防御特化と炎雷2。
そうしてベルベットに連れられて二人がやってきたのは何の変哲もないダンジョンだった。メイプル自身も攻略はしたことがないものの、存在は知っているような場所である。ダンジョンの入口は山肌に開いた洞窟であり、隠しダンジョンで最近見つけられたばかりという訳でもない。
「ここ?」
「ここなら私は【炎帝ノ国】のメンバーと攻略したことがある。特に目立ったものはなかったと記憶しているが……」
「それは着いてからのお楽しみということで。と言っても少し運が絡むらしいですが」
「運ならメイプルがいれば問題ないだろう」
「ええっ!?そ、そうかなあ。でも祈っておくね!」
メイプルがうまくいきますようにと祈りを捧げたところでダンジョンの中へと入っていく。基本的に見つけやすいダンジョンや、到達しやすい場所のダンジョンほどモンスターも弱い傾向にある。それはHPだったり、保有するスキルの量だったりと様々だ。つまり、今回のダンジョンはモンスターは強くない部類に入る。
「【身捧ぐ慈愛】!」
メイプルが【身捧ぐ慈愛】を使ってアタッカーの二人を守る体勢を取れば、かつての層と色違いの少し強化されたスライムやゴーレムは何もできずに封殺される。そうなってしまえば後は二人が倒すだけである。
「道中は私がやろう。わざわざ一体ずつ倒す必要もない。【蒼炎】!」
ミィの放った青い炎がゴツゴツとした岩壁や天井ごと通路を吹き抜けて焼き払う。洞窟内を眩しいほどに照らすその炎が収まった時には、そこにいたモンスターは全て燃え尽きて消えてしまっていた。
「おおー!さっすがミィ!」
「いいっす、っとと……いいですね。ミィさんとも【炎帝ノ国】とも戦ってみたいです」
「……いつでも歓迎とは言わないが、戦うことになれば手を抜くつもりはない」
「そうして欲しいです。いいギルドですよね。もちろん私達も負けないですけれど」
【炎帝ノ国】は【thunder storm】よりも早期に有名になったこともあり、その時点で一歩抜け出していたプレイヤーが多く所属しており、ベルベットが戦ってみたいプレイヤーも多い。ベルベットが【炎帝ノ国】に入っていれば、そう言ったプレイヤーと日々決闘をしていたことだろう。
「……私もベルベットを羨ましく思うこともある」
「えっ!?どんなところっす……ですか?」
「……秘密にしておこう。聞かれても答えないからな」
ミィはちらっとベルベットの表情を見ると再び襲ってきたモンスターを焼き払う。
「うーん、対人戦とかギルドに関わることでしょうか……」
ベルベットがそんな的外れの推理をする中、三人はとにかくダンジョンを奥へ奥へと進んでいくのだった。
そうして進んでいくうち、ミィが何かに気づいてふと足を止める。
「……ここまで水気の多いダンジョンだっただろうか?」
「え?そうなの?」
初めて攻略するメイプルは知らないが、ミィは記憶とズレがあることに気づいた。奥に進むに連れて壁はじっとりと濡れており、地面には水溜りができ始める。限定モンスターはそもそも水を生み出す前にミィに焼却されているため、この水の原因ではないだろう。
「どうやら運が良かったみたいですね。メイプルさんのお祈りのお陰です」
「たまたまだよー。でも上手くいったならよかった」
「この湿気……いや水を生成する何かがある。そういうことか」
「気づくのが早いですよー。ギリギリまで秘密にしておきたかったんですけれど……勘が鋭いですね」
ベルベットは種明かしとばかりに見に来た面白いものについて説明する。イベントが後半戦に入ったことで起きた変化の一つはレイドボスの出現である。
「隠し要素……かどうかは分からないですが、ダンジョンのボスが時々置き換わるらしくて」
「ボスが限定モンスターみたいなのに変わっちゃうの?」
「お、そうっす!……んんっ、そうです。ただ、どのダンジョンでも起こるのか、確率はどうなのか、落とす素材はどうか……そういうのがまだまだ分かっていないみたいです」
このダンジョンでボスが入れ替わるのは、偶然遭遇できたギルドメンバーにより知らされたのだ。ベルベット曰く試行回数がまだ少ないとはいえ、確率は低めに設定されていることが予想されている。
「イベント期間はもうそこまで長くはない。全てのダンジョンを調べ回るのは不可能だろうな」
「ダンジョンいっぱいあるし、絶対出てくるわけじゃないんだもんね」
