防御特化と亀裂2。
それからしばらく潜っていくが、襲いかかってくるモンスターは初めこそ二人を驚かせるものの、姿を見せてしまえばそれ以降は一方的な勝負になっていた。
二人の戦闘能力は高い部類となるため暗闇を利用しての初撃で有効打を与えられなければ、隠密に頼っているステータスの低さを突かれてしまうのだ。とはいえ、サリーの警戒を潜り抜けた上でメイプルにダメージを与えられる攻撃をぶつけるのは至難の技であるため仕方のないことでもあるのだが。
「順調に進んではいるんだけど……んー」
「全然底に着きそうにないねー」
「酸素は大丈夫?」
「減ってきてるけど、イズさんのアイテムと潜水服のお陰でなんとかなりそう!」
「酸素は半分少し前まで減ったら言ってね。帰りが魔法陣とも限らないわけだし……」
「うん!」
今は警戒しつつの潜水なため、水面まで戻ることだけを考えて浮上すれば帰りの方がかかる時間は短いだろうが、それでも何かあったとしても引き返せるだけの余裕を持って潜ったほうが安心である。
そうやってさらに潜ることしばらく。暗い水中ではあるものの、メイプルの【身捧ぐ慈愛】の光に照らされ大量の背の高い岩が並ぶ、岩の森とでも言うべき場所が目の前に広がった。
「底が見えてきたかな?」
「後ろの壁以外にも水じゃないもの見えてきたもんね!」
目の前に並ぶ岩石はまだ根本は見えないものの、ここまでにはなかったものだ。触れてみるとしっかりと下で地面と繋がっているようでびくともしない。この岩が不思議な力で浮かんでいるなどというのでないなら水底ももうすぐだろう。
「……!メイプル、こっち!」
そろそろ終わりが見えてきたかと、メイプルが一息ついたところでサリーがその手を引いて岩陰へと引っ張り込む。
「ど、どうしたの?」
「……何かいる」
サリーが言うなら間違いないのだろうとメイプルは素早く【身捧ぐ慈愛】を解除する。実際にモンスター相手に光で探知されるかは確かめてみなければ分からないが、見つかる可能性を下げたほうがいいことくらいはメイプルにも分かってきていた。
再び暗闇が訪れた中、岩陰から少し顔を出して二人して闇の向こうに目を凝らす。
暗闇の向こう、岩の密林の間をすり抜けるようにして青白い光がすぅっと横切っていく。その光の中には、何か獲物がいないからあたりを見ているのであろうゆっくりと動く瞳が見えた。
泳ぎまわっている巨大な何か。それは普通のモンスターとはどこか違うように感じられた。
「おっきかったね……」
「見つからないように行こう。多分、戦闘する相手じゃないと思う。ボスって言うよりは……覚えてる?第二回イベントのカタツムリみたいな」
「あっ!倒せなかったカタツムリだよね?」
「そうそう」
ただ強いモンスターなら戦いようはあるが倒す方法がないとなると話は変わってくる。
「一瞬だったからHPバーが見えなかっただけかもしれないけど、もともと時間に余裕があるわけでもないから戦闘は避ける方向で」
「うん!隠れながらだね!」
「そうしてくれって感じの地形だし。近づいてきた時は私が察知する」
「分かった、任せるね!」
「ん、任された」
岩陰がいくつもあるこの場所であれば隠れながら探索することは容易である。初見でも接近に気づくことができたサリーがいれば、存在を知った今、気づかずに近づかれることもそうそうない。
うろつく巨大魚を新たに警戒対象に加えてもう少し潜ると、予想通り水底までたどり着くことができた。ここからは何かがないか探して回ることとなる。とはいえ、そこまで酸素に余裕があるわけではないため常に残量には気を遣っておく必要がある。
「この中を進んでいけば大丈夫?」
「ずっと壁際にいても仕方ないしね。そうしよう」
二人は立ち並ぶ岩石の間へと入っていく。サリーはモンスターに対する警戒、メイプルはアイテムやイベントらしきものがないかに気を配りつつ【カバー】によって咄嗟の防御に備える。
