防御特化と面影2。
解決法を見出したとはいえこれは咄嗟に思いついたものであって、練習してきた戦法ではないため、インベントリの操作と同時に敵の方を向いて爆弾を投げるのはまだ完璧ではない。封印されて他にスキルがない分考えることは少なくなっているがそれでもキャパオーバー気味だ。
インベントリの操作が間に合わず胸に爆弾をつけるのが遅れてしまい、男が一瞬にして距離を詰めてくる。
「わっ!?まっ……ううっ!」
近づかれてしまうと相手の方が有利であり、素早い連撃がメイプルの体を裂いてダメージエフェクトが散る。
「離れてっ!」
遅れて爆発した爆弾によって距離を取ると、間に宙に浮かべた大盾を壁のように配置し、最短距離を通らせないことで時間を得る。
「爆弾つけて……ポーションも飲んでっ」
メイプルは順に順にアイテムを使い状況を立て直す。幸いにも戦場は平地であり、細かい制御をしなくとも背後にはフィールドが続いているため、いくらでも下がることができる。メイプルは意識を割く先を減らすことで何とかこの戦法を制御下に置いていた。
遅れて爆発を引き起こす漆黒のレーザーは【救いの手】によって体から離して受け止める。適切に一つ一つ捌いてダメージを与えていく中で、集中力が途切れる度にメイプルも反撃を受ける。
ただ、有効打が少ないのは間違いなく相手の方だ。
ポーションが尽きない限りメイプルは立て直すことができるが男の体力は戻らない。
「もう一回!」
男が接近してくるのに合わせて、メイプルは大量の爆弾をばら撒く。種類も効果もとりあえず考えずに回避不可能なだけの量を意識して、爆弾散らばるエリアに踏み込んだ瞬間に炎を発生させて起爆する。メイプルごと巻き込んだ爆風は一方的にダメージを与え、さらにメイプルを吹き飛ばしてくれる。
「ふー……はー……よしっ!」
長期戦は今までにも何度もあったが、こうも忙しないのはメイプルにとって初めてであり、明確に疲労の色が浮かび始める。
それもそのはず。男のHPも残り四割ほどまできたが、戦闘時間は三時間ほどになっており、疲労するのも当然だ。
それでも何とか集中力を繋ぎ止めて、爆弾によるダメージを蓄積させる。今何より不安なのは粘着爆弾の残量だ。高速移動を実現させるため惜しげもなく使っている上、他のアイテムでは替えが効かないものなのだ。
残り三割半ほど。それを削り切るまでは間違いなく持たないだろう。しかし速度を落とせば斬り刻まれて死んでしまってもおかしくはない。
「どこかで【悪食】で……!」
【悪食】は残り七回。全て当てることができれば大勢は決するだろう。
メイプルはHP三割を攻勢に出るタイミングと決めて残りを削りにかかる。
三割は行動パターンが変わりうる最後のタイミングだ。それよりも後ならば【悪食】で飲み込んで何もさせずに終わらせられる可能性が高くなる。耐えられるだけのHPが残っていないなら気にする必要はない。
爆発による赤い炎と男の発する漆黒のレーザーが戦場を照らす中、互いの攻撃がダメージを与え合う。
「これでっ、どう!」
一際大きい爆発と共に、男を炎が包み込みHPをさらに減少させ、目的の三割へと到達する。
それは予想通り、しかしきて欲しくはなかった行動パターンの変化をもたらした。
数メートル飛び上がった男は自分を中心にして地面に大きな魔法陣を展開する。メイプルはそれを見て急いでそこから離れていく、どう転んでもメイプルが得するものではないだろう。
減ったHPを回復し、【救いの手】が持つ耐久力の減った大盾を交換し、こちらも準備を整えていると、魔法陣の中心から真っ黒な泥のようなものが湧き上がり広がっていく。
「今度こそ……死ぬといい!」
男がそう言って剣をメイプルに向けると泥の中から【暴虐】時のメイプルにも似た異形の生命体が次々に姿を現す。羽があるものや筋骨隆々のもの、複数の腕や足を持つものなど見た目に差はあるものの、共通しているのはメイプルにダメージを与えた黒い光を纏っていることだ。
