防御特化と面影。
メイプルを包む闇が消えて、問題なく辺りが見渡せるようになると、ここに来る前にいた場所と同じように平地が続いていることが分かる。
ただ地平線まで続く平らな地面があるばかりで、転移前に見えていた森や町などは綺麗さっぱりなくなっている。とりあえず地形を活かした戦闘を考える必要はなさそうだ。
そうしているうち、メイプルの体に広がっていた黒い染みが徐々に小さくなっていき、かわりに黒いもやとなって目の前で人の形になっていく。そうして現れたのは、血色が悪く長い白髪とその腰に装備した黒い剣が目を引く男だった。
メイプルはとりあえず見るからに強そうな異形の存在が出てこなかったことにほっと胸を撫で下ろす。
「復活に足る贄を集めたこと、ご苦労であった」
「はい!」
「あとはお前の魂を取り込んでいよいよ復活としようではないか。いい魔力を持っている……」
「はい?」
話が通じそうだと思った直後に180度態度を変えてきた男を見てメイプルはきょとんとする。
そもそもクエストはボスの撃破を指示している。和解の道など最初からないのである。
「おとなしく死ぬといい!」
「もー!【毒竜】!」
剣を抜き放ち、こちらへ歩き出したのと同時にHPバーがその頭上に表示されたのを見て、メイプルは大盾を構え、スキルを発動しようとする。
しかし、それは毒の塊を生成することなく不発に終わる。
「ええっ!出ていってくれたのに!」
「枷を外す訳がないだろう」
それはまあごもっともなことを言われ、頬を膨らませるメイプルに男は素早く接近するとその黒い剣を振るう。
サリーにも近いその速度にメイプルは何とか大盾を合わせようとするものの、横に回られて斬り下ろしが直撃し、その細身から想像できない衝撃を受けて吹き飛んでいく。
「わわっ!?」
男の言うことを信じるなら、あの肉体はレアアイテムとイズの強力な武器、倒したモンスターの魂も取り込んで出来上がっているのだから弱いはずもない。ほんの少し前にもマイとユイの力を借りて、ボスを倒せるだけ全て殴り倒してきたのだからこれ以上の強さはないだろう。
幸いなのは防御力まではなくしていなかったことだ。流石に貫通効果のない攻撃ではメイプルの装甲は貫けない。メイプルには多少なりとも改めて戦略を組み直す時間が与えられた。
「よーし、頑張る……!」
ギルドの皆に応援してもらっているため、頑張って勝とうと足に力を込めて起き上がりつつ、隙を窺うために男の方を見る。男は攻めの手を緩める気はないようで、吹き飛んだメイプルに再度急接近するとその漆黒の剣で斬りつけ再度メイプルを跳ね飛ばす。
「うぅっ!つ、使っちゃわないように!」
メイプルは地面を転がりながら一旦大盾をインベントリにしまう。アイテムしかまともに使えない現状【悪食】は最強の攻撃であり防御の手段でもある。今はただの一発すら無駄に使うことはできない。
そうしてしばらく斬られて吹き飛んでいるとメイプルも慣れてきて考える余裕が生まれ始める。
「距離を取りたいけど……速いし……むむむ」
弾き飛ばしたうえでメイプルが立ち上がり体制を整える頃にはもう接近してきていることから考えると、距離を取るのは普通に立って移動するやりかたでは不可能だ。
「何かいいもの……あっ、これなら!」
メイプルは吹き飛びつつ今度はインベントリからアイテムを取り出すと背中にぐにぐにと押しつける。しかし特に何か起こることもなく、次の攻撃が迫る中、メイプルは立ち上がることなく仰向けに地面に寝転がる。
それは剣が届く直前のことだった。メイプルの真下で派手な爆発が発生し、その勢いでメイプルを数メートル上に吹き飛ばす。
「よしっ!」
とはいえ特にそれ以上できることはなく、メイプルはそのまま落下して地面に叩きつけられ、待ち構えていた男によって斬りつけられて飛んでいく。だが、メイプルは手応え十分とばかりに満足そうだった。