そういう意味ではメイプルの祈りは通じていたのかもしれない。今回一発で遭遇できたのは幸運だというわけだ。
「でもこういうのがあるんだったら、余裕があったらダンジョンに行くのもいいかも!」
「そうだな。フィールドで限定モンスターを倒しているより何か得るものがあるかもしれない」
「隠し要素らしく見えるのに何もないとは考えにくいですからね」
話しながら片手間にモンスターを蹴散らして、最奥に辿り着く頃には、水溜りは大きく広がって地面全てが水浸しで歩く度音を立てるほどになっていた。
「どんなのかなー?」
「やはり海や水をモチーフにした物だと思うが……イベントモンスターのサイズを大きくしたようなものが本命か?」
「ではボス部屋の扉、開けますよ」
「ああ、いつでもいい」
「こっちも大丈夫!」
ミィが減少したMPを回復させたところでベルベットはボス部屋に続く扉を明け放つのだった。
扉を開けた先に待っていたのは、ふわふわと浮かぶ大きなクラゲだった。これが本来のボスでないのは明らかであり、メイプルは優雅に空中を漂うその姿に目を輝かせる。
「ふわふわ飛んでる!なんだかちょっとかわいいね」
「ああ見えて結構強いみたいですよ」
「それなら全力で行かなくてはな……【炎帝】!」
「私も【雷神再臨】!」
メイプルの両サイドからそれぞれ炎と雷が迸る。攻撃力は既に十分。となればメイプルは相手の行動に咄嗟に対応できるように備えることが重要である。【身捧ぐ慈愛】を破る手段があった時に困るため、召喚できる諸々はひとまず出さず、兵器の展開もなしで意識を防御に集中させる。
「【フレアアクセル】!」
「【電磁跳躍】!」
「【カバームーブ】!」
それぞれがスキルを発動させて一気に加速し、クラゲとの距離を詰める。クラゲはそれに対して細い触手を何本も伸ばしてくるが、それは自ら危険領域に踏み込むことを意味する。
「【嵐の中心】【落雷の原野】【稲妻の雨】!」
「【業火】【灼熱】!」
ベルベットから凄まじい量の雷が、ミィからは全てを焼き尽くす炎が放たれ、伸ばされた触手を焦がしていく。二人のスキルは範囲攻撃に優れており、囲みこむように伸ばしてくる触手などはいい的になってしまう。
メイプルも二人が【身捧ぐ慈愛】の範囲から外れてしまわないようについて行くと【滲み出る混沌】を使ってダメージを与え二人を援護する。
こうして触手による妨害が失敗したことにより、クラゲは二人の接近を許してしまう。それにより体が落雷止まぬベルベットの領域に入ってしまい、ミィからは【炎帝】によって生み出された火球が叩きつけられる。
HPがゴリゴリと減少する中、クラゲは水浸しの地面に向けて触手を差し込む。その場から逃げられなくなるような行動にベルベットとミィはそれならばとさらなる追撃を仕掛けようとする。と、そこで地面を浸す程度だった水が一気に膝辺りまで増水し、通常の触手に加えて、水が自在に動き触手のような形を取り始める。水でできた触手は、ベルベットの落雷やミィの炎を受け止めるとそれを消滅させてしまう。
「これでは範囲攻撃の意味がないな……!」
「それなら拳で行くだけっすよ!」
もういつも通りのベルベットは再びスパークをその場に残して跳躍する。しかし、焼き焦がされなくなった触手は的確にベルベットに届き、その体を拘束する。クラゲらしく毒、麻痺、さらにそのまま追撃を受けることになるはずだが、それはメイプルが許さない。
「大丈夫ー!ダメージはないし、毒とかあっても効かないよ!」
「助かるっす!なら【紫電】!【重双撃】!」
ベルベットは電撃によって触手を焼き切ると、そのまま飛び上がり重い二連撃を叩き込む。それは電撃を纏っており、さらにそのHPを削っていく。ミィの方はそこまで近づかなくとも遠隔操作で【炎帝】の火球をぶつければいい。広範囲攻撃は確かに有効であり、それを防がれるようになるのは痛手だが、それでもクラゲを倒すためのスキルはまだまだ残っている。
一方、クラゲにとっても防がれるとそれ以降苦しい攻撃があり、それは触手攻撃だった。大量の触手で攻撃し、状態異常で動けなくなった相手を一方的に攻撃するという風にデザインされている。
それら全てを破壊したのがメイプルだったのだ。
「頑張れミィ!ベルベットー!」
そんなことはつゆ知らず。メイプルはなおも防御を固め、盾を構え、ダメージ軽減スキルを発動するつもりでいる。
