防御特化と天よりの光。
反応がある方へと進路をとりつつ水中を泳いでいくと、モンスターが明らかに変化したのが見てとれる。今までは水でできたモンスターばかりだったのが、今度は無機質な石材や金属でできたゴーレム系統がほとんどになったのである。
それらは水中でも機敏に動き的確に攻撃してくるうえ、魔法も物理攻撃もこなす器用なモンスターだったが、攻撃を跳ね返してくる能力がなくなってしまったため、メイプルにとっては倒しやすくなっただけだった。
「【攻撃開始】!」
「流石に全弾受けたら耐えられないか……」
「通路は水の流れもないし、真っ直ぐだから当てられるよ!」
今もまた惜しみなく展開された兵器によって生み出された弾幕が近づいてくるゴーレムを一体光に変わっていった。
与えられるダメージは変わらないため、階層が増えモンスターが強くなる度物足りなくなっていくことは確定しているものの、それでも正面からまともに弾幕に突っ込んで生き残れる者はまだまだ少ないのが現状である。
モンスターは弱いというほどではないが、二人の脅威となるようなものでもなく、特に策を練らずとも正面から突破することができていた。
「よしっ!これなら大丈夫!」
「……普通に戦ったら、勝手が違う水中プラス広範囲攻撃なんだけどメイプル相手はなあ……あとは、神殿の方から繋がってるとしたら、向こうのボスがメインだったのかも。ボスはいつもイベントの最後にいるとは限らないし」
「なるほどー」
二人は山々の内部を上へ上へと進んでいく。外に出ないため正確な位置は掴めないものの、緩やかに登っていることだけは確かである。
こうして、メイプルとサリーは目の前に現れるモンスターを一体残らず撃破し、連なる山々の内の一つの頂上へと辿り着くと辺りを見渡す。
遠くから見た時はエフェクト付きの水流が邪魔でよく見えなかった山頂は、特に何かがある様子ではないものの、上から衝撃がかかったように平らで広くなっていた。
「あんまり山頂って感じじゃないけど……ここから直接別の場所へ移動していくのは無理だし、メイプル反応はどう……メイプル!?」
サリーが振り返るとメイプルの胸の辺りが発光しており、慌てて無事かどうかを確認する。
「大丈夫だよ!き、急に光りだしたけど……」
「すごい反応してるってことかな?何かあるかもしれないし、歩き回ってみて」
「うん!」
メイプルは見逃しがないように端から歩いて広い山頂を調べ始める。
サリーはその後ろをついていきつつ、何かあった際の緊急避難に備えていた。特に敵影もなく、問題ないだろうと予測していたサリーだったが、その目の前でメイプルが何の前触れもなく一瞬にして消失したことで目を丸くする。
「えっ……!?」
転移の魔法陣でもなく、モンスターの気配もない。そもそも奇襲ができるような地形でもないのだ。メイプルが歩いていた場所をチェックしようと駆け足で近づいていったサリーは、直後何もない空間から前触れもなく何かが出てくるのを見てギリギリで停止し、バックステップしながらその正体を確認する。
「め、メイプル?」
「あ!サリー!大丈夫だった?」
「う、うん。ほんの一瞬だったし……モンスター出現の合図っていうわけでもなかったから。でも……それ、どうなってるの?」
サリーの目の前には空中に浮かぶメイプルの生首があった。正確には何もない空間から頭の前半分だけが、壁にお面でも掛かっているかのように浮かんでいるのだが、兎にも角にも不気味である。
「こっちに来れるかな?えっと手を……はいっ!」
そう言うと今度は顔と同じような感じでメイプルの腕が伸びてくる。いつかのように偽物のメイプルだという様子でもない。メイプルなら何も伝えずサリーを危険な場所に引っ張り込むようなことはしないため、この手をとっても問題はないだろう。
「いいよ。掴んだ」
「じゃあそのまま進んできて!」
メイプルに言われるまま一歩踏み出すと、見えない壁をすり抜けたように膝から先が見えなくなる。しかし、ダメージなどはなく見えないものの足の感覚もあり向こうで地面を踏みしめているのが伝わってくる。
