぐ慈愛】を発動し、念のため二人が倒される可能性を限りなく低くすると、事前に調べておいた所定の場所へと向かっていく。
山を登り、そこから突き出した崖の端までやってくると眼下に広がる戦場を確認する。遠くに魔法が飛び交う主戦場が見えるが、ここなら魔法は射程外であり特に干渉は受けないだろう。
逆に言えば、一般的な魔法を上回るような超長射程の攻撃を持たなければこちらも何もできない訳だが、当然それを持たない楓の木ではない。
「んじゃあセッティングしてくか」
「そうね。今出すわ」
そうしてイズが取り出したのは上面が受け皿のような形になっている、いわゆるゴルフティーのようなものだった。違いがあるとすればそのサイズであり、それはなんとメイプルの腰辺りまである。
クロムとカスミがそれを一本ずつ地面に差し込んで安定していることを確認すると、準備完了とばかりにイズの方を見る。
「こっちは二人でお願いするわね」
「「はいっ!」」
イズが次に取り出したのは【楓の木】にとっては最早お馴染みのものとなった鉄球だった。ただ、不思議なことにポピュラーな武器であるそれは、いつものそれとは少し違う。
まずはサイズ。これはメイプルを縦に二人並べた程の大きさとなっており、マイとユイの二人でなければまともに運ぶこともできない。
次にその材質だ。イズが作り上げたそれは鉄球の強度を保ちつつ、ガラスのように透明なものとなっており、向こう側の景色がちゃんと透けて見える。見た目の変更くらいならイズにとってはお手のものだ。
「はいっ!」
「乗せる台も折れないみたいなので……大丈夫そうです」
二人はそれぞれティーの上に鉄球を乗せると大槌を接地させて前方を確認する。
「「せーの!」」
掛け声に合わせて振り抜かれた大槌は鉄球にクリーンヒットすると、凄い勢いで空中に撃ち上がった。
「おー……飛んだなあ」
「これは誰も真似できないからな。敵も予想外だろう」
「まだまだ行くわよー」
スキルとして射程距離が決められていないただの筋力によるゴリ押しは理外の飛距離を生み出した。目的地まで飛びさえすればあとは落下によって威力を増した鉄球が地面に襲い掛かってくれる。
「視認性も悪いからねー。そうなるとあとは……」
「うん。当たるまで打つだけ」
「マイー!ユイー!頑張れーっ!」
「はいっ!」
「どんどん打ちます……!」
「大丈夫。言っておいたから巻き込まれる味方はいないはず」
目的は牽制だ。細かい狙いはつけられずとも隕石の降る場所にいたくないと思うまで、ひたすら空に打ち上げればそれでいいのである。
ほんの数秒後。雨粒というにはあまりに大きく固い透明な球体は【炎帝ノ国】の国の陣地に次々に降り注いだ。
「おおっ!?な、なんだ!?」
「攻撃されてる……こ、これ何の魔法?」
「全員障壁を展開しろ!ミザリー!」
「はいっ!」
マイとユイが打ち出したとはいえ、直撃ではなく自然落下してきたものであるため、【炎帝ノ国】のギルドメンバーほどの強さであれば一撃死は免れる。それでも真上から押しつぶされれば、個人では脱出困難な球の真下で死ぬまでダメージを受け続けることとなるだろう。
「マルクス!」
「カメラで確認してる……魔法陣はないし、ほとんど真上から降って来てるけど。なにこれ……」
「止めたいとこだが、マルクスどいつだ!」
「分からない……それっぽい人はいないみたいなんだけど」
「回復はできますが、これだと少し……」
四人が籠城している【一夜城】や周りに展開した防壁にも耐久力はある。攻撃が止まなければいつかは全て破壊され、外に放り出されるだろう。
「ミィ、どうする?」
「……一旦少し下がるとする。一方的に攻撃されているというのは具合が悪い」
敵陣営の目的がミィ達を下がらせることであるのはミィも理解できていた。
それを受け入れる形にはなるが、ミィも他のプレイヤーと同様デスの可能性を低くしつつ慎重にことを進めているため、ここで無理をする気はなかったのだ。
「マルクス、トラップは」
「条件が厳しくて起動しにくいのを残しておけるよ」
「ならいい。シン、全員を呼び戻す」
「はいよ!んじゃあ合図出しとくな!」
二人がそれぞれ撤退の準備を進めている中、ミィは一つ息を吐く。そんなミィにミザリーがこそっと話しかけた。
「こんなことができるのは……あの二人でしょうか」
「うん。マイとユイかな。大槌八本で底上げしたSTRがあれば相当遠くから攻撃できるのかも……」
魔法使いや弓使いも驚く射程だ。その上十分な威力まであるのは最高にタチが悪い。
「近接専門だと思ってたんだけど……」