もっとも、現時点で相手の攻撃を封じ込めることができているのだから、それらをどれも使うことなく勝利することになったのは、最早当然の事だった。
その見た目通り、全力で攻撃してくるインファイターを止める手段は触手による状態異常だったが、それがメイプルによって効かないため、後はひたすら殴りつけられるばかりだった。
結果として、ボスのHPはゼロになり水でできた触手は消滅して、ボスが光となって消えた後にはいくつかの素材と三匹のクラゲが残された。
「思ったより簡単だったっすねー……あっ、っとと……メイプルさんとミィさんが強かったのが大きかったです」
「ああ、【身捧ぐ慈愛】を上手く突破できないボスはこうなる。何度かパーティーを組んで戦ったが、身に染みてわかった」
「きっちり守れてよかった!えっと、ボスは倒したみたいだけど……」
メイプルはまだモンスターがいるのかと、残された小さなクラゲをツンツンとつついてみる。
「それはモンスターではなくて、部屋に連れて帰ることができる観賞用のものらしいですよ」
ギルドホームやその中の自室に配置することができる、性質としては家具アイテムにあたるものというわけだ。
「ほう、水槽に入れておくというわけか」
「ギルドメンバーの報告によると空を飛ぶみたいです」
「飛ぶんだ!確かにボスの時もふわふわ浮かんでたし、イベント限定のモンスターも空中を泳いでるもんね」
テイムモンスターというわけではないが、ボスを小さいサイズにしたものを連れて帰ることができるのが、今回のイベント、後半戦の追加要素の一つのようだ。
「じゃあ一人一匹ね?」
誰もそれに異論はないようで空を飛ぶ小さなクラゲを一人一匹持ち帰ることにする。
「ギルドメンバーの中には周回して集めようとしている人もいるみたいです」
「なるほどな。分からなくもない」
「だね!何匹かいたら雰囲気でそう!」
これにて、特殊ボスの討伐に成功した三人はダンジョンを後にする。ベルベットは少し物足りなかったようで、レイドボスに向けて英気を養い、ミィは部屋に配置してみたい生き物はいるか考えていた。メイプルも、こういったミニチュアモンスターが今回のイベント限定となれば、今やらなければ集められないため空いた時間でダンジョンを回ってみることにするのだった。
三人でのダンジョン攻略から数日、それまでの間登場したレイドボスは全て完膚なきまでにボコボコにされていた。
「やはり、改めて見てみるとプレイヤーは強いものですね」
「ああ、このHPは高すぎるかと思ったが、存外歯ごたえのないものになってしまっているかもしれないな……」
運営陣はレイドボスの能力を見つつ、撃破されたシーンを確認する。後半戦開始を知らせるための巨大イカはプレイヤー達が準備できていなかったのもあり、なかなか善戦したと言えるが、それ以降はボロボロである。というのも出てくる場所と時間が分かっているため、登場前になると大量のプレイヤーが周りを取り囲み一斉攻撃をするからである。
巨大イカがそれなりに攻撃に耐えられていたのは、序盤囲まれての集中砲火がなかったからなのだ。
「残りの期間に登場するボス達には何とか頑張ってもらいたいところだな」
「そうですね……あんまりあっさり倒されてもレイドボスの風格がないですからね」
そう言いながら、あっさり倒していってしまう要因となっている一部プレイヤーのことを思い浮かべる。彼ら彼女らは戦況を変えるような動きが可能なのだ。また、そうでなくとも層が進むに連れて各プレイヤーが見つけた妙なスキルは増え続けているのだから、一人ではそこまででも、それが一箇所に集まればとんでもないことになる。
「もう少しHPとか防御力を調整してもよかったかなあ」
「ええ、まあ……もともと段階的に強くなるように調整していますし違和感はないでしょう」
プレイヤーが協力して数の力で圧倒的HPのモンスターを倒しにくるのだから、ボスもそれ相応の質を保たなければならない。
「最後のこいつはやり過ぎかとも思ったが、そうでもなさそうだな」
「登場を待ちましょう」
「ああ、いい具合に戦ってくれると期待しているからな……」
今までそう期待して蹂躙されていったモンスター達のことを思い浮かべつつ、少し不安そうに、しかし期待を込めて運営陣はデータを見直すのだった。




