防御特化と水中神殿3。
滝壺は縦に深くなっており、水面から見ていた時には気づけないものの、水の中へ潜ってみると確かに何かが光っていることが分かる。
「まっすぐ沈むよ」
「うん」
メイプルが変わらず【身捧ぐ慈愛】を発動させており、安全確保は問題ない。そんなメイプルが遅れないように手を引いてサリーは滝壺の底へと泳いでいく。
特にモンスターがいるでもなく、無事に深くまで潜った二人が見つけたのは四方向に続く巨大な穴と、二人の身長と同じくらいのサイズの淡く光る真珠色の大きな鱗だった。
「光ってたのこれかな?」
「位置的に多分そう。それっぽいことはきいてないし、ここはまだ見つかってなかったかも」
水中神殿の中盤の滝の底。メイプル達のように跳ね飛ばされてなお生きているというのは基本ないパターンであり、安全にここに辿り着くにはギミックを解除して目の前に通路が開けたタイミングでわざわざ滝壺に飛び込む必要がある。
ここに来ることができているプレイヤーが多いわけでもないため、まだ見つかっていない場所がある可能性は否定できない。
「こっちは普通のルートじゃないんだよね?」
「そのはず。水中神殿だけどダンジョン内は潜水服がいらないってことだったから」
「奥見にいこう!」
「うん、息が続く内にね。この先どうなってるか分からないし」
周りを取り囲む大きな穴にこれといって違いはないため、二人はとりあえず一つを選んで先へ進んでいく。
「さっきの鱗大きかったね」
「この先に相当大きい何かがいるかも。裏ボスか……うろついててもおかしくないね」
入り口に鱗が落ちていたのだから、第二回イベントの時のカタツムリのように、この広い空間を泳ぎ回っている何かがいてもおかしくはない。
「慎重に、でも急いで行かないと!」
「メイプルは限界が来るのも早いからね。周りは警戒しておくから」
サリーが僅かに先行して何かが泳いでいたりしないかを確認し、メイプルは今までと同じく【身捧ぐ慈愛】だけ展開して、自分にできる限りの警戒をする。
そうしてしばらく進んでいくとまさに水中神殿といったようなものがあったのか、既に砕かれて瓦礫となってしまった建物の残骸が転がっているのが目に入る。
「こっちが本当の水中神殿なのかも」
「ちゃんと水の中だもんね!」
「うん。って言っても壊された後みたいだけどさ」
建物は水の浸食などにより自然に風化し壊れていったというよりは、大きな何かが無理矢理通路を通ったことで抉るように破壊されたという方が正しい壊れ方をしていた。
「周りの壁も硬そうだし、すごい力なのかな?」
「マイとユイほどじゃないといいけど」
未だ姿が見えない何者かは、入り組んだ水中神殿の中をめちゃくちゃに泳ぎ回っていたようで、残骸が転がる見た目の変わらない通路が右へ左へひたすら続いている。
「うーん……どっちに行くのが正解なんだろう」
「かなり広いし目印になるものがあると思うんだけど……予想通り!」
少し先行していたサリーは泳ぐのを止めてメイプルを呼ぶ。そうして指差した先には入り口にあったものと同じ淡く光る白い鱗があった。
「おおー!じゃあ合ってそう!」
「ここは通ってるってことだしね。どんどん探そう」
「うん!モンスターも出てこないみたいだし」
メイプルの言うように、先程までのようなゴーレムはもちろんのこと、魚系のモンスターも全く見かけない。
光る鱗が分かりやすいようにか、薄暗くなった水中に瓦礫だけが転がっており、動くものが何もいない様は少し不気味ですらある。
「探索に集中できるならそれに越したことはないけど……特にこれといって何もないからなあ」
特殊なものは鱗だけである。それも二人の背丈ほどあってこの薄暗い中光っているとなれば見逃すはずもない。
「メイプル底の方に何かあった?」
「全然なーい!潜水服の素材も落ちてないよ」
「とりあえず進むしかないか……何かあったら分かりやすく通路の雰囲気とか変わるだろうし。酸素の方に気をつけよう」
「うん!」
この後に水上に出られる場所が用意されているかは分からない。そして、道中に妨害要素がないのであれば、最奥に待ち受けるものがその分強力になっていても不思議ではない。