「……!」
メイプルはそれを見て急いで『闇夜ノ写』を装備する。これを避け切って長期戦を制する力は今のメイプルにはない。ここまでは騙し騙しやってこれたが、単純な物量と質の向上の前には限界がある。ならば、メイプルが現状持っている唯一にして最強の武器で幕を下ろすしかない。
きっちり距離を取っていたことが幸いし、モンスターの群れが到達するのには少し時間がかかる。
メイプルは急いで体に打ち上げ式の爆弾を巻きつけると着火する。
爆発と共にメイプルは空へ舞い上がる。地面にいてはモンスターに遮られて男の元まで辿り着けない。ならば、向こうから来てもらう。それはこれまでと何も変わらない。
飛翔したメイプルについて来れるのは、羽を持ったモンスターと、同じく飛行可能な男のみだ。
下から飛んで追ってくる中で最も速いのは召喚されたモンスターとは格が違うあの男だが、メイプルにより近かったモンスター達が先に寄って来てしまう。
「……!」
これではモンスターが邪魔になって男に直接大盾を叩きつけることはできない。しかし、地面に落ちればモンスターの餌食になる今、ゆっくり止まっている余裕もないメイプルは、他にできることはないとそのまま作戦を実行に移した。
巻きつけた爆弾による上昇が終わり、メイプルはそのまま落下に移行する。
体の向きを変えてモンスターの群れへ真っ直ぐに飛び込むと、そのうち一体を【悪食】によって消滅させて道を開き速度のままに群れを振り切る。
その先にいる男こそがメイプルの倒すべき相手だ。
男が剣を振るうのに合わせてメイプルは大盾を突き出す。魔法だろうと剣だろうと、それがどんな破壊力を持っていてもこの大盾の前には無力だ。
さらに次の一撃で剣を飲み込むと、守るもののなくなった体に全てを飲み込む盾が直撃する。
メイプルとて【悪食】は使い慣れている。男の体を貫通してしまうのは想定済みであり、【救いの手で用意した大盾二枚を合わせた足場にガシャンと音を立てて何とか着地する。
男は【悪食】で飲み込まれた体を再生することはできてもダメージを無効化することはできない。狙うはその隙だ。
「やあっ!」
真後ろに着地したメイプルはそのまま振り子のようにして左右から大盾を叩きつける。再生で手一杯にしてしまえば相手は何もできない。
そうして残り全ての【悪食】を男に叩き込んだメイプルは、男のHPがほんの僅かに残ったことに目を見開く。男に使えなかった【悪食】一発分のダメージが足りなかったのだ。
とはいえもうHPはごく僅か。爆弾でもアイテムでも、あと一押しなことに違いはない。
しかし、メイプルが取り出した爆弾を取り出した所で、一度は落下の勢いで振り切ったモンスターが追いついてメイプルに飛びかかり、投擲するに至らない。
さらに、防御力を無視した定数ダメージがメイプルのHPをゴリゴリと削っていく。
「はなれ……てっ!」
メイプルは投げる予定だった爆弾を抱き締めて体を丸めると、直後発生した爆発の勢い逃さず全身で受けて群れの中から離脱するように墜落していく。大盾によって増加したHPによって何とか耐え切ったメイプルはインベントリを操作し、取り出したクリスタルを起動してその体力を危険域から外す。
男も体の再生が終わったようで、落下するメイプルの視界には、勝負を決するため翼を広げて急降下してくる男の姿が見えた。
今度こそ男の方が前に位置取っている。地面に落ちれば、今か今かとメイプルを待っているモンスターから逃げることは難しいだろう。
正真正銘これがラストチャンスだ。
正面から飛び込んでくる男の剣に意識を集中させて、その手に小型の爆弾を一つ持つ。イズ特製の貴重品。爆発範囲は狭いがかわりに威力は高く、これなら倒し切れる。あとは当てるだけだ。
しかし、どれだけ集中しても今のメイプルに攻撃は躱せない。サリーのような練度はなく、それは偶然の介入する余地のない部分だ。
躱して隙を突くことはできない。ならば。
