防御特化と凍てつく森。
二つの国をざっと確認したところで、メイプルは一旦は最初に決めた通り、水と自然をテーマとした国に属することにして再度入国し所属を示すマークを付け替えた。
ギルドメンバーごとクエストをそれぞれ確認してきたところ、現時点で受けられるクエストは特別苦戦するようなものはないだろうと結論づけられたため、【楓の木】はクエストはそれはそれとして、別にイベントまでの期間に間に合うよう八人で手分けして様々な情報を集めることにした。
例えばイズは素材集めをしながらどこにどういった採取ポイントがあるかを記録している。
このフィールドをそのまま使うのなら、物資調達がスムーズにできるようになることに意味はあるだろう。
元々九層の素材は必要だったため、一石二鳥ということでイズ に一任しているのだ。
他にもサリーはメイプルと二人行動していた時に言っていたように、モンスターの強さや能力を確かめており、クロムやカスミは探索ついでに攻める際守る際に使えそうな地形を確認していた。
第四回イベントと比べて、自軍の陣地は広大で多様な地形が存在する。把握しきれない部分は当然出てくるが、それはなるべく減らしたい。
そんな中、ギルドマスターのメイプルはというと。
「うーん、自由探索って改めて言われると難しいなあ」
特にこれをして欲しいということは決められず、好きなように全体を探索するという方針となっていた。
「皆が見てなさそうなところとか見るのがいいよね!」
どのあたりをどのように探索したかは定期的にメッセージで共有されている。とりあえず探索先をそこからずらせば同じ場所の同じ情報を集めていたというようなこともないだろう。
とはいえギルドとしてそういう方針を打ち出したのは穴埋めをして欲しいからというものではなく、予想できないメイプル特有の上振れを狙ったものではあったのだが。
それに関してはメイプルに伝えられていないため、探索自体は今までと変わらず好きなようにという指示となったのだ。
「シロップ?どっちがいい?」
隣を歩くシロップにそう聞いてみるものの、当然答えは返ってこない。
「うーん……じゃあこっちにしよう」
何をしてもいいと言われているため、メイプルはとりあえずクエストをいくつか同時に受けている。九層の方向性に従ってクエストを進めつつ、そのまわりの地形を探索するつもりなのだ。
メイプルは今回遠目からも分かる凍りついた森へと向かっていた。その一帯は背の高い木々が完全に凍りついており日の光でキラキラと輝いている。
特に急ぐこともなくのんびりと目的地まで辿り着く。木の表面を分厚い氷が覆っているようで、透き通った氷の中には木々が冷凍保存されているような状態だ。
「きれーい……溶けちゃわないのかな?」
表面を叩いてみるとコンコンと硬い音が返ってくる。触ってみても溶けている様子はないため、何もしなければずっとこのままなのだろう。
「よーし、探そっと!」
今回はメイプルには珍しく採取系のクエストとなる。見つけるアイテムは凍りついた葉であり、あちこちにある木のそれとは違う、見れば分かるものとのことだ。
採取系のクエストならばイズの領分であるはずだが、一人ではここには来ることができない理由があって残してあったのだ。
メイプルはそのことについて伝え聞いているものの、問題の事象が発生するまでは採取に勤しむだけである。
「あるかなー」
地面も所々凍結しているため、滑ってしまわないように気をつけつつ辺りを観察する。
まだ最初のクエストということもあってか、程なくして目的のものは見つかった。
より分厚い氷に覆われているのか、青に近い濃い色をしたその葉は周りから浮いていて、一目見てこれだと分かるようなものだった。
「ちょっと高いけど……」
シロップを巨大化させるだけのスペースはないため、メイプルは盾を持ち変える。
「久しぶりに使うかも」
第二回イベントの際に手に入れた紫の水晶でできた盾、それについているスキルを発動させ、地面から水晶の壁を生成する。
壁とはいうものの、メイプルの使い道はたいてい今回のように足場にするものだった。
できた水晶の壁によじ登って手を伸ばすと、目的の葉は簡単にもぎ取ることができた。
「これで……よしっ、合ってる!」
あとは同じ要領でクエスト達成に必要な数を集めていくだけである。
しかし、そうして数枚の葉を集めたところでイズではこれない理由となった存在が咆哮とともに姿を表した。
浮遊城などであったものよりは随分小型だが、それでも青い鱗で覆われ、しっかりとした大きな翼で空を飛ぶのは紛れもなく竜だった。
「わっ、出た!」
メイプルが何か行動するよりも早くドラゴンはメイプルがいる辺り一体に水のブレスを放つ。
前が見えなくなるほどの水にメイプルは驚くもダメージはないようで安心する。
「よかったー……」
しかしそれも束の間、ドラゴンは連続して冷気をブレスとして吐き出した。それは辺りの地面ごとしっかり水を浴びたメイプルを凍結させ、氷の中に閉じ込めてしまう。【悪食】によって盾だけは凍結しないが、全身の氷を全て飲み込むことはできないようだ。
「……よ、よくなーい!」
体は完全に固められてしまっているようで、透き通った氷の向こうは見え、状況こそ把握できるものの手足は全く動かない。
何とか溶かすことはできないかと考えていたメイプルだったが、自分を中心に大きな影ができたことに気付く。
それは追撃だった。巨大な氷の塊がメイプルの頭上に生成され、その直後落下する。動けないメイプルに直撃した氷塊はメイプルを覆う氷を砕きながらメイプルを押し退けるように横へ跳ね飛ばす。
「やった!外れた!」
しかし当人にダメージはなかったようで、むしろ氷の檻から逃れられたことを喜んでいた。毎回追撃してくれるなら溶かす方法を考える必要もない。
「【砲身展開】!【攻撃開始】!」
メイプルは反撃とばかりに兵器を展開し空へと砲弾を放つものの、回避能力にも優れているようで攻撃は一部しか当たらず、思ったように体力を減らすことができない。
「時間かかっちゃいそう……」
そう感じたメイプルは、これは仕方ないと諦めて歩き始める。今回は戦闘が目的ではない。
ドラゴンは氷漬けにしてくるだけで、メイプルにとって脅威ということもない。
ならば今回は無視が一番だ。もっとも、本来無視できるようなものでないのは間違いないのだが。
「すぐ出ていきますから!」
メイプルはそう断ると凍りついた葉を集めるため急いで駆け出すのだった。