メイプルが使ったのはイズ特製の粘着爆弾だ。攻撃を受けて爆発することがあるいつもの爆弾とは違い、貼り付けた後時間が来るまで爆発しない優れものだ。敵に直接つけることはできないようになっており、フィールドに設置するのが基本なのだが、敵は駄目でも自分につけるのは問題なく可能なようである。そもそもそんなことをする必要がないため、基本はどうでもいいことなのだが、今のメイプルにとっては貴重な移動手段だ。
事前に体のどこかに貼ればそれと一定時間経った後、真逆の方向に高速移動することができるのである。
「よーし!もう一回!」
メイプルは同じように準備をし寝転がって爆発を待つ。少しして爆音と共にメイプルが上空へ吹き飛び、さらに間を置かずに空中で二度目、三度目の爆発が起こり、メイプルをさらに上に吹き飛ばす。
粘着爆弾は時間が来るまで爆発しない。つまり連鎖爆発することもないため、設置までに間隔を開ければ二段ジャンプの要領でさらに吹き飛ぶことができるのだ。
爆発ダメージも落下ダメージも気にしなくていいメイプル固有の使い方だが、ともかく距離を取ることには成功した。
「急いで……できたっ!」
メイプルはインベントリを開き装備を変更する。メイプルにはまだ有用なパッシブスキルを持つ装備が存在するのだ。それは【楓の木】でも絶賛大活躍中の装飾品である。
空中に現れた白い手が大盾を持って、落下するメイプルの下で待ち構えてメイプルを受け止める。
【救いの手】はパッシブスキルだ。【悪食】同様メイプルに残されたスキルのうちの一つである。
こうして空中にとどまることに成功したメイプルはこれでどうだと下を確認する。すると男は剣を大きく振りかぶり一気に振り抜いた。
「わあっ!?」
メイプルは振り抜かれた軌道に合わせて輝くエフェクトが飛んでくるのを見て慌てて頭を引っ込める。それは足場にしている盾に命中しメイプルには届かなかったが、当たれば吹き飛ばされるようなら受けるわけにはいかない。
「何かされる前にこっちも……!」
メイプルはさらにアイテムを取り出す。出てきたのはまた火薬がぎっしり詰まったものだ。当然今まで通り爆弾は攻撃ではなく移動のためのものである。
それはロケット状になっており、導火線が伸びていて着火することで空に向かって撃ち上がる作りになっている。つまるところ上空にいるモンスターを攻撃することができるものなのだが、メイプルはそれを大量に取り出すとベルトでもするようにロープで体の周りをぐるっと囲む形で括り付ける。
「着火!」
炎のクリスタルで一斉に火をつけると真っ直ぐに経って打ち上がるのを待つ。
少しして、メイプルは大量の煙を発しながらさらに上空へと飛翔する。
いよいよもって飛ぶ斬撃すら届かなくなった、遥か高みでメイプルは大盾の上に座る。スキルを持たずにここまでの高さに至ることは考慮の外なのか、する必要もないとされたことなのか、ともかく男からの攻撃は何一つ飛んで来なくなった。
「反撃開始だね!」
メイプルはようやく準備が整ったとばかりインベントリからアイテムを取り出す。
それは岩だった。そう、特に何の変哲もない大岩である。第八回イベントで拠点作成の時にユイとマイが運んでいたりしたただの岩は当然飛行能力など持つわけもなく、急に空中に放り出されると重力に従って落ちていく。
「いけー!」
突然の大岩だが男は機敏な動きでそれを避け、地面に激突した大岩が地面に突き刺さる形でそこに残る。命中とは行かなかったが、残弾はまだいくらでもある。それも、岩だけでなく鉄球や氷塊など、イズのインベントリの中にあった大きく重い物を詰め込めるだけ詰め込んできたのである。
「どんどん落とすよ!」
今日の天気は岩のち鉄球、ところにより氷塊。地面がこれらで埋まり地形が変わっていく中、メイプルはあれやこれやと落とすのを止めないのだった。
男がいかに素早いといえども、メイプルを狙いつつ回避を試みるため、終わりなく続く攻撃の中で少しずつ被弾してダメージを受けていく。それは微々たる物ではあるが、確かに一歩ずつ死へと近づいていることを示していた。
メイプルの粘り強さは毒竜と戦った時から健在であり、一時間以上ひたすら地面に物を落とし続けて、遂にHPを二割ほど削ることに成功した。