「……右にいる」
「じゃあこっちだね」
暗闇の中でも、チョウチンアンコウの時のように完璧に紛れていなければ、僅かな変化があるものだ。と言ってもメイプルはそれを感じ取れないため、サリーの行う索敵が皆が皆できる芸当でないことは間違いない。
見つかってしまった時に何があるか分からないため戦闘を回避しているが、ただ、それは同時に探索速度の低下をもたらす。
仕方のないことではあるものの、タイムリミットは刻一刻と迫ってきていた。
「メイプル、何か見つからない?」
「だめー、見つかってないよ……広いし暗いし、どこかにあるのかもしれないけど」
普段とは違い遠くまで見通しが効かないため、すぐ近くを通ることができなければ何かがあっても見逃してしまうだろう。
「手間だけど何回も潜るしかないか……」
「でも、本当に宝探しって感じだね!」
「……それもそっか。そうだね、宝物にヒットするまでやってみよう。これだけ大規模なのにまだ特に報告がないわけだし、何もないってことはないはず」
ここなら条件がある隠しイベントでなくとも、隠されているようなものである。
しばらくすれば何かが見つかることもあるかもしれないが、自分達で見つけ出す楽しみというのも確かに存在する。メイプルがそれを楽しんでいることに、サリーはほんの少し微笑んだ。
「とはいえ、もう少し進んだら今回は引き上げかな。途中どれくらい戦闘になるか分からないし、予期せぬことっていうのは起こるものだからね」
「うん、そうだね。また潜水服強化しておかないとなあ……」
強化はほとんど終わっており、潜水服はほぼ最高性能になっているがまだもう少し強化の余地がある。普通のフィールドを泳ぎ回る分には現状でも全く問題はないが、これからもここに潜るなら少しでも活動時間を伸ばしておく必要がある。
メイプルの酸素を確認しつつもう少し探索を進めたものの、特に何かが見つかることもなくタイムリミットがやってくる。
「むぅ、残念」
「また来ればいいよ。メイプルは運がいいし、次は見つかるかも」
「そうかな?見つかったら嬉しいね!」
「じゃあ浮上しよう……待って!」
浮上しようとした所で岩の向こうから大きな影がすっと姿を見せる。サリーは急いでメイプルを連れて岩陰に隠れるものの、ちょうど開けた場所だったこともあり隠れきれず巨大魚の様子が変化した。
「サリーサリー、目の光が黄色くなったよ」
「……警戒モード?直接襲ってきてないだけ助かるか……」
「信号みたいな感じってこと?」
「大体そうかな。そうやって危険度が表されること結構あるし。あれが赤くなったらヤバいかも」
「……分かった」
こそこそと話しつつ元の様子に戻ってどこかへ去っていくのを待つ二人だが、巨大魚にそういった様子は見られない。こうしているうちにもメイプルが安全に浮上できるよう余裕を持たせていた酸素は減っていく。こういう状況を鑑みて余裕ある探索をしていたことが二人を救っている形ではあるが、状況が悪くなっているのが現状であり喜ばしいことではない。
「なかなか離れないね」
「根比べをしてる余裕はそんなにないんだけど……無理矢理脱出するか、他に何か試せることは……」
考えるサリーの横でメイプルも自分に何か使えるスキルやアイテムはあったかと考える。
「サリー」
「何か思いついた?」
「一回完全に見えなくなったら諦めてくれないかな?」
「んー、なくはないけどどうやって?」
「ほら!シロップの【大地の揺籠】!」
二人は今亀裂の底まで辿り着いている。八層では珍しく、ここなら立っている地面に潜りこむこのスキルを使うことができる。
「確かに試してみてもいいかも。駄目だったらそれはそれで。ここでの探索でどうしても使いたいスキルってわけでもないし」
どのみち今回はここで撤退なため、使えるスキルは使ってしまっても問題ないのだ。
