防御特化と砂漠探索。
セーフセーフ。
森は今までのものと比べて規模の小さいものだった。
「お、もう抜けた!」
「おー……砂漠だ」
二人の目の前に広がっているのは広大な砂漠だった。
ところどころにサボテンが見えるくらいで一面砂である。
プレイヤーの姿は見えない。
「行ってみようか」
「そうだね」
二人は砂漠へと足を踏み入れる。
「喉が渇いたりしないのは助かるね」
「確かに、それだったら探索出来ないもんね」
脱水症状はこのゲームに存在しない。
砂漠だからといって気温でダメージを受けたりはしない。
砂に足を取られるため、探索は快適とは言えないが二人は砂丘を乗り越えて着実に先へ進んでいく。
「なーんにもないね」
「見たところね」
大きな砂丘が多いため、砂丘を乗り越えた先には何かがあるかもしれない。
「取り敢えず進んでいこう」
「そうだね」
朧とシロップは出していない。
まず、シロップは一度は出してみたものの砂丘をまともに登れなかったのだ。
途中で崩れる砂に押し流されてしまったためである。
朧は体毛が砂まみれになっていたのを見てサリーが戻した。
サリー曰く、申し訳ない気分になったとのことだ。
そして十数回砂丘を乗り越えた時に二人は、ついに遠くにオアシスを見つけた。
「やっと見つけた!」
「早速行こう!」
砂ばかりの景色の中にその緑は鮮やかに輝いて見えた。
二人は足取り軽くオアシスへと向かう。
「どう?ダンジョンに繋がってそう?」
「手分けして隅々まで見てみよう。そんなに大きくないからすぐに終わるし」
二人は隅から隅まで見て回ったがこのオアシスには何もないことが分かっただけだった。
「むー…何もないね」
「残念だけどそうみたい」
「ちょっと休憩してから行く?」
「そうしようか。私も結構疲れたかも」
サリーがぐっと伸びをする。
サリーもメイプルもこの日は既に長時間の戦闘をしているのだ。
疲れるのも無理は無いことである。
メイプルは寝転がってぐったりと周りを眺める。
「んー……ん?サリー!誰か来るよ!」
メイプルが起き上がり大盾を構える。
サリーもその声に反応してダガーを構えてこっちに向かってくるプレイヤーを見つめる。
「おっと…先客か。それも、メイプルとは……私も運が悪い」
やってきたのは和服を着た女性。
上半身は桜色の着物。
それに紫の袴。
そして刀を一本装備しているのがぱっと見て分かる特徴だろう。
「あの人前回イベント六位の人だよ」
「えっ!?本当」
「結構調べてあるから、それくらいなら知ってるよ」
「ああ、話しているところ悪いが……出来れば見逃していただきたい」
どうやらこの女性に戦闘の意思は無いらしい。
本心がどうかは分からないが。
「………無理だと言ったらどうしますか?」
「その時は……仕方ない。どちらか一人は道連れにしてみせようじゃないか」
女性はどちらかと言ったが、その意識はサリーに向けられていた。
メイプルはいつでも攻撃や防御に転じることが出来るように身構えている。
「それなら残った一人がメダルを総取り出来る私達の方が有利だね」
サリーが呟く。
「…………あっ」
「やっちゃう?」
「やっちゃおうか?」
二人が揃って女性を見る。
「【超加速】!」
女性は全力で逃げ出した。
もうそれは目にも留まらぬ速さで逃げていったのだ。
「【超加速】!」
サリーは全力で追いかけた。
もうそれは目にも留まらぬ速さで追いかけていったのだ。
「ま、待ってよー!」
メイプルは全力で二人を追いかけた。
もうそれは亀の如き遅さで追いかけていったのだ。
「何で【超加速】を持って……っ!」
「私のこと舐めてました?」
二人の超加速が切れる。大きな砂丘に囲まれた谷間だ。逃げ場など無い。
女性も仕方ないと刀を抜く。
実際、メイプルが相手でないなら勝てると考えていた。
なにせ六位なのだから。
「【一ノ太刀・陽炎】」
女性の姿が揺らいで消える。
そして、次の瞬間には目の前に現れているのだ。
横薙ぎに振るわれた刀がサリーの胴体を深く切り裂く。
「はっ…!?」
女性が驚く。
サリーだったものは目の前で空気に溶けて消えていってしまったのだ。
「皆、最初はそういう反応をするんですよ」
女性の体から赤いエフェクトが散る。
