防御特化と亀裂3。
相変わらず景色の一切変わらない水中を進む二人は、途中で酸素が回復したこともあり、初期想定よりもかなり広い範囲を探索していた。
「どれくらい泳いだかなあ?」
「マップでみるとちょうど亀裂の真ん中に差し掛かるところ。ほぼまっすぐ進んでるから端の方とか逆側の壁際とか、調べられてないところは多いけど」
潜ってみるまでは分からないことだったが、水底は何種類かの地形がつなぎ合わされてできあがっており、二人が通過した岩石エリアや砂地エリアのように特徴の異なる場所があるわけだ。
「砂地の所はさっきみたいな奇襲メインのエリアっぽいし、目的のものがあるなら別の場所かなあ」
「砂ばっかりだもんね」
「埋まってるってこともありえるけどそれは探しようがないし」
何の目印も確証もなくこの広い砂地を掘って回るのは流石に良くない。ないことを証明することは難しく、キリがないからだ。
「モンスターは何とかなるよ!」
「ささっと抜けちゃおう。タネがわかれば下からの奇襲も怖くないし、経験値とかドロップ品が欲しいわけでもないしね」
砂地エリアに用はないと、二人は足下から飛び出してくるモンスターを撃退しながら砂地が終わる所までやってきた。少し先を照らすヘッドライトは今度はまた岩石らしい硬い地面を浮かび上がらせている。
「また岩っぽい?」
「マップから見るに間違って引き返してはないから場所は別だね。それにほら、さっきみたいな背の高い岩はないし」
「本当だ。そうだね」
「隠れにくくもなってるしさっきのもきっとここにはいないでしょ……そもそも難易度が上がったんだって言われたら別だけど」
「ここだと隠れる場所少なくて大変そう……」
「ま、慎重に進もうか。また酸素減っていっちゃうしね」
「そうだ!のんびりしてたら探索できなくなっちゃう!」
過剰に警戒していても仕方ないと、二人は新たなエリアを泳いでいく。するとごつごつとした岩の他に、ボロボロになってしまってはいるものの、石レンガらしき物が転がっているのを発見した。
「サリー、サリー!どうどう!?」
「水に沈んだ何がありそうだね。この辺りの探索に時間をかけない?移動が長くなっても得る物少なそうだし」
「さんせーい!」
「まだここにどんなモンスターがいるか分からないからメイプルの隣に居させてもらうね」
「いいよ!頑張って守るから!」
「期待してる」
二人がさらなる手がかりははないものかと探索を進めると、かつての人の痕跡をいくつも見つけることができた。ボロボロにこそなっているものの元が頑丈な素材でできているものは痕跡として分かるくらいにはその形を止めている。
「こっちにもあるよサリー!」
「落ちている数も増えてきたし、ちゃんとこのエリアの中心部に近づけてるってことだと思う」
順調なのは良いことである。そうしてあっちにもこっちにもと泳いでいるメイプルだったが、ふと前方へヘッドライトを向けた時ついにその場所は暗闇の中に浮かび上がった。
「家があるよ!」
「ボロボロだけど……確かに建物だね。町、かな?」
そこはかつての町の入り口だった。ライトの向きを変えて様子を見るとほとんどの建物は倒壊しており、そうだと分かる形が残っているのは少数である。ただ、積み重なった瓦礫の量はこの町の規模が中々に大きかったことを伝えている。
「入ろう!」
「うん。モンスターの気配もない」
ここまで来て中へ入らない理由はない。砂地エリアと比べて物陰が多くなるため、また奇襲には気をつけたうえで町の中を泳いでいく。
「入れそうな建物あるかな?」
「瓦礫の下は探せそうにないし、そっちが本命になるね」
「ふふふ、遺跡探索も慣れたものだよ!」
「ええー?本当かなあ?」
「ど、どうかな?でも、結構やったからね!」
「うん。今までとは比べ物にならないくらい探索してるね。何かありそうな雰囲気とか気付いたりできるかもよ」
メイプルの直感の向くままに回ってみればいいと、サリーは探索を一任する。
メイプルもやる気十分なようでまず近くの建物の中へと入っていく。
扉も家具も、何なら屋根すらない家の跡を確認するが中には特に何も見当たらない。
ほとんどのものはこの大量の水が滅茶苦茶にしてしまったことが察せられる。
「むぅ、何もないかあ」
「次だね」
「うん、どんどん行こー!」
少し試して見つからなくとも、もう諦めることはない。切り上げるのは探して探して、それでもなかった時である。
元気に前をいくメイプルの後をついてサリーも何か見落としがないかを確認する。
せっかくここまで潜ってきたのだから、何かを持ち帰りたいものである。メイプルのためにも、もちろん自分のためにも。
泳ぎまわっていたもののどうやらモンスターはいないようで、それならばと少し距離を空けて二人で効率よく探索を進める。もちろんヘッドライトの光が見えたり声がちゃんと届いたりする距離感は保ってである。
「メイプルー!何かあったー?」
「あったかもー!」
「そう、あった……あった!?」
さらっと返ってきた言葉をそのまま流しそうになったサリーだが、ヘッドライトの光を目印にメイプルの方へと向かう。