メイプルの勝ちパターンの一つである持久戦もこの環境下では難しいため、サリーの言うようになるべく急ぐ必要がある。
「細かいところは私がチェックするよ。結構進んだし違和感とか気づけると思う」
「流石サリー!」
ここへ入ってきた時のように思わぬ場所に隠し入り口があるかもしれない。
二人はそういったものに注意しながら、最奥にいるだろう何かの元へ向かっていく。
特段規則性があるでもなく、突然壁や地面に刺さる形で残された鱗を追って進んでいるうち、薄暗かった水中はさらに少しずつ暗くなり、見通しが悪くなる。
少し前から二人はヘッドライトをつけており、言った通り細かな探索はサリー中心になっていた。
「あ!また鱗あったよ!」
「暗くなってもあれは見やすいからいいね。何も見えないってほどじゃないんだけど、何かあるかもっていつもより気を使うし」
メイプルが少し先行したのにすっと追いつき、いつも通り鱗に何か特別なヒントがあったりしないか確かめていると、突然ズズっと地面に何かを引きずったような揺れを感じた。
「……ちょっと揺れた?」
「うん。気のせいじゃない」
下で何かが動いた気配。目的地はそう遠くはないようだった。
「周りも見にくくなってるし気をつけて。まずそうなら【身捧ぐ慈愛】は解除しても大丈夫」
「分かった!サリーも何かあったらいつでも声かけてね!」
「もちろん。頼らせてもらうよ」
敵の気配に警戒を強めて更に進んでいく二人は、周りが見にくいながらも、トンネルのようになっていた通路が終わり、広い空間に出たことを理解する。
「わー……暗いね」
「……でも、何かいる」
「えっ!?」
サリーが見ているのに合わせて、メイプルも下を向く。それに呼応してか、暗い暗い水の底で大きな黒い影が地響きと共に動いたのがメイプルにも分かった。
さあどうくるかと構える二人の前で水の底がぽつぽつと淡く光り始め、光は次第に影だった物を浮かび上がらせていく。
光り始めたのは道中にあったものと同じ鱗。と言っても抜け落ちた物などではなく、光の塊は水底からゆっくりと動き出す。
全身が淡く光る鱗に覆われたそれは魚と龍の混ざったような、数十メートルはあろうかという巨体だった。腕や足は小さく退化しヒレに近くなっており、触手や髭に見えるものが何本も伸びてうねっている。光る体が暗がりを照らす中、水底の砂を巻き上げながらそれは体を持ち上げた。
「おっきい!」
「何してくるか分からない、気をつけて!」
二人が戦闘態勢を取ったその時、水流と共にボスは一気に上昇する。その巨体に似つかない速度を見て、サリーは水を蹴り一気に加速する。
「【超加速】!」
「か、【カバームーブ】!」
加速したサリーに無理矢理ついていくことで直撃こそ免れるものの、ボスが移動することで引き起こした流れは二人をそのまま押し流す。
ボスと二人の位置が反転する中、大きな尾ヒレが動いて、二人の方に向き直るのが見えた。
「思ったより速い!メイプル、避けれる?」
「今の感じだと難しいかも……」
メイプルの移動速度的に泳いで避けるのは不可能だ。サリーがずっと隣にいなければ、回避し続けることはできない。
「一回受けてみるよ!今までも突進とかは貫通攻撃じゃなかったし」
「……おっけー。じゃあ分かれよう。まずはメイプルが引きつけて、その間に私は周りで動き回って攻撃する」
「うん!」
突進が貫通攻撃だった場合は二人の役割が逆になる。再度突進してくるのを確認して、サリーはメイプルから離れて巻き込まれないようにして、確実に死角へ入り込みにいく。
「【挑発】!」
メイプルは真っ直ぐに突進してくるボスを大盾を構えて受け止める。が、ここは水中、地上のそれとは訳が違う。
「わわわっ!?」
【悪食】は頭部をそのまま喰らっていき、かなりのダメージを与えるが、突進はそれでは止まらずに支えのない水中にいるメイプルを吹き飛ばす。
メイプルは水底に直撃して、着弾点には砂煙が舞う。
「今は、やることやらないと【水纏】!」
メイプルがどうなったか心配するサリーだが、【不屈の守護者】も残っているならやられてしまうということはない。であれば、メイプルが作ってくれた隙を利用するのがやるべきことだ。サリーは青い装備でダガー二本を構えるとボスの長い背に沿うように泳いで勢いのまま斬り裂いていく。一撃毎に追加のダメージが入ることもあって、ステータスが多少落ちようとも、こちらの装備の方がダメージは出る。
