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防御特化とアイテム収集。

いくつかにチームを分けて素材を集めに行くことにした【楓の木】。九層へ向かったのはサリー、カスミ、メイプルの三人だ。

メイプルが【身捧ぐ慈愛】を使えない今、マイとユイの二人と組んでも普段通りの強さは発揮できない。その上でダメージ源が欲しいとなるとサリーとカスミに力を借りるより他にないのである。

一人で戦うこともでき、強力な攻撃の前には高い【AGI】によって、メイプルの後ろに走って駆け込むこともできるため、まさにうってつけだと言える。さらに移動手段まで完備しているため、メイプルの失った強みをいくつも補うことができるのだ。

そんな三人は【超巨大化】によって大蛇になったハクに乗ってフィールドを移動していた。


「メイプルは作戦通りにいい感じの距離感を保ってくれていれば大丈夫」


「もしもの時は頼らせてもらうぞ」


「うん!」

【挑発】が使えず敵の注意を引くことも難しいため、唯一の攻撃手段である【悪食】を当てるのも現実的でない。

今回のメイプルの役割はフィールドに転がる破壊不可能な岩石のように、遮蔽になるために移動することしかなかったのである。

背後の二人を狙ってきてくれさえすれば【悪食】も有効活用できるだろう。

こうして三人はしばらく移動し、山肌に大きく口を開ける洞窟の前までやってきた。特別隠されているわけでもない、由緒正しきダンジョンといった風である。


「サリー。ここでいいのか?」


「大丈夫」


「分かった、ハク」

カスミは二人を地面に下ろしハクを元のサイズに戻す。流石にあのサイズでは洞窟内には入っていけないのだ。


「この様子だとボス部屋以外ではハクは戦えないか」

ハクは【超巨大化】を前提とした能力になっており、小さい白蛇の姿では力を発揮できない。そのため今回のような狭い場所での戦闘には不向きなのだ。


「ボス戦以外はそう苦戦もしないだろうし、むしろそこだけ大きくなれるなら問題ないんじゃない?」


「確かに。それもそうだな」


「ここは珍しいモンスター出てくるの?」


「特別見たことないタイプのは出てこないね。強化ゴブリンの巣って感じ。ゴブリンは……なんとなく分かるよね?」


「うん!……強化?」


「そう。ダンジョン内のモンスターに攻撃力と移動速度上昇のバフが乗ってる」


「へー、どこにいてもいいんだ!」


「うん。数値も結構高いバフだからその分出てくるモンスターは控えめになってるのかなって」

攻撃能力は上がっているものの防御能力には変更はなく、ゴブリン自体そこまで耐久力が高いわけでもないため短期決戦になることが予想できる。


「【悪食】はボスのために温存しておくといいだろう。それまでは任せてくれて構わない」

そもそも今回二人はそのために来たのである。メイプルはカスミの言う通り【悪食】を温存するために大盾を外してインベントリにしまい、白い大盾に切り替える。こうしておけば意図せず使ってしまうこともないだろう。


「じゃあ早速入ろう!」


「陣形どうする?」


「一応メイプルを先頭にしておきたい。敵は攻撃力に優れているとのことだからな」


「任せて!」

スキルが何も使えないとはいえ、メイプルが先頭なら出会い頭に攻撃されダメージを受けて不利な展開となることは避けられる。

さらに言えば、メイプルは二人が普通に移動した時に合わせることが不可能なため、メイプルをベースに二人が移動速度を落とす方を選んだのである。こうしてメイプルを先頭に三人はダンジョン内へ侵入する。すると、奥の方から微かに何か音が響いてきた。


「……太鼓?」


「そのようだな」


「モンスターにバフがかかる音楽らしいよ。ボス部屋に近づくほど効果が強くなる」


「なるほど。難易度も高くなっていくわけか」

最奥のボス部屋が最も強力になるようにできており、順に強さに慣れていくことができ撤退判断もしやすいため、やりやすいダンジョンだと言える。


「時々見つかる隠しダンジョンと比べればかなりやりやすいよ。突然閉じ込められたりもしないって話だしね」


「うんうん!突然帰り道なくなっちゃった時大変だもんね!」

メイプルはここまで何度も引き返せないダンジョンに引き摺り込まれたり、はたまた自分から飛び込んでしまったりしているためその大変さは身に染みて分かっている。


「そうはない経験だとは思うのだが……」

話しながら奥へ進んでいると少し開けた場所が見えてくる。その先には血で汚れた大きな剣を持った巨大のゴブリンとボウガンを持った小柄なゴブリンがそれぞれ複数体おり、その奥に小さな王冠を被り指示を出しているゴブリンが一体いる。

