防御特化と水中神殿。
しばらく水上を走り抜けて、サリーはマップを見ながら何もない地点でジェットスキーを止める。
「ここなの?」
「うん、潜って少し進んだ先に魔法陣があって転移するんだけど、その先は水中じゃなくなるらしいからちょうどいいかなって」
メイプルとマイとユイは極振りの都合上【水泳】や【潜水】を習得することができないため、こうして八層で泳いでいても潜水服のアシスト以上に水中での能力が強化されないのだ。
そのため、あまりにも時間がかかるダンジョンの攻略などは難しく、水中でないのはありがたいことだった。
「水の中じゃないんだ。不思議だね」
「カナデが行ったって話してた部屋みたいな感じ?外と分断されてて水が入ってこないんだって。ま、そこに行くまでは水の中だから」
「急げば大丈夫だよね」
「そそ、じゃあ行こう」
「うん!」
二人は潜水服を身に纏うと水中を真っ直ぐ潜っていく。
「サリーはこの辺りも結構来たの?」
「一応ね。でもかなり広いし、探索漏れはまだまだ多いかな。っと、メイプル来るよ!貫通攻撃はない!」
サリーが指差した方向からは小魚の群れがこちらに向かって泳いでくるのが見えた。サリーが端的に必要な情報を伝えると、メイプルもやって欲しいことを理解する。貫通攻撃がなく、敵の数が多い時にはサリーよりメイプルだ。
「【身捧ぐ慈愛】!」
水中に光が溢れ、背中から白い翼が伸びる。円柱状に展開された薄く輝くフィールドに魚群が突撃してきて二人が包み込まれるものの、メイプルは勿論、守られているサリーもダメージは受けないで済んだ。
「ありがとうメイプル。全部がモンスターってわけじゃないけどそれでもかなり多いからね」
「よかったー……わぁ、中から見るとこんな感じなんだ……」
実際は二人を激しく攻撃しているのだが、メイプルがいれば魚群の中で一緒に泳いでいるのと変わらない光景を見ることができる。
二人を包む魚群は日の光を反射してキラキラと鱗が輝いており、大群に包まれているため柱のようになって下まで続いている。
「中に入れるのはメイプルくらいだろうしね。ダメージもないならこのまま放っておいてもいいんじゃない?綺麗だしさ」
「うん!一匹くらい掴めたりしないかな……?」
「メイプルのステータスだと……どうだろう?関係ないかな?」
メイプルは周りをぐるぐると回っている魚群に手を伸ばしてみるものの、ベチベチとぶつかって弾けるばかりで上手く掴むことができないまま水底へと沈んでいく。
「むぅ、駄目そう」
「結構沈んだしそろそろ……」
サリーがそう言ったのとほぼ同時、行動範囲から外れてしまったために魚群は散り散りになって水面の方へ戻っていってしまう。
「あっ!そっか、戻っちゃうんだね」
「私一人だと見れない景色だったなあ」
「ふふふ、よかった?」
「うん、偶然だったけどね。で、本命の……」
「水中神殿だね!」
メイプルが遅れないよう手を引いて泳ぐサリーは、水底にある倒壊した建物の方へ向かう。残骸になってしまったかつての町並みの中を泳いで進んでいくと、ボロボロになった太い柱が積み重なった神殿跡が見えてくる。もう既に魚や貝などの住処になってしまっている場所だが、倒れた柱の隙間からは魔法陣の放つ光が漏れ出ているのが見えた。
「あれかな?」
「うん、合ってるよ」
「これだと上から見ただけじゃ気づけないね」
「今後探索するときはちょっと珍しい地形を目安にするといいよ。あとはノーヒントで探すならある程度潜るといいかもね」
今回で言うなら魔法陣は見つけられずとも、水没した町並みなら遠くから見つけやすい。水面は今までの層の空中に位置する場所になっているため、サリーの言うように潜ってみるのも大事になる。
「っと、あんまり話しててもだし、早速入ってみよう。隙間を通っていくみたい」
