防御特化とミニチュア収集2。
石像はじりじりとダメージを受けていき、遂に膝をつくとそのままばたりと倒れこむ。これで終わったと転移の魔法陣に向かおうとしたメイプルだが、改めて思い直すと何かがおかしいことに気づく。
「何で消えないんだろう……?」
石像はHPがゼロになったままその場に倒れており、見ていても光に変わって消滅する様子がない。メイプルは不思議に思って石像の近くまで行くと、もしかしてまだ生きているのかとコンコン叩いてみる。
「倒したと思うけど……ん、水?」
ぴちゃっと音がして足元を見てみると、そこには水が広がっていた。そういえばサリーと来ていた時もそうだったと思い返していると、いきなり周囲の地面から大量の水が噴き出してくる。
「わわわっ!?」
驚いてメイプルが離れたところで、石像の周りの水面からジャラジャラと音を立てていくつもの鎖が伸びてくる。その鎖の先端には錨が付いており、石像をがっちりと縛ると、そのまま地面などなかったように薄く広がった水溜りを突き抜けて石像を引きずり込んでいく。
今までに見てきたものとは違う何かに、メイプルは固唾を呑んで見守る。そうしているうちに、石像と入れ替わりで出てきたのは潜水服を着た人間と、ボロボロの潜水艦らしきものだった。
今までにも何度か水中のモンスターとは戦ってきたがこういったタイプは初めてである。
それらの上にHPバーが表示されたことで、メイプルは戦闘体勢をとった。
「これもミニチュアでもらえたらいい感じかも!」
小さな海の中に探索する人を配置できるのは、メイプルにとって嬉しいことだった。とはいえ傾向が違いすぎるため相手の能力は未知数。メイプルは気を引き締めると、こちらも剣と魔法溢れる中で異質と言える兵器を展開する。
「【攻撃開始】!」
メイプルが銃弾を放つと、ボスはそのまま地面に沈み込んでそれを回避してしまう。そのまま広がっていた水も引いていき、メイプルは目を丸くする。
「えっ!?……わっ!?」
逃げてしまったのかと思っていると、メイプルの真下を中心にして一気に水が広がり、対応が遅れたところを大量の錨によって縫いとめられる。【捕食者】と【シロップ】は【身捧ぐ慈愛】によって庇うことができたため、何かあれば攻撃させようと次の出方を窺う。そうしているとメイプルの足元が一瞬白く光り、凄まじい勢いでメイプルは吹き飛ばされた。
「ば、爆発した?」
巨大な水柱が立ったことでパラパラと雨のように水飛沫が降ってくる。ボスの攻撃は錨をも破壊しての大技だったため、メイプルはうまく解放された。普通なら木っ端微塵になっていてもおかしくはなかったが、文字通り吹き飛ばされるだけですんだため、一旦体勢を立て直すことにする。メイプルは一旦【捕食者】を戻すと、相手が水中に潜るならこっちは空だとシロップの背中に乗って空中に浮かんでいく。
「はー、びっくりした……でもこれで距離は離せたね!」
ここまでは錨も届くまいと、メイプルは下の様子を確認する。どうやらボスは定期的に地上に浮上してくるようで、その直前には前兆として水面が広がるため、どこに出てくるかは分かりやすい。
メイプルの予想通り、錨は遥か上空までは伸ばしてこないようで、それに伴っての爆発も撃たせない動きができていた。
「しばらくはここからHPを削ってみようかな。潜って奇襲されたら避けきれないし……」
メイプルは先ほど展開してすぐ粉々されてしまった兵器を再展開すると、浮上してきたところにビームを放つ。しかし、それは急に生成された水のドームによって受け止められてしまい、立ち上った水煙が消える頃には再び水中へと避難されていた。
「手応えないなあ……これじゃダメかも」
有効打になっていないことを感じたメイプルは自分もまた安全地帯にいるのをいいことに、どうやってダメージを与えるかを考える。
「出てきた時に攻撃するしかないから……うーん」
ビームを撃っても防がれてしまったことから、普通の攻撃を繰り返していても意味がないことは分かる。メイプルはいいスキルや試せるようなアイテムはないかと考えて、一つの策を思いついた。
「よーし、これなら!」
メイプルは下がよく見えるようにシロップの端まで行くと、短刀を地面に向ける。
「【毒竜】!」
メイプルが放った毒の塊は地面に激突すると、弾けて毒の沼を広げる。メイプルはそのままクールダウンが解消されるたびに位置をずらして【毒竜】を放つ。こうすることで、広いコロシアムも毒に覆い尽くされた。そのまましばらく様子を見ていると、毒の下から水が広がって、ボスが姿を現わした。しかし、出てきた先は今までとは異なり劇毒まみれになっており、浮上と同時に体を毒に侵されて戻っていく。
