防御特化と克服2。
翌日、いつも通りに目覚めて登校した理沙は途中で楓を見つけて駆け寄っていく。
「楓、おはよう」
「おはよう理沙!」
話をしながら、学校までの道を歩いていると楓から話が振られる。
「あのゲームやってみたの?」
「ん、いや、まだ……」
課題で忙しかった、タイミングがなかったなど色々と言った後で理沙はすっと目を逸らす。
「……やっぱり一緒にやってくれない?」
「もー、そうだと思った。いいよー。いつにする?」
先延ばしにしていては、いつまで経ってもこのゲームをプレイしないだろうと考えた理沙は早速今日やることにした。
「分かった。じゃあ今日の放課後だね!……何も持って行かなくていいんだよね?」
「うん。二人プレイする分のハードは私が持ってるし」
「じゃあ楽しみに……?してるね!」
今回に限り理沙の目的は楽しむこととはまた違っているため、二人で遊ぶとはいえこの表現でいいのだろうかと楓は違和感を覚えつつ返答する。
「でもホラーゲームは私も初めてなんだよね。理沙の家にはなかったし……」
「あはは……私がやろうって持ちかけたりしなかったしね」
楓は基本的に自分からゲームを買ったりはしないため、理沙から薦められたゲームでなければ手をつけることもない。となればホラーゲームをやったことがないのも当然である。
「やっぱり怖いのかな?」
「どうだろう?そればっかりは私にも分からないなあ」
理沙にとっても経験のないものなため、今までのようにこれはこうだとセオリーを話すこともできない。
「じゃあやってみてのお楽しみって感じだね」
「楽しめたら……いいな」
「あっ……そうだった」
こうして今日の放課後に約束をして、二人は学校まで半分ほどとなった道を歩いていくのだった。
時間は過ぎて放課後となり、楓と理沙は下校すると約束通り理沙の家へとやってきていた。
「ただいまー」
「おじゃましまーす」
家の中へ入ると早速理沙の部屋へと向かう。理沙は色々考えた結果、一周して覚悟が決まったようで、やる気に溢れた様子で階段を上っていく。
「準備するからちょっと待ってね」
「はいはーい」
理沙の後ろでしばらく待っていると、準備が終わったようで、二つのVR機器が並べられている。楓はそのうち一つを手に取ると、改めて理沙にどんなゲームだったかを確認する。
「えっと、確かお化けに追いかけられるんだよね?」
「うん。異空間に放り込まれて、色々解決しつつそこから脱出するのが目的だって」
「ふんふん、何かダンジョン攻略みたいだね」
「そう、かな?……まあ、でもそう思えばちょっとは楽になるかも」
パッケージの裏には、いくつかのシーンをピックアップした画像が小さく載っており、病院らしき場所が写っていた。
「普段あまり行かない場所が舞台になってる方がいいかなって……」
何かあってその場所が怖くなったとしても、ほとんど行かない場所なら問題なしというわけだ。克服しようという目的の割には後ろ向きな理由だが、これも今までの敗走から学んだことなのだ。
「じゃあそろそろやる?今までみたいに一番最初の区切りまで!」
「うん……やろうか」
初めてのゲームを二人で遊ぶ時に今までそうしてきたように、第一章のクリアを目指して二人は仮想空間へと入っていくのだった。
しばらくして目を開けると、正面に見えたのはボロボロになったいくつもの机と椅子、同じ様子の黒板。窓の外は塗りつぶされたように真っ暗であり、部屋の中は発生源の分からない明かりによって薄暗い状態が保たれている。楓が様子を確認する限りどうやらここは学校の教室で自分は椅子に座っているようだった。
「病院じゃなかったっけ?」
「……?……??」
楓が隣の席に座っている理沙に声をかけるものの、理沙はよく分からないと首をひねるばかりである。
「とりあえず探索してみよう!」
「う、うんそうだね……」
ゲーム内空間らしく、何かアイテムがある場合はそこが強調されるため、薄暗くとも見逃しは防ぐことができるようになっている。楓は早速目の前の机に置かれている紙がアイテムとして強調されているのを見てそれを手に取る。
「えーっと……うんうん、気づいたらここにいて、脱出方法も分からない。気味が悪いがあちこち探してみるしかない……他にも誰かいるのかな?」
「そうかも……」
理沙は予想とは異なり学校が舞台だったため、もう既に全身から逃げのオーラが漂っている。
「じゃあ私達も色々探してみるしかないね!」
「うん。何も出てきませんように……」
