防御特化と八層3。
メイプルとサリーが二人水中探索をしている頃、別の場所へ向かっていたのはイズとカスミだった。
【楓の木】の面々の中で【水泳】と【潜水】のスキルレベルが高いのは言うまでもなくサリーだが、次となると実はイズなのだ。カスミも同じくスキルを持っているため、この二人なら歩調を合わせて探索できると踏んだわけである。
あとは残るクロム、カナデ、マイ、ユイの四人での探索となる。八層はフィールドの雰囲気が今までと全く違うため、普段とは異なるスキルが重要になってくるのだ。
イズは素材集めを積極的にするため、長時間の探索が可能になるような潜水服を選び、カスミはサリーと同じような機動力に優れたタイプを選択した。
そんな二人もボートに乗ってどこまでも続く水源に漕ぎ出る。といっても、イズ特製のボートは漕ぐものではないのだが。
「……これは……エンジンを積んでる、のか?」
「正確にはそうじゃないけど、似たようなものよ。今までは使い所がほとんどなかったけれど、一つは作っておいてよかったわね」
水飛沫を上げて水面を爆走するそれは、見た目こそボートらしくはあるが、ジェットスキーといった方が正しいのかもしれない。
「操作にDEXが必要だから、メイプルちゃんやマイちゃんユイちゃんは乗れないのが残念ね」
「八層も広い。これを使えれば快適になるかと思ったがそう上手くはいかないということか」
「まずは私が素材集めを頑張るわ。そうすれば、他の皆の効率も上がると思うの」
イズは素材をより多く手に入れることができるため、最初に素材集めに全力を出すことで、他のギルドメンバーの潜水服強化に素材を回すつもりなのだ。
「それは助かるな」
「その分、深い所からお宝をサルベージしてきてもらうわ。期待してるわよ」
浅瀬にいるモンスターは好戦的でないものがほとんどだが、最深部もそうだとは考えにくい。素材集めが重要な段階と、戦闘力が重要な段階にどこかで変わるはずなのだ。
そうなった時に、イズでは攻略が難しい部分があると言えるだろう。戦闘能力もあるとはいえ、基本は生産職なのである。
水飛沫を上げて水面を爆走するイズはしばらく走ったところでジェットスキーを停止させた。
浅瀬は基本的に町の近くに広がっているが、フィールドのあちこちにポツポツと点在してもいる。わざわざそんな遠出をせずとも町の近くで探索していればいいのだから、二人が今いる場所には他のプレイヤーは全くいない。
「ここならのんびり探索できるわね。素材もきっと取り放題よ」
「ああ、採取は任せる。私はモンスターの相手をする。町から遠い分強くなっているだろうからな」
適切なスキルを持たないカスミが採取するよりもその分イズが採取した方が効率がいい。カスミは今回イズの護衛というわけだ。
「じゃあ早速潜るわよ!」
「ああ、問題ない」
二人は潜水服を身に纏うとジェットスキーから降りて、水中に飛び込む。すると、町から離れた場所にある浅瀬エリアがどういったものなのかをすぐに理解することができた。
「なるほど……そういうことだったか」
「ここは元は山だったのね」
水中に広がるのは傾斜のついた岩肌だった。水面に少し足場となって飛び出ていたのは本来山頂だった部分という訳だ。
「じっくり探索すれば洞窟か何かがあってもおかしくない」
「そうね。ダンジョンの一つくらいありそうだわ。といっても……きっと深い場所になるでしょうけど」
潜水服が適正まで強化されるまでは探索したくてもまともに探索できないのが現状である。
「でも楽しみね!本当に皆の良い報告が期待できそうだわ」
今いる場所が山だったように、かつては平地だった場所や、元から水中だった場所もあるだろう。このどこまでも続く水源の下には様々なダンジョンが未発見で眠っているのである。
「前人未踏の場所ってワクワクするじゃない?」
「一番乗りするためにはコツコツやるしかないか」
「ええ、もちろん。あっ、早速鉱石が取れそうな場所があるわ」
イズはピッケルを取り出すと、カスミにも分かるように指差す。いつまでも話していても素材は集まらない。採取ポイントは山肌にいくつか見えており、メイプル達が見つけたように光っている場所もある。
「周りのモンスターは私が倒そう。採掘に専念してくれればいい」
「助かるわ。じゃあ、お言葉に甘えて」
イズが泳いでいくと、それに合わせて周りにいる大型の魚が一斉に向きを変える。
「【武者の腕】」
カスミがスキルを発動するといつも通り両側に巨大な刀を持った腕が出現する。そのままグンと加速したカスミはイズの隣につけると、さらにスキルを発動して刀を振るった。
「【血刀】」
複数体を攻撃するならこのスキルだと、刀を液体状にして一気に横薙ぎにする。
「よし、水中でも問題なしだ」
メイプルの毒のように水に溶け出してしまうことなく、思った通りの軌道を描いた刀は、群がってきた魚達を一気に斬り裂いていく。思い通りに攻撃できるのであれば、水中ならではの挙動を生かすこともできる。
カスミはそのまま上へと泳ぐとそこで止まって下方向へと鞭のように液体の刀を振るう。上を取れば死角から接近されることもない。地上なら一瞬しか留まっていられない有利なポジションを維持して、突進してくる魚達を一方的に攻撃する。
「【武者の腕】は不要だったか」
次々に消滅していく魚を見届け、辺りに平穏が訪れたことを確認してイズの側まで戻っていく。
