防御特化と雷光。
さらに時間は過ぎて、プレイヤーもそれぞれ随分とクエストを進めていた。ただ、分かりやすくレールが敷かれていることもあって、クエストが進んでいるプレイヤーこそ多いものの、クエストで向かうことのない場所の探索はこれまでの階層と比べ疎かになりがちなようである。
それもあってフィールド全体で見た時に、まだ情報の出揃っていないエリアが多い状態だ。
そんな調子なため、クロム達も探していた隠しエリアなど、まだまだ発見は先のことになりそうだった。
そんな中、マイペースに行きたい場所へ行きたいように探索をしているメイプルは、今日はどこへ行こうかと町を出てすぐのところでマップを確認する。
サリーはクエストではなくフィールド把握にかかりっきりであり、クロム達もそれぞれに探索しているため、今日も今日とて一人旅の予定だ。
もっとも、メイプルはギルドの方針として単独行動を命じられている部分もあるのだが。
「どこに行こうかなあ」
クエストを進めながらではあるものの、メイプルは九層に来てからなかなか長い時間空を飛び回っており、マップを見て興味をそそられるようなエリアは既に探索済みである。もちろん、全ての要素を確認したとは言い切れないため、再探索というのもありではあるが、どうせなら別の場所へ行きたいところである。
再探索と違って未探索エリアなら全あらゆることが新発見だ。空振りに終わることは絶対にない。
行ったことのない場所の中からどこにしようか考えていると、背後から声がかかる。
「メイプルー!そんな所でぼーっとして、なーにしてるっすか?」
「あ、ベルベット!今日はヒナタはいないんだね」
「ヒナタはフィールドの調査に行ってるっす!」
「そうなんだ。じゃあサリーと一緒だね。ベルベットは?」
「私はそういうのはそんなに得意じゃないから、レベル上げと足りないところの探索っす!」
「あはは、じゃあベルベットは私と同じだね!」
「それでマップ見てたってことっすね!」
「うん。どこに行こうか迷ってたの。ベルベットはこれから探索?」
「その予定だったんすけど、メイプルが行く予定だったとこってどこっすか?」
聞かれたメイプルは素直に候補になっている場所を一つずつ指差して示していく。
「じゃあここは私と被ってるっすね!一緒にどうっすか?」
「うん!いいよ!シロップに乗っていく?」
「ふふふ、もっと速い方法があるっすよ!」
「そうなの?うーんと、ベルベットのテイムモンスターとか?」
「残念、ハズレっす!」
パーティーを組んでいなければ効果を発揮しないとのことなため、メイプルはベルベットとパーティーを組む。
「いくっすよ!【エレキアクセル】!」
ベルベットが宣言すると二人の肌を電気が駆け巡る。バチバチと音を立てて弾けるそれがどういう効果を持っているかは、ミィが使う【フレアアクセル】をみたことがあったメイプルにはなんとなく理解できた。
「走ってみてほしいっす!」
「いくよ?」
「大丈夫っすよ!」
メイプルが全力で走り出すと、サリーやカスミ、ベルベットなどには流石に劣るものの、クロムやカナデのように、そこまで速さを重視していないプレイヤーなら上回るほどまで移動速度が強化されていた。
「すごーい!すっごい速いよ!」
「これならどんな人でも速くなるっすよ!」
確かにこれならシロップに乗っていくよりも速く目的地に辿り着くことができるだろう。
「走って向かうのって新鮮な感じ!」
「本当珍しいっすよ?」
「じゃあ早速行こうよ!」
「そうっすね!あ、効果切れには気をつけるっすよ?気をつけていないと、急に遅くなって転んじゃうっす」
「分かった!」
フィールドを駆ける感覚はまるでサリーみたいだと思いつつ、メイプルは速くなった足で目的地に向かう。ベルベットは速度をセーブしてメイプルを置いていかないようにして、二人並んでフィールドを駆けていく。
「メイプルがこうやって走っているのを見るとなんか変な感じするっすね」
「速く走ろうと思うと【暴虐】を使わないと駄目だもん。兵器を爆発させても速く動けるけど走っているわけじゃないし……」
メイプルが生身で歩いてフィールドを移動することはほとんどない。基本はシロップに乗っているか、サリーの用意した移動手段を用いるかの二択である。【機械神】と【暴虐】での移動は素早く動きたい戦闘時限定のものと言える。
