防御特化と天よりの光2。
ギルドホームまで戻ってきて扉を開けると、そこには既に他のギルドメンバーが全員集まっていた。
「皆来てくれたんだ!」
「気になったしな。ったく結果出すのが早いなおい」
「面白いものが見られそうで楽しみだよ」
「早速訓練所に行きましょうか。他のギルドにはまだまだ秘密なのよね?」
「はい。隠しておけば初めて出す時に相手も怯むと思いますから。それにメイプルは今回のスキルが無くても戦闘に支障は出ないので……」
「理にかなっている。ただ、怯むようなスキルなのだな」
「どんなスキルでしょう……?」
「ううん、メイプルさんですから」
既に人の持つものでないあれやこれやが付属している今何が手に入っていてもおかしくはない。
「ふふふ、見れば分かるよ!」
八人はぞろぞろと訓練所へ入っていくと、少し前に出たメイプルのスキル発動を待つ。
「ちょっと待っててくださーい!えーっと、この後それもするから……よし【クイックチェンジ】!」
メイプルは装備を変更して真っ白な鎧にすると増えた分のHPを回復する。
「よーし!行きまーす!【救済の残光】!」
スキルの宣言とともに周囲の地面が輝きメイプルの背に四本の羽が生え、今までとは違う天使の輪が頭上に出現する。
「おお!なんだ、綺麗なスキルじゃないか」
「……何が出てくると思ってたのかしら」
「いやほら、深海とかだとすげえ見た目の魚とかも多いだろ?」
ちょっと前にも触手を生やし始めたところだったため、どんなとんでもないものが飛び出すかと身構えていた六人だったが、純粋に見栄えのいいスキルだったこともありほっと一安心したようだった。
「この範囲だとダメージ軽減と回復ができて状態異常への耐性も上がります!」
「効果は……【身捧ぐ慈愛】をよく使ってるメイプルには不要かもね」
二人が感じたことと同じことをカナデも口にする。【身捧ぐ慈愛】があればメイプル以外はダメージも状態異常も受けないのだから広範囲に効果がある意味がなくなってしまう。
「だが、メイプルは新しい羽が手に入ったということを嬉しそうにしているぞ?」
「……それもそっか。なら価値もあるね」
効果を説明したところで、メイプルは今度は全員に近くに来て欲しいと呼びかける。
「まだ何かあるんですか?」
「これだけじゃない……ってことですよね?」
「それは発動してからのお楽しみってことで!危なくはないから!」
全員でメイプルのそばまでくると、【救済の残光】の範囲内に全員が入ったことを確認してもう一つのスキルを発動する。
「ふー……【方舟】!」
メイプルのスキルの宣言と同時に地面を照らす光が強くなり、数秒して八人は光に包まれるとふわっと空中に浮き上がる。
「おおっ!?」
「へー、面白いなぁ。勝手に浮いたよ。シロップもこんな感じなのかな?」
そうして空中に避難したのを確認すると真下からは大量の水が溢れ出し、凄まじい勢いで訓練所を埋め尽くしていく。設置されていたダミー人形も滅茶苦茶に押し流されていく中で八人を包む光は強くなって目の前が真っ白になる。
その直後一瞬上に引っ張られるような感覚がしたと思うと、八人は水が引いた地上、しかし元いた場所とは違い訓練所の壁際まで移動していた。
「よかった、成功!」
そう言うメイプルの背中からは羽が消失しており他の変化も元に戻っている。
「大丈夫そうだね」
「うん、皆と一緒に戦う時に使えるといいなって!」
メイプルは動作確認をした上でスキルの詳しい効果を全員に伝える。【方舟】は【救済の残光】発動中にのみ使用でき、5秒の待機時間の後浮き上がって大量の水で攻撃するスキルだった。ただ、攻撃はあくまでおまけと言えるもので、メイプルがやりたかったのは移動の方だ。浮き上がった後、20メートル近くある【救済の残光】の範囲内の任意の場所に効果を受けている味方と共に転移するというものである。
【方舟】を使うと【救済の残光】の効果は切れてしまうものの、メイプルにとっては特に問題のないことだ。