サリーには攻撃力が無いため大したダメージにこそならないが、すれ違うようにして腹部を切り裂いていったのだ。
そしてサリーは再び距離をとる。
「メイプルが来るまでに倒せないと、まずいですね」
サリーが女性に語りかける。
「くっ…【一ノ太刀・陽炎】!」
女性が再びサリーに急接近する。
そして、その刀を同様に振り抜く。
「それは、さっき見ました」
異様な光景だった。
至近距離で振り抜かれた刀はサリーがしゃがみ込みながら突進したことによって空を切った。
サリーはそのまま女性の左側を低い姿勢で駆け抜ける。
「ぐっ……」
女性の足から赤いエフェクトが散る。
「まさか、ここまで強いとは思わなかったよ…」
「それはどうも」
二人が振り返って向き合う。
サリーは自分からは仕掛けない。
相手の攻撃を躱しながら体勢が崩れたところを狙うためだ。
反撃を受ければ一発で終わりなのだ。
もっとも、相手はそんなことは知らないのだが。
「……全力でやるしかないな」
ポツリとそう言った女性の雰囲気が。
いや、見た目すらも変わっていく。
綺麗な黒髪は雪のような白に変わり、その黒い瞳は緋色に染まっていく。
女性の周りには着物と同じ桜色のエフェクトが輝く。
「………」
サリーも無駄口を止めて集中力を極限まで高める。
これがサリーの最高の切り札。
他の誰にも真似出来ない絶対的な力。
「【終ワリノ太刀・朧月】」
太刀筋の見えない連撃がサリーに襲いかかる。
あまりの速度に刀身が揺らぎ、消えてしまっているかのようだった。
視覚でその太刀筋を捉えることは不可能だろう。
「っ……!」
小さくそう呟いたのは和服の女性の方だった。
見えない連撃はサリーを捉えられないでいたのだ。
連撃スキルを発動すればスキルが終わるまではある程度決まった動作しか出来ないのだ。
当たれ、当たれと願いながら刀を振り抜く。
サリーはこの連撃を躱す。
足の動きを。
目線の向きを。
腕の動きを。
肩の動きを。
刀の風切り音を。
全ての情報を刀の軌道予測のために使って紙一重で避けていく。
相手からすれば不気味で仕方ないだろう。目の前で最小限の動きで自分の攻撃が躱されているのだ。
そう、まるでそれは。
刀がサリーを避けているように見えるほどだった。
その一撃一撃が必殺の威力を持つ十二連撃が終わる。
女性はサリーを見るとにっこりと笑ってそのまま背中から倒れた。
「私の負けだ。一思いにやってくれ」
髪と目の色も元に戻っている。
オーラも消えていた。
「こっちも結構、やばかったです」
「次は、当ててみせるさ」
サリーがダガーを振り下ろそうと構えたその時。
「あああああああっ!?ちょっ、止まらないぃぃぃぃいいぃ!!」
叫び声に二人が反射的にその方向を見ると、そこには砂を巻き上げて砂丘の斜面をゴロンゴロンと転がってくる黒い塊があった。
「えっ、ちょっ!メイプル!?まっ、待って!」
そう、その塊はメイプルだった。
大盾を外しているところが唯一褒めることの出来る点だ。
そして、待ってと言われても既に止まれる状態ではなかった。
メイプルが二人の元に飛び込んでくる。
派手に砂を巻き上げて倒れ込む。
流石に三人とも、この状況に対応するのに少し時間がかかった。
そして、その一瞬の空白を突くように起こった足下の変化に対応出来なかった。
「はっ!?」
「くっ、逃げられない!」
「え?え?」
三者三様の反応を示しつつ、三人は凄まじい速度で流砂に飲み込まれていった。
空中でバランスをとって地面に降り立ったのは二人。
一人はガシャンと音を立てて地面に叩きつけられていた。
もちろんメイプルである。
幸いそれほど高くはなかったようでダメージはゼロだ。
「ど、どういうこと?」
「人数で反応するダンジョン…かなぁ。メイプルが落ちてきて急に反応したし」
どうしようかと頭を掻こうとしたサリーを見て全員がそれに気付いた。
三人の腕が黒い鎖で繋がれていたのだ。
「「「え?」」」
サリーの右手は和服の女性に。
サリーの左手はメイプルに。
自由なのは女性の右手とメイプルの左手だけだ。
鎖の長さは一メートルと少し、普段通りの動きは出来ないだろう。
三人が状況を把握するのにはもう少しの時間が必要だった。
書いてから思った。
流砂から落ちればダンジョンってなにかのゲームで見た気がする。
なんだったかなぁ。思い出せない。