防御特化と連携。
メイプル達がダンジョンの攻略に励んでいる頃、マイとユイの二人は五層でイベントモンスターを討伐していた。五層はフィールドも明るく、動きのゆったりとした雲のモンスターがほとんどなため、奇襲の警戒もほどほどにイベントモンスターに向き合うことができる。経験値もそれなりに貰えるのも二人にはありがたいことだった。
メイプルやサリーの攻撃で問題なく倒すことができるのだから、マイとユイの二人ならいつも通り一撃で吹き飛ばせる相手ばかりである。
そもそも、二人の攻撃をまともに受けて生き残ることができるのはボスモンスターくらいのものなのだ。
ツキミとユキミのお陰で移動速度も多少改善された二人は、フィールドを駆け回るうち、メイプル達も戦っていた空を泳ぐサメに遭遇する。
「いた!珍しいのだよ!」
「うん……!倒そう」
ツキミとユキミに指示を出すと、二人まとめて攻撃されないように左右から接近する。
「【飛撃】!」
ユイが振り抜いた大槌から衝撃波が放たれ、真っ直ぐにサメに向かっていく。しかし、サメはすいっと空中を泳ぎその攻撃をするりと回避すると、より接近していたマイに対して凄まじい勢いの水を放つ。
「【巨人の業】!」
それに対し、マイは回避行動をとらずに二本の大槌を大きく振りかぶってから振り抜く。それはサメの放った水と真っ向からぶつかると、白いエフェクトを発生させ、大量の水をサメに向かって跳ね返した。
「ナイスお姉ちゃんっ!ユキミ!」
マイはユキミを走らせると、水流が自分に返ってきて怯んでいるサメの胴を真下から大槌で叩き上げた。それはサメの体を文字通り爆散させ一撃で消滅させる。
「やった!お姉ちゃんナイス反応!」
「そう、かな?……よかった」
マイとユイ二人がメダルで手に入れたスキル。それは相手の攻撃が自分に与えうるダメージを自身のSTRが上回っていればダメージを無効化し攻撃を跳ね返すというものである。二人が受けうるダメージは防御力が皆無なためかなりのものだが、攻撃力はそれを上回る。
確定のカウンターとはいかないが、二人の能力を生かせる上、最後に試せる防御札でもある。相手の切り札を跳ね返せれば、戦局は一瞬のうちにひっくり返るだろう。
基本はツキミとユキミの移動速度を生かして回避を試み、当たる直前には撃ち返しに切り替える。
イベント限定モンスターに、二人のSTRを超える攻撃ができないことは既に確認済みである。二人は反応できさえすれば、問題なくどの攻撃でも撃ち返すことができるのだ。
二人はドロップした素材を拾うと、近くの高い雲の壁に寄りかかって少し休むことにした。
「選んだ時はちょっと不安だったけど……ちゃんと撃ち返せるみたいでよかった」
「うん!私達の攻撃力なら大丈夫そう!」
他のプレイヤーが使っても、一瞬隙を生み出せるかどうかというスキルだが、二人ならボスの大技すら返して利用することができるだろう。
「また次のメダルのことも考えておかないと!」
【楓の木】が優秀な成績を収め続けていることもあり、二人は定期的にメダルを手に入れることができている。そんな今ならば、次のメダルで欲しいスキルのことを考えてもいい訳だ。
「そうだね……強いスキルはたくさんあるし」
「うんうん!でね、ちょっと考えたんだけど」
「うん。なあに?」
ユイはそう言って話し始める。二人は今まで同じスキルを選んできた。お揃いという意味もあるが、ステータスの関係上二人が求めるスキルや相性のいいスキルは全く同じものになる。ここまで同じスキルを選んできたのはそれが自分を強化するための最善策だったからだ。
「お姉ちゃんと二人で戦うことが一番多いし、二人で連携プレーができるようにスキルを取るのもアリだなって!」
二人の個々の戦闘能力は十分高まっている。前回のイベントの予選で、うまく好成績を残すことができたことで自信がついたのだ。
「うん、いいかも。不意をつけるかもしれないし……」
第四回イベントでドレッドに一撃を加えた時も二人の力を合わせてのことだった。息の合った攻撃が自然にできるなら、連携を強化すればより強くなれるだろう。