彼らはダンジョンの壁を補強しているのか、指示を受けて組み立てられた木の壁をいじっているようだった。

通路は索敵範囲外なようで、飛び出して襲ってくることはないが道は部屋の奥に一本あるのみであり、先に進みたいなら部屋の中へ踏み入るより他ないだろう。


「サリー、どう?」


「現状知ってる限りだとそこまで特別な攻撃はないね。ボウガンの方は不思議な力で装填なしに矢を連射したり、雨みたいに降らせてくるからメイプル以外は注意。剣の方は見た目通りの高い攻撃力と薙ぎ払いが厄介。リーダーっぽいのは指示を出して更に移動速度とか攻撃力を上げてくる。あと、両側の壁に近づくと槍が飛び出すから気をつけて」


「おおー!」


「なるほど。それだけ分かっているなら有利に事を進められるな」


「イベントの時に一応ダンジョンに逃げ込む選択肢もあると思ってさ。ほら、メイプルがいれば私達はどこにでも篭れるし、侵入者からはモンスターが守ってくれるしね」


「じゃあ壁には近づかないように気をつけるね!」


「そうして。あと、やっぱり聞いただけだと実際のスピード感とかは分からないから。ゴブリンが思ったより素早いかもしれないって意識してて」


「ああ、心得た」

相手のことを知っているというのは大きな武器である。想定外のことが存在しないなら、敗北の可能性はぐっと下がるのだ。


「【武者の腕】!」

カスミがスキルを使い純理を整えたところでいよいよ三部屋の中へと踏み込む。すると、ゴブリン達もメイプル達に気づいたようで一斉に臨戦態勢に入った。


「いくよ!」


「ああ!」

先手必勝とばかりにサリーがボウガンを持った方、カスミが大剣を担いだ方のゴブリンに一気に駆け出す。それを見るやいなや射程で勝るボウガンによってサリーに対し一気に矢が襲いかかる。

エフェクトとともにそれぞれのゴブリンから二本の矢が連射され、凄まじい速度でサリーに迫る。


「やぁっ!」

軌道を読みきって体を捻り、その手に持った二本のダガーで直撃するコースのものを叩き落とす。

そのまま直進したサリーが一体のゴブリンを斬りつけようとしたところで、奥のリーダーから声がかかりゴブリン達を赤い光が包みこむ。

そのによって一気に加速したゴブリンがサリーの速度に追いつき距離を詰められないようバックステップを踏む。


「【跳躍】」!

それを見てサリーもスキルで距離を詰め直すが、短剣のリーチでは届かない。

しかし、振り抜かれた片方のダガーが煌めいた直後、ゴブリンの喉元からは激しいダメージエフェクトが弾ける。

短剣だったものは今はその姿を長剣に変えて、短剣ではどうあがいても足りない最後の距離を突然埋めたのである。


何もユニークシリーズ二つを混ぜて使ってはいけない訳ではない。二刀流にするためにもう一本ダガーを持つのはむしろ当然だ。【偽装】を使えば見た目すら自由自在であり、本人以外今の装備が二種類のユニークシリーズから欲しいものを選んできていることには気づけない。実際今も突然長剣になった短剣以外は、いつもの青い装備と同じ見た目なのである。

ダメージを受け、よろめいて足が止まったゴブリンに一気に接近すると長剣を短剣に戻し、そのまま一気に連撃を叩き込みダメージを与える。


しかしそれだけではゴブリンも倒れず、さらに追撃と武器を振りかぶった所で、残りのゴブリンがそうはさせないとボウガンを上に向ける。

直後発射された矢は分裂し、サリー目掛けて一気に降り注いでくる。目の前のゴブリンも反撃のためにボロボロの体でボウガンを構えて矢を放った。

【カバー】も【身捧ぐ慈愛】も使えない今、メイプルにできることはなく、サリーは矢の雨に貫かれる。


「サリー!」


「大丈夫!」

貫かれたサリーはそのまま空気に溶けるように霧散していき、かわりに一体のゴブリンの背後から本物のサリーが姿を現す。

隙をついて背後からその体を貫くと、再び距離を取りメイプルの側へ戻ってくる。


「もー!そのスキルびっくりするよー!」


「はは、ごめんごめん」

頭の装備は本当に見た目通りマフラーであり【蜃気楼】によってモンスターを騙したのだ。今やサリーの使うあらゆるものは見た目通り本物なのか判別不能であり、裏をかかれないためにはサリーの読みを超えるしかない。