「これだけ大きいと小回り効かないでしょ!」
ボスは体を回転させてサリーを振り払おうとするものの、適切に距離を取って体の周りを泳ぎ回るサリーに上手く攻撃できないでいた。
「【全武装展開】!【攻撃開始】!」
そんなボスに対して、砂煙を吹き飛ばして地面から弾丸とレーザーが飛んでくる。
「サリー!大丈夫だよー!」
自慢の防御はこの巨体の突進も問題なく弾き返したようで、銃撃に混ざってメイプルの声が聞こえてくる。
「うん!安心した!……これなら攻撃に集中できる」
体を使っての攻撃は普通のパーティー相手なら、巨体故に避けにくく全体に一度に攻撃でき、かなり壊滅的被害を期待できるのだが、正面から受け止められてはどうしようもない。
サリーなら突進は回避できる。メイプルなら突進は受け止めることができる。
突進、尾鰭での薙ぎ払い、絶え間なく移動しての攻撃、それら全てが被害をもたらさない。正攻法かつパターンの決まった動きではこの二人を突き崩すことはできないのだ。
その分高く設定されたステータスはメイプルには及ばず、サリーには当たらないので意味がない。
水中に眠る巨体はその威圧感に見合った被害を出すことなくジリジリとHPを削られていく。
「【滲み出る混沌】!」
何度目か分からない突進によって大きな口を開けて向かってくるボスに、召喚した化物が正面から激突して大きくHPが削れその突進が停止する。
「どんどん撃つよ!」
メイプルが射撃を続ける中、サリーもまたチャンスとばかりに攻撃する。しかし、ボスは反撃するでもなく二人を振り払うと、サリーですらついていけない速度で一気に上昇する。
「あれ?行っちゃった」
「いや、逃げただけじゃない!」
上昇したボスは逆さになって顔を二人の方に向けると、伸びていた何本もの髭をぐにゃっと曲げて顔の前へと持ってくる。
二人の近づけない距離で、尾ヒレから順に纏っていた光が消え薄暗い水に溶け込んでいく。
そうして消えた光はどこかへなくなってしまう訳ではなく、それに合わせて髭の先に光が集まり大きくなっていく。
ここまでくれば、ある程度同じようなものを見たメイプルにも何が起こるか察せられるというものだ。
「撃ってくる!?」
「撃ってくる!構えて!」
「【ヘビーボディ】!【ピアーズガード】!」
スキルを発動させて、大盾を正面に持ってくる。そうして防御の構えを取ったところで、上から光の柱が降ってくる。
「大丈夫!後ろにいて!」
「うん、任せるよ!」
サリーが後ろに隠れた所で、光が二人を包み込む。一瞬、何も見えなくなる程の光。それはメイプルの盾に飲み込まれて、しかし、全て飲み込む前にその光は弾けて四方に拡散していく。
「あれ?」
ふと拡散した光の行く先を目で追ったメイプルが見たのは地面や壁に刺さっていた黒い鱗に光が吸われて輝き出すところだった。
「ちょっと……嫌な感じ」
サリーの直感は正しく、本体からの光線は止まったものの、大量の鱗がそれぞれ発射装置と反射装置になって、細い光線が滅茶苦茶に跳ね回り始めたのだ。
「サリー」
「うん。今のままあると助かる。避けるようにはするけどね」
【身捧ぐ慈愛】の確認をした所で、跳ね回る光線はいよいよ二人が無視できないほどの量になっていく。
ボスは依然として光を失った黒い鱗のままであり、エネルギーが溜まっていない内はあのレーザーを再び撃ってくることはないだろう。
「突進だけ気をつけるね!飛ばされちゃうから!」
「おっけー。攻撃に回るよ!」
メイプルは背中を壁につけて正面から突進されても叩きつけられるだけの位置を取り、【身捧ぐ慈愛】の範囲を動かされないよう安定させる。こうすることでサリーも安全地帯として攻撃に取り込みやすいのだ。ダメージを受けないメイプルだからこそ、この立ち位置を取ることができる。
サリーは一気に浮上し、ボスとの距離を詰めるが、当然鱗から鱗に跳ねる光線が全方向から襲いかかってくる。
「練習になるよ。これくらい……避けないと!」
