防御特化と共生2。
そんな風に恐れられてはいたものの、メイプル
本人はというと慌ててイズの元へ向かっていた。
強制的に開始されたクエストは当然体の中に入り込んだ、あの本に封印されていた何かについてであり、その何かが与えてくる悪影響が大きすぎたのだ。
MPは体内から吸われているため回復せず常にゼロのままであり、スキル名を宣言して使用するようなスキルは装備品についているものすら使用不可になってしまっている。
これでは【覚醒】のスキルをトリガーに呼び出すテイムモンスターも出てこれない。
現時点でメイプルが持っている攻撃スキルは勝手に発動するが故に対象にならなかった【悪食】くらいのものである。そもそも宣言しないで効果が発動する攻撃スキルなどというものは基本的に存在しないのだ。
「イズさーん!」
ギルドホームに飛び込んでイズの名を呼ぶと、いつも通り工房にいたイズが、何かあったかと外に出てくる。
「どうかしたかしら?……あら、その顔……」
メイプルの顔は半分ほどまで黒く染まっており、何かがあったことは明白だ。イズもそれをすぐに理解して何をしたらいいかを尋ねる。
「私のところに来たってことはアイテム関係かしら?状態異常解除ならいくらでも出せるわよ」
戦闘や他プレイヤーとの取引で消費するよりも作成する速度の方が上なため、イズのインベントリにはありとあらゆる消費アイテムが十分な量詰まっている。
「そうじゃなくても大丈夫なんですけど……えっと、これ見てくれますか?」
メイプルはそう言うと自分が現在受注しているクエストとその進行度をイズに見せる。
「装備品を消費……見たことないクエストね。どこかに納品するのとは違うのかしら?」
「ここに色の違う枠があって、ここに入れればいいみたいです」
メイプルはインベントリを開き、該当箇所をイズに確認してもらう。言った通りインベントリの下の方に黒い枠になった部分があり、ここにアイテムを入れることで進行度が上昇することがクエストの説明分から読み取れる。
「じゃあ一つ何か渡してみるわね。使ってないものならいくつもあるもの」
イズのインベントリには自分が作った装備品も大量に入っている。デザインが思ったように上手くいかなかったものや、昔に作ったものなため性能が最前線で求められるものから数段落ちてしまい日の目を見ることがなくなったもの、さらには参考にするために買った店売りのものと、譲ってしまって問題ない装備品には事欠かない。
イズから受け取った装備品をインベントリの指定の枠に収めると、吸収するかどうかを問う表示が出てくる。
「吸収……」
「はいでいいんじゃないかしら?」
メイプルがパネルをタップするとイズから受け取った装備はインベントリから完全に消滅し、代わりにクエストの進行度が少し上昇する。
「これで間違っていないみたいだけれど…1%進んだかどうかってところよね?」
クエスト名の下にはどこまで進んだか視覚的に分かりやすくするための黄色いバーがあるのだが、見間違えているかと思うほど伸びていない。
「いい装備だともう少し伸びたりするかしら?」
イズが次はこれで試して欲しいと、インベントリから装備を取り出しメイプルに渡していく。
イズの予想は当たっていたようで、スキルがついていたり【鍛治】スキルにより強化されていたりする、より上質な装備の方が進行度の伸びはよくなっていた。
「吸収って言っているくらいだもの。普通ならよりいいものを吸収したいわよね」
そうしてイズは次のいい装備をインベントリから見繕う。
「でも……いいんですか?なくなっちゃいますし……」
「いいのよ。元々使われることのないものばかりだったもの。それに、メイプルちゃん一人だと大変じゃないかしら?」
この感じだと店売りの装備ではいくつ買わなければならなくなるか分からない。
イズが協力してくれるならこれほど心強いことはない。
「ダンジョンに装備を探しに行こうにもMPとスキルが使えなくなっちゃってて困ってたんです。防御力は大丈夫だったんですけど」
「そうなの?なら尚更早く解決しないと駄目ね。それにそうでなくても最後まで手伝うつもりだったわよ」
「そうなんですか?」
「ええもちろんよ。だってイベント前にもう一つスキルを増やしてくれそうだもの。メイプルちゃんが強くなってくれるなら私も助かるわ」