「それなら……私はユイの攻撃を上手くサポートしてあげたいな」
「じゃあ私がきっちり攻撃する!」
二人の攻撃は一発当たれば十分なのだ。そして、そうと決まれば新たなスキル探しである。
「サリーさんがやってたみたいに、いい感じのスキルは見ておいたんだ!」
「ふふ、メダルが集まるのはもうちょっと先だけどね」
「フィールドで探すのはいつでもできるし、うーん……しばらくはそっちかなあ?」
「それだと……ふふっ、二人とも同じスキル手に入っちゃいそう」
二人とも手に入る分にはどちらからでも連携プレーをスタートさせられるため問題ないとユイは答える。その上で相手が反応できない隠し球として、メダルスキルを使うのである。
「じゃあもう一回モンスター探しに行こう!」
「うん、そうしよっか」
「うわぁぁっ!?」
「「!?」」
二人がそう言って立ち上がろうとしたところで、唐突に上から声が聞こえてきて、二人はぱっと声のした方を見る。そこには雲の上部から落下してきている人影があり、二人は慌ててそれを受け止めようとツキミとユキミを走らせて真下で待機させるが、人影は地面に激突する少し手前で逆さまになって空中で停止する。重力が存在しないかのように空中で姿勢を整える中、それの後を追ってもう一人ふわりと人影が降りてくる。
「ふぅ……あ、危なかったっす」
「目の前が地面かどうかは確認してください……」
空から落ちてきて、そのまま空中で二人話しているのはベルベットとヒナタだった。ヒナタの重力制御によって落下死を避けられたベルベットは、受け止めようとしてくれていたマイとユイの方を見ると、ぱっと笑顔を浮かべて大きく手を振り、ヒナタに地面へと降ろしてもらう。
ストンと着地したところで、ベルベットは少し照れた様子で話し始めた。
「いやー、急に落ちてきてびっくりさせちゃって悪かったっす」
「いえ、全然!大丈夫です。えっと、ベルベットさんですよね?」
「あ、メイプルから聞いたっすか?」
「はい」
マイとユイは偶然の出会いに、少し話を続ける。メイプルから聞いた限り、ベルベットとヒナタは連携しての攻撃が得意な二人組であり、ちょうど今二人が考えていた連携についていいアイデアを持っていると考えたからだ。マイとユイが話の流れで相談すると、ベルベットはうんうんと頷いた。
「なるほどー、連携っすか」
「基本は……強力なスキルに合わせるとやりやすいですね」
「そうっすね!私達だと動きを止めてくれるヒナタに私が合わせるっす!」
「やっぱり……役割分担ですか?」
「えっと、私はそれが分かりやすいと思います」
やはりそうかと、二人はそれぞれ新たなスキルの取得を考え始める。
「でも、私達と二人は違うっす!二人には二人なりの戦い方もあると思うっす!」
そもそも武器も違えば戦闘スタイルも真逆の二人と、全てが一致している二人なら目指すべき方向も変わってくるだろう。
「ううん、難しいね……」
「そうだねお姉ちゃん」
「そうっす!なら一度私達が戦ってる所見るっすよ。そうしたら何か閃くかもしれないっす」
ベルベットは代わりにマイとユイが戦っているところも見たいと提案し、二人はそれを受け入れた。
「それに、一気に討伐数を稼ぐ方法も一つ教えるっす
!」
「あ、それは……」
「全プレイヤー協力してのイベントで、私達は素材もある程度集まったっすから。それにちょっと特殊っすよ」
「確かに……それもそうですね」
もう素材も集まっているというベルベットとヒナタに二人は驚く。マイとユイはこの提案を受け入れると、ここから近いという、一気に討伐数が稼げる場所まで四人で向かうのだった。
ツキミとユキミは雲の地面を飛び跳ねるようにして進んでいく。ベルベットとヒナタが一緒に乗っていくことによって、本来存在する移動速度の差も気にする必要がない。
「んー、やっぱりいいっすねー」
ベルベットは風を感じながらふさふさとしたツキミの毛皮を撫でる。
「ベルベットさんは……テイムモンスターとか」