「試しておかないと。プレイヤーにも通じるように」

ただし、それらは雑に使うのではなくより真実味を持たせる工夫があって始めて力を発揮する。騙すためにはそれ相応の技術がいるのだ。

回避以外のことに今まで以上に思考のリソースを割きつつ戦闘をする。モンスター相手ならこれくらいはできなければとサリーは再度駆け出した。


一方カスミは襲いくる大剣を【武者の腕】により顕現した巨大な刀によって受け流し、機敏な動きによって巨体を翻弄していた。

サリーほどではないが、カスミも高い【AGI】を持っており、きっちりHPも確保しているため安定感のある戦いが可能だ。多少攻撃を受けたとしても回復して立て直すことができるのはサリーとの大きな違いである。


「【血刀】!」

どろりと溶けた刀身が鞭のようにしなりゴブリンの大剣の攻撃範囲外からその胴を薙いでいく。タフネスにものを言わせ、リーダーのバフも合わせて無理やり前進してくるが、カスミとて回避の術は心得ている。

さらに、今のカスミにはそれをバックアップする強力なスキルも存在しているのだ。


「【心眼】!」

スキルによって事前に攻撃してくる場所が赤く可視化されるようになり、この瞬間においてはカスミもサリーと同様にミリ単位での回避が可能になる。

振り下ろされる大剣をすり抜けるように躱して、その分【武者の腕】で攻撃し、さらにダメージを稼ぐ。


「【五ノ太刀・崩心】!」

続けざまにスタン効果のあるスキルを放ち、一瞬動きを止めるとさらに追撃する。

リーダーの支援とダンジョンのバフを受けて加速しても、攻撃力に重きを置いて設計された大剣ゴブリンではカスミを捉えるに至らない。


「このまま斬り刻む!」

振り下ろされる大剣を一つ避けると斬りつけて次のゴブリンに向き合う。そうしているうちに先んじて大剣が振り下ろされているものの、それは【心眼】によって把握済みである。


「【一ノ太刀・陽炎】!」

瞬間移動によって逆に距離を詰め、懐に入ることによって大剣を避けさらに斬りつける。

カスミはサリーよりも短距離を素早く移動したり瞬間移動したりするスキルを豊富に持っている。プレイヤースキルのみでギリギリで回避することは難しくとも、スキルによるダッシュを用いた距離の調整によって多くの攻撃を避けることができるのだ。

相手が攻撃を開始してから瞬間移動すれば、その二点を両方巻き込む攻撃でなければ命中させることはできない。


「【四ノ太刀・旋風】!」

スキルによる攻撃は威力も高く、モンスターを一体一体確実に仕留めていく。


「すごーい!二人ともー!頑張ってー!」

こちら側のリーダーからの声援を受けて二人はゴブリンを撃破していくのだった。



「これで、終わりっ!」

取り巻きのゴブリンを全滅させ、最後に残ったリーダーも斬り伏せたところで、特に増援もない事を確認しサリーとカスミは一息つく。


「確かに、思ったより素早かったな」


「そうだね。これでもダンジョンのバフの効果はまだ強くなってないわけだし、気を引き締めないと」


「お疲れ様ー!ごめんね何もできなくて」


「スキルを全て封じられているのでは仕方ない」


「ま、ボスまではのんびりしててよ。きっちり送り届けるからさ」

【悪食】を全て残しているため、ボス戦は早期決着を狙うことができる。故に今回大事になってくるのはむしろ道中だ。


「カスミ、スキルは大丈夫?」


「初めて相対するからな。念のためにと【心眼】を使いはしたが動きや速度にも想像がついた。【心眼】がなくとも問題はないだろう」

ここからさらに加速していくことは確定事項だが、ベースとなる速さをその目で見ることができたため、ここから先も対応しやすくなった。やはり、情報を得るだけでなく体感することは戦闘において重要なのだ。


