防御特化と第九回イベント2。
その頃クロム、カスミ、イズの三人は巨大化したハクの頭に乗って移動しては限定モンスターを狩るのを繰り返していた。
「あら、メイプルちゃん達こっちに来るみたいよ。早速素材がドロップしたらしいわ」
「おおー、すげえな。こっちはさっきから熱帯魚轢くばっかりだもんなあ」
ハクの巨体に物を言わせて湧く熱帯魚を片っ端から轢き殺してエリアをぐるぐる回っているものの、これといって何かがドロップすることもなく、他の種類の限定モンスターに会うこともなかった。イズは戦闘力を手に入れはしたものの下準備が必要になるタイプであるため、熱帯魚しか見つかってないうちは安全に三人での狩りをすることに決めたのだ。
「普通のモンスターも出てこなくなった訳じゃないから、やっぱり一人は不安ね」
「今ならやれると思うけどな。大砲とか作れるようになってるしよ。咄嗟に取り出せさえすれば結構ソロでも戦えるだろ」
「もう、アイテムもタダじゃないのよ?使ってもしばらくすればまた使えるようになるスキルとは訳が違うんだから」
イズはそう返すものの、ソロでの戦闘が不可能でないことは事実である。それは前回のイベントで最高難易度に挑戦できたことからも明らかだ。
「討伐数は稼げるものの、やはりこれだけでは物足りなく感じるものだな」
「まあ……轢殺で片がつくからな。ただ、素材探しは楽に越したことはないだろ。強いモンスターもプレイヤーも会いに行こうと思えばいくらでもいるんだしな」
「ふむ……それもそうか」
楽に済ませられることは楽に済まそうとカスミはハクに指示を出して次々に熱帯魚を轢き殺し、嚙み殺し、討伐数を積み上げていく。
そうしてフィールドの一角でひたすらハクを這いずらせていると、連絡通りメイプル達がやってきた。
「おーい!」
「二人が来たか。ハク、止まれ」
カスミはハクを停止させると頭を地面近くまで下げさせる。
「二人は順調か?」
「うん!ここに来る途中も馬で走りながらたくさん倒してきたよ!」
「そっちも順調そうだね」
「ああ、これだけ脆いと手こずることもない」
「で、メイプル」
「はいはーい!イズさんこれです」
メイプルがイズに水の塊を手渡すと、イズはすぐに新しい素材の獲得によって製作方法が解放されたアイテムを確認する。
「えっと……作れるのは水中での活動時間を伸ばせるアイテムね。今までに作れたものよりも強力なものみたいだから、水中探索が捗るんじゃないかしら?」
「なるほどー。海とか湖とかたくさんあるし……」
メイプルはうんうんと頷く。サリーとしても水に関するアイテムの素材だと考えていたため概ね予想通りといったところだ。
「言ってた通り次にいつ集められるようになるか分かんねえしな。ここは熱帯魚以外のモンスターを探す方に切り替えるか」
「そうね。そうしてくれると助かるわ。合計討伐数も順調に伸びているもの」
こちらもまた予想通り、凄まじい勢いで討伐数を増やすプレイヤーがいるためか合計討伐数は目標達成に向けて順調に推移している。討伐数稼ぎを第二目標にして、素材探しをしても問題はなさそうだった。
「それにハクなら狙わなくても雑魚は巻き込んで倒せたりするしな。ついででも十分稼げるだろ」
「残りの三人にも伝えておいて……よし。私達はとりあえずサメを探してあちこち回ってみます」
「ああ、この辺りは私達に任せてくれて構わない。現状手に負えないものに出会ってもいない」
メイプルとサリーは何かあったらいつでも呼んでくれればいいと伝えてまた馬に乗って駆けていく。カスミもハクに再び命じて、メイプル達の言っていたサメを探し始めた。
「これくらいなら新しく取ったスキルは使わなくても問題なさそうだな」
「ああ、私もまだ使ってはいないな」