「私っすか?ふふふ、秘密っす!」
「ギルドの皆さんからも言わないように言われてるんです……すみません」
マイとユイにしても、サリーから二人のテイムモンスターを見たものが誰もいないと聞かされていて、興味があったというだけだったためそれ以上深く聞こうとはしない。
「誰も見たことないんですよね?」
「ないはずっす!」
ベルベットはそう断言する。二人もテイムモンスターに強力なものがいるのは、ギルドメンバーのそれを見て重々承知している。複数スキルを持っていることがほとんどなため、それが知られていないのは大きなアドバンテージである。
「っとと、そろそろっすよ。熊に乗るのは初めてで楽しかったっす!」
そうして少し、四人の前に現れたのは雲の地面に開いた大きな穴である。マイとユイが淵に立って中を覗き込むと、真っ白な壁に所々足場が突き出ており、それを飛び移りながらゆっくり降りていく必要があると分かる。
その途中にもモンスターはいるようで足場周りには黒い雷雲や限定モンスターである魚群がいるのが見えた。
「ここを降りた下にダンジョンがあるっす」
そのダンジョンに入るまでは気をつけて降りていくしかないのだと、マイとユイは気を引き締める。この不安定な足場では上手く戦えないうえモンスターも多いからだ。
「じゃあ行くっすよ。ヒナタもお願いするっす!」
「大丈夫です。【重力制御】」
ヒナタがスキルを発動すると一瞬四人の体を黒いエフェクトが包み、直後ふわりと宙に浮き上がる。
「スキルの効果中は浮いていられます……移動速度は遅いですが」
ヒナタとベルベットについていく形で、穴の中央まで来た二人が下を見ていると、隣から声がかかる。
「ここは任せてほしいっす!【雷神再臨】【嵐の中心】【稲妻の雨】【落雷の原野】!」
ベルベットが連続でスキルを宣言するのに合わせて、ベルベットの周りに落ちる雷の量が増加していく。この領域に味方でない存在が足を踏み入れれば即座にその身を焦がすこととなるだろう。
「じゃあ行くっすよ!」
ベルベットは穴全てを落雷領域で覆えるように中央に位置取ったのだ。そして、次に取る行動はゆっくりと降りていくだけである。
「これも効率いいっす!あ、でも安心してほしいっす。もちろんこれだけじゃないっすよ!」
「私達に……真似できるかな……?」
「ちょっと不安になってきたかも」
ヒナタによって空中に浮かぶ四人はゆっくりとした速度で、周りで強力な雷によって無慈悲に無差別に倒されていくモンスター達を見つつ、底を目指して降りていく。
そうして底まで辿り着き、落雷を解除すると途中雷に撃たれて死んでいったモンスター達が落とした素材を拾い集めると、横に伸びる通路の方に向き直る。
「これだけでも結構集まるっすよ!普段は一気に飛び降りるっす!」
凄まじい速度で落下していたとしてもヒナタなら激突前に停止させることができる。すぐに通り抜けてしまうため、雷攻撃の威力を低下させるモンスターは生き残ってしまうが、本命は魚群なため問題ない。
ここなら二人の能力を上手く利用して、素早く大量のイベントモンスターを倒すことができるのだ。
「早く倒せるところを結構探したっす!ここの縦穴は一番っすね!」
普段はモンスターの再発生を待って何度も落下を繰り返すが、今回は奥へと進む。マイとユイに戦っているところを見せるというのも目的なのだ。さらに、奥にも効率のいい場所があるらしく、今回目指すところはボス部屋ではなくそこになる。
「あ、でも私達はそこまで守るのは上手くないっすから、気をつけてほしいっす!」
「メイプルさんみたいにできる人は……他にはいないでしょうし」
「「はいっ!」」
ベルベットとヒナタは防御能力より攻撃能力に優れている。【カバー】や【身捧ぐ慈愛】のようなスキルで、他人をかばってダメージを受けるのに適したプレイヤーではないのだ。
雲の通路を歩いていくと、いくつもの道に別れており、モンスターもちらほら存在する。通路という地形の構造上、雑魚モンスターは通路を埋め尽くすベルベットの極太の電撃か、マイとユイの【飛撃】による衝撃波を回避できず一瞬で消し炭になってしまうため連携も何も必要ないのだ。