ベースとなる【AGI】が0なため、乗算でステータスを伸ばすアイテムやスキルはメイプルを加速させられない。【エレキアクセル】も【暴虐】のように元の【AGI】に関係なく数値を伸ばすスキルであるため、メイプルの足を速くすることができているわけだ。
ベルベットは突撃して落雷による攻撃で戦場を荒らすだけでなく、【エレキアクセル】のような味方を支援するスキルも持っていることも新たに分かった。ヒナタの支援や妨害ばかりが目立つが、ベルベットにも電を使った支援スキルがあるのである。
移動速度以外にも上げられるものがあるならば、一対一でも集団戦でも隙のない存在と言える。
「他にもこんなスキルあるの?」
ただサリーならともかく、メイプルはそんな思考のプロセスはなしに、純粋に興味があるといった様子でベルベットに尋ねる。
「ふっふっふ、それは教えられないっすねー」
「あっ!そっか、それもそうだよね」
「イベント本番で確かめて欲しいっす!」
この口ぶりと様子から何かしら持っていそうだとは感じられるが、実際に使っているところを見ないことにはそれがどんなものか確定させることはできない。
「そういうメイプルは何かないっすか?時々一緒に戦ったりするっすけど……新しいスキル見たことないっすよ?」
【悪食】に始まるメイプルの強力なスキルこそ戦闘ごとに見るものの、使っているスキルはもうずっと変わらない。それはメイプルがサリーと相談してあえて使わないようにしているというのもあるが、単純にパーティーを組むプレイヤーが強いというのもあるだろう。
たとえばミィやベルベットと組めば、メイプルは【機械神】を使う必要はない。メイプルが攻撃参加しようとしまいと対して撃破にかかる手間も時間も変わらない。ダメージディーラーが強くなることで、メイプルは一周回って戦闘中に大盾使いらしい役割となることが多くなったのだ。
新しいスキルなど使わずとも【身捧ぐ慈愛】を展開するだけで事足りてしまうのである。
「秘密だよ!」
メイプルもしっかりとそう答え、二人は目的地に向かって走るのだった。
「ふー、初めてこんなに走ったかも!」
しばらく走ってたどり着いたのは尖った背の高い岩石がいくつも立ち並ぶ荒れた土地だった。岩や地面には所々焦げたような跡があり、黒く変色していることがここにいる何かの攻撃の苛烈さを思わせる。
メイプルがエリアの入り口で中の様子を窺っていると、上空から巨大な光の塊が落ちてきて辺りを眩しく照らし出した。
「びっくりした……」
「雷っすよ!メイプルならダメージは……受けないんすかね?」
ベルベットもメイプルの防御力の高さは知っている。しかしそれでも確信が持てないくらいには強烈な落雷だったのだ。
「どうだろう?雷はあんまり防御貫通のイメージはないんだけど……」
実際どうなのかは試してみないことには分からない。【不屈の守護者】がある今ならうっかりやられてしまったなどということも避けられるだろう。
乱立する尖った岩石のうち一部は避雷針のような役割を果たしているようで、探索をするためにはいくつもある安全地帯を見極めて隙を見て移動していく必要がある。
もちろん、普通であればの話だ。
「【身捧ぐ慈愛】!」
メイプルはスキルを使いベルベットを守ると、意を決してそのまま真っ直ぐエリアの中に入っていく。そうして少しすると真上の空が光り、視界を真っ白に塗りつぶす雷が落ちてきた。
ただそれもほんの一瞬のことで、光が収まった後には当然のように無傷のメイプルが立っていた。
「セーフ!」
「流石っす!これなら楽に歩けるっすね!」
【身捧ぐ慈愛】によって守られているベルベットも当然被害はなく、メイプルがノックバックでも受けてかなりの距離を吹き飛ばされない限りは、あの雷が問題になることはないだろう。
「五層にも雷雲がすごい場所あったけど……ここはそれよりすごいかも」
「私も雷を使うっすけど、これには負けるっすねー」
ベルベットがこのレベルの落雷を今と同じ量落とすようになってしまうと、いよいよ近づけるものがいなくなるだろう。
そうでなくとも躱し切って無傷で接近できるプレイヤーはサリーくらいであり、今ですら必中と言っていいレベルの攻撃なのだ。
「これくらい連射できたらもっと強くなれるんすけど」
「スキルレベルを上げるとか?」
「ここからさらに上がったりはしなそうっすね……」
ベルベットは雷撃主体で長い間戦っている。さらに好き好んで戦闘を繰り返しているとなれば、スキルレベルが最高レベルまで到達してしまっているのも当然である。