「そんな入り方でいいんだ!?」
二人は倒れた柱の隙間をすり抜けて、奥に見える魔法陣へと向かう。幸いにも水中なため、上下の動きは楽になっており、メイプルでも障害物を越えるのに苦労することはなかった。
「じゃあせーので入ろう!」
「いいよ。いつでもどうぞ」
「よしっ、せーの!」
魔法陣に足を乗せた瞬間、いつもと同じように体が光に包まれていき、二人は神殿内部へと転移した。
光が収まり、辺りの景色が見えるようになるとメイプルはキョロキョロと周囲の状況を確認する。
二人がいるのは淡く青い石材を中心に作り上げられた広い空間だった。壁には様々な位置に別の部屋へと続く通路になっていると思われる穴が開いており、階段や水路が張り巡らされている。正解のルートを探すのも一苦労だろう。
二人は一旦潜水服を脱ぐと、さてどっちにいったものかと相談を始める。
「どうする?サリーはどっちに行ったらいいたかは知ってるの?」
「そこまでは知らないかな。所々分かるところもあるけど」
「じゃあ一つ一つ探検だね!」
「そうなるね。さあ、どっちに行く?」
通路はあちこちに伸びており、行けるルートは多い。さらに二人の場合はそれすら無視した空中移動も可能なため、選択肢は無限大である。
ただ、二人は今回の所はシロップやサリーの糸を使っての空中移動はしないことにした。今回のダンジョンはぱっと見たときに順路が分かりにくく、変にショートカットをすると、解くべきギミックなどがあったときにスルーしやすくなるためだ。そうなると結局戻る必要が出てきてしまうので、最初から用意された通りに進もうというわけである。
方針を決定した二人はまずは真っ直ぐ伸びる道を歩いていく。
「ここのモンスターって強いんだっけ?」
「基礎ステータスが高くて隙がない感じらしいよ……って言ってたら早速出てきたね」
二人が進もうとしていた通路の先、床に青い魔法陣が展開され、そこから水の柱が発生する。そうしてできた水の柱を掻き分けて、無機質な石材をベースにパーツを水で繋ぎ合わせたゴーレムが二体姿を現わす。
「神殿の衛兵ってところかな」
「おおー、守ってるんだね」
「じゃあやってみよう。【クイックチェンジ】」
サリーが覚えてきたスキルを発動するといつもの見慣れた青い装備から灰色を基調とし、所々黄色いポリゴンが発生している新たなユニークシリーズに装備が切り替わる。
「守りは任せて!色々試して大丈夫!」
メイプルは盾を構えつつ【身捧ぐ慈愛】を発動し、サリーを支援する体勢を整える。
「よし、行くよ」
「後ろから撃つのは任せて!【全武装展開】!」
メイプルが兵器を展開したのを確認してサリーは一気に前に飛び出す。それに反応してゴーレム達も距離を詰めてきたかと思うと、パーツが水で繋がれている特性を生かして、両腕を鞭のようにしならせて勢いよく伸ばしてきた。
「わっ!伸びるんだ!?」
「大丈夫!」
サリーを圧倒的に上回るリーチ、それも二体からの攻撃だが、サリーは足を止めずに真っ直ぐに向かっていく。一つ目の腕を身を屈めつつ短剣で弾くと、武器を槍へと変形させ、地面に突き立て支柱にして飛び上がり、素早く短剣に戻す事で二つ目を躱す。
「おおー!」
メイプルが後ろで歓声を上げる中着地して、タイミングを遅らせて襲いかかってきたもう一体のゴーレムの腕を対処する。
「ふぅっ……!」
メイプルの防御もある。試せることは試しておこうと、サリーは武器を大剣に切り替え、そのまま振り下ろしてゴーレムの腕を叩き斬ると、次の腕を大盾にして受け流し、武器を元に戻して前にステップする。
「はぁっ!」
メイプルの援護射撃も貰いながら、腕の間をすり抜けて斬撃を叩き込む。
今まで短剣では受け止められなかった攻撃も巨大な大剣や大盾なら安全に対処できる。
