防御特化と偵察。
ギルドホームを出たカナデは宣言通り、【ラピッドファイア】の二人の様子を見に向かう。リリィとウィルバートは、決まった時間に決まった場所で射撃練習とばかりにモンスターを撃破しているため、いくつも層がありそれぞれが広いといっても見つけるのは簡単だ。
「【thunder storm】の方はこれといって新しく知れたことはないし、何か面白いものが見れたらいいんだけど」
カナデは道中急にモンスターに襲われた時のためにソウを呼び出すと、サリー同様馬を使ってフィールドを移動する。
ソウがいれば自分に擬態させることで魔導書の消費を気にせず戦闘ができる。そのため、重要なイベント時やボス戦を除いて、今は基本的な戦闘はソウ頼みなのだ。
カナデは以前メイプル達がリリィとウィルバートを見に行った場所の近くまで来ると、馬から降りて木の幹に背中を預けて座り込み、双眼鏡で二人を確認する。
「聞いてた通りの命中精度……それに威力もすごいなあ。あれだと僕なんかは近づけすらしないかもね」
ウィルバートは空を飛び回るモンスターに、ただの一度も矢を外さないのだから、必中と言われるのも頷ける。そのうえ一撃でそのことごとくを撃ち落とす威力となれば、並みのプレイヤーでは近づく前に蜂の巣になるだろう。
「無理矢理にでも距離を詰めるしかないね。いいスキルと【AGI】がいるなあ」
近づこうにも真正面から走っていったのでは、同じように距離を取られてしまうだろう。サリーの言っていた通り、モンスターが爆散していく様子は攻撃力が異様な高さであることを示しているが、細かなステップや攻撃を回避する際の機敏さはマイとユイのような極端な能力値でないことを告げている。
射程があり、攻撃力があり、移動速度も人並みにあるとなればそこには純粋な強さがある。突き崩すのは容易ではないだろう。
「隣はリリィもいるしね……うーん、隙がないなあ」
【ラピッドファイア】の二人は個として高い完成度を誇る片方を、もう片方が支援することでより盤石にしている。
ウィルバートが攻撃役ならば一撃の質による必殺、リリィが攻撃役ならば圧倒的な物量での一対多を押し付けてくる。片方が支援に集中することによって意識外から隙をついての攻撃も難しく、全ての能力が高水準だと言えるだろう。ベルベットとヒナタとはまた性質の異なるコンビというわけだ。
カナデが片手間にイズ作のパズルを解きながら、テイムモンスターを呼び出したり、今までに見たことのないスキルを使ったりすることがないかを確認していると、遠くにいたリリィとウィルバートが射撃練習をやめて近づいてきた。
「おお!今日はまた面白い見物人がいたものだね」
「すみません。リリィがどうしても行こうと聞かなかったもので」
「いや、僕の方こそ覗き見するような形でごめんね?でも、すごいな……かなり離れてたはずなんだけど」
イズの作った高性能な望遠鏡でようやく確認できるような距離にいたのだから、とても肉眼でカナデのことを確認することができるとは思えない。
「はは、うちのウィルは特別でね」
「私としてもあまり詳しく話すことはできませんが……ええ、きちんと見えていましたよ」
これは困ったとカナデは頭を掻く。サリーが感じた何かあるは、勘違いではないようだった。ウィルバートは何らかのスキルもしくはアイテムによって最高レベルの生産職が作る双眼鏡と同等。もしくはそれ以上遠くまで見渡すことができているということである。
「はは、いよいよもって奇襲は効果がなさそうだ」
「ふふっ、そうだとも。いいね、包み隠さないのは好感が持てる」
そう言ってリリィは自信ありげな表情を見せる。ウィルバートの能力がある程度知られたとしても、それはあくまでおおまかなものでしかなく、完璧な対策をとることは難しい。であれば、問題なく勝ちきれると踏んでいるのである。
「少し偵察に来ててさ、ほら二人も僕達のギルドにとって重要人物だからね」
「そう言われるのは気恥ずかしいですが……」
「いや、悪い気はしないね。実のところそうだろう?」
「さあどうでしょう?」
「つれないな。そこはそうだと言っておくべきだろう」
「そうでしょうか……?」
「と、話が逸れたね。何か有益な情報は得られたかい?」
「改めて索敵範囲の広さと射撃能力を確かめられたくらいかな」
「そうか。でもまあ言ってしまえばそれが全てだよ。その上でどうしようもないだろう?」
「そうだね。少なくとも僕は分が悪いかな」
「ウィルと比べて分が悪いで済むなら、中々あなどれないね」
カナデも後のことを考えずに魔導書を惜しみなく使えばやりようはあるが、それでも隠している能力があればそれだけでひっくり返されかねない。だから分が悪いと答えたわけだ。
「もちろんいくらでも見ていってくれて構わない。といっても見せられるようなものは概ね君のギルドマスターに見せたと思うけれどね」
「うん。僕も聞いてるよ。まあ偵察とは言ったけど、半分くらいは僕の興味本位なんだ。色んなスキルとそれを使いこなすプレイヤー、それを見てるのは楽しいからね」
「なるほど」
「嘘ではなさそうだ。うん、分からなくもない」
「そういうわけで続けるならしばらく見させてもらうかな。次々モンスターが撃ち落とされていくのは見ていて気持ちいいしね」