いくら第一章だといえども、いやホラーゲームの第一章だからこそ、何も出ないというのはありえないことなのだが、理沙は楓に手を引かれて祈りながら教室から出て行こうとする。
とりあえず周りの確認からだと、教室のドアを少し開けて顔を出して両側を確認する。左も右も薄暗い廊下が続いているものの、物音などは聞こえず特に何かが動く様子はないが、かなり暗く遠くまではっきりとは見えないため、確信は持てない。
「とりあえず安全そう?」
「何もいない……?」
「たぶん……確認する方法ないもんね」
いつもなら【機械神】での武装展開か【毒竜】による無差別攻撃で、敵と言えるものはチェックと同時に吹き飛ばせるのだが、ここではそんな物騒なものはない。
「どっちから行く?」
「危なくなさそうな方で……」
「うーん、じゃあ右!」
教室にいつまでも引きこもっていても仕方がないため、楓が決めた通り右へと進んでいく。学校なだけあって教室が並んでいるが、楓が扉に手をかけてみても何かが引っかかって開かない部屋が多い。
「開くようになるのかな?あれ?」
教室の扉の小さなガラス部分から中を覗いた楓は、教室の机に一人の女子が座っていることに気がつく。
「ねえねえ理沙!誰かいるよ!」
理沙もそれを確認しようと恐る恐る片目を開けて楓とともに小さなガラス窓を覗き込む。
直後俯いていた女子はすっと顔を上げて二人の方を見る。次の瞬間、姿が消えたかと思うと効果音と叫び声とともに覗き込んでいた小窓に手が叩きつけられる。
「わっ!?」
「ひぃぅ……」
生気のない白い顏と対照的な真っ黒い目が、先程そうしたように二人を見つめているのを見て、楓はここは離れるべきだと、座り込んだ理沙の手を引き立ち上がらせる。
「に、逃げた方が良さそう!」
「……」
半ば放心状態の理沙の手を引いて、来た道を帰っていく。走りながら後ろを見ると、霊らしきものは追ってきてはいなかった。
「ふぅー……セーフ。びっくりしたー」
驚きはしたものの、とりあえず逃げ切れたため、楓は一安心だと胸をなでおろす。
「こっちだとちゃんと足が速いから結構逃げられそうだね!」
そうして前向きに次に出会った時のことを考える楓に対して、理沙は今にも泣き出しそうな元気のない表情である。
「えっと、どうする?」
「ま、まだ……やるよ!」
もうヤケだとばかりに声を張って無理やりに元気を出すと、力が抜けそうになる足をぐっと伸ばして、落ち着くために深呼吸をする。
「こ、こここ克服するって決めたからね!」
何とか立ち直れているのは隣に楓がいるからというのもあるだろう。そもそも一人では立ち直れないどころか起動すらできなかったのだから。
「分かった!じゃあ左行ってみよう!」
「う、うん……ふぅー……よし」
楓に手を引かれて左へ向かいながら、各教室に何かがないかチェックしていく。先程のメモのような指針を与えるチュートリアル的手記をいくつか発見し、ここからの脱出を目指さなければならないことや一部アイテムの使い方が示される中、楓と理沙は有用な物を発見する。
「あ!理沙見て見て、懐中電灯!」
楓がチカチカと点けて見せると、理沙も同じように点くかどうかを確かめる。
「これで探索しやすくなるね」
「うん。明るい方がいいし……」
そうして懐中電灯を点けて部屋の中を照らしていると、廊下の方から何かが近づいてくる気配を感じて、二人はさっと明かりを消す。状態異常を示すかのように心電図のようなマークが視界の右上に出ており、何かが近づいて来るにつれて、センサーのように振れ幅が大きくなっていく。
「「…………」」
二人が教卓の陰に隠れて静かにしていると、次第に心電図の揺れは収まっていき、やがて表示されなくなった。
「ふー、バレなかったみたい!でも明かり点ける時は気をつけてないとね」
手記曰く、先程二人が出会った霊がこの学校内を徘徊しているようで、それをうまく避けつつ脱出の手がかりを探す必要があるとのことだ。限りなく現実に近くともゲームなため、きっちり回避できるだけのシステムは備わっているのである。
明かりを点けているとバレやすく、しかし点けていないと発見できないアイテムもある。
「まずはこの階を見て回ろう!」
「うん……」
「あはは、何だかいつもと逆だね」
いつもならゲームに慣れた理沙が行動方針を決めるのだが、ホラーゲームではそうもいかない。それでも、理沙の姿を見てきた楓にもそういった能力は多少身についている。