「ふー……でも当たりやすくなってきた!」
地面にはもはや元の平地の面影はなく、足下は不安定で高低差もでき、移動には相当な制限がかかっていることだろう。それを証明するように徐々に男の被弾率は上がってきており、これならあと四時間もかけずとも倒し切ることができそうである。
しかし、そう思ったのも束の間。男の体を黒い光が包み、少しして内部から破裂するように光が弾けると背中には悪魔らしい黒い翼が生えていた。
ばさりと一度大きく羽ばたくと、男は一気に空中に舞い上がり、向きを変えてメイプルの方へと飛んでくる。
「ええっ!?」
アイテムを上手く使ってこの位置を確保しただけのメイプルでは、飛行能力を持つ相手の動きにはついていくことなどできない。
「まっ、てっ!あっ!?」
あっさりと上を取られ斜め上から斬りつけられてメイプルは地面に向かって真っ逆さまに落ちていく。
地面に激突する大きな音と共に砂煙が舞い上がるが、落下ダメージを受けないことは経験上知っているため、すかさず起き上がってぱたぱたと走り出す。
「次の準備しないとっ!」
空を飛ぶことができるようになったとあれば、もう先程のような投石による攻撃は有効とは言えなくなった。残り八割のHPを削りきるためには新たな作戦が必要になる。
スキルを持たないメイプルが素早い相手にダメージを与えるには、先程のように当たるまで邪魔されず攻撃を繰り返すことができる有利なポジションを確保する方法が一つ。
そしてもう一つはモンスター相手に効果的な近づいてくるのをじっと待つ方法だ。
男は当然地面に激突するような着地方法は取らずにそれなりの速度で高度を下げてくるため、最接近までには少しの時間がある。
再び吹き飛ばしのループに入ると、また脱出するのはかなり手間なため、この一瞬は見逃せない。
「よっと……はいっ!」
メイプルは自分が落とした岩に背中をくっつけるとさらにいくつもの岩をインベントリから出して周りを囲っていく。最後に上も岩で塞ぐと入り口を正面のみにし、メイプルはじっと待つ。プレイヤーであれば入ってこない場所も、モンスターなら飛び込んできてくれる。
この違いがメイプルが持つ絶対の有利だ。
少しして暗がりでも分かる煌めきを放つ黒い剣を構え、一気に男が駆け込んでくる。いくら回避が得意でないといえども、絶対に来ると分かって待ち構えている中で、正面から真っ直ぐ突っ込んでくるのにタイミングを合わせられないほど、今のメイプルは初心者ではない。
サリーの動きを真似るようにして、男の突きを上半身を横に振って避けると、戻る際の反動でそのまま両手を振るう。
同じように暗がりでも輝く漆黒の盾。それは肩から首、そして頭部を抉るように飲み込んで大きなダメージを与える。黒い光が集まり即座に男の体は修復されるが、ダメージまでは消すことができないようだ。
「ぐぅっ……!」
大きなダメージを受けて怯んだ男に追撃をしようとメイプルはさらに大盾を突き出すが、ダメージを受けたことで一度下がって立て直すためにバックステップを踏んで、メイプルの巣穴から飛び出していってしまったため、さらにダメージを与えることは叶わない。
「ずっと待ってるもんね!」
メイプルが自分から外に出てやる必要はない。作り上げたこの穴の奥でずっと相手を待ち、来たところを確実に喰らえばよいのだ。
男もまたメイプルを倒さねばならない。ただ、そういう風になっているのだ。戦闘を中断する選択肢を保持しているのはメイプルだけだ。故に飛び込むしかない。そこが怪物の待つ巣穴だとしても。
男は再度飛び込む。怪物は静かに口を開けて待っている。精度を増したその牙は、今度は二度、男の体を喰い千切った。
だがしかしそんな怪物、メイプルの表情も明るくない。
「あと七回……」
再び巣穴から飛び出した男の上にあるHPバーの減り具合を見るに【悪食】を全て命中させたとしてもHPを削り切ることはできないだろう。
考えればそれも当然で、【悪食】は確かに大きなダメージを与えることができるが、そもそも相手が百回は岩に押し潰されていて二割しか削れない程の高いHPを持っているとなれば削り切るには至らない。