そうしてしばらく落雷に打たれながら歩いていると、今回の目的となるモンスターが現れる。
それは直径五十センチほどのバチバチと放電する電気の球体である。実態はおいておいて、岩場の間を縫うようにふわふわと浮かぶいくつもの姿は遠目に見た時の蛍に近い。
「あれっすね!」
「よーし、【全武装展開】!」
メイプルは素早く兵器を展開するとモンスターに向かって一気に射撃を開始する。
弾速、射程共に非常に優れたこの攻撃は、モンスターの認識の外からの一方的な先制攻撃を可能にする。
大量の弾丸が襲いかかってくることに少し遅れて気づいたモンスターだが、ふわふわと浮かぶその見た目に違わず移動速度は遅い部類であり、弾幕の範囲外に出ることは不可能だ。
HPもそう高くなさそうな見た目に、これは倒せると確信したメイプルだったが、直後弾丸はバチバチと放電する塊にぶつかったかと思うとそのまま貫いて飛んでいってしまう。
貫いてこそいるもののダメージはないようで、メイプルは今まで何度か出会った、同じように攻撃を無効化してくるモンスターのことを思い出す。
「ううー、駄目みたい……」
「なら私の出番っす!相性はあんまり良くないっすけど……【雷神再臨】!」
ベルベットがモンスターを超える勢いで放電を開始すると、モンスター側もそれを野放しにしてはおかないようで、指向性のある枝分かれした電撃を放ってくる。メイプルの弾幕にも負けない速度と範囲のそれを回避することは困難だろう。
「それくらいなら大丈夫!」
メイプルは棒立ちのまま飛んできた電撃全てを無効化してしまう。モンスターの攻撃もまた、ダメージを一切発生させなかったのだ。
時折落ちてくる超高威力の雷ですら平気な顔をしているメイプルに、モンスターが放つ電撃が効くわけもない。
「【落雷の原野】!」
ベルベットがスキルを使うと、エリアにさらに大量の雷が降ってくる。これはベルベットが発生させたものであるため、モンスター側は無視できない。
「避けられるなら避けてみるっすよ!」
雷を使うモンスターに雷をぶつけているだけあって、ダメージは本来のそれよりも軽減されてはいるものの、それでもベルベットは圧倒的な出力によって強引にそのHPを削り取っていく。
ミィと組んだ時同様、やはり暴力的な攻撃能力を持つ相方がいれば、メイプルという防壁はこれ以上ない程に強力なのだ。
モンスターとエリアから絶え間なく続く攻撃の密度は決して優しいものではないが、ダメージにつながらないのでは意味がない。
「ベルベット頑張って!」
「任せておくっすよ!」
ダメージは確かに蓄積している。このまま続ければ勝利は確実なため、メイプルは特に余計なことはせずにベルベットの攻撃を見守るのだった。
雷をばら撒きながら歩いて辺りのモンスターを一掃した二人は、クエストで指定されていた条件を達成したしたことを確認して特大の雷が落ちてくるエリアから移動する。
「岩が避雷針になってくれるっていってもうるさいことに変わりはないっすからね」
「そうだね。すごい音だった……」
時折落ちてくる雷はモンスターが攻撃時に発生させる音なども容易くかき消してしまううえ、光で視界も奪うのだから本来はもっと厄介だろう。
安全地帯にいるか、メイプルが【身捧ぐ慈愛】を使うかすればエリア内に残ることはできるが、こうも落雷が続いていると落ち着いて話もできない。
二人は隣接した岩石地帯に入ると雷の音が遠くなる辺りまで行って、適当な岩を見繕って座り込む。
「この辺りはモンスターも少ないみたいっすね」
「雷もなくなったしこれならゆっくりできるね」
大きめの岩の上にまではモンスターも湧かないようで、大人しくしていれば戦闘になることもないだろう。
「改めて、今日は助かったっす!いやー流石の防御力っすね……」
「これだけは負けないよ!」
「メイプルに防御力で勝てる人は流石にいないっすね。もしいたら、きっともっと話題になってるっすよ!」
対峙すれば一瞬で分かるその異常性は、気付かれずに隠しておけるタイプのものではないのだ。それにメイプルという広く周知された前例がいる以上、もしでてきたなら比較されてすぐに話題に上がってくるだろう。
九層に至るまでそういった話が出ていないのなら、それはつまりそんな人物はいないということだ。
「最初のイベントから飛び抜けた防御力だったみたいっすから……謎は深まるばかりっすね……」
「そういえば……ベルベットは最初のイベントの時はいなかったんだね」