サリーはそのままゴーレムの背後に抜けると体を回転させ、その勢いのままに大剣で横薙ぎの攻撃を叩き込み、バックステップで距離を開ける。
短剣と比べて遥かに長いリーチは今までにはできなかった二体同時攻撃を可能にしたのだ。
怯むゴーレム二体をメイプルとサリーで挟んだ結果、一体はメイプルの方に一体はサリーの方に向かって攻撃を始める。
ゴーレムの中心が青く光ったかと思うと、水がレーザーのように勢いよく放たれる。
「わっ!?だ、大丈夫!効かないよ!」
メイプルはサリーの動きを見ていたため、反応できず胴体でそれを受け止めることになったがダメージはない。むしろお返しとばかりに放たれたメイプルのレーザーがゴーレムを焼き払っていく。逆サイドのサリーもメイプルの【身捧ぐ慈愛】に頼ることなく回避に成功し、一旦は開いた距離を再び詰めにかかる。
「メイプル!左手展開お願い!」
「分かった!【展開・左手】!」
メイプルがスキルを発動したのを見て、サリーは水流を避けた勢いのまま、空中へと【跳躍】によって飛び上がりゴーレムの真上をとって左手を下へ向ける。
「【展開・左手】」
サリーがそう宣言すると首のチョーカーが光り、サリーの左手にメイプルのものと同じ巨大な黒い砲身が出現する。
「【攻撃開始】【虚実反転】!」
サリーの発生に合わせてチャージされた真紅のレーザーは、真下のゴーレム二体を飲み込み焼き尽くす。
現実のものとなったそれは、サリーもよく知る威力でもって、メイプルが弾幕によって削った残りのHPを刈り取る。隣でずっと見てきたスキルなだけあってダメージ計算も完璧だった。
ゴーレムが跡形もなく吹き飛んだ通路に着地すると、役目を終えた左手の兵器は黄色いポリゴンになって消えていく。
そうして上手くいったとほっと一つ息を吐くサリーの元にメイプルが駆け寄ってきた。
「サリー!すごいねー!」
「でしょ。って言ってもしっかり戦ったのは今回が最初なんだけどね」
「うん!どんどん武器が変わっていって、全部上手く使えてるし」
「他のゲームで別の武器使ったりもしてたしね。このゲームでもマイとユイの特訓でやってたし」
サリーは軽く言ってのけるが、簡単にできる事ではない。実際メイプルは大盾の扱い方もまだまだな部分があるのだ。一つに絞っても上手く使いこなすには時間がかかるのが当然である。
「対人戦があるまではこの武器の変形は隠しておこうと思ってる。突然リーチが伸びたらびっくりするでしょ?」
「うん、すると思う」
「それはそれとして練習もしておかないとね。大きい武器は大振りになって隙も大きくなりがちだから」
扱い自体は短剣なため、それらの弱点をカバーする武器ごとの専用スキルは取得できない。上手く使わなければ、デメリットをそのまま受けたうえで、短剣の手数の多さと小回りが利くことを生かしたスキル群が腐ってしまうことになるだろう。
「最後の【虚実反転】はクールタイムがかなり長いから次に試すにはまた時間がかかるけど、見た通り使ったスキルをその時だけ本物にする感じ」
「うんうん。でも、左手だけでよかったの?全部使っても大丈夫だよ?」
「私は脆いから反撃を受けた時に身動きが取りにくい全武装展開は危ないかなって。体を捻って躱すとか難しくなるしね」
「そっか、それもそうだね」
棒立ちで弾幕を張ることができるのもメイプルの防御性能あってこそである。サリーの場合、反撃で魔法一つでもその身に届いた時点で死んでしまうのだ。
「じゃあ今度からは一部分だけっていうのも使っていこうかな」
「そうしてくれると使いやすいね。誰かが使ったスキルしか【ホログラム】で再現できないから」
「おっけー!じゃあどんどん進んで行こー!」
まだまだ神殿の中に入ったばかりなわけで、二人は奥を目指して再び歩き始めたのだった。