「もうちょっと残しておこっと!」
HPを削ってしまうとまた攻撃パターンが変化することも予想できる。急に短期決戦に持ち込む必要が出てきた時、【悪食】は必要になるだろう。メイプルは盾をしまうとかわりに油と発火用のクリスタルを取り出した。
一瞬で周りは炎に包まれ、メイプルの周りにダメージゾーンを発生させる。さあいつでもこいと穴の外に目を凝らすメイプルだが、先程までと違い男は飛び込んでこない。
「あれ?」
【悪食】と違い、炎はダメージゾーンを既にその場に発生させている。どうやらダメージを受けることが確定している場所に、自らすすんで踏み込んできてはくれないようだ。
「炎は駄目かあ……」
ギリギリまでダメージを発生させないものとなると爆弾や、メイプルもよく使うような起動することで各属性のダメージを与えるアイテムなどだ。
メイプルは結晶を両手に握り込むと炎が消えるのを待つ。
そうして炎が消えると同時、それを察知した男はもう一度中へ飛び込んでくる。偶然入り口を狭くすることができたおかげで突き攻撃を誘発することができ、メイプルでも安定して回避が可能になっていた。
メイプルは避けると前に飛び出して、両手を突き出す。結晶が砕かれ、メイプルの手のひらから発された電気と炎がHPを削り取るが、【悪食】と比べればダメージは低く、男もそのまま攻撃を再開する。
「あっ!そ、そっか!」
引いてくれていたのは【悪食】だったからであり、大盾をしまったメイプルは続く斬り下ろしをもろに受けて背後の岩に叩きつけられる。
「わっ、わわっ!ちょっと!」
そのままめった斬りにされるもののガキンガキンと音が鳴るばかりでメイプルに傷はつかない。とはいえ強烈なノックバックを受け続けているため、まともに体を動かすこともできないのが現状だ。
つけたままにしていた【救いの手】が持っている大盾も、ここまで接近されては間に割り込ませるのは難しい。そうしているうち、メイプルより先に背後の岩が剣撃に耐えきれなくなり派手な音と共に崩れ、支えを失ったメイプルはそのまま後ろへ飛ばされる。
元々背後の壁はメイプルが落とした岩が並んでいる場所の一番外側を利用したものだ。一つ壊れてそこに飛ばされれば袋小路に変わりはない。
さらに屋根にしていた岩も支えを失って落ちてきて、男とメイプルを四方から岩で囲い退路をなくしてしまう
「……!」
本来ピンチとなる状況だがメイプルにとっては怪我の功名、偶然訪れた大チャンスである。
「んー……えいっ!」
メイプルは斬りつけられ背後の岩に押し付けられながら、何とかインベントリを操作し頭上に鉄球を出現させる。上下左右を岩で塞がれ、その上で上から巨大な鉄球が出てきては逃げ道はどこにもない。
それはそのまま落ちてきてメイプルと男を押し潰す。メイプルが次に狙うのは圧殺だ。男は重い鉄球に押し潰されていることでじりじりとダメージを受けている。それは本当にダメージを受けているか怪しいレベルのごく僅かなものに過ぎないが、数時間積み重ねれば確かにそれは蓄積し十分なダメージとなるだろう。
しかし黙って圧死するのを待つはずもなく、男もここからの脱出を図る。
体は動かせていないものの魔法により動かないまま黒い刃を放ち、鉄球を切り裂いていく。
だが、そうして壊れる瞬間にはメイプルが次の鉄球を合わせて二人で押し潰されるこの状況を継続する。
敵が一方的にダメージを受けている以上、継続すれば勝つのはメイプルだ。とてつもなく遠回りだが、メイプルは勝利へ向かっているのである。
そうしてさらに圧殺作戦を続けること一時間と少し。いよいよ別の問題が発生する。
そう、押し潰すためのアイテムが遂になくなったのである。
イズからもらえるだけもらったとはいえ、元々こういった用途で使うために持っていたものではなく、これほど必要になることも想定されていないかった。そもそも圧殺用の岩が足りなくなるなどという悩みを抱くプレイヤーが他にどこにいるというのだろうか。
せめて落とした岩を回収しにいければいいのだが、メイプル自身も押し潰されているためそうもいかない。
