防御特化と青い光。
そうして話も一段落したところで、ペインは改めて最重要事項について触れる。
「同盟について、考えておいてくれるとありがたい」
「はい!相談してみます」
「じゃあ行こうメイプル。見てみたい場所あったら案内するよー」
「うん!」
少しして二人が部屋から出て行ったのと入れ替わるようにドレッドが入ってくる。
「フレデリカのやつ、メイプルを連れてきたって?」
「ああ。噂でも広がっていたか?」
「あの鎧は目立つからな……ギルドメンバーから聞いた。で、どうしたんだ。聞いておきてぇ」
「同盟を提案したよ。それが一番勝ちに近い」
「……意外だな。リベンジって話はどうしたよ」
「ははは、フレデリカにも言われたよ……だが今回は戦闘の規模も今までの対人イベントとは桁違いだ。【集う聖剣】の力だけでも勝てるよう準備はしているが……厳しいことは確かだ。ギルドの勝利のために俺一人我儘は言っていられない」
「なるほどな……ペイン、やっぱりお前はギルドマスターだよ」
「勿論。必ず勝ちに導いてみせる」
ギルドとしての勝利。【集う聖剣】もその目標達成のため準備を進めているのだった。
日は変わって、メイプルはギルドホームで考え事をしていた。
「どうしようかなあ……」
メイプルの悩み事、それは【楓の木】がどのような方針でイベントに臨むかということだった。
【炎帝ノ国】はそれぞれの意思で陣営を決定させるつもりだとミィが言っており、【集う聖剣】はギルドで結束して勝利を目指すとのことだった。現時点でも【集う聖剣】から同盟の誘いが来ており、さらに一騎当千のプレイヤーが揃った【楓の木】ともなれば、今後似たような勧誘が増えてもおかしくない。
ギルドメンバーに相談することはできるが、最終的に決定を下すのはギルドマスターのメイプルになるだろう。
「イベント前には決めないと……!」
そんな心構えをして、メイプルはまたクエストを進めるためにギルドホームを出る。
他のギルドメンバーとは逆側となる炎と荒地の国にいるため今回も一人で探索だ。
「シロップよろしく!空も見て回らないと!」
メイプルは【巨大化】したシロップの背に乗ると真っ黒い葉が絨毯のように続く広大な森の方へと飛んでいく。
「上から見ると森の中は見えないなあ」
今まで探索していたような森よりも枝が横へ長く伸びており、ほとんど隙間なく黒が続いている。
この様子だと森の中は夜かと思うくらいに暗くなっているだろう。
「降りれそうなところあるかなあ……」
クエストの目的地は森の中央辺りなのだが、シロップを地面に降ろせそうなスペースは見当たらない。森の入り口から真っ当に進めばたどり着けはするだろうが、クエストクリアだけを考えると余計な時間になる。
「ギリギリまで降りれば大丈夫かな?」
メイプルはシロップの高度を下げていき、木々の少し上で停止させると姿勢を整えてシロップを指輪に戻す。
乗っていたものが消失したのだから当然メイプルはそのまま落下していき、黒い葉の茂る木々に突き刺さる形で森へ侵入する。
ガサガサと音を立てて枝の間を通り抜け、ぐしゃぐしゃになりながら地面にべちゃっと着地した。
「ふぃー……抜けられた……んー、よっと!」
メイプルが立ち上がって辺りを見渡すと、そこは予想していた通り真っ暗な森の中だった。当然電灯のようなものはなく、森の端からもかなり離れているため触れてみなければ木の幹があることすら分からないくらいである。
「【身捧ぐ慈愛】!【捕食者】!」
狭い森の中ならその大きさのせいで動きにくくなる【機械神】よりも柔軟に、メイプルが認識できていない相手も自動で攻撃してくれる捕食者がベターだ。【捕食者】を守るため、そして明かりにもなってくれるため【身捧ぐ慈愛】も展開し、これで準備は整った。
光り輝く地面はヘッドライトなどよりよっぽど広範囲を照らし出してくれる。
これなら目の前の木の幹に気付かずに衝突するようなこともないだろう。
「周りに人もいなそうだし……試しておこうかな」
メイプルは青いパネルを呼び出すと装備を一つ変更した。代わりに装備するのは『ロストレガシー』である。
装備の変更とともに、メイプルの近くに黒に青い模様の入ったキューブが一つふわりと浮かび、移動に合わせてついてくる。
「よーし……いつでもいいよ!」
しばらく歩いていると、今回のクエストにおける討伐対象が姿を表す。
それは影そのものであり、まるでスライムかのように自由に伸び縮みして形を変えるモンスターだった。影は体の一部を剣の形に変化させると、メイプルに対し素早く突き出してくる。