「というわけで、メイプル。ボス戦までささっと行っちゃおう」


「うん!ありがとう!アイテムは禁止されてないから攻撃力を上げたりするのを使っていくね!」


「それはありがたい。ぜひお願いするとしよう」

爆弾などは巻き込んでしまう可能性があるため使えないが、味方へのバフと敵へのデバフならそういった危険性はない。

最初の戦闘を危なげなく突破したメイプル達は、その勢いのままダンジョンを駆け抜けるように侵攻していく。


メイプルがほぼ置物状態ではあるものの、それでも概ね二人だけの力でゴブリンたちを討ち滅ぼしてしまえているのは、二人がきっちり強いプレイヤーだからである。

【楓の木】はメイプルがインパクトのあるスキルによって目立ちがちではあるものの、それ以外のメンバーも飛び抜けた強さを持っているのだ。

多少バフを受けた所で、攻撃パターン自体がそう強くないモンスターでは太刀打ちできないのである。




結局、真正面からゴブリンの群れをことごとく跳ね除けて、強まるバフも何のその、三人はボス前まで無事に辿り着くことができた。

太鼓の音も最初と比べれば大きくなり、ダンジョン全体に影響を与えていた存在がこの奥にいることを感じさせる。


「メイプル、【悪食】は?」


「大丈夫!もちろん全部残ってるよ!」


「部屋の中もゴブリンで溢れているとのことだが、手筈通りで構わないな?」


「うん。最悪私は何とかするし、カスミが問題ないなら」


「構わない。それに私もそれが最も簡単なやり方だと思う」

メイプルはボスに接近できるまでは大盾を切り替えずに待機することになっている。

うっかり取り巻きのゴブリンに使ってしまうと、ここまで温存した意味がなくなるからである。


「開けるよ?」


「大丈夫」


「問題ない」

準備も整ったと三人は扉を開けて、中へ侵入する。縦長の広い部屋の最奥には、大きな太鼓を叩くボスらしい巨大な個体がおり、その前に立ちはだかるようにして、道中にもいたボウガンと大剣を持ったタイプに、他にもトカゲに騎乗して槍を持ったものや盾を持って防御タイプの前衛となっているものなど多様なゴブリンがこちらに敵意を向けている。

響く太鼓の音に合わせて、ゴブリン達からは赤いオーラが立ち昇る。その眼光は鋭く今にも飛びかかってくるだろう。

数的有利は相手にあり、ゴブリンごとの役割分担もなされ、陣形も完璧と言っていい。当然バフの強度も最大まで上がっている。

どう戦っていくか、戦闘前の緊張感が漂う中両者は同時に行動を開始した。


「ハク【超巨大化】!【硬質化】!」

カスミの足元にいたハクが一気にそのサイズを何百倍にも膨れ上がらせて、走ってきたゴブリンを硬くなった鱗で弾き返す。第一波を防ぐと、そのままカスミは二人を乗せてハクの体を伸ばしボス部屋を縦断する。

そう、はなから取り巻きの相手をする気などさらさらなく、狙っているのはボス一体のみだ。


「知ってるよ。倒したら他のゴブリンも消えるって」

わざわざ強みを発揮させてやるほどサリーは優しくない。より簡単に勝てる確信があるならそれを選ぶのは当然だ。


「メイプル、着くぞ!」


「うん!」

カスミに言われてメイプルは漆黒の大盾を取り出す。触れたもの全てを飲み込むそれは、現状唯一のメイプルの攻撃手段であり、最も凶悪と言ってもいいものだ。


「【戦場の修羅】!」


「【水纏】!朧【火童子】!」

カスミとサリーもスキルを発動させて一瞬で肩をつけにいく。

肩口にハクが噛みつき、ボスまでの道が完成する。この早業を止められるゴブリンは誰一人としていなかった。


「【クインタプルスラッシュ】!」


「【一ノ太刀・陽炎】【三ノ太刀・孤月】【一ノ太刀・陽炎】【三ノ太刀・孤月】!」

サリーは炎と水を纏っての連撃を、カスミはクールタイムを大幅に減少させる【戦場の修羅】を利用し、空中でも関係ないスキルによる強制的な移動を使い、ボスの体の周りを跳ね回って【武者の腕】も含めて凄まじいダメージを叩き出す。

