防御特化と亀裂。
首尾良く新たなスキルを手に入れることに成功したメイプルとサリーは次のスキルを探すことにして、日々水上をジェットスキーで走り抜けていた。
潜水服が強化されたことによって侵入に制限を受けている場所は無くなったものの、それはようやくスタートラインに立ったというだけであり、探索箇所はかなり多い。
「優先順位はもちろんあるけど、最後は総当たりに近いかなー」
「機械いっぱい沈んでるもんね」
次なる目的は『ロストレガシー』の使い道を見つけることである。アイテム名から予測し、あちこちに沈んでいる機械とかつての文明の跡を中心に探索を繰り返しているが、まだそれらしいイベントもダンジョンも見つかっていない。
「もう結構いろんなところ行ったけど……見つけるの難しいなあ」
「今日こそ見つかるといいね。ここもかなりありそうな場所だよ」
サリーはジェットスキーを停止させるとメイプルに水中の様子を見るように言う。言われた通りに水に顔をつけたメイプルが見たのは、遥か下の地面にできた巨大な亀裂である。
透き通った水中では遠くからでもその辺りを泳ぎ回る何体ものモンスターが見えるが、亀裂の奥は暗く深い青となっており、その内部の様子を知ることはできない。
「……ぷはっ、サリー!あの中?」
「そう。早めに行きたかったんだけど、中は酸素の減りが速いらしくて」
「それで今まで行ってなかったんだね」
サリーはともかく潜水服によって水中での活動時間を手に入れているメイプルは、強化して性能を高めておかなければ探索もしにくいのだ。
「底がどれだけ続いているか分からないのもあってまだ何かがあったっていう報告は上がってきてないんだ。基本暗いから何かがあっても見逃しやすいんだけど、じっくり探索もできないっていう」
「むぅ、なかなか大変そう」
「いいものを引き上げられると良いね」
「うん!」
二人はイズのアイテムを使い、きっちり潜水服も着込むとジェットスキーをしまって水中へと飛び込む。
「入口までもモンスターは結構多いから、メイプル頼める?」
「まっかせて!【全武装展開】!」
数が多い場合はサリーよりメイプルが適任である。メイプルは兵器を展開すると下を向いて沈んでいく。そうして、モンスター達が射程内に入ったところで一気に攻撃を開始した。
水を裂いて降り注ぐ弾丸とレーザーの雨はまだメイプルを攻撃対象として見ていなかったモンスターを次々に撃ち抜き、大ダメージを与える。攻撃を受けたことによってメイプルへ反撃しようと体の向きを変えるものの、上を取って既に射程内にモンスターを捉えているメイプルの方が圧倒的に有利なのは変わらない。
近づけば弾幕は濃くなり自ら死地に飛び込むのと変わらないが、そのままいても蜂の巣である。
「流石に相手にならないか……」
「これくらいなら大丈夫!それより急がないと!」
「うん。余計なところに時間をかける余裕はないよ」
こうして二人はモンスターを撃破しつつ潜り、無事に裂け目の入り口まで辿り着いた。今の二人なら通常のフィールドにいるモンスター程度に遅れを取ることはない。
「おおー……深いね」
通常の水中なら考えられないことではあるが、足元の巨大な裂け目から下は濃い青の絵の具を混ぜたように暗い色になっている。ここまでの透き通った水中とは違いその先は全く見えず、水中神殿の隠しルートよりなお暗いほどだ。
「行くよ。いつもより酸素の減りが速いから気をつけてて」
「分かった!」
二人はヘッドライトをつけると裂け目へ一歩足を踏み出す。
すると暗闇にズッと足が飲み込まれて、足下に地面がないことが伝わってくると共に二人の体は暗い水の中へ沈んでいく。
「すごーい、夜でもこんなに暗くないよ」
「本当にかなり暗いね。ヘッドライトが向いてる方以外は何か来ても気づけないかも」
この暗さでは少し気を抜くととなりにいるメイプルともはぐれてしまいそうになるほどだ。
「じゃあ……そうだ【身捧ぐ慈愛】!」
メイプルがスキルを発動すると光が溢れその背中に白い翼が現出する。
「これならサリーも守れるし目印にもなるよ!」
「おおー、一石二鳥だね」