「なるほど……詠唱時間もメイプルの防御力があれば大きな隙にはならないだろう」
「物陰から背後に飛んで奇襲するとか、戦闘中に水で怯ませているうちに背後をとったり……避難にも使えるな!」
連発はできないためこれでメイプルの移動能力が改善されるわけではないが、戦闘中の選択肢が増えるのは喜ばしいことだ。
大量の水で視界を奪い目の前から一瞬にして背後に転移した時、相手が初めてそれを体験するのであれば不意をつける確率も高いだろう。
「隠しておくと上手く使える場面があるかもね。初めて見た時は混乱するだろうなあ」
「水も結構ダメージあるんですね!」
「置いてあった人形が……」
移動の方に興味があったメイプルにとってはおまけだったが、荒れ狂う水の威力も中々である。スキルの試し撃ち用に設置されていた人形をボロボロにする威力なら、防御力が低い相手には十分脅威になるだろう。
「もう一つスキルがあるので待っててくださいね!【反転再誕】!」
メイプルはスキルを別のスキルに書き換えると今度は全員に離れるように指示する。
【反転再誕】によって変化するスキルが【救済の残光】であることは全員が察しているため、言われた通りに下がっていく。メイプルにとっては効果が小さいとはいえ、変化元のスキルの格が相当なものであることはメイプルの見た目の変化から読み取れる。であれば変化先のスキルもそれ相応になるだろう。
「範囲外まで出てくださーい!」
「範囲外!?相当広いぞ?」
クロムが驚くのも無理はない。【救済の残光】の範囲は【身捧ぐ慈愛】同様かなり広く、その範囲内にいてはならない何かが起こるとなればその危険度はかなりのものだ。
「【滅殺領域】!」
メイプルの宣言と同時、その背に黒い羽が伸び頭上に赤黒い光を放つようになった輪が出現する。黒い光は装備の色すら黒く変化させていき、バチバチと赤黒いスパークが散る中、地面は黒く染まりそこを同じ色の光が駆け回る。スキル名とエフェクトからして踏み込んだ者はただでは済まないことが分かる。
「メイプルー!どんな感じ?」
「えっとねー、これはこのままだと入ってきた人全員にダメージを与えて、ダメージを与えたら状態異常と回復効果減少だって!」
元のスキルの効果を逆転させたような能力だが気になるところは全員にダメージを与えると言うメイプル の言葉である。
「全員って味方もか?」
「はい……そうみたいです」
このまま足を踏み入れればサリー、マイ、ユイが即死。次いで体力の低いカナデとイズが消し飛ぶことになるだろう。
「……ただ、ダメージは見ておきたいのはあるよな。せっかく訓練所なんだから……よし、ここは一旦俺が入ってみようかと思うんだが」
「そうだな。クロムがどれくらいダメージを受けるかによって、戦闘中の効力を予想することはできるだろう」
クロムはトップクラスの大盾使いであり、入ってすぐ死んでしまうということもないだろう。せっかく試しているのなら与える被害も見ておきたいものだ。
「よし、入るぞ!」
クロムがそこに足を踏み入れるとその体を伝うように光が弾け、そのHPが減少する。
「メイプルがダメージを与えられるなら攻撃力依存ではないみたいだが、耐えられないことはないな」
ただ、一定時間ごとにダメージが入りパッシブスキルでの回復が阻害されていくとじりじりとHPの減少が多くなっていく。
「っと、流石にずっといるわけにはいかないな。結構痛えわ」
「クロムにもダメージが入るなら実戦でも使えるだろうな。展開するだけで魔法使いなどは離れる他ないだろう」
「あ、クロムさんもう一つ試したいことがあるので!」
「ん?ああいいぞ」
「じゃあ【身捧ぐ慈愛】!」
メイプルの四つの黒い羽の間から真っ白い羽が伸びてきて地面に新たなフィールドが展開される。赤黒いスパークと柔らかな光が訓練所を照らし出す中、メイプルは改めてクロムにこの上に乗ってほしいと伝える。