「えーいっ!」

そうして二人にボスの注意が向いたその一瞬。ハクの頭からぴょんっと小さな影がボスの首元目掛けてジャンプする。

といっても飛び移るというわけではなく、それはボディプレスを仕掛けるような体勢だった。


その大盾を下にして。メイプルは重力に従って落下する。

ボスの体を真っ二つにするように、メイプルは夥しい量のダメージエフェクトを発生させて首元から胸、腹、腰へと全てを飲み込み貫いて落下していく。

全ては一瞬のことだった。

気付いた時には飛びかかられていて、気付いた時には体が二つに分かれていた。

ただそれだけだったのだ。

光となってその巨体が消えていくのと同時に、残っていた全てのゴブリンはボスを失ったことで蜘蛛の子を散らすようにして姿を消したのだった。



「お疲れ。あっさりだったね」


「……無理やりあっさりにしたとも言えるな」


「上手くいったね!」


「うん。思ってた以上に。でも、【悪食】十回全部使ったらそうなるかあ……」

本来こうも気軽に使うものではないのだが、今回は一度クリアすればそれでよかったため、出し惜しみする必要もなかったのだ。


「っと、メイプル。あれあれ、お目当ての太鼓」


「あっ、そうだった!」

ドロップしてアイテムになったため人間サイズまで小さくなった、複雑な模様が入り蔦や宝石で装飾された太鼓が今回欲しかったものである。

『狂乱』と名のつけられたその太鼓は、ダンジョンにかかっていたバフと同じように使えばパーティーメンバー全員の【STR】と【AGI】を上昇させることができる。ただ、アイテムになるにあたりデメリットがつけられてしまったようで、代わりに【VIT】【INT】【DEX】が下がってしまうものになっている。


「悪くはないけどね。私達のギルドだと特に」


「メイプルが万全の状態になれば【VIT】の減少は気にしてくていい。となると攻撃的に行きたい時は使ってもいいかもしれないな」


「今回のはメイプルのクエスト用だから、また頃合いを見て一個だけ取りにこようかな」

この太鼓がメイプルのクエストで要求されているアイテムであり、イズが装備を譲った時と同じように処理されるならこれも消費されてなくなってしまうだろう。


「その時は私もちゃんと行くよ!」


「うん。同じようにすれば瞬殺だし」


「そうだな。わたしも呼んでくれで構わない」


「カスミがいないとこの作戦は成り立たないしね。その時はよろしく」

こうして無事に目的を達成した三人はゴブリンの巣を後にするのだった。



別方向に向かったのは残りの五人である。クロム達もまたメイプルの必要としているアイテムを探して目的地の真下までやってきていた。

さてどうしたものかと五人は揃って上を向く。


「……たっけーなあ」


「ここ……でいいんですよね?」


「一応そうだっていう報告はあるけれど……実際に行ってみないと分からないわ」

目の前にあるのは断崖絶壁。柱と言っていいほど垂直なそれは果たして山と呼んでいいかは微妙な所だ。太い岩の柱が乱立する中、最も高く雲を貫いている一本に五人は用がある。


「上に鳥の巣があって採取すると手に入るんだっけ?」


「『魔の結晶』ですよね……光ってるから集めたんでしょうか?」

どうやら手に入るらしいということは分かっているものの、採取で手に入る確率など詳しい値は情報として手に入らなかった。

情報の出所がNPCの噂話であり、実際に手に入れたプレイヤーがいるかも怪しいところである。


「とりあえずイズがいかないと話にもならなそうだからなあ……」

レアアイテムであることは確実であり、採取にボーナスがつくイズを連れて行くのがベストである。ただ、問題はどうやって登るかだ。


「これ壁のアレ……足場だと思うか?」


「ぐるっと回った感じだと中に入る場所もなかったから……そうなんじゃないかしら?」

断崖絶壁で柱のようだとは言ったものの、表面がツルツルに磨き上げられとっかかりがないといった風ではない。むしろ、少し登る度に岩がせり出して足場のようになっていることが分かる。