剣が迫る中、メイプルは宙に浮いた大盾のうち一枚を少し斜めにして背中に当て落下を止めると、ぐっと歯を食いしばる。
直後、追いついた男の剣によってメイプルは深く斬り裂かれ、派手にダメージエフェクトを散らせながらノックバックにより背中に当てた大盾に叩きつけられる。
安定感のないその壁は、鈍い音ともにメイプルの体を跳ね返し、メイプルが辛そうに顔を顰める。
それでも、メイプルはしっかりと前を向いていた。斬りつけられた直後、ほんの僅か前に跳ねるのに合わせ大盾を蹴って宙に飛び出す。次の攻撃までの一瞬の間、その僅かな時間にメイプルは手を突き出した。
サリーにできることがメイプルにできないように、メイプルにもサリーにはできないことがある。
それは幾度となくメイプルを助けた、自分が自分の攻撃に巻き込まれても構わない防御力だった。
男の前進に合わせ、ノックバックの反動を使って前に出たことで二人の距離が一時的に一気に近づく。
それは離れるのが間に合わない距離。本来巻き込まれるわけにはいかないはずの爆発物の効果範囲。
「えへへ、どーだっ!」
得意げにメイプルが笑うと同時、轟音と共に発生した爆発は二人を巻き込み、その光の中で片方の影が消滅していくのだった。
少しして、ゲーム外にて運営陣の作業中のこと。現在、一部の隠されたダンジョンやイベントがクリアされた際には、通知音がなるように設定されているのだが、この日もクリアを示すポーンという音が耳に入ってくる。
「どいつがやられた?」
「禁書ですね……」
倒したのは誰かと聞こうとした所で、詳しい状況を確認していた男は何とも言えない表情をする。
「誰だった?」
「メイプルです」
「…………????」
その言葉を聞いて、そんなはずはないだろうと不思議そうに首を傾げる。禁書と呼ばれたボス、そこに至るまでのクエストについて当然詳しく知っているからだ。
「聞き間違いか?もう一度言ってくれ」
「……メイプルです」
「……なんで?」
「それは見てみないことには……」
「メイプルの場合封印はどうなってる」
「魔法使い枠にはならないようなので、パターンAですね」
「ならパッシブスキル以外全部なくなってるんだぞ!確かに防御力は健在だが、どうやって倒すって言うんだ?」
「戦闘開始から見ていきましょう」
その場にいる全員が映し出される映像をじっと見つめる。何か抜け穴があって妙な倒され方をされたのかもしれなかったからだ。
戦闘開始直後、ボスは強力な攻撃でメイプルを攻め立てる。ダメージこそないものの、メイプルもまともに立っていられないような状況だ。
「流石にダメージはないな」
「それは当然ですね」
しばらくしてメイプルの様子が変わり爆弾を使い始める。それによって距離を取り【救いの手】で空にとどまったところで唸り声を上げた。
「なるほどなあ……」
「映像を確認すると、ここから一時間ほど投石ですね」
「よくやる……そもそも何でそんなに岩ばっかり持ってるんだ?」
「さあ……?」
それでもしばらくするとボスも空を飛び始める。最後までこのまま終わるわけでないのは運営陣も分かっていた。
そのまま映像の続きを見ていると、その内容にざわざわとどよめきが起こる。
「理論上は可能だが……粘着爆弾か……」
「メイプルってこんな器用なこともできたんですね。そんな感じじゃないと思ってたんですけど」
「サリー辺りが教えたのかもしれん。あっちはそういうの得意そうだしな」
「はー、うまく移動するもんだな……」
「ダメージを受けないのがでかいよなあ。他の奴が真似したら自殺行為だし」
予期せぬバグのような、抜け道を見つけての勝利では決してなく、大量のリソースと自分の強みを理解して数時間かけた真っ当な戦闘に唸るしかなかったのだ。
「やっぱパッシブの方だよなあ」
「ですね」
「言ってる場合か?スキルが……」
「…………」
諸悪の根源。メイプルの動きを支え、元凶となっているものはあの防御力なのだと改めて認識する運営陣なのだった。