「はいっ!」
メイプルが取得する可能性のある得体の知れないスキル一つは、イズのインベントリの装備百個すら上回るほどの価値がある。使わずに腐らせてしまっている装備より、最終兵器の新たなスキル一つの方が遥かに重要だ。
「そういうわけだから、どんどん持っていっちゃっていいわよ!」
「ありがとうございます!」
こうしてイズがインベントリから取り出した装備を次々と吸収していく。
「でも吸収って言うけれどどこに吸収されているのかしら?」
「体の中に何か変な人が入っちゃったみたいで……その人が食べているんだと思います!」
「だ、大丈夫なのかしら?」
メイプルの表現通り食べているとしたなら、モンスターを食すメイプル以上の偏食である。
「それに人が入ったって言っていたけれどスキルが使えない以外は大丈夫なの?」
「それ以外は無事みたいです!」
よくよく考えれば体の中に得体の知れない何かが入り込んでいるというのも恐ろしい話だが、イズが思っているよりメイプル本人は気にしていないようだった。
「ならよかったわ。じゃあクエスト完了までこのままどんどん吸収させていきましょう」
「はいっ!」
終わらせるなら変に期間を空けず今最後までやり切った方がいい。クリア後に得られるものが何かによってはまずイベントでの戦略に影響があり、仮にスキルだとした時にメイプルの技術では使いこなすのに時間がかかるもこともあり、慣れるための時間を確保しておきたいのだ。
そのためにも時間のあるこのタイミングで、イズはメイプルのクエストが終わるのを見届けるつもりなのである。
まだまだあると言っただけあって、使い手こそ見つからなかったものの店で売っているものよりは遥かに強力な装備がいくらでもインベントリから出てくる。
しかしメイプルの体の中に入り込んだ何かもメイプルに負けず劣らず何でもよく食べるようで、結果百を越える装備がその中へ飲み込まれていった。ただそれにもちゃんと終わりは来るもので、いよいよ進行度も100%になろうとしていた。
「本当にすごい量必要だったわね。びっくりしちゃったわ」
「すみません……」
「いつも素材をもらっているもの。困った時はお互い様よ」
メイプルが最期の装備を吸収するとクエスト完了の表示が出て、なんとさらに新たなクエストが表示される。
「ええっ!?」
「まだ続くみたいね」
今度はどうなっているかと二人でクエストの中身を確認すると、そこにはソロでのモンスター討伐という今のメイプルにとって非常に難しい文言が並んでいた。
「ソロだとついていって手伝ってあげることもできないわね……」
一つ目のクエストも時間がかかる作りだったが、イズのおかげで最速と言っていい速さで進めることができた。普通のプレイヤーならこのクエストはそれよりも楽なものになるはずなのだが、メイプルはわけが違う。
メイプルはただ武器を振ってダメージを出すという基本の戦闘ができない体なのだ。
一層にいるような防御力が全くないモンスターならまだしも、基礎能力が上がって最低限の防御力を身につけた九層のモンスター相手には百回短刀を突き立ててもたったの一ダメージすら通らないだろう。
「シロップも呼べないし……【暴虐】も使えないし……」
「今まで攻撃できていたのが普通じゃなかったのだけれど、こうなると確かに困っちゃうわね」
今までもスキルを封印されるケースは存在したものの、ここまで大規模なものは聞いたことがない。イズも魔法を封印するエリアで魔法使いが苦しむなどということはあったと聞いているが、スキルまでとなるとそれ以上である。
「とりあえずアイテムを渡してあげるわ。大丈夫!私だっていつもこれで戦っているのよ?」
そう言ってイズは今度はお手製の爆弾を含めた様々な攻撃アイテムをインベントリから取り出していく。
まるでイズがダメージディーラーかのように思えてくる威力を持ったとんでもないアイテムばかりである。
これなら攻撃力がなくとも敵を倒すことができる。勿論アイテムの効果に補正をかけられるイズと比べると、メイプルが使った時の効果は落ちてしまうものの、その分は自慢の防御力にものを言わせて得られた時間でより多くアイテムを使うことで解決できるだろう。