サリーがそのまま前に歩いていき見えない壁をすり抜けると、そこでは眩しい光が降り注いでおり、水中との差に反射的に目を閉じるが、光に目を慣らすようにゆっくりと開いていく。
「これは……」
「すごいでしょ!」
目の前に広がっていたのは八層ではどこにもみられなかったような地上の景色だった。地面は草花に覆われ、動物が駆け回っている様子が見られ、鳥の囀りも聞こえてくる。そして何より違うのはこの場所は水に沈んでおらず、見上げればそこには遮るもののない空が見えた。
判定としても水中ではないようで、既に潜水服を脱いでいるメイプルに合わせて、サリーも潜水服を脱ぐ。
「完全に隔離された空間なのかな。転移したわけではないみたいだけど」
「サリーの後ろ辺りから外に繋がってるみたい!」
それはメイプルが顔だけ突き出してサリーを呼んだことからも察せられる。
動物達も敵対的ではないようで、二人に気付いてこそいるものの攻撃してくる様子はない。
「で、それはそれとして……明らかに怪しいものがあるね」
「うん、あれだね!変わった形……」
他の層と変わらない地上の景色とそこに住む生き物達以外に、ここには見逃しようもないものが一つ配置されていた。
それはボロボロになってしまっているものの、確かにそれと分かる形を残す木製の大きな船だった。側面に大きな亀裂が入り、植物に侵食されてしまいすっかり動物の住処となっているが、飛び上がるなり亀裂に入るなりすれば内部も探索できそうである。
「また光が強くなった?」
「ちょっと眩しいかも……」
変化が起こっていることから何かに近づいており、明らかに雰囲気の違うこの場所からその何かまではもうそう遠くないことが予想できる。
「入らないで帰る訳にもいかないし、行ってみよう」
「もちろん!」
二人が所持する回数制限付きのスキルもまだ残っている。リソースが削られていないなら、よっぽどのことが起こらない限り二人がやられることはないため、ここまできて探索を躊躇う理由はない。
「どこから入る?」
「やっぱりちゃんとした入口からの方がいいのかな?あの割れてるところは違いそうだし……」
「なら上だね。糸繋いで行ってもいいけど……結構高いしお願いできる?」
「うん!シロップ【覚醒】!」
メイプルはシロップを呼び出すとそのまま【巨大化】させて宙に浮かべる。
モンスターがいないなら、急いで登らなくとも問題ないのだ。そうしてシロップの背に乗って上昇していくと甲板部分が見えてくるが、そこにもモンスター等がいる気配はなく草花の絨毯の上で動物達が眠っているだけである。
「降りても大丈夫そうだね」
「そーっと降りるよ」
メイプルは甲板の高さまでゆっくりと高度を下げて、船へと移るとシロップを一旦指輪に戻す。
「じゃあ早速中に入ろうか」
「おー!」
二人は内部へ続く階段を下りて様子を窺う。ただ、外まで広がっていただけあって船の内部も植物で溢れており、本来あっただろう家具などは最早見る影もない。
「中もモンスターはいないみたいだけど……一応警戒はしておくね」
「ありがとー!何かあるかな?」
「あるとしたら奥だろうね。そこから他の部屋とか通路とかに繋がらないような所」
「探してみる!」
「うん、そうして」
大きな船ではあるものの、探索できる場所は限られており、メイプルが反応の変化に合わせて移動していけば大きく迷うこともない。
そうして、目的の場所は程なく見つかった。
メイプルの胸元の光に呼応するように淡く光を放つのは、船の中心部にあったため未だ壊れずに残っていた壁のレリーフだった。
「ボス……って感じではないみたい」
「近づくよ?」
「いいよ。敵の気配も感じない」
サリーが警戒する中メイプルが何があってもいいようレリーフに近づいていき、それに手を触れた瞬間、メイプルの体から発せられていた光は一気に強くなって船室内を照らし出す。
それに合わせて地響きがして、今乗っているこの船が大きく揺れる。