「分かった!シロップ【覚醒】【大地の揺籠】!」
スキルの宣言と同時に二人は地面の中へと潜り込む。これで巨大魚からの視線は完全に切ることができたが、スキルの効果が切れるまではどうなっているかは分からない。
「上手くいったかな?」
「どうだろう。そうだと助かるけど」
少ししてスキルの効果が終了し、元の水中へと放り出される。元々いた通りの位置に飛び出したメイプルとサリーは岩に身を寄せて、どうなったかと巨大魚を確認する。すると、そこには変わらず暗闇の中に浮かぶ黄色い光が見えていた。
「うぅー、駄目かあ」
「時間経過っぽいね。メイプル、あとどれくらい酸素は持つ?」
「結構減ってたから、えーっと……あれ?」
「どうかした?」
「回復してるよサリー!」
「えっ、本当に?」
サリーがメイプルの酸素を確認すると、本当に酸素が全回復していることが分かる。それを見てもしかしてと自分の酸素も確認する。
「私も回復してる」
「そうなの?」
「……あそこ、水の外なのかな」
心当たりがあるとすれば地面の中に潜り込んだことである。地に足をつけた上でこのスキルを発動したくなる場面がなかったため知らなかったが、むしろ可能性はそれしかない。
「これならまだまだ潜れるよ!」
「計算外だけど、嬉しい誤算なら大歓迎。じゃあもうちょっと様子を見ようか」
「そうしよ!」
メイプルの酸素問題が解決したため、もうしばらくここで様子を見ていても構わなくなったのだ。
それならばと警戒が解けるまでじっとその場で巨大魚の様子を見ていると光が青に戻り元通りの周回へと戻っていく。
「おおー!」
「行ったね。ふぅ……諦めてくれたみたい」
「じゃあ探索の続きだね!」
「酸素も回復したし、もう一回来るのも手間だからね。行けるところまで行こう」
こうしてメイプルとサリーは偶然の酸素回復を経てさらに先へと進んでいく。
岩石の森を抜けた先、砂の積もった水底で岩陰に隠れて、先ほどまでうろついていた巨大魚がこちらまで来ていないかを警戒するが、どうやらテリトリーはあの岩石地帯までのようでしばらく待ってみてもあの青い光が見えることはなかった。
「ふぅ、これならこないかな」
「見つかったらどうなったんだろう?」
「分かんない。でもいいことは起こらなそうだった。気になるならしばらくしてから一緒にそこの情報を見てみる?誰かは見つかって何があったか書いてたりするかも」
「なるほど」
「自分で見つけていくのも楽しいし、他の皆にどんなことがあったか見たりするのもそれはそれで面白いよ」
「今度そんな感じで見てみようかな?」
メイプルが情報を見る時は必要なスキルがどうしたら手に入るかや、どこにあるのかをさくっと調べるだけでそれ以外のものは見ていない。
「楽しみ方はいくつもあるからさ」
「じゃあ最初は詳しそうなサリーに教えてもらおっと」
「ん、予想外なことが起こるイベントとかダンジョンの話、探しておくね」
未知の脅威がとりあえず去ったこともあり、二人は和やかな雰囲気で暗い水の中、ヘッドライトに照らされた砂地を歩いていく。
「さっきと違って開けてるしここなら何があった時見逃しにくいかな」
奇襲されにくい環境でもあるため、サリーもイベント探しに集中できる。であれば、ヘッドライトの届く範囲のものを見逃してしまう可能性は低い。
「特に何もないっぽい?」
「だね。見逃してはないはず……?」
「サリー?」
地面を歩いていたサリーは足先に僅かな揺れを感じて立ち止まると、少ししてそれに気づいたメイプルが振り返る。
「どうかし……わぁっ!?」
直後メイプルを飲み込むように砂が巻き上がり、左中からウツボなどに似た長い体の魚が姿を表す。
「何もないってことはなかったか……!」
「だーいじょーぶ!ダメージはないよ!」
「おっけー!でもこれ、来るよ!」