「固定砲台にもなれるということですね」
改めて対面してみると、そのステータスからは想像できないような柔軟さを見せつけられる。また気にしなければならないものが増える中、撤退準備を済ませたシンとマルクスが戻ってくる。
「よしっ!ミィ!ギルドメンバーには戻って来てもらったぞ!」
「こっちもいつでも大丈夫」
「んんっ……分かった。一度退く!マルクス!」
「【チェンジ】」
あらかじめ後方にセットしておいたトラップと【一夜城】の位置を入れ替えて、【炎帝ノ国】は即席の城を保持したまま後方へと一瞬で転移するのだった。
「んー……退いたみたいだね。僕らの位置にも気づいてなさそうだったよ」
「おっ、上手くいったってことか」
「さっすがマイ、ユイ!すごい攻撃だったね!」
「ありがとうございます!」
「イズさんも、たくさん使っちゃってすみません……」
「いいのよいいのよ。そもそも……これ以外の用途がないもの」
「そりゃそうだ」
「まさにそのためだけのアイテムという風だったからな」
「これで少しは相手もやりにくくなるはず。あとは、もうちょっと追撃として撃ち込んでおきたいかな」
「「はいっ!」」
まだこちらはやる気だと示しておくことで相手も迂闊に前には出づらくなる。互いに牽制し合うだけだとして、それならその中でもより強烈にプレッシャーを与えられた側が主導権を握るのだ。
「あとは今のうちに試しておく?問題ないとは思うけど」
「じゃあ一回だけやっておこうかな。復習のために!」
「「分かりました!」」
サリーの提案を受けてメイプルはこれまたイズの用意したカプセルの中に入り、両側から支柱で支えて空中に固定される。今回のイベントが始まってから急遽用意されたものだが、イズ製とあって品質は問題ない。
「メイプルー?大丈夫そう?」
「おっけー!」
中から元気のいい返事が聞こえてきたため、マイとユイはカプセルを挟むようにしてすぐそばに立つ。
メイプルの【発毛】は一日一度しか使えない。使ってしまった後は、メイプルをきちんと打ち上げるために、ある程度の強度とサイズアップが見込める外殻が必要になるのだ。
「「せーのっ!」」
ぴったり息の合った二人が大槌を真下から振り上げると、金属のぶつかり合う轟音が響き、メイプル入りのカプセルは空へと向かって垂直に吹き飛んだ。
「飛んだなあ」
「耐えられると分かっていても私は遠慮したい」
「あはは、まあ一応作戦ではメイプル一人でやるはずだからね」
「……落ちてこないってことは、上手くいったかな?」
メイプルを包むカプセルは途中で内部から爆発し自壊すると、爆風でさらに上空にメイプルを跳ね上げる。雲を抜けて、遥か上空まで飛んだメイプルは空中で【救いの手】に二枚の盾を装備させると、自由落下に合わせて足場になるよう盾を足下に設置する。
「たっかーい!」
メイプルの自爆飛行では到底届かない高さ。シロップの浮遊でもわざわざここまで高くまで来たことはなかった。
ここは高い飛行能力を持つものしか来ることができない場所、決まった射程を持つスキル全ての外側。
メイプルは無事成功を確認すると、足元の盾をしまって、地面に向かって高速で落下していくのだった。
落下して地面にめり込んだメイプルを無事回収した【楓の木】は、作戦を終えて町へと戻ってくる。するとそこでは既に【集う聖剣】と共に前線へと向かうことに決めたプレイヤーが集まり、ギルドマスターが基本的な動きを共有している所だった。
「ペインさーん!」
「ああ、メイプル。上手くいったようだな。フレデリカが驚いていたよ」
「空からあんなのが降ってきてるの見たら誰でも驚くでしょー?」
「ここにいる人全員で戦うんですね!」
「そうなる。多少の増減はあるだろうが、概ねこれで全員だと思ってくれて構わない」
「なら、私達から今回の作戦の核になる部分を話す必要がありますね」
サリーはそう言うとイズと共にモニターの用意をしつつ、メイプルに実演させる。
「【天王の玉座】!【救済の残光】!」
メイプルの背中から四枚の白い羽が伸び、白い玉座が背後に出現する。メイプルがそこに座ることで地面には二重に白く輝く光が広がり、その中にいるプレイヤーにはダメージ軽減、回復効果など耐久力を高める。メイプルもダメージを軽減する強烈なバフを二重にかければ【身捧ぐ慈愛】がなくとも役に立てる。
「【身捧ぐ慈愛】は使えないと思っています。貫通攻撃に切り替えられた際に、メイプルだと耐えられませんから」
【身捧ぐ慈愛】とメイプルの防御力のコンボは強力だが、想定通り多くのプレイヤーはその強さを既に知っており、対策も完璧だ。