「ふふっ、この分だけいいスキルを期待しているわよ!その分だとまだまだクエストも続きそうだもの」
「はいっ!イベントまでに終わらせてみせます!」
「ええ、その意気よ!」
イズは最後に足りなくなったらアイテムを補充しに来るように言って、メイプルがギルドホームから飛び出していくのを見守るのだった。
メイプルは町から出るとフィールドを歩いていく。シロップにも乗れず、【暴虐】も使えないため移動にはかなりの時間がかかるがこれはもう仕方ない。そうしてメイプルが向かったのはモンスターが大量に生息する平地だった。そこはいくつかあるモンスターの密度が高いエリアであって、レベル上げにも重宝するためプレイヤーにも好まれる場所だ。
サリーの調べでは特別強力なモンスターもおらず、動物タイプを中心として素早いモンスターが中心となっているが防御貫通攻撃を持つものはいないとのことだった。
防御貫通攻撃持ちがいない。これがメイプルにとって大事なことである。今は【ピアーズガード】も使えず、反撃できるようなスキルもないと言っていINT状態なため、防御力の高さという強みをないものにしてくる相手とは戦えない。
もちろんレベル上げのためにここを使っているプレイヤーは他にもいるため、横をメイプルが歩いていくと今日は歩いているなんて珍しいだとか、今日は人型モードだとか、多少の反応もあるものだ。ただそんなプレイヤー達もやがてメイプルの変化に気づきギョッとする。
「何か顔に……ほら」
「今まで目の色とか髪の色は変わってたけど……あの呪われてるっぽいの何だ?」
一見してよくないものにしか見えないその変化に何か起こるかと注目するプレイヤー達だが、想像しているような恐ろしい事象は何一つ起こらず、少ししてメイプルはプレイヤーのいない端の方を陣取ると、こっそりと注目されている中インベントリを開く。
「これと、これと……」
メイプルはまずピンク色の液体が入った小瓶を取り出し、蓋を開けてそれを周りに振り撒く。
すると近くにいたモンスターが一気に臨戦態勢となりメイプルへと飛びかかってくる。
「わっ!すごい効き目!」
これはイズ作のアイテムで周りのモンスターを引き寄せるものだ。第八回イベントの時同様、自分から近づくのが手間なら相手から来てもらうのが一番である。熊や狼など大型のモンスターも多いため飛びかかられると立っていられずにそのまま地面に倒されてしまう。しかし、調べ通り貫通攻撃はないためダメージを受けることはない。
「あとは、これ!」
メイプルがもみくちゃにされながら最後に取り出したアイテムは大きな壺だった。モンスターが暴れ回っている中であればそんなものはすぐに割れてしまうが、狙いはむしろそれである。
割れたことで中に詰まっていた液体が派手に撒き散らされる。
ぬるっとしたそれはアイテムの効果を引き上げるためのもの、つまるところ油だった。
準備はできたと、メイプルは取り出してから両手に握り込んでいたクリスタルをそれぞれ砕いて発動させる。
左手からは炎、右手からは雷が弾け炎は油を燃やしながら一気に広がり、雷は蜘蛛の巣状に周りに走っていく。
引き寄せられたモンスターはそれらにダメージを受けながらもメイプルを倒そうとするがメイプルはあとは待つだけとばかり寝転んだまま待ちの姿勢でゆったりとし始めた。
それを遠くから見ている分にはメイプルが炎と電気を発生させるアイテムを使ったかどうかは見えなかったため、一気にプレイヤーがざわつく。
「おい、何かやったぞ!」
「えげつねえ……」
「毒とどっこいどっこいの絵面だな……」
メイプルがどう言う状態か正確に把握しているプレイヤーがいないため、メイプルの顔が黒く染まっていることとこの現象が結びつけられ、偶然にもこれは新しいスキルとして認識された。
メイプルならスキルが増えていてもおかしくないかもしれないと言う共通の認識、今回のエリアが炎と雷に縁のあるものだったこと、他人のスキルに敏感になっている時期だったこともそれを後押しした。
「そこまで威力は高くないか……?」
「追加効果もあるかもしれないぞ」
実際はただのアイテムでしかなくメイプルとしても戦略に組み込んでいくかは未定のものだ。だが、踏み込んだなら避けられないような手痛いカウンターを受けると図らずとも印象付けることができたのはメイプルを貫通攻撃から守る一手となるのだった。