真上へ泳いでいったウツボに噛みつかれたままのメイプルの場所をヘッドライトの光で把握して。暗闇の中に声をかける。
直後あちこちから砂が舞い上がり二人程度なら軽く丸呑みにできるような巨大ウツボが大量に現れる。
「まったく……全部スケールが大きいんだけど」
メイプルとは距離が離れているため半分ほどは上に、残りはサリーの方へと向かってくる。暗闇で正確に数は把握できないものの、全方向から迫って来ていることは分かった。
「ついて来れるものなら!」
サリーは砂を蹴って一気に浮上すると集中力を高めて迫り来るウツボの大きな口をギリギリで回避する。鋭い牙を持つあの大口に噛みつかれればひとたまりもないが、躱してしまえばその巨体が隙を生む。
「はあっ!」
自由に上下に動きやすい水中であることを生かしてサリーは口元から体の端までを側面を沿うようにしてダガーで切り裂いて抜けていく。
「相当効いたでしょ……次!」
サリーに対して攻撃を仕掛ける度その長い体に二本の赤いラインが入りダメージエフェクトが弾ける。
「数は多いけど、それ頼りで大振りだし怖くない!」
暗闇に乗じたとてそれだけではサリーには届かない。全員で同時に攻撃していれば少しはチャンスもあっただろうが、ウツボにはそこまで最適な動きはできない。
そうこうしているうちに、暗闇を裂いて深紅のレーザーが大量に地面へと降り注ぐ。
「海の中でも雨は降るんだね……レーザーのだけど」
ウツボが高い位置までメイプルを持ち上げてしまったがためにメイプルが地の利を得てしまったのである。地面に向けて放たれるレーザーが上でメイプルに群がっているウツボを焼きながら下まで飛んできたのだ。
途切れることなく続くレーザーの雨はウツボの全身を焼き焦がしダメージを与え続ける。
味方である理沙以外のこの領域内の生物は許容できるものではないダメージにさらされ続けるのだ。
「これなら避けてるだけでも十分だけどっ!」
メイプルに任せっきりにしても、このウツボくらいなら倒し切ってくれるだろうが、【機械神】の兵器も有限だ。裂け目がどこまで続いているか、どんな敵が出るかは分からないため、サリーがサボらずにダメージを出すことには意味がある。
肝心の時に弾切れでは困るのだ。
サリーは斬りつけてダメージを蓄積させ、メイプルは空から広範囲に無差別攻撃をして襲ってきているウツボ達の総HPをどんどんと削っていく。
数が減るのにこそ時間はかかるが、それはたいした問題ではない。
そうしてしばらくするとレーザーに多く被弾した個体から順にHPが尽き、光となって爆散し始める。特定の個体を狙って攻撃していた訳ではないためHPは概ね均等であり、一体の死を皮切りにウツボは次々とその命を散らせていく。
暗闇を死亡時の光が照らす中、かなり上にあったメイプルのヘッドライトの光の位置が下がってくる。
「お帰り。ナイスダメージ」
「結構当たっててよかったー。ちゃんと見えてなかったから不安だったよー」
「体が大きかったのがこっちに有利に働いたね」
「うん!わぁ……流石にあんなに倒したらすごいね」
順に死亡時のエフェクトは消えていくが、巨大だったことと数が多かったこともあり、まだキラキラと降ってきているところだった。
「マリンスノーみたい」
「あ、それ聞いたことあるかも!」
「流石に本当はこんなのじゃないんだけどさ」
「もう出てこないよね?」
「この辺りにはいないんじゃないかな。全部飛び出てきた感じだったし」
サリーの予想通り、いるだけ全て襲いかかってきていたようでその脅威を排除した今、当分は静けさが約束されているようである。
「この辺はまだ何かある感じじゃないし、もう少し行ってみよう」
「何か沈んでないかなぁ」
「気をつけて探す他ないね」
「頑張ろっと!」
メイプルは左右を都度確認して何かものが転がっていないかを確かめながらサリーの前を進んでいくのだった。