「そうだね……正直余裕なくて……」
「ふふーん、たまには私に任せなさーい!」
「うん、お願いするね」
外に霊がいないことを心電図で確認すると、二人は静かに教室を出る。そのまま各部屋を回りつつ、脱出経路を探すのだが、学校だけでも三階に分かれておりかなりの広さである。確保したアイテムやマップなどは、いつも『New World Online』でインベントリから取り出しているのと同じように引っ張り出せるため、探索の邪魔にならないのが救いだ。
「理沙こっち!」
しばらく探索した所で、楓はセンサーが反応しているのに気付いて慌てて懐中電灯を切り、理沙と二人で物陰に隠れる。
「バレたかな……?」
「気づかれませんように……気づかれませんように……!」
どうなってももう仕方ないと目を閉じて為すがままになっている理沙の隣で、楓はできるだけ様子を窺っている。しばらくして、物陰の前を霊が通り過ぎて離れていくのを見て、楓はほっと息を吐く。
「ふー、緊張するね!ホラーゲームってこんな感じなんだ!」
「………うぅ」
理沙は得意ではないタイプの緊張と緩和の繰り返しにぐったりとしている。
「次の教室まで行ったら一旦終わろう?結構やったし学校自体長そうだし……」
楓達が概ね回りきったのは二階だけで、一階と三階は全く手付かずなのだ。一ステージクリアを目標としていたが、すでに魂の抜けかかっている理沙に無理はさせられない。
「うん、そうしよう?そうしよう?」
「じゃあそういうことで!あと行ってないのは美術室!」
二人は霊に遭遇しないように隙を窺って移動し、無事に美術室の中へと入ると、懐中電灯で照らして何かがないか確かめる。
「すごい、キャンバスがいっぱい」
「何かあった……?」
「像とかキャンバスとか絵の具とか……んー、あっ!」
「な、何!?」
何かがある度に目を閉じている理沙の手を引いて、アイテムの表示があった所まで歩いていくと、そこにはタグのついた鍵があった。
「あ、分かりやすく手がかりっぽい!えっと……理科室?」
楓が鍵を手に入れるとそれは勝手に収納され、アイテムとして保管される。とりあえず見つかった鍵はこれ一つなため、次の目的地は理科室となるだろう。
「理科室は二階にはなかったし、丁度いいから終わりだね」
「じゃあ、セーブして終わろう?」
セーブポイントはマップ上にいくつか設置されており、美術室に来る前にセーブしたところだったため、改めてここまでの探索を記録して今日はやめようというわけだ。
「じゃあ、こけないようについてきて」
ずっと目を閉じている理沙は楓が差し出した手を掴むと、何とかやり切ったと安堵する。
楓が歩き出したのについて、理沙も一歩を踏み出すと、空いた片方の手がひんやりとした何かに包まれる。
「えっ……?」
理沙が思わず振り返るとそこには制服を着た女子がいた。理沙が感じたひんやりとしたものは透けて見える彼女の手だったのである。
「いかないで……イカナイデェェ!」
霊は目から黒い液体を流しそのまま理沙に両手で掴みかかる。突然驚かされた理沙は容量を超えたのか、振り払うこともできずにへなへなと座り込んでしまう。
「うぇっ!?ななな、何!?理沙!?」
歩き出そうとしたところで後ろから急に聞き覚えのない声がした楓が振り返って、理沙を助けようとしたところでそのまま視界が黒く染まっていき、少ししてゲームオーバーの文字が浮かび上がった。
視界が元に戻ると、アイテムなどは美術室に行く前の状態に戻っており、自動的にセーブポイントから再開されたと分かる。
理沙はというと、腰が抜けた様子で無言でその場に座り込んでしまい、もう一度美術室に行く気力がないことは明白だった。
「終わろう!」
楓はそう判断すると、呼び出したメニューからゲームを止めるを選択して、二人で現実世界へと戻っていったのだった。
現実世界へと戻ってきた楓はVR機器を外すと、初めてのホラーゲーム体験を思い返す。VRゲームだったのもあって、お化け屋敷にの延長といった感覚で遊ぶことができ、驚きはしたものの緊張感のある探索を楽しんだと言える。
「理沙ー?」
楓がヘッドギアを外してあげると、疲れ果てた表情の理沙と視線があった。
「楓……」
「なに?」
「克服は……諦める……」
涙の滲んだ目で弱々しくこぼす理沙に、楓は分かっていたことだったとある種の納得感すら覚える。
「もー!絶対そうなると思った!昔っから克服するっていう度にそうなってたし」
「ゲームは……欲しかったらあげるけど」