普段より遥かに多いプレイヤーを強制的に庇ってしまうと、一瞬で倒されるだろう。
「これで皆さんの耐久力を底上げします。メイプルを倒さない限りはバフは消えません」
庇うのではなく全員の耐久力を上げることで、それぞれに耐えてもらう。【身捧ぐ慈愛】があるためにほとんど活かされることのなかった広範囲のダメージカットも、今回は前線を支える強力なバフになる。
「これがあれば戦いやすくなるだろう」
「そうだねー」
それはありがたいと、集まった他のギルドも詳しいダメージカットの割合を聞き、それを前提として戦略を立て直す。
「で、ここまでは皆さんにとって安全なものの話です。ここからはモニターに映すので、これが『展開』される覚悟で戦ってくれると助かります」
味方の口から発せられている言葉とは思えない何やら不穏なないように全員が固唾を飲んで映像を見る。
「…………?」
「何だこれ」
「?????」
他プレイヤーに初めて公開されるそれは、どうやら相当な衝撃を持って受け止められたようだった。ざわざわといつまでも収まらないどよめきがその証明である。
「ペインさん。メイプルの新しい奥の手はこれになります」
「……理解はした。警戒しておく」
「あはは、すごいねー?何で味方に警戒するんだろーねー」
『展開』前には合図として空に閃光弾を打ち上げることに決めて、メイプルの奥の手に備えて、いよいよ来る正面衝突の時を待つのだった。
時折マイとユイを前線に送って適度に鉄球の雨を降らせていたこともあり、敵陣営も激しく攻め立ててくることはなく、モンスターの一斉攻撃の時間がやってきた。
全てのモンスターが敵陣目がけて一気に移動するこの時間帯、均衡が崩れる可能性は高く、出撃を前にしたプレイヤー達が緊張しているのが伝わってくる。
「いよいよだねサリー!」
「うん。ここで決める気で行こう」
メイプルは間違いなく今回の戦闘で重要なプレイヤーになる。【不屈の守護者】がないのは不安要素だが、その分はサリーがカバーする。
それがたとえどれだけ難しいことでも。
全体の指揮をとるのは【集う聖剣】を中心とした大規模ギルドとなるため【楓の木】はそれに合わせてある程度自由に動くことになる。
「じゃあ最前線は任せるぜ」
「私達も後方支援はするわ。頑張ってね」
「「応援してます!」」
後方に残るのはマイとユイ、クロムにイズだ。【身捧ぐ慈愛】がない状況では、巻き添えで突然倒されてしまう可能性があるため、クロムに守ってもらいながら後方での戦闘となる。それでも今のマイとユイなら後方にいても十分脅威となれるのだから恐ろしい。
「ごめんね【身捧ぐ慈愛】が使えないから……」
「はは、後ろまで来ないように敵を殲滅してくれれば助かるな」
「はいっ、何とかできるように頑張ります!」
「む、無理はしなくていいからな?」
それぞれが気合を入れる中、遂にフィールドが慌ただしくなり始め、全てのモンスターが歩き出したことを示す地響きが鳴り始める。
「中央へ出撃する!」
ペインの声に合わせて各ギルドが反応し、全員が足並みを合わせて。町から飛び出していく。
「メイプルさん!」
「行きますよっ……!」
「うん!いつでもいいよっ!」
「「せーのっ!」」
全員が出撃するのを横目に、素早くカプセルに入っていたメイプルは、マイとユイの比類なき膂力によって遥か上空へと飛翔するのだった。
「準備完了だね」
「カナデ、カスミ。皆について行こう」
「予定通りに、だな」
前線へ出る三人はそのまま集団の跡をついて行く。
空にはドラゴンをはじめとして、飛行能力を持つモンスターがずらりと並び、地上は獣を中心にこちらの国の特色である炎と雷を纏うモンスターが駆け出す。サリー達もそれに混ざって進軍していると、地平線に砂埃を巻き上げる黒い影が見えてきた。それはある程度近づいたところで戦場の中心に巨大な城を出現させる。
間違いない。【炎帝ノ国】は今目の前にいる。
「いよいよか」
「気を引き締めていかないとね」
「まずは……」
まさに両軍が衝突し、どちらかの魔法攻撃と共に開戦というその瞬間。
敵陣後方に予兆なしに円形に赤黒いスパークが走り、範囲内の生命すべてを無差別に焼き焦がす。
その効果も、威力も、発生源も不明。脆い後衛にダメージが蓄積するのを見て敵陣に動揺が走る中、【集う聖剣】を先頭に全員が突っ込んでいく。
「天上の戦略兵器の出番かな!」
サリーは武器を抜きながら、遥か上空、【滅殺領域】の展開により、見事に先制攻撃を成功させたメイプルのことを思うのだった。