防御特化とミニチュア収集。
運営が期待を込めた最後のレイドボスが出てくるまでの日々を、メイプルはのんびりと過ごしていた。今まではぼーっとくつろぐことが多かったが、ミニチュアモンスターの獲得にレイドボスと、明確にやることがある状況なため、適度にそれらを楽しみつつ有意義な時間となっている。そんなメイプルはギルドホームで手に入れたミニチュアモンスターを見せ合っていた。
「これが初めて手に入れたクラゲでしょ、こっちはイソギンチャクとクマノミ。マンタにサメに、カニ!」
メイプルがそう言ってギルドホームの机の上に小さな生き物を並べていく。細部まで作りこまれさらに動くフィギュアといった風で、机の上はまるで水族館のようになっていった。
「おー、かなり集めたね。私より集めてるよ」
サリーも持っているものを出していく。サリーはベルベットに近く、今限定で戦えるボスということで面白そうだと向かって手に入れたものなため、積極的に集めようとしているメイプルよりは数は少ない。
「これだけ集まると壮観だな」
「ああ、アクアリウムが好きなプレイヤーなどは喜んでいるんじゃないだろうか」
「フィギュアなら作ることもできるけれど、こうやって動くとなるとまた別だものね」
「生命は錬成しないでくれよな……」
「ええ、まだできないわ」
「できるようになりそうに思えるのが凄いところだろう」
動くギミックがあるフィギュアと、ミニチュアサイズの生き物は別物である。イズといえども流石にモンスターを生産する能力は持っていないため、これは貴重なものなのだ。
「流石に全部部屋に置くと多過ぎるくらいだし、ここにも置いておこうかなって」
「癒しって感じでいいね。んー、僕も少し探してみようかな」
「でも共有スペースにも置くってなるとちょっと少なく感じるね。私もダンジョン回ったんだけど、そこまでポンポン出てきてはくれないしね」
「結構出てきにくいって聞いてます!」
「レイドボスのドロップでも手に入ることがあるみたいで……私達の持っているのはそれです」
レイドボスはクリア時に関与したプレイヤーそれぞれに素材やアイテムなどがランダムに配られる。その中にもミニチュアモンスターは入っていたりもする。マイとユイはレイドボスへ向かうと最終兵器として大歓迎されるため、七層だけでなく他の層にも出向いたことがあり、レイドボスからのドロップを他の【楓の木】の面々より多くもらったことがある。そのため、偶然手に入るというのが起こりやすかったのだ。
「レイドボスも順調に全部討伐されてるみたいだし、後半の報酬ももらえればメダルも五枚。次のイベントでまたスキルに変えられそうかな?」
「うんうん、じゃあ頑張って残りも倒さないとだね!」
長い第九回イベントもいよいよ終盤戦となってきて、メイプル達は残るレイドボス討伐も成功させると意気込むのだった。
そんなメイプルは、今日もまたフィールドに出てダンジョンに潜るつもりでいた。
「どこにしようかなー」
やっているうちに、一つのダンジョンでも別の特殊ボスが出現することは分かったが、メイプルの体感では出やすさに違いはあるようだった。机を占拠できるほど並べられる種類があるにも関わらず、ベルベットと攻略したダンジョンが連続でクラゲだったのもそのせいである。
「全種類集めてみたいけど流石に無理かなあ……」
メイプルは同じものをいくつも集めるよりも別のものを探すことにしているため、今日向かうダンジョンも別物にするつもりである。何度もボスまで行く必要があるとなると、あまり難しすぎない、程よいダンジョンがベストとなる。
「うーん……そうだ!あそこにしよう!」
メイプルは目的地を決めると、町から出てその方角へと一直線にシロップを飛ばしていく。
そうしてやってきたのはあの石像との勝負を繰り返すコロシアムだった。ここならサリーと何回か回ったのもあって、ある程度敵の強さは分かっている。二人で戦った時より弱くなるなら、問題なく勝てるだろうと踏んだのだ。道中が一本道を進むだけで、限定モンスターだけしか雑魚が出てこないのも何回も戦うのに都合がいい。
「ここにこんなに来ることになるとは思わなかったなあ……」
メイプルは手前でシロップから降りると、中へ入っていく。
「【身捧ぐ慈愛】【捕食者】!」
【捕食者】も気づけば随分前に手にしたスキルであり、レベルアップすることもないため攻撃力が物足りなくなってきていたが、【魔の頂点】の効果により逞しく成長して、再びいいダメージが出るようになった。