正面から来るそれに対しては盾を構えるメイプルだが、気づかないうちに囲まれていたのか背後からも同じように影が伸びてくる。
メイプル本人はまだまだそれに反応が追いつかないが【捕食者】は別だ。テリトリーに入ってきた敵に対して素早く反応し影の剣を食いちぎって飲み込んでしまう。
「わっ!?後ろも!?……ありがとー、気づかなかった」
メイプルは反応して迎撃した【捕食者】を労うように撫でると、自分は正面に集中だと盾を構える。前方からのモンスターの攻撃は【悪食】が残っている限り自滅と同義である。
メイプルに届かないだけでなく、一瞬で飲み込まれて存在を消滅させられる強烈なカウンターが待っているのだ。
そうしてしばらく戦闘を続け、メイプルは『ロストレガシー』のエネルギーゲージが溜まるのをじっと待つ。
「もういいかな?よーし、【古代兵器】!」
メイプルがスキル名を口にすると今まで浮かんでいるだけだった黒いキューブはいくつもの小さな黒いキューブに変わり弾け飛んで拡散する。
まるで分裂したかのようなそれは少ししてスパークするように青い光を放ち始め、一瞬の後、檻を作るようにそれら一つ一つを繋ぐ青い光の線を伸ばした。
それは経路上にいたモンスターを貫き、さらに近くにいたモンスターに伝播しダメージを与えていく。
「すごーい!これなら近づいてこれないね!」
近づくには張り巡らされ網の目のようになったレーザーの間をすり抜けなければならない。もちろんモンスターも弱くはない。故に一撃受けた程度では倒れることはないが、近づくだけで痛手を追うことが確定するのは、モンスター側にとってとてつもなく大きな不利を背負わされた格好だ。
そのうえ抜けた先で化物に噛みちぎられるとなってはもうたまらない。
「効果が切れる前に……【滲み出る混沌】!」
メイプルも【捕食者】に加勢して攻撃する。【古代兵器】は使用者には害をなさないようで、張り巡らされたレーザーの防御で身を守りつつ、内部から一方的に長射程攻撃を押し付けていく。
近づけない、近づいたとてあまりに硬い。磐石になる攻撃と防御を跳ね除け崩すだけの能力は、雑魚モンスターが持ち合わせるはずのないものなのだった。
「ふー、ちゃんと使っておかないと咄嗟に使えないし……見つからないところで使うようにしよっと!」
【古代兵器】には今回のレーザーの檻以外にも、制圧力に長けたガトリングや長遠距離に届く狙撃銃などいくつもの形態が存在する。
発動条件となる特殊なリソースであるエネルギーが、一定時間経過で減少していく性質を持っていることもあり、使おうとしなければいつまで経っても使う機会が訪れないスキルになる。
今後、いくら火力がステータスに合わせて伸びていかないと言っても、レアスキルなだけあって元々の威力は高い。メイプルが的確に攻撃できれば、雑魚モンスターならエネルギーをどうこうする前に勝負が決することがほとんどだ。
それもあって今回攻撃をメイプルは【捕食者】と【悪食】だけにとどめたのである。
この辺りのモンスターを倒したメイプルはさらに森を歩いていく。今回のクエストは黒い森のモンスターの一掃となっており、倒す数も10や20ではきかないのだ。
「次はどの武器にしてみようかな?」
第四回イベントからメイプルのスキルはまた随分と増えた。とはいえ、防御力があまりに高く、モンスターの攻撃力が追いついてきていないため、ひたすら攻撃していれば相手が先に沈んでいく。そのため戦闘は第四回イベントで使っていたスキル群でなんとかできているのが現状である。
しかし、プレイヤー相手となるとそうはいかない。メイプルの弱点、そして攻撃手段となるド派手なスキルのことは、もう他のプレイヤーの比ではないくらいに知れ渡っているのだ。
だからこそ、新しく手に入れたスキルや装備が勝敗を分ける決め手となってくる。
知らないものに完璧な対応をするのは難しい。メイプルが新たに手に入れた、対応を誤った際に受ける被害が大きいスキルを上手く相手に当てるためにも、自分がスキルのことをよく分かっていないようではいけないのだ。
まずは【古代兵器】次に【反転再誕】から派生するスキルと、あまりゲームに触れて来なかったメイプルからすると、サリーに色々教わったとはいえ、そろそろキャパオーバーが近いのも事実である。
「ゆっくり覚えるぞー!」
それでもメイプルが前向きなのは確かな変化だと言える。こうしてしばらくの間、暗い森の中には時折青い閃光が走りモンスターの断末魔が響き渡るのだった。




