防御特化と城内。
イベントの内容が具体的になったことで各プレイヤーの動きにも変化があった。今まで以上にモンスターや地形を調べる必要が出てきたため、フィールドを歩き回るプレイヤーが増え、かわりにクエストをこなすプレイヤーは減少した。
やはりイベントまでの期限が決まり、それまでに準備しておかなければならないことが明確になると、イベント後にも受けられるクエストの緊急性は低くなり優先度も落ちてしまったのだ。
それもあって町の中を歩く人の数も減少傾向にある。どちらの国を選択するかはギリギリまで保留として、現在はギルドとして情報の少ないエリアの探索をして漏れがないように動いているところである。
とはいえ、メイプルの方針は九層に入ってから変わっておらず、今日も今日とて自由探索である。
そんなメイプルは今回はクエストとは関係なく王城へやってきていた。
「ここを攻めたり守ったりするんだから見ておかないと!」
クエストでも王城内部で何かをするようなものはなく、何もしなければ最初に寄ったきりになってしまう。しかしメイプルも分かっている通り、今回のイベントにおいては町や、さらには城内も戦闘エリアになってくる。どこがどこにつながっているか、広い空間に狭い空間、袋小路の把握などは重要なことだ。
それはそれとして単純に城内を歩き回ってみたいという考えがあったのも事実である。
町や城の構造は差がないように作られているため片側を探索すれば問題ない。
メイプルは変わらず炎と荒地の国に滞在しており、黒を基調とした城の中を歩いていく。
「ひろーい!もうダンジョンって言ってもいいくらいかも……」
実際、イベントのことを想定して作られている王城は分岐の多い廊下やいくつもの階段等、ダンジョンにも負けないくらいに迷いやすい作りになっていて、玉座の間はその最奥にある。全滅でもさせない限り防衛側のプレイヤーに追われながら、玉座の間を目指すことになることが予想できるため、迷っているうちに追いつかれるということがないように、せめて最短ルートは覚えておきたいところだ。
兵士に案内された時に通ったのが玉座の間への最短ルートとなるため、メイプルはもう一度兵士に案内してもらい、それを記録した後で城内を歩き回っていた。
「ここは何だろ?お邪魔しまーす……」
中の様子を確認するとそこは厨房となっていて、コック帽を被ったNPCが料理を作っているところだった。
「は、入っちゃだめっぽい……?」
しかしそこはあくまでゲーム。コック達は特にメイプルに反応はせずに料理を作り続けている。
この部屋には何があるだろうと様子を見ていると目の前に青いパネルが表示される。
「わっ!?えーっと……へー、素材を渡したら回復したりステータスを上げたりする料理を貰えるんだ」
役割がある場所はちゃんと各部屋ごとに説明が用意されているようで、これならメイプルも安心である。
部屋に入り目印が出ている場所まで行くと試しに一つ料理をもらってみることにした。厨房の一角に青いパネルが浮かんでおり、これを操作すればいいようだ。
メイプルは手持ちから余っている素材で作ることができるものを選ぶとそれをもらって厨房を後にする。
「ちょっと見てみよっかな?」
メイプルはインベントリからもらったばかりの料理を取り出す。それはしっかり焼かれた大きな肉のついた骨だった。
「おおー!おっきい!」
効果としては全ステータスの上昇となっており、メイプルの場合【VIT】にしか効果はないが、モンスターの肉を渡すだけで作ってもらえるお手軽料理だ。
メイプルはワイルドな見た目のそれを一旦インベントリに戻すと、いつか食べようと楽しみにして王城の探索を再開する。
「こっちの王様はこういうお肉食べてそうだったなあ……ドラゴンだったし」
他にも何かないかと城の中を歩いていくと、意外にも色々なものがあることが分かる。個別の部屋はもちろん、イズが拠点としているような工房も複数個あり、さらには砲弾や武器がしまわれている倉庫や食糧庫もあった。
そんな中に今回の告知で触れられていたものも存在した。
「あっ!これだ!『マナの塊』……何でできてるんだろ」
部屋の中にはぶよぶよとした青いボールのようなものが保管されており、説明文を見るとイベント時限定で一部モンスターを使役することができると書かれていた。
「十個しか持てないからなくなったら補充しないと!」
サリーからは街に点々と存在する倉庫にも保管されていることが共有されている。必要なら王城まで来ずともそこから補給するのが早いだろう。
ただ、分かったことはフィールド、城下町、王城内部でそれぞれ物資を調達することができ、押し込まれて活動範囲が縮小することになっても最低限の補給が可能になっているということだ。
籠城することになってもイズやマルクスのような陣地作成を強力にバックアップするプレイヤーが残っていれば、来るもの全て返り討ちにしてイーブンに戻すこともできるかもしれない。待ち構えるというのはそれほど強いのだ。
事前にインベントリに十分な資材を詰め込んでおけば、三日間というそこまで長くない期間ならアイテムがなくなってしまうことも避けられる。
といってもメイプル自身ここまで考えが及んでいるわけではなく、この後するのは見てきたものをギルドの面々にそのまま伝えることだ。
情報さえ持ち帰れば、よりゲームに慣れたサリー達がそれを整理して作戦に組み込んでくれる。
「他には何があるかなー」
メイプルがまた一つ大きな扉を開けて中を覗き込むと、そこにはぎっしりと本が詰まった本棚が奥までずらっと並んでいた。端には階段もあり二階もあるようだ。
「わー……カナデなら全部読めたりするのかな」
もしもこの本が全て読めるとしても、メイプルが全てに目を通そうと思うとゆうに数年はかかってしまうだろう。
それはそれとしてこの書庫はかなり大きいことが分かる。メイプルが背伸びをしても最上段に手が届かない高さの本棚が一階二階ともに大量に配置されているのだ。
普段なら中を確認するだけして引き返すことが多いメイプルだが、八層でカナデに言語を教わった時に、もし機会があれば図書館なども見てみるといいと言われていたこともあり、奥を見に行ってみることにした。
「面白そうな本あるかなあ」
中央の通路から本棚を壁にしてできた通路が左右に何本も連続して伸びている。メイプルは左右をチラチラと確認して奥まで歩いていくが、一見しただけでも難しそうな分厚い本がぎっしり詰まっているばかりである。
「一冊だけでもすっごい時間かかっちゃいそう……」
何か明確な違いでもなければメイプルにとってはどれも同じものにしか見えないわけだが、そうしてしばらく進んだところで全身がぬるっとした何かを通り抜ける。
「?」
メイプルは顔に何かついたかと拭ってみるが特にそういった様子はない。振り返ってみても歩いてきたのと同じ本棚に挟まれた通路が見えるばかりである。
「気のせいかな?」
それにしてはしっかり何かを感じたような気がすると納得しきれない様子のメイプルだが、実際周りにそれらしいものはないのだから気のせいなのだろうと結論づける。
「奥まで見たら帰ろっと!あれ?」
改めて前に向き直るとメイプルは突き当たりになる壁の手前に下へ続く階段があることに気づく。
特に装飾もなく床を掘り下げるようにしてそのまま続いているため、遠くからだとよく見えなかったのかもしれない。
「三階建てだったんだ!むぅ、本当に広いなあ……今度はカナデにきてもらわないと!」
これが終わったら二階の方も見にいこうと決めて、メイプルは階段を下りていくのだった。