少し前にメイプルが目印になっていたのは爆弾を抱えて空に打ち上がっていた時のため、それと比べれば随分健全な目印である。
「あとは飛び込んだ位置的に後ろが壁になってるからこれに沿って降りていこう。そうすればどうやってもライトで見えない背後からの奇襲は防げるはず」
「うん!そうしよう!」
サリーも警戒しているとはいえ、減らせるリスクは減らすに越したことはない。
「モンスターも変わるだろうから気をつけて、暗闇を上手く使って攻めてくると思う」
「おっけー!近づいてきたら攻撃だね!」
姿が見えないため先程のように遠距離から兵器によって先制攻撃はできないが、それがメイプルとサリーの得意分野というわけでもない。二人は後衛の魔法使いではなく、本来得意とするのは近距離戦なのだ。【身捧ぐ慈愛】も展開している以上、近づかれることはそう悪いことではない。
「本当に真っ暗だ……」
「真ん中の方から潜ったら背中側の壁もないからどこを向いているか分からなりそう」
「サリーみたいな戦い方だと良く動くもんね」
水中であることを利用して立体的に動いてモンスターを攻め立てることは可能だが、こう暗いと性格に自分の向きを把握していなければ潜っているつもりが浮上していたなんてこともありうる。
「ボスとか……とんでもないモンスターが出てこない限り、戦闘は抑え目に戦うよ。その分……」
「うん、任された!」
「ありがとう。無視できるモンスターは無視して進んで大丈夫。経験値を稼ぎにきてるわけじゃないし」
「分かった!」
欲しいのは経験値より酸素なため、余計な戦闘は避けて底を目指すことにしたのだ。
とはいえ亀裂は深く縦横の幅もかなり広い。ただ、壁際にはモンスターがそこまで配置されていないのか、二人は何かに出会うこともなくしばらく潜っていく。
「本当に進んでるのかな?」
「沈んでいる感覚はあるし大丈夫……のはず」
こう暗いとその場から動いていないような気すらしてくるが、そんな二人の目線の先にヘッドライトとは違う青い光がぼうっと浮かび上がったのを見て話は変わった。
「お。やっぱりちゃんと移動できてたみたいだね」
「アイテム?イベントかな?」
「動きはないけど……メイプル」
「なあに?」
サリーがメイプルにあることを話すと、メイプルはなるほどと頷いた。
「確かに……見にいく時は慎重に、だね!」
「うん。私達に不利な条件下だし、カバーし合えるとも限らないから」
あくまで慎重に、何かあったら下がることを意識して二人は一緒に光の方へと近づいていく。
そうして光に手が触れられそうな距離まで来た瞬間、何も見えない暗闇がゆらめき、ヘッドライトによって鋭い牙が照らし出される。
「メイプル!」
「うん!」
二人が素早くバックするとさっきまで二人がいた位置を飲み込むように開かれた口が閉じられる。
「やっぱり誘き寄せるためだった」
「サリーの思った通りだったね!」
暗闇に完璧に紛れるのもスキルだったのか、一度口を開いたことで姿がきちんと見えるようになった。暗闇は変わらないが、浮かび上がるように輪郭ははっきりとしている。
「チョウチンアンコウみたいな感じ?」
「モチーフはそれだと思う。見えちゃえばこっちのものだね」
サリーは水を蹴って加速すると一気に接近して大きな体の側面へと回り二本のダガーで斬りつける。隠れて相手を待ち構えるスタイルなだけあって、チョウチンアンコウの動きは鈍くサリーの機動力には全くついていけていない。
「【砲身展開】!【攻撃開始】!」
そんな動きでメイプルの弾幕から逃れることができるわけもなく、次々に放たれる銃弾が体を貫いていき次の行動を取らせずにその体を光にして消滅させた。
「ナイスメイプル!」
「これくらいなら大丈夫!」
「変なものが見えたら要注意だね。擬態して待ち構えてるかも。さっきのにはもう引っかからないだろうけど」
「分かっちゃったもんね」
「それとは別に普通に近づいてくるのもいるかもしれないから警戒はしておいて」
「はーい!」
こうして二人はモンスターを退け、さらに深みへと潜っていくのだった。