「確かにこれならいけるか……?」
クロムが再度領域内へ足を踏み入れると再び赤黒い光が襲ってくるが、それは【身捧ぐ慈愛】によってメイプルに受け止められる。
クロムよりも遥かに防御力の高いメイプルは自分のスキルを無効化して、クロムにいくはずだった被害をなかったものにした。
メイプルならば自分以外全てを焼き尽くす領域を展開しつつ、味方を守ることができるため、有利なフィールドだけを適用可能なのだ。
「おっ、これなら問題ないな!俺じゃなくてもちゃんと安全に乗れるぞ」
「戦略に組み込んでおくよ。メイプルを魔法使いの中に飛び込ませたらかなりの被害が期待できそうだし」
「突然降ってきたら怖いわねえ……」
「うん、驚くだろうね」
今まで以上に無差別な殺戮が可能になったメイプルのこれからの成長も期待しつつ、次の対人戦を見据えて同じように強力なスキルを探して、全員はまた探索へと向かうことにするのだった。
所変わって現実世界。日差しも強く夏になったことを実感させる中、楓はまだ比較的涼しい朝の通学路を歩いていた。
「あ、おはよう理沙」
「おはよう楓。暑くなったねー」
「あはは、もう夏だねー」
時間が過ぎるのは早いもので、二人がゲームを始めてから一年と半年ほどが経過したことになる。
話しながら学校までの道のりを進んでいると、話題は次第に共通のもの、ゲームの話に移っていく。
「今度は『ロストレガシー』の方を探しに行かないとだね」
「うーん……どこにあるかなあ」
「気長に探してみるしかないけど、前提のアイテムを手に入れてるだけ他の人より進んでるからさ。ほら、アイテムの存在を知らないなら行き着いてもスルーしちゃうかもしれないし」
二人はロストレガシーという名前から機械に関連していそうだと当たりをつけているが、そもそも持っていない人は探索箇所を絞ることもできないのだ。
「手に入れたのは七層のイベントの時だったけど……」
「八層にあると思うよ。前回のイベント事態が八層に紐づいたイベントって感じだったし」
「うん、全体的に水って感じだったもん」
「夏が来てるし涼しげでよかったかな?」
「八層もいるだけで涼しくなるよね」
「だねー……気づけば八層かあ」
「どんどん増えていったね!」
「新層にタイミングを合わせて今までの層にもイベントが追加されたりしてるし、またどこかで見に行ってもいいかも」
カスミがテイムモンスター獲得のきっかけを四層で見つけた時と同じように、イベントは後から追加されることもままあるのだ。
もちろん、最新の層に紐づいたものが多くはあるが層ごとに独立した完全新規イベントもある。
「まだまだ見つかってないのも多いだろうし、探索する先はいくらでもあるから時間があってもあっても足りないくらいだよ」
レベル上げをしつつ、探索もしてとなると時間はあればあるだけ欲しくなる。各層はそれぞれ広く、イベントも増えていくとなればそれも当然のことだ。
「すごいねー、やることいっぱいだ!うぅ……来年は時間が足りなくなっちゃうからなあ」
「来年……そうだね」
二人はまだまだ学生の身であり、来年は特に集中して勉強する必要がある。楓の言うことはもっともであり、特段成績が落ちたわけではないものの理沙もまた勉強するようには言われるだろう。
「……ま、それもまだ先のことだから」
「そうだね!」
今はまだ夏である。それを意識するのはもう少し先でも構わないだろう。
「それに楓は今も勉強きっちりやってるし、大丈夫なんじゃない?」
「そうかな?……そういう理沙は大丈夫なの?」
「これでもあれ以降ちゃんとやってるからね。私もキープしてるよ」
「おおー!じゃあ安心だね」
「ふふ、今はゲームに専念できるよ」
二人はそうして話をしながら学校まで歩みを進める。楓は次はどんなイベントに出会うか楽しそうに想像しながら、理沙はそんな楓を見つつこれからのことを考えて、二人教室へと入っていくのだった。