「登攀になるとちょっと僕は無理だね」


「私もね」


「マイとユイなら俺達を背負って登ることもできるだろうが……何かいるしなあ」

周りにはギャアギャアと耳障りな鳴き声を発する不気味な鳥が飛んでおり、登っていくのを見逃してくれるとは思えない。

マイとユイが倒れたなら全員まとめて地上まで真っ逆さまである。途中で落下して生き残ることができるのはそれこそメイプルくらいのものだろう。


「聞いてる限り他にいい案もなさそうだし……僕が何とかするよ」


「できるのか?」


「今日からはね」

カナデではそう言うと上を確認して、全員を近くに呼んで【神界書庫】によって手に入れたばかりのスキルを発動する。


「【フライト】」

カナデのスキルの効果により、全員の体がふわっと上に浮き上がる。


「おおっ!」


「すごいです!」


「これなら……」


「期待してるところ悪いけど、これ真上に浮くことしかできないんだよね」


「はっ!?マジだ!動けねえ!」


「あとしばらくすると効果が切れる」


「「ええっ!?」」

そうこうしているうちに効果が切れ、ふわっと身体が投げ出される感覚とともに落下が始まる。


「【ウッドウォール】!……とまあこうなるから落ちないように足場を作ってあげないとね?」

カナデは岩壁から太い木の枝でできた壁を即席の足場として伸ばし落下を防いだのだ。


「お、お前心臓に悪いぜ……」


「何かあるとは思ってたけど。もー、びっくりしたわ」


「すぐ隣にちゃんとした足場が来るように計算しておいたから、ほら早く移って移って。今度は本当に落ちちゃうからさ」

四人は急いで元々ある足場に移って次の足場を確認する。


「【フライト】が使えるようになる度にこれで飛んでいこう。移動はできないけどスキルとかは使えるから、あの飛んでる鳥の対処は頼みたいな」


「任せてください!」


「私達の役目ですから!」


「じゃあ俺はもしもの時のために一番外側に立っとくぞ。何か飛んできても防げるはずだ」


「じゃあこの調子でいきましょう!」

五人はふわふわと浮かびながら柱に沿って、徐々に上へ上へと進んでいく。


「そろそろあいつらがこっちを見てきそうだが……ほら来たぞ!」

空を飛ぶ大きな鳥のうち最も近くにいた一匹が明らかに向きを変え五人に迫ってくるのが分かる。突進でも何でもこいと構えるクロムだったが、使ってきたのは大きく羽ばたいて大量の風の刃を放つ攻撃だった。


「おいマジか!【マルチカバー】!」

大盾に身を隠して攻撃を凌ぎ、風が止むのを待つ。攻撃は全てクロムが受けているため、脆い四人に風の刃は届かない。

しばらく耐え忍んでいると風がほんの一瞬収まった。モンスター側としては有利なポジションで少し一休みという程度だったのだが、直後その胴体を鈍色の何かが貫き、風穴を開けて飛んでいく。


「「せーのっ!」」

当然それはマイとユイが放り投げた鉄球だ。力任せに投げられたただの鉄球には、カナデが相当強力な魔法を使うのと同じくらいの威力が込められている。

弾はイズがほぼ無限に生み出せるため、この攻撃が止むことはない。ただ守られるだけではなく、クロムの後ろで二人は隙を窺っていたのだ。

続く攻撃が羽を貫き、嘴を破壊し、胴体に穴を追加したところでモンスターは空中で爆散した。


「おおっ、ナイスコントロール!」


「すごいね。僕が同じように投げられたとして当てられないような気がするなあ」


「貴重な遠距離攻撃ですから!」


「はい、練習しておきました」

大型のモンスターには特によく効く攻撃である。二人の攻撃なら掠っただけでも致命傷になりうるため、どこにどう当たろうと構わないのだ。それなら的が大きい分だけ得である。


「ガンガン先に攻撃していっていいぞ!近づくより先に撃ち落とせば問題ないからな!」


「何があった時は僕も魔導書でダメージをゼロにできるから、どんどん狙っていって」


「「はいっ!」」

大きなダメージを受ければモンスターも怯む。こちらは二人で鉄球を投げているため、怯んだ隙にもう一人が準備を整えることができ、モンスターに動く隙を与えないのだ。


「またスキルも使えるようになったから浮かぶよー」

浮かんでは安定した足場に移って、近くにいるモンスターを順に撃破する。これを繰り返すことで再度湧き直すよりも早く上昇することができ、邪魔されることなく登りに登って雲を抜け、地上が見えなくなってきた頃、いよいよ頂上が見えてきた。