「そうっすよ!ちょうど終わってすぐくらいだったっす!」
「じゃあサリーと同じくらいだね!やっぱりこういうゲームはよくするの?」
「私よりヒナタの方っすね。今回は誘われたっすよ」
詳しいことこそ話さないものの、どうやらベルベットとヒナタは現実世界でも知り合いのようだった。
「私もサリーに誘われたんだよ!一緒だね!って言ってもベルベットほど慣れてないんだけど……」
「私もまだまだっすよー」
「えー、そうかなー?」
ベルベットの動きは洗練されており、その体術などはサリーにも決して引けを取らないものだ。戦闘中の立ち回りも、メイプルよりは随分と慣れているように見える。
「ヒナタもベルベットと一緒にゲームしたかったんだね!」
「でも今回誘われた理由はまた別にあるんすよ」
「そうなんだ」
「……形から入っての練習って感じっす」
「?」
メイプルが首を傾げると、ベルベットは一つ咳払いをしてぴんと背筋を伸ばす。
「……どうですか?おとなしくてお淑やかに見えるんじゃないでしょうか?」
そう言ってポンと手を合わせ柔らかく微笑むベルベットは、先程までの活発な様子とは打って変わっておとなしそうに見える。どうあってもその拳と雷撃でインファイトを仕掛けてくるようには見えないだろう。
「すごいね……別人みたい!」
「ふー、自然体じゃないから疲れるんすよね」
「普段のベルベットもいいと思うけど」
「そうっすか?嬉しいっす!でも身につけないといけないのも事実っす……私も所謂お嬢様っすからね」
「えっ!?そうなの!?」
そうだとすれば、ただの演技というには纏う雰囲気がガラッと変わりすぎなように思える部分も納得である。より自然なものがどちらかといった差はあれど、どちらも長い時間をかけてできあがったものに変わりはないのだ。
「そうなんすよー。だから練習場所としてヒナタに提案してもらったっす!」
周りが自分のことをよく知らない人ばかりで、しかもゲーム内なら、雰囲気や口調がコロコロ変わっていても現実に響くこともない。練習台にはもってこいである。
とはいえ、染み付いたものは中々変わらないようで、練習の成果が思うように出てはいないのは、付き合いの短いメイプルでも分かった。
こうしてベルベットとメイプルはしばらく世間話を続ける。
「メイプルは他にも色々ゲームするっすか?」
「ううん、全然。こんなに長く続いたのも初めてだし」
「それでいきなりギルドマスターっすもんね!これが素質ってことっすか?」
「そんなことないよー。ギルドの作戦もサリーが立ててくれるし、皆もすっごい考えてくれるし!」
「団結力があるのはいいことっすね!……んー、なら【楓の木】は全員で同じ陣営っすか?」
「うーん……ミィとかペインさんとも話す機会があって、一応考え中?」
「陣営もまだ決まってないっすよね?」
「うん。それはそう」
「今回は逆側に行くつもりっすからねー」
「むむむ、じゃあちゃんとギリギリまで隠しておいて味方になっちゃったりするようにした方がいいんだよね……」
【thunder storm】も言わずもがな強力なギルドだ。味方になるのならそれに越したことはない。
「いい作戦っすね!サリー仕込みっすか?」
「具体的には何も言われてないんだけど、参考にしてるっていうか……サリーが色々してるの見てたから」
サリーから吸収している部分も少なからずあるというわけだ。動きは真似できずとも、考え方くらいなら近づけることはできる。
「ベルベットはギルド皆で一緒?」
「その辺りは皆に任せようと思ってるっす!でも当然ヒナタとは合わせるっすよ!」
ベルベットがメイプルと戦ってみたいと思っているのと同じように、【thunder storm】に所属しているもののベルベットという強者と戦ってみたいというプレイヤーもゼロではないだろう。
その辺りは好きなようにしてもらって構わないという考えなのだ。
「大規模ギルドになるといろんな考えの人がいてもおかしくないもんね」
「そうっすね!……もちろんメイプルも全く他人事ってわけじゃないっすよ?」
「それもそっか」
メイプルも【楓の木】というギルドがあり、少数ではあるもののギルドメンバーがいる。規模の違いはあれど、考え方やイベントでのスタンスのすり合わせは必要なのだ。
「イベント楽しみにしてるっすからね!」
「むーん、味方になれー」
「敵になるっすよー」
今は互いに念じあっておいて、最終決定はもうしばらく先のことになるのだった。