水中なため、地上とは勝手が違うはずだが、サリーにとってはもうどちらでも関係ないようで、急ブレーキと急加速を利用して隙間を縫ってボスへと迫る。
弾幕を張るような攻撃の回避はサリーにとって必須である。それは本来相性の悪い相手と正面から戦うためであり、それができなければ土俵に上がれないからだ。
「【トリプルスラッシュ】!」
薄暗い水中を斬り裂いて、斬撃とダメージのエフェクトが舞う。
光を失ったボスは暗がりに溶け込み距離感を測りづらいものの、サリーは変わらず数センチ単位の正確な動きを続けていた。
「もっと余裕を持てるようにならないと……!」
周りからの光線を避けつつ、ボスが身を捩って吹き飛ばそうとするのを的確に離れてやり過ごしてなお、サリーはまだ上達を望んでいた。
ただ、サリーがどう思っているかとボスが攻撃を当てられるかは別である。
まだ上達する余地があったとしても、仮に完璧でないとしても、今現時点でサリーに全く触れられないことが全てである。
「メイプル!行ったよ!」
「任せて!【水底への誘い】!」
潜水服の中から膨れ上がるようにして、薄暗い水中よりもなお暗い黒をしたもやが溢れ出し、メイプルの左腕が触手に変化していく。
盾を構えずともダメージがないのなら、やるべきことは待ち構えて、あらゆるものを貪るその腕で喰らい尽くすことだ。
5本の触手をぐわっと開くと突進してきたボスの頭部を握り潰す。力など関係なく、触れたものを飲み込む特性によって、触手は抵抗なくボスの頭に沈み込み五つの大きなダメージエフェクトが噴き上がる。
「わっ!?と、とまらない!」
メイプルに頭を抉られてなお突進は止まらず、ボスは壁に密着したメイプルをすり潰すように体を押し付ける。
それにより展開していた兵器は粉々になったものの、メイプルはむしろ近づいてきてくれた分他の攻撃ができると、押しつぶされながらスキルを発動する。
「【捕食者】!【滲み出る混沌】!」
三体の化け物が身体を食いちぎって、触手と共にダメージを与えると、HPを大きく削られたボスはふらふらと離れていく。
「毒……はダメだから【砲身展開】!」
水中では自分以外全てを無差別に巻き込んでしまうため毒は使えない。メイプルが背中からいくつもの砲身を展開すると、それは一斉に火を吹き、逃げるボスを追撃する。
「サリー!行ったよー!」
「大丈夫!」
メイプルは駄目だとサリーに標的を変えるが、こちらも駄目なのは既に分かっていることである。メイプルを攻撃している間も、飛び交う大量の光線はサリーを捉えられなかったのだ。
サリーにしてもメイプルにしても、その防御能力の持続に明確な時間制限はない。片やプレイヤースキル、片や常時発動中のスキル、当たらないなら、効かないならその関係はどれだけ経っても変わらない。
「【サイクロンカッター】【クインタプルスラッシュ】!」
特殊なスキルでも大技もない、基本的なスキルの派生先での攻撃。それでも、それらは確実にボスのHPを減らしていく。一方的にダメージを与えられているなら、それ以上のものはなくとも構わない。
それに、もし必要ならば今のサリーはほんの一瞬だけメイプルの力を借りることもできるのだ。
「【クイックチェンジ】!【砲身展開】!」
サリーの背中に黄色のポリゴンが収束し、いくつもの砲身が出現すると、メイプルのそれと同じように火を噴いた。
「【虚実反転】」
近距離から放たれた攻撃はボスを貫いて逆側に貫通し、ダメージエフェクトに混ざりつつ背中の武装と共に黄色い光に変わって消えていく。
「撃ち続けられないと強みは発揮しきれないか………っと、メイプル、あとは頼んだよ!」
「うん!」
大量の光線が迫ってくるのを見たサリーは武器を大盾に変えて、身体を守りつつボスから離れていく。
すると水底で爆発が起こり、サリーと入れ替わるようにして、光線の雨を跳ね飛ばしながら弾丸のようにメイプルが射出される。
メイプルはそのままボスの顔面にビタッと張り付くと、サリーよりもさらに近く、砲口をボスに密着させてレーザーを放つ。
「どーだ!」
赤い光がボスを貫くと、最後に一際強くボスの体が輝いて辺りを照らし、そのまま倒れる際の光が溢れその巨体は爆散するのだった。