「ありがとうカスミ。水中でも爆弾は使えるんだけど、現状威力が落ちちゃうのよね」
イズの咄嗟の攻撃手段は主に爆弾になる。それが有効でないため、なおさら戦闘は避けたいのだ。
「安心してくれていい。水面近くのモンスターに遅れをとることはなさそうだ」
「頼もしいわね」
そう言ってイズはピッケルで採取ポイントを叩く。そうして採取すると、鉱石に混じって、特別な素材である潜水服強化のパーツもレア素材として手に入った。当然これにも獲得数増加は効いており、光っている場所を探索するよりも効率がいいくらいである。
「すごいな……流石、専門といったところか」
「任せて。皆の分まで集めちゃうわ!」
こうして宣言通りのことができてしまうのも、採取や製作のスキルレベルアップに時間をかけてきたイズだからこそである。
「私は水中での動きに慣れておくとしよう」
「それがいいわ。咄嗟にするべき動きも全然違うものね」
敵が積極的に三次元的な動きをしてくるのが水中戦の難しいところである。今は突進攻撃程度で済んでいるが、遠くない未来スキルを使ってくることもあるだろう。戦い方のコツは掴んでおく必要があるというわけだ。
「私もイズもまだ当分水中で活動できる。深さの限界まで探索してまわろう」
「そうね。もしかしたら早速何か見つかるかもしれないわ」
そうして二人はかつて山だった場所でしばらく採取を続けることにした。
イズ達がジェットスキーで移動していることなど知る由もなく、残る四人はメイプル達と同じく町の近くを探索していた。と言っても、沈んだ建物が多いエリアではなく砂の地面が続いている場所である。ただ、ここもイズ達が向かった先と同様に見えなくなるほど深くまで傾斜が続いており、たとえるとしても砂浜というよりは山の斜面といった風である。
「よし、ここなら奇襲のしようもないな」
「そうだね、開けている分モンスターは結構いるけど、分かってれば対応できそうかな」
このチームには何をされても一撃死してしまうマイとユイがいるうえ、四人とも泳ぎが得意でないのもあり、水中探索にはかなり不向きなのだ。そのため、やりやすい地形を吟味したのである。
「ここなら二人の言う安全策も取れるしな。じゃあ早速潜ってみるか!」
「「はいっ!」」
この四人はいまさら機動力を求めても仕方がないため、それぞれ水中での活動時間を伸ばすことができるタイプの潜水服を選択した。マイとユイの言う安全策とやらを実行しつつ、四人は水中を沈んでいく。
「……よかったよ。渦でも出来たらどうしようかと」
「そういう設定にはなってないみたいだね。じゃないと水中で武器なんて振れないし」
マイとユイの策、それは最近二人がフィールドを歩いて行く時によく行なっているものである。【救いの手】によって追加された六本の大槌を体の周りで回転させることで、近づいてきたモンスター全てを自動的に木っ端微塵にするというものだ。
これはプレイヤーにこそ通じないものの、ただ突撃してくるモンスターには凄まじく効果的である。クロムは一人、掲示板で話されていた白と黒の塊とはまさにこれのことだと理解する。
「ぶつからないようにちょっと離れてないとな」
「うん、当たったら死ぬ……なんてことはないけど。味方でも跳ね飛ばされることに変わりはないからね」
ダメージはなくとも、そのまま勢いよく吹き飛んでいくのは確定である。かつてサリーがそれを利用してメイプルを弾として撃ち出したこともあったが、もし当たればそれの比ではない結果になってしまうだろう。
ともあれ、これによって無事に安全は確保することができた。それでもうまくすり抜けるようなモンスターにはクロムとカナデが目を光らせているため、万が一のことがあっても安心である。
「俺達も採取するか……一応カバームーブの範囲内にはいてくれよー」
「「はいっ、分かりました!」」
マイとユイはパーツの光が足元に来るまで大槌を回転させて突き進んでいく。クロムとカナデも衝突しないよう注意しつつ、周りの素材を集めることにした。
「今回はダンジョンまで一気に行くのは難しそうだし、早めに集めておかないとね」
「積み重ねってやつだな。地道な作業も嫌いじゃないぞ」
「うん、そんな感じするよ」
クロムの装備は地道な積み重ねの先に手に入ったものだと言えるため、カナデの考えも納得である。事実、今もクロムはどこか楽しそうにパーツを探しているのだから。
「しっかし水中探索はやってこなかったからなあ。慣れるのに時間かかりそうだ」
「僕らもあの二人を見習わないとね」
そう言うカナデの視線の先には水中にも地面を歩きながら、罪のないモンスターを巻き込んでいくマイとユイがいた。
「いや、あれは順応とはちょっと違うような……」
「それはそうだね」
「次のイベントの時期次第では水中戦ってこともあるかもしれないしな、【水泳】のスキルも取っとくか……」
「それも大事かもね。八層にいれば自然と上がっていくんじゃないかな」
「それもそうだな」
話しながら素材を回収していると、マイトユイから声がかかる。
「クロムさーん!もう少し先に行きたいです!」
「この辺りの分は拾えたので……」
「おう!任せろ、ちゃんと警戒しとくからな」
「「ありがとうございます!」」
こうしてクロムはきっちりと距離感を保ちつつ、果たして守る必要があるのか怪しいくらいに立派に成長した二人についていくのだった。