そうこうしているうちに、二時間が経ちインベントリから出したアイテムが順に消滅していく。
もう二割程削ることに成功したものの、それでもまだ撃破には遠い。先に消失時間が来て落とした岩はなくなってしまうだろう。
メイプルは逃げ場がない今のうちに削れるだけ削ろう。と男を押し潰すのを止めない。
爆弾でも使えればよかったのだが、周りの壁を壊しては元も子もないため、この地道な削りに任せるしかないのだ。
そうこうしているうち本当に適したアイテムはついになくなってしまい、メイプルはこれが最後ならと、男が自分を押しつぶす大岩を破壊しようとする中爆弾を次々に放り出す。これ以上押しつぶすためのアイテムがないなら四方を囲まれた場所にいても仕方ない。むしろここが爆弾でダメージを稼ぐ最初で最後のチャンスである。
隙間を埋めるようにゴロゴロと転がり出た爆弾は、大岩を破壊しようとした男の攻撃の余波で起動し連鎖的に爆発する。
本来攻撃に使うことを目的としていない岩や鉄球での押しつぶしに比べて爆弾の威力は遥かに高く、全てがクリーンヒットしHPをさらに一割削り取る。
ただ、そんな攻撃に周りの壁が耐え切れるはずもなく、メイプル達を囲む大岩も綺麗に弾け飛んで消えてしまう。最初に空から落とした岩も時間制限に引っかかり消えてしまったため、爆発が収まった後には元の平地が帰ってきた。
残りHP半分。それはまた一つの区切りであり、爆発によって舞い上がった砂埃の中から黒い光が迸る。
何かしらの変化があったことを察したメイプルは、イズにいくつももらった使い手のいない大盾のうち一枚を装備し、【救いの手】によって追加した二枚の大盾も前に持ってきて防御を整える。
砂煙の中から飛び出してきた男は今までとは違い両手にそれぞれ剣を持っている。それは炎のように揺らめく黒い光を纏っており、メイプルは危険な感じがすると体を強張らせる。
ダメージ増加や追加効果、見た目が変わったのならそこには何かがあるはずだ。
突進に備え構えていたメイプルだったが、男が手を振ると上に黒い魔法陣が展開され状況は一変する。
漆黒のレーザーが間をおかずに放たれ、受け止めたメイプルの大盾を黒く染めていく。メイプルが目を丸くする中、真っ黒になった大盾は派手に爆発し、メイプルの体勢を崩す。【救いの手】が持っていたもののため取り落とさずに済んだが、自分の手に持っていた場合、掴んだままではいられないだろう。
そして、その隙を見逃すはずもなく、一気に距離を詰めて振るわれた剣がメイプルの崩れた防御網を突き破る。
「うぅっ!」
斬りつけた部分から、のちに爆発をもたらす黒い光がメイプルの装備を塗りつぶしていく。
それだけでなく、設定された防御など関係ない追加ダメージがメイプルのHPを確かに削り取る。イズから受け取った大盾の中でもHPが伸びるものを優先して装備しているため、三枚合わせてかなり死からは遠ざけられているものの連撃を受けると危険だ。
メイプルは大盾の位置を調整しつつ、インベントリから粘着爆弾を取り出し胸に設置する。
続く剣撃を何とか捌くと、姿勢を整え爆発によって後方へと高速移動する。
これまでと違い近くで攻撃され続けるのは危険だ。メイプルはインベントリを開きっぱなしにして、爆発する度に胸に次の爆弾を貼っていく。
器用な移動はできないが、一定時間ごとに距離を取ることくらいはできる。
それに爆破による攻撃はメイプルとて得意技だ。インベントリを開き続けていることでよりスムーズに爆弾を取り出すことができ、後方へ吹き飛ぶ際に大量の爆弾をばら撒けるのだ。
男もまた爆風によって傷つきながらメイプルに迫る。爆弾の残量は十分だ。後は適切に距離を取るのをミスしないこと。一度ミスをして連撃を喰らえば、姿勢を整えられず爆弾による移動が上手くいかなくなり一気に死まで持っていかれるだろう。
「よーし、集中!」
大きく息を吐くその姿はどこかサリーに重なる部分を感じさせる。ここまできたら負けるわけにはいかないと、メイプルは三枚の盾を構え直すのだった。