「そうか。ただ、申し訳ない。今日は切り上げるつもりなんだ」
「ははは、謝ることなんてないよ。こっちが勝手に見てるだけだからね。むしろ、やめてほしいっていう方が自然なくらいじゃないかな」
ともあれ、今日はここまでとのことで、カナデもそれならまた別のギルドのプレイヤーでも見に行こうかと切り上げようとする。
その直後、近い位置でバシャバシャと水音がし始めて、三人は音のした方に向き直る。向き直った先では、地面から湧き水が噴き出しており、水溜りというにはあまりに大きく、直径十メートル以上の範囲を水浸しにしていた。
「ん、何だろう?二人のスキル?」
「いえ、私は何も」
「特にギルドのメンバーにも、もちろん私達自身にもこんなスキルは記憶にないね」
近くに他のプレイヤーも見当たらず、そのうえで水となれば想起されるのは今回のイベントである。
「ウィル、今まで倒してきたサメやタコやウツボにこんな前兆はあったかい?」
「なかったはずですね。使ってきた技に関しても同じようなものを持っているモンスターには出会っていないはずです」
「よし、少し待ってみようか。カナデ、君も残ってくれると助かるよ。何分何が起こるか分からない」
リリィは水の広がる規模から、大物が現れるだろうと予測している。となれば今近くにいる戦力を逃す理由もない。
「うん、分かった。いいね、想定してなかったけど面白いことには出会えたみたいだ」
カナデも様子を見守ることにして、三人で何かが起こるまで集中してじっと広がる水溜りを観察していると、その中央から波紋が広がりだし、バシャンという大きな音と共に、巨大なイカが姿を現し空中に浮びあがる。
「おー巨大イカは第二回イベント以来だなあ」
「いいぞ、訳は知らないが大物だ。仕留めるぞウィル!」
「ええ、もちろん」
「水中じゃないし、僕も多少強くなってるからね。やりようもある」
カナデは第二回イベントでは水中に放り出されて巨大イカに瞬殺された。今回の個体はそれとは異なるが、成長の成果の見せ所である。
三人はそれぞれ武器を構えると、まずはメインアタッカーであるウィルバートにバフをかけていく。
「【王佐の才】【戦術指南】【理外の力】【賢王の指揮】【この身を糧に】【アドバイス】!」
「ソウ【擬態】」
カナデの頭に乗っていたスライムがぴょんと飛び降りながらその形を変え、カナデそっくりに擬態すると、リリィは目を丸くして興味深そうにそれを見る。
「なるほどそういうモンスターか!噂には聞いていたが実際目にすると驚くものだね」
「便利だよ。僕の場合は特にね」
カナデはソウに魔導書を取り出させると、ダメージを上げるような効果のものをどんどんと使っていく。ソウに使わせると効果は落ちるものの、カナデの場合入手難度などを無視して質がいいスキルをかき集めているため、それでも凄まじい上昇値になる。
「【楓の木】でしっかりバッファーになれるのは僕くらいだからね。少しはやれないと」
「ははは……少しというには数値が伸びすぎですが……ありがとうございます。射抜きましょう」
ウィルは弓を構えるとギリギリと引き絞りつつ以下の眉間に狙いを定める。
「【引き絞り】【滅殺の矢】」
赤黒いエフェクトと共に、視認すら困難な速度で放たれた矢はイカの分厚い体を突き抜けて空へ消えていく。ドバッと大量のダメージエフェクトが噴き出るものの、その頭の上に表示されたHPバーはほとんど減少していない。
「おっと……なるほど」
「これは想定外ですね。リリィ、代われますか」
「ああ、任せるといい。ただ、そんな次元でもないように見えるが……」
ウィルバートは一撃で倒せなかった場合に著しくダメージが減少するため、【クイックチェンジ】によって装備を入れ替えアタッカーをリリィに変更する。
リリィは即座に大量の兵を召喚すると銃撃によって攻撃を開始するが、一撃必殺のウィルバートですらそこまでダメージを与えられなかったことから察せられるように、減ってはいるものの有効打になっているとは言えない。
「反撃が来るか……!【その身を盾に】!」
「ソウ!【対象増加】【精霊の光】【守護結界】!」
両側から三人を叩き潰さんと迫ってくる触手を見て、カナデはダメージ軽減スキルを発動させ、リリィは生み出した兵全てを使って自分達を庇わせる。しかし、ダメージを軽減してなお凄まじい威力であり、兵は一瞬の抵抗ののち粉々に粉砕されていく。
「想定以上だよ……【ラピッドファクトリー】【再生産】!」
カナデがサリーから聞いていないスキルが発動され、それと同時に破壊されて直ぐに次の兵が補充され壁となっていく。
「へぇ、こんなに召喚できるものなんだね」
「ああそうとも。ウィルの力を見ただろう?並び立つには最低限これくらいでなくてはね」
「はは、私は別に大丈夫ですよ。頼もしいに越したことはありませんが」
「とはいえ、これでは攻撃に移れたものではないからさ。ウィル、ギルドメンバーに連絡を取ってくれ。増援がいる」
「分かりました。手の空いてる者に呼びかけてみましょう」
「僕もギルドの皆を呼んでみるよ」
「それは心強いな。頼むよ」
その間くらいは耐えられると言い切って、リリィはおびただしい量の兵士を絶えず生み出すことで、触手の攻撃を防ぎ続けるのだった。