そうしてしばらく進んでいたところ、曲がり角からすいっと大型のモンスターが現れる。
「あ!カジキっす!ヒナタ!」
「大丈夫……【重力の枷】【思考凍結】」
ヒナタの声とともに地面から伸びた黒い鎖がカジキの体を固め、地面を吹き荒れる冷気はスキルを封印する。こうして何もできなくなったカジキに向かってベルベットが雷を纏って一気に接近すると、体を縮めて真下に潜り込む。
「【重双撃】【轟雷】!」
電撃を纏った重い二連撃がカジキに突き刺さり、電撃が弾ける。直後ベルベットの周りの地面が一瞬光ったかと思うとそのままベルベットを中心に電撃の柱が発生し、カジキを貫き消しとばした。
「ふぅ……ヒナタ、ナイスっす!」
「上手くいきました」
マイとユイは一瞬のうちに何もできないまま消滅したカジキを思い出しつつ、二人の息のあった連携プレーを振り返る。
「ふふん、どうっすか?」
「すごかったです!息ぴったりで!」
「改めて言われてみると照れるっすねー。連携はやっぱり最初に決めておくといいっすよ」
事前に準備しておいたものからしかいい連携は生まれない。ベルベットとヒナタのこの動きはほとんど全ての対人戦、対モンスター戦において有効であり、繰り返し繰り返し使ってきたものだ。動き出しのスムーズさや、それぞれがすべきことの決定までは凄まじく速い。
「カジキはダメージを与えるスキルを無効化してくるっすから、ヒナタに止めてもらわないといけないっすね」
「それと目的地くらいしか……やることないです」
「連携プレー……」
「うーん」
改めて二人の戦闘を見てみると同じ壁に当たってしまう。役割分担ができない二人では今のような連携はできないだろう。
「サポートしてくれる人は大事っすから!実際ヒナタがいれば攻撃役は私じゃなくてもいいっすからね」
ヒナタがその上でも相性はあるとベルベットに返している。こうなってくると考えれば考えるほど補助的なスキルを身につける必要があるように思えてくる。
結局そこに行き着くのかと連携について考えながらダンジョンを歩くマイとユイは、何度か二人の鮮やかな連携を見ているうちに目的地にたどり着いた。そこはボス部屋のように広くなっている場所で特に何もないように見える。
「真ん中まで行くっす」
「「分かりました!」」
全員で中央まで歩いていくと、周りの床が変色し、大量のモンスターが湧き出てくる。
「トラップで大量のモンスターが発生するっす!……限定モンスターも含んでるっす!」
一気にモンスターが湧くというトラップなため、現在その湧くモンスターの中に入っている魚達も大量に発生する。倒せるのであれば歩き回るよりもここでトラップを踏むほうが効率はいいというわけだ。
「【コキュートス】!」
モンスターの発生が終わると同時に、ヒナタは何もさせないままそれら全てを氷漬けにする。
「さあ、全力で叩くっす!」
「「はい!」」
雷撃と一撃必殺の大槌が好き放題にあたりを蹂躙する戦場において、解凍が間に合うことなどあり得ないのだった。
戦闘が終わり、ダンジョンから脱出した四人はここで別れることになった。
「少しでも何か参考になったならいいんすけど」
「同じ戦い方は難しいです……二人のものを見つけられれば」
「はい!」
「ありがとうございます」
「強くなって、戦うのも楽しみにしてるっす!」
ベルベットにとってただ親切をしたというわけではない。二人が強くなれば、その分いつかの対人戦で戦うことになった時もっと楽しめるからだ。
手を振って離れていく二人を見送ってマイとユイは顔を見合わせる。
「……どうしようか」
「うーん、やっぱりどっちかがサポートできるスキルを取るとか?」
「私達の強みを生かす……」
「私達だけの……」
「「…………!」」
二人は目を閉じて悩んでいたが、何か思いつくことがあったのか目をパッと開くとメッセージを送ってギルドホームへと向かうのだった。