「で、何があったの?」
「あ、サリーこれこれ!」
「これは……石碑?確かにただの石じゃないっぽいね」
近くの建物の瓦礫が雪崩れ落ちてきて、それに巻き込まれた状態になっている石碑は周りの水と同じような暗い暗い黒色をしていて、周りの瓦礫に見られる石や鉄などとは違った雰囲気を感じさせる。
「で、何か書いてあるんだね……これは」
「多分文字なんだけど……」
瓦礫によって削られたのか全て完璧に残っているわけではないが、黒い石碑の表面にはカナデにほんの少し教わったもののような文字が並んでいる。
「サリー読める?」
「いや、まあ……ちょっとは。ほとんど分からないけど」
「私もあの時教えてもらっただけだし……うぅ、授業の回数が……」
二人とも頭が悪いわけでないが、いきなり未知の言語を覚えるのは無理がある。
そんなことができるのはそれこそカナデくらいだろう。
「「…………」」
二人は顔を見合わせると、これしかできることはないと、ウィンドウを開いてメッセージを打ち始める。
少し待つとメッセージの送り先であるカナデから返信が届いた。
『面白いもの、見つけたみたいだね。まだまだ読むのは難しいだろうから手を貸すよ。所々欠けているから補って翻訳しよう。町の中央に何かがあるみたいだね。大事なものらしくて封印されて厳重に守られているんだって。行ってみたら?探索の楽しい話を期待してるよ』
「返事が早くて助かる……なるほど封印か」
「何があるんだろう?」
封印されている物が何かによっては戦闘もありうる。となれば酸素がどれだけ残っているかは重要になってくる。
「メイプル、戦えそう?」
「スキルはバッチリ残ってるよ!酸素も何とかなると思う!」
「なら、早速中心まで行ってみよう。カナデにはお礼を言っておいて……よし」
目的地も定まったため、町の中央へ向かって進路を変える。周りの探索も一旦後回しだ。
元々町の中へ結構入り込んでいたこともあって、中央と思しき場所にはすぐに辿り着いた。
「あれかな?」
「恐らく」
そこには同じく黒い石材によって作られた建物があった。ただし、厳重に塞がれていたのは石碑が作られたときと同じ遥か昔のことだったようで、この水が溢れ出た際に破壊されたのか、入り口の扉は歪んで外れる寸前になっており、扉としての役割を果たしていない。これなら隙間から中へ入り様子を確認することもできるだろう。
「外観からして特に中が広いってこともなさそうだし入ろうか」
「この辺りのモンスターおっきいしあんなちっちゃいところ入らないよね」
まさか待ち構えられていることもないだろうと、二人は中へ入ってみる。予想通り、特に何かがいるわけではなく、中は静寂に包まれていた。
奥行も5.6メートルといったところで、トラップらしきものも見当たらない。
壁伝いにぐるっと中を見たもののあるのは一つの台座とそこに書かれた文字だけだった。
「……うわ」
「くぅ、助けてカナデー!」
今から臨時授業ではどう足掻いても間に合わないため、先生そのものを呼び出す他ない。
カナデとしても文字が使われているのが一箇所だ
けではないことが予想できていたため、もうしばらく二人から追加で何かメッセージが来ることもあるだろうと思っていたので返信は直ぐに帰ってきた。
「えーっと、それぞれの壁に対応する属性の魔法を当てる?だって!」
「これそんなこと書いてあるんだ……ここは私がやるよ。メイプルはそういう魔法は持ってないし」
メイプルは毒の魔法しかまともに使えないため、このギミックをどうにかすることはできない。アイテムで条件を満たすこともできるかもしれないが、今回はサリーがいるため、そんなことは考えなくてもいい。
サリーならどの魔法も問題なく使用できる。ギミックを解くためには十分だ。
「【ファイアボール】!」
サリーは魔法を準備すると壁に向かって放つ。それは壁に直撃すると同時に弾けて消滅し、代わりに赤い魔法陣が浮かび上がってくる。
「おおー!成功したんじゃない?」
「だね。他もやってみよう」
サリーは残りの壁にも魔法を放っていく。どの壁にどの属性が対応するかはカナデのお陰で解読済みなため迷うことはない。
そうして、全ての壁に魔法陣が浮かび上がると目の前の黒い台座に亀裂が入り青い光を放ちながら二つに分かれていき、中央に弾ける球体を生成した。バチバチと電気のように弾ける光は強いエネルギーを感じさせるが、現状それ以上のことは起こらないようだ。
「……何も起きないか。触ってみる?」
「でもすっごいバチバチしてるよ……?」
「一応【ピアーズガード】だけ発動させておこう。私も咄嗟に回復できるようにしておくから」
「分かった!やってみる!」
【不屈の守護者】が残っているため、どんなに悪いケースでも離脱までに倒されてしまうことはないだろう。
メイプルは宣言通りスキルを発動させると、その球に触れてみる。その直後、地面に同色の魔法陣が展開され二人の足元から強烈な光が迸る。
「か、【カバー】!」
メイプルが咄嗟にサリーを守ると同時、二人は光に飲み込まれて消えていくのだった。