「よしっ、成功!」
絵面は酷いことになっているものの、攻撃を受けずに一方的に相手にダメージを与える方法としてはベストだと言える。浮上する度に体を毒に侵されて、じわじわとHPが減少していくが、遥か上空のメイプルへの対抗手段がないようで、自ら毒に浸っては沈むを繰り返すばかりである。
「最近効かないことも多くなってきたし、久しぶりに効いてよかったー」
ダメージ自体はそこまで大きいものではないが、メイプルも待つのはもう慣れている。持久戦なら望むところで、今回はただ待てばいいのだから、何も難しいことはない。
「何かあったかなー」
メイプルはボスのことはもう放っておいて、時間を潰すためのアイテムを探してインベントリを見る。そこにはいつもカナデが遊んでいるようなパズルや、鑑賞用のあれこれ、食べ物などがぎっしりと詰まっていた。素材はイズに渡すかお金に変換してしまうため、娯楽のためのアイテムが大半となっている。
メイプルはその中からいくつかを取り出すと、シロップの上で完全にくつろぐ体勢に入った。
「一応できることはやっておこうかな。【アシッドレイン】!」
仕上げに空からは酸の雨を降らせると、メイプルはボスを地獄に放り込んだ状態で、今度こそくつろぎ始めたのだった。
そうして、ゆっくりとボスが自滅するのを待ち続け、ようやく光となって消えていった頃にはかなりの時間が経過していた。
メイプル当人はというと、その間は寝そべって手持ちのアイテムで遊んでいたため、ボスが死亡した際のパリンという音によって、戦闘が終わったことに気づき、むくっと起き上がった。
「終わった!あ、どこで倒したのかな」
メイプルはそれは考えていなかったと下を見ると、ボスが最後にいた場所には水溜りができており、ドロップアイテムを探してコロシアム中を見て回る必要はなくなった。
メイプルはそこに向かってシロップを下ろすと、何かないが毒沼の中を歩いていく。しばらくして、メイプルは紫色の沼の中に別の何かが光って見えるのに気づくと、それに駆け寄って拾い上げる。それはミニチュアの人間でもなければ潜水艦でもなく、手の平サイズの奇妙な黒い箱だった。
「……どこから開けるんだろう?」
メイプルはそれをじっくり観察してみるものの、何処かが開きそうな様子も、鍵穴のようなものも何一つ見つからない。
「とりあえず持って帰ろうかな」
インベントリに入れておくだけでいいため、変なデバフでもかからない限り別に持って帰って困ることもない。こうしてメイプルは『ロストレガシー』と名前のついたアイテムを手に入れ、今度こはミニチュアの潜水艦が手に入ることを祈って、もう少し早く倒す方法を考えながらダンジョンを出るのだった。
レイドボスを倒しながら、ミニチュアモンスターを集める日々を送っていたメイプルだったが、長期間開催されていた第九回イベントもいよいよ最終日を迎えることとなった。最終日ということはつまり、最後のレイドボス討伐があるということである。
それに備えてギルドホームに集まった【楓の木】の面々は、出発に向けて作戦を立てる。
「ボスは日ごとに強くなってるみたいだしな。最終日は今までで最も強いやつが出てくるんじゃないか?」
「私もそう思う。最後となればプレイヤーも相当集まると予想できるだろう。それに対抗できるとなると……」
多くのプレイヤーに周りを取り囲まれても戦えるだけのHPと優秀な範囲攻撃を持っていることが予想される。とはいえ、どこまで行っても【楓の木】の戦略は一つである。
「いつも通りマイとユイを全力で守って攻撃してもらう方法でいきます!」
レイドボスを殴り倒すことさえ現実的な二人を超えるアタッカーなど存在しないのだ。メイプル、クロムを中心として、ダメージを無効化する魔導書を持ったカナデと、アイテムによる防御を行うイズ。そこにサブアタッカーとして設置物などがあれば除去し攻撃を弾く役割のカスミとサリーを配置して、ボスの元まで送り込むのである。
一度ボスの近くまで辿り着けば、死ぬまで続く必殺技クラスのダメージの通常攻撃によってHPを吹き飛ばすことができる。
「「が、頑張ります!」」
これは二人にしかできない役割なため、マイとユイは気を引き締める。レイドボスに何度も参加するにあたって、この攻撃力を頼りにしているのは【楓の木】の面々だけではなくなっていた。味方であればこれほど頼もしいものもないのだ。
「それじゃ出発しよう!」
万が一にも遅れないよう、八人は少し早めに向かって、レイドボスの出現を待つのだった。