「うーん、いいかなあ。理沙みたいに色々同時にやるのは大変だし。まだまだ先も長そうだったし」
「分かった……ごめんね、付き合わせて」
「ううん、初めてやってみて新鮮だったし。でもそろそろ帰らないと」
霊に注意して、不慣れな楓主導で足取りが異様に重い理沙と一緒に探索していたのもあって、結構な時間が過ぎて、外は暗くなっていた。楓はカバンを持つと忘れ物がないかを確認する。
「うん、またね」
「またね!あ、そうだ……今日は何時に電話する?」
「えっ?あっ……」
今夜はまともに眠れないだろうと楓は理沙と電話する時間を聞いた。六層の時と同じようなことは今までもあり、ゲーム中の反応を見るに今回も例外ではないだろう。
理沙は楓の言わんとすることを察し、恥ずかしそうにもごもごとしているが、いらないと言い切ることはできなかった。
「じ、十時頃から……」
「おっけー!」
絞り出すようにそう答えた理沙に改めて別れを告げると、楓は帰路につく。そうして残された理沙は机に突っ伏して、両手で髪をぐしゃっと崩す。
「恥ずかし……あー、馬鹿」
何回やっても後悔するのだが、それでも始める前は何故かいける気がして全能感に包まれているのだからタチが悪い。
「もうやらない、やらない!」
理沙はホラーゲームのパッケージを見て戒めるようにそう自分に言い聞かせるのだった。
楓と理沙がホラーゲームをしてから数日。長い期間のイベントも折り返しに入ろうかといったところで、イベントモンスターの討伐数は既に累計目標達成に近づいていた。
「おー思ったより早いもんだな」
「そうね。素材もそこまで集まりにくいわけでもなかったからそろそろ十分よ」
「結局僕はあんまり参加しないうちに目標達成しちゃいそうだなあ」
クロム、イズ、カナデの三人は討伐数を確認しつつ、あとはある程度積極的に動いている大規模ギルドに任せながら、少しずつ無理なく倒せば間違いなく期間中に達成できるだろうと予想する。
「じゃあ僕は今まで通りちょっと他のギルドでも見てこようかな」
「お、偵察か?」
「【ラピッドファイア】の二人も話を聞いてる限りだと面白そうだし。ちょっと見てみたくてさ」
「あの二人も強いからなあ。情報があると対人戦で助かるな」
「そういうこと。じゃあもし何かあったら連絡するよ」
「ええ、必要なものができたらいつでも言ってね」
「うん。あ、それと前にサリーが考え事してて対人戦のことかなって思ったんだけど、詳しく聞けなかったから、会ったら聞いてみてくれると助かるな」
「おう、分かった」
「覚えておくわ」
カナデも魔導書とソウの【擬態】によって柔軟に戦闘ができるため、レベルこそそこまで高くないものの、戦闘のキーになるスキルで戦略の要になれる。カナデは【神界書庫】とその魔導書に大きく依存しているため、七層で本格的に戦闘するなら、魔導書も使っていかなければ厳しい。残しておきたい魔導書を決めるためにも、必要なことがあれば共有しておきたいのだ。
カナデはギルドホームから出て行くと、今日もリリィとウィルバートの情報を探りに行く。そうしてカナデが出て行ってから少しして、メイプルとサリーがギルドホームにやってくる。
「あら、ちょうど入れ違いになっちゃったわね」
「そうだな。もう少し待ってれば直接話しもできたんだが」
「……?何の話ですか?」
「いやな、カナデがサリーが対人戦のことで結構考えてたみたいだっていうから、その内容を聞いておいてくれって言ってたんだよ」
「サリーちゃん心当たりある?」
「カナデと話したのはあの日だから……あ゛っ!?」
思わず声が出てサリーは口元を隠して、咳払いをしてごまかす。
「だ、大丈夫か?」
「いや、何でもないです。悩んでたのは別のことで、紛らわしかったですね。すみません」
「あー……ふんふん」
メイプルは何のことか察せたようで一人頷いているが、サリーから何も言うなという意味のアイコンタクトが飛んできて、特に察した内容については話さない。
「ならいいんだ。違うんなら踏み込むのもアレだしな」
「ええ、ごめんなさいね。カナデにはそう伝えておくわ」
「はい、よろしくお願いします」
会話をしてそれぞれの話に戻っていくクロムとイズを見て、メイプルはこそっとサリーに話しかける。
「悩んでたのってホラーゲームのこと?」
「もう!……そんなの察さなくていいって」
メイプルにそう言われたサリーは表情を隠すように目を伏せ、マフラーを口元まで引き上げるのだった。