メイプルはその後もごろんと寝転がって近づいてくるモンスターをアイテムの力で焼き払っていく。平地の一部分だけが常に発火している状態であり、炎に遮られて見えないものの、何人ものプレイヤーがあれがメイプルであると伝え聞いては観察して情報を持ち帰っていく。
そんなことは知るよしもないメイプルは、ひたすらクエスト達成を待っていた。
「むー、こうするしかないもんね」
時折爆弾も織り交ぜつつ撃破数を稼ぐ。メイプルの攻撃手段がアイテムしかない以上、ダメージを上げることも難しく基本はのんびりと待つ他ない。それでもイズが作ったアイテムの強さは本来メイプル一人で達成するのにかかるはずだった時間を大きく短縮してくれていた。
「今日はあともうちょっと頑張るぞー!」
イズも言っていた通りイベントまでにクエストを完遂しておきたいが、あとどれだけ工程が残っているかは不明だ。急げるのなら急いでおくのがいいだろう。
メイプルが一人モンスターを倒している頃、入れ替わるようにギルドハウスへクロムとカスミが入ってきた。
「お、イズ。今日は物作りは休みか?」
「クロム、ちょっとさっきまでメイプルちゃんと話をしていたのよ」
「メイプルとか。そういや、噂で聞いたんだけどよ。メイプル顔に何かフェイスペイントみたいなものしてなかったか?」
「あら、知っていたの?ちょうどそのことで相談を受けていたのよ」
「何かあったのか?私はそういった話はまだ耳にしていなくてな」
「スキルか装備か……最後に何が手に入るかは読めないのだけれど……段階を踏んで進んでいくクエストを受けたからああなっちゃったみたいよ」
「おお!やっぱそうか!期待通りだな!」
「期待通りというのも変な感じがするが……本当に探し当てるとは」
「でもこれが結構大変そうなのよ。メイプルちゃんから聞いた話だと何かに体の中に入られたらしくてパッシブスキル以外何も使えなくなっちゃってるみたい」
「ほー、呪いみたいなもんか?そりゃキツイな」
「メイプルのステータスだと何もできないか。スキルの比重が大きいタイプには苦しい縛りだ」
「私が手伝って一段階目は終わったわ」
「おお、戦闘じゃなかったのか」
「ええ。装備品を納品するタイプのクエストが近いかしら。その体の中にいる存在に吸収させる感じで装備品百個は食べられちゃったわ。しかも強いものと弱いものの区別もつけているみたいだったし、グルメだったわね」
「百か。そうなると手に入るものにも期待できそうだ」
「だなあ。イズがポンポン出せるから実感しづらいが中々のリソースを割いてるもんな。でそのまま次か?」
「次はソロでのモンスター討伐だったからアイテムだけ渡してあげたわ。攻撃手段がなくなっちゃっているのよ」
「ソロってなると助けるのも難しいか……ならアイテムの元になる素材集めなんてどうだ?」
「それは助かるわね。あの調子だと相当な量必要になると思うの。すぐにイベントもあるから、足りなくなったりしないようにしておきたいわ」
「なら私もそれを手伝おう。メイプルには何かあったら頼ってくれていいと伝えておくとする」
「そうね。じゃあお願いしていいかしら?」
「おう!メイプルが最後にもう一つ強化されれば盤石ってもんだ!」
「マップ把握もある程度済んでいる。優先度はメイプルのクエスト達成の方が上になるだろう」
「残り四人にも現状は伝えておくぞ。得意な分野も違うし適切なやつを頼れるのが一番いい」
事前に状況を把握していれば動きやすく、メイプルがソロでの戦闘を強制されている今こそ、そういった通達の出しどきだろう。
方針通りようやくメイプルが何かを見つけることに成功したのだから、ここからは全力でバックアップする時間となる。
「なら私は早速行ってくるとしよう」
「俺も行かせてくれ。ハクに乗っていける方が効率が上がっていい」
「頑張ってね。種類は問わないから何でも集めてきてもらえれば大丈夫よ。どんなものでもお金にして再変換できるもの」
「そんなスキルも持ってたな……オーケー、かき集めてくるよ」
「よろしくね」
こうして二人はイズ、ひいてはメイプルの支援のためフィールドへ出ていくのだった。