どうやらそれは山が揺れているのではなく、船自体が未知の動力で動こうとしているためらしかった。
「わわわっ!?」
「動く……!?」
互いの姿も見えない程の光の中それぞれが体勢を整えて揺れに対処するものの、しばらくして光は収まっていきやがて船の揺れも完全に収束した。
「と、止まった?」
「……もう動かすことはできないのかもね。ほら、外から見ても分かるくらい壊れてたし」
「なるほど……そうかも」
この船を動かして持っていけるならすごいお土産になるのだが、そんなことはできないようだった。
「そうだ!メイプル、何か変わった?揺れもすごかったし、こっちまでアナウンス聞こえなくて」
アイテムやスキルに何か変化はないかと尋ねられて、メイプルは改めてそれらを確認する。
「『天よりの光』がなくなってて、代わりにスキルが……うん、一つ増えてる!」
「やっぱりそっちかあ。で、どんな感じ?よければ見たいな」
もちろん今ここで使えるようなものであればの話だが、どうやら鍵となったアイテムの雰囲気通り、危険性の高いものではないようでメイプルはちゃんと効果を読んだ上で発動を試みる。
「【救済の残光】!」
スキルの宣言と同時、先程と同じような強い光が放たれ。メイプルの頭上に今まで見慣れたものとは違う尖った光が集まってできた輪が出現し、髪の色は金に目も青へと変わり、背には計四本の白い羽が生えて地面が発光し始める。思っていた以上のメイプルの変化にサリーは目を丸くしていたが、メイプルに近付いてどんなものかと様子を確認する。
「【身捧ぐ慈愛】に近いけど……それが進化したって感じ?」
「ううん、それとは別!ほらっ【身捧ぐ慈愛】!」
メイプルが続けてスキルを宣言すると、もう二本白い羽が伸び、既にあった光の輪の内部に今まで通りの丸い輪が生成される。
「効果は?」
「えっとねー……範囲内にいる味方の人は状態異常への耐性が上がるのと受けるダメージが減るのと、徐々に回復するって感じ!」
「動ける【天王の玉座】みたいなスキルってことかあ……それだと私はとりあえずいいかな?」
サリーではダメージ軽減を行なっても一撃なことに変わりはなく、そもそもHPが減ったうえで生きている状況が存在しないと言っていいため回復効果も発揮されないだろう。
それに、【身捧ぐ慈愛】のように範囲内に効果があるのなら、メイプルとパーティーを組むことが多いサリーがもう一度ここまでの道のりをクリアして手に入れる必要もないと言える。
「メイプルじゃなければ範囲軽減スキルがいくつも重なるとすごい強化なんだけど……素で弾いちゃうからね」
【身捧ぐ慈愛】と持ち前の防御力で既に周りは傷つかないため、そこまで出番がないのも事実である。サリーとは別の理由でダメージ軽減も回復もほとんど使わないメイプルは【天王の玉座】も基本的に封印効果の方のみ役立てている状態なのだ。
「でも見た目はすごいね。また格が上がった感じするよ」
「羽増えたもんね!」
「これで飛べたらもっと強いんだけど……」
「それは爆発頼りかも」
背中の羽を動かそうとしてはみるものの、羽ばたいて飛んでいけそうな様子はない。
「収穫はあったかな。スキルはそれだけ?」
「えーと、【毒竜】みたいな感じでもう一つ!あと……やっぱり!【反転再誕】もできるよ!」
「なるほど?」
「皆にも見てもらおう!スキルも皆がいた方が分かりやすいと思うし!」
そう言ってメイプルはサリーにウィンドウを直接見せて内包されているスキルを確認させる。
「確かに……そうかも。使う時は周りに人が多い時になるだろうし」
「だよね!」
「いいんじゃないかな。あ、新しい方の羽はしまっておいて。すごい効果ってほどじゃなくてもここぞって時に出したら一瞬動きも止まるだろうから」
「うん!切り札みたいにってことだよね!」
「そそ。ふふっ、分かってきたじゃん」
「えへへー」
ここでの用も済んだため、それなら早速戻ることにしようと、ログインしているギルドメンバーに連絡を取って、ギルドホームへ来れる人を呼んでから帰路に着くのだった。