「頑張って!」
メイプルは【捕食者】を連れて一つ目の広間に入ると石像と対峙する。特殊ボスの強さが分からないため、温存できるスキルは温存しておきたい。メイプルのダメージスキルの中で問題なく何度も使えて最も場持ちがいいのは【捕食者】なのだ。これなら倒されない限り何度攻撃させても変わらず戦闘を続けてくれる。【身捧ぐ慈愛】とメイプルの防御力が相まって、本来の想定以上の活躍ができていると言える。
二体の化物は、棍棒を持った石像に両側から噛み付く。石像もその手の棍棒を振るって化物を殴りつけるが、それは【身捧ぐ慈愛】によってメイプルに吸い寄せられて無効化される。
「よしっ!後は待つだけだね!」
ダメージを受けないことがわかったため、メイプルはシロップに【赤の花園】を使わせて与えるダメージを上げると、【捕食者】が石像を喰い殺すのを待つ。
打開するすべがないのであれば、どれだけ時間をもらったとしても意味はなく、いずれ喰い殺される時が来る。結局、第一の石像は棍棒を振るって【捕食者】を何とかしようと健気に頑張っているうちにそのHPを削りきられて爆散するのだった。
「よーし撃破!本当に強くなってる!やっぱりステータスが上がると全然違うね」
メイプルはそう言って労うように二体の化物を撫でてやると、早速次の石像を目指して移動するのだった。
石像一体に対して、こちらは化物二匹。数の上でも有利であり、負ける要素のないまま残る二体の石像もボロボロになるまで齧りつくした。
ただ、ボス前まで来たところでメイプルは今回はハズレだったと肩を落とす。今までのダンジョンのように地面や壁に水気がなく、今まで通りだったからだ。特殊ボスは確実に出てくるわけではなく、何度もトライして運よく遭遇できるのを待つしかないのである。
「よーし、じゃあサクッとボス倒しちゃおう!」
メイプルはボス部屋である巨大コロシアムに入ると一人の場合の石像はどんなものかと確認する。そこにいたのは盾と長剣を持ったベーシックな石像であり、これなら大丈夫そうだとメイプルは胸を撫で下ろす。
「よーしやろう!シロップ【赤の花園】【白の花園】!」
メイプルはシロップによって自分が有利になる領域を生成すると、剣を掲げて迫ってくるボスを迎え撃つ。その巨大な石の長剣はメイプルを切り裂くというよりは叩き潰す勢いで振り下ろされるが、メイプルの頭を正確に捉え、両者がぶつかったところでその長剣はそれ以上刃を進めることなく停止した。その防御力を超えられないのならどんな巨大な武器も見かけだけになってしまうのだ。
「ここで【全武装展開】【攻撃開始】!」
兵器は振り下ろされる剣に耐えられないため、ここで銃や砲を展開すると、【捕食者】の攻撃を援護する形で射撃を開始する。
射撃を盾で防げば【捕食者】を止められず、【捕食者】を止めれば銃弾がその身を貫いていく。盾で防がなければならないボスと、そうでないメイプルの差はここに明確に表れていた。
ただ、このダンジョンの性質上、ボスも一対一用に作られているのだから、ある程度手広く対応できるのは当然で、今度は盾で銃撃を受け止めつつ、メイプルに向かって突進してくる。突進ならおそらく貫通攻撃ではないだろうと、射撃を続けて盾を構えさせ【捕食者】を噛みつかせる。そうして、どう長剣を振ってくるかと注目していたメイプルの目の前に、そのまま盾が突き出される。
「うぇっ!?……ゔっ!」
つまり本命はシールドバッシュで、メイプルは変わらずノーダメージではあるものの、盾で全身を打ち付けられ、兵器を粉々にしつつ強力なノックバックによってバウンドして吹き飛んでいく。
「あっ!」
ノックバックによって【身捧ぐ慈愛】の範囲から【捕食者】が飛び出てしまい、メイプルは慌てて駆け寄りながら【捕食者】を呼び戻す。
ボスはというと赤いエフェクトを纏った長剣で回転斬りを放ち、周りの全てを切り裂かんとしていた。
「間に合っ、た!【ピアースガード】【ヘビーボディ】!」
何とかギリギリで【身捧ぐ慈愛】の範囲内に納め直したメイプルは素早く貫通無効とノックバック無効のスキルを発動し、事無きを得る。何らかの強攻撃だったようだが、貫通無効スキルを使いさえすれば不安はない。
「よしっ、もう油断しないよ!攻め切ろう!」
メイプルは再度兵器を展開すると【捕食者】をけしかける。そうして、油断しないと言った通り、メイプルは堅実にボスを追い詰めていき、結果ボスにもう一度の反撃のチャンスは訪れないのだった。