「やっとか?」


「みたいね」

頂上付近にはモンスターもおらず、五人はようやく山頂まで辿り着く。

半信半疑ではあったものの、そこには情報通り卵が一つ乗った大きな鳥の巣があった。サイズ感としては周りを飛び回っていたあの鳥のモンスターよりもさらに大きいように思えるが、巣の主は今はいないようである。

戦闘の可能性も考えつつ、クロムを先頭にしてジリジリと巣に近づいていくが、恐れていたようなことはなく採取のアイコンが表示される。


「よし、イズ!腕の見せ所だぞ」


「ええ、任せて」

イズは装飾品を付け替えて採取のレアアイテム確率を上げると、ポーションとサプリメントらしき錠剤、さらには四人にはよく分からないクリスタルを複数個砕き、様々な色のオーラを纏い始める。


「おお、これから採取するだけとは思えないな……」


「私にとってはこれが戦闘みたいなものよ。フェイ、【フェアリーラック】」

最後にスキルでさらにレアアイテムの確率を上げていよいよイズは巣穴に手を伸ばす。採取できる回数には限りがあるため、今回ダメならもう一度来る他ない。


「ど、どうだ?」


「イズさん、どうですか?」


「ドキドキします……」


「見守る他ないもんね」


「ふふっ、大丈夫よ!採取には自信があったもの!ほら!」

イズがインベントリから取り出してみせたのは黒く輝く正八面体の物質だった。何とも分からない素材でできたそれは時折拍動しているようにも見え、かなり不気味な代物だが、名前も『魔の結晶』となっており、これが今回求めていたもので間違いない。


「おお!本当に手に入ったのか!」


「これでメイプルちゃんにいい報告ができるわね」


「流石イズさんです!」


「本当に一回で手に入っちゃうなんて」


「奮発してかなりアイテムも使ったもの、失敗するわけにはいかないわ」


「ポーションみたいに普通に使ってたあれ、やっぱどれもかなりいいアイテムなのか……」


「ええ。レアアイテムの確率を上げるのは簡単なことじゃないのよ……」


「今度材料探しは手伝うぞ」


「助かるわ。まあでもこれも投資みたいなものだもの」


「結果がどうなるか分からないのが怖いところだけどね」


「個人的には期待できると思うけどな」

スキルに至るまでの道程が険しいほど、手に入るものの性能が跳ね上がるのはここにいる五人も身に染みて分かっていることだ。一つ面倒な素材集めを終える度、期待感は否応なく高まる。


「もうここにいても仕方ないしな。降りるかあ」


「そうね。安全第一で降りていきましょう」


「メイプルよろしく飛び降りてダメージゼロにしてもいいよ?」


「生憎進んでそこまでできる勇気はねえな」


「そうね。何とかなるって分かってはいるけれど」


「それもそうだね」

カナデは取り出した魔導書をしまって、かわりにソウを呼び出し二冊の魔導書を見せる。


「水と氷で滑り台を作るよ。それで滑って降りていこう」


「そういう穏便な降り方を待ってたぞ」


「そんなこともできるんですね!」


「サリーさんみたいです」


「スキルの数なら皆には負けないからね」

それなら早速降りようと、端まで行って準備を始めたところで大きな影が山頂を横切っていく。

竜かと見紛うほどの影の大きさに驚く間もなく、大気を震わせるような鳴き声が響いてくる。


「やべ、親鳥だろ」


「ははっ、急ごうか。怒ってそうだね」


「カナデさん……!」


「降りてきちゃいます!」


「お暇しましょう。話は聞いてくれなさそうだもの」

襲われるよりも先に流れる水を凍結させて、五人は螺旋階段のように柱をぐるぐると回って、地面まで滑り降りて帰っていくのだった。

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― 新着の感想 ―
ユイマイ18連ハンマー飛撃による遠距離無限射撃は鉄球よりエコそう
[良い点] メイプル組は、新規獲得スキルの実戦テストを兼ねてるんですね
[一言] メイプルが居たら引きの強さ的に、親鳥との戦闘に突入したんだろうなw
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