クロムとカスミがメダルで手に入れたスキルは戦闘時に役に立つものなため、激しい戦闘が発生しない限りは使われることはないのだ。
「私はアイテム製作時に一定確率で完成品の個数が増えるスキルにしたから、戦闘よりではないわね」
「おお、でもこれでさっき言ってたコスパも少しは良くなるだろ」
「そうね。二人のスキルは何かしら?」
「そうだな……ちょうどいいモンスターでも出ればいいんだが」
「……?ふふ、どうやらメイプルが運を分けてくれたらしい。出たようだ」
そう言うカスミの視線の先にはふわりと優雅に空を舞うマンタの姿があった。三人はそれがメイプル達が言っていたサメのようなものだと確信する。となれば逃がすわけにはいかない。
「カスミ、向かってくれ!」
「ああ!」
カスミはハクのスピードを上げると一直線にマンタの方に接近する。すると接近に気付いたマンタの口元に青い魔法陣が展開され、そこからメイプルを跳ね上げた時のような大量の水が放たれる。
「言ってたら使い所だ!任せろ【守護者】!」
クロムがそう言い放ち盾を構えると、三人を飲み込まんとした水流をクロムが全て受け持って耐え切ってしまう。
「発動してから少しの間受けるダメージを減らして周りを庇う。状態異常も効かないおまけ付きだ!ま、一般人用の【身捧ぐ慈愛】だな!」
【身捧ぐ慈愛】と異なり自身の受けるダメージが減少するためクロムの防御力でも実用可能なのだ。
「なら私も見せるとしよう。【武者の腕】【三ノ太刀・孤月】」
カスミはスキルによって跳躍すると水を吐き切ったマンタの上を取ってそのまま斬撃を繰り出す。両脇に浮かんだ腕と共に斬りつけられたマンタは大きくよろめくもののそのHPはゼロにはならない。
カスミは地面に向かって落ちていく中体勢を立て直し再び刀を構える。
「【一ノ太刀・陽炎】!」
落ちていく途中でもスキルの効果によって本来人には不可能な動きも可能になる。カスミはスキルによってマンタの目の前まで瞬間移動するとそのまま斬りつけてさらにダメージを与える。そうして再び落下していく中でカスミは新しく取得したスキルを発動させた。
「【戦場の修羅】」
カスミの体から発動を表す赤い光が立ち昇る。クロムは【挑発】によってマンタの攻撃を再度引きつけながらその様子を見ていた。
「【三ノ太刀・孤月】!」
カスミは先ほど使ったばかりのスキルを再発動し再び物理法則に囚われない加速によって上昇し、マンタを斬り裂きながら上空へ抜ける。となれば次はまた同じように落下に移るわけだが、マンタのHPバーは残り少なく、カスミはトドメをさせることを確信した。
「【一ノ太刀・陽炎】!」
何か新たな動きがある前に終わらせるとばかりにカスミは再び瞬間移動し刀を振るうと、何か抵抗することもできずにマンタは光となって消えていった。カスミは光の中に残った水の塊を片手でキャッチすると、ハクを呼んで空中で器用に体勢を整え頭の上に着地する。
「……曲芸師にでもジョブチェンジしたみたいだったぞ?」
「ふふ、正にゲームの中って動きだったわね」
「ああ、ああいった動きは慣れるのに少しかかったが……私の手に入れたスキルは一定時間スキルのクールダウンを大幅に短縮するものだ。デメリットは効果時間中に何も倒せなかった際に全てのスキルがクールダウンに入ることだ」
「おお……またそりゃあピーキーな……その分強くはあるか。さっきの空中移動はそのスキルがないとできなかったんだろ」
「他にも移動系のスキルを上手く使えばより無理に跳ね回ることも可能だな」
「う、胡乱な動きだ……」
「皆強くなって頼もしいわ。より手助けのしがいがあるわね」
「うーん、俺は堅実に行き過ぎたかあ?」
「ふふっクロムはそれでいいと思うわよ」
「同感だ」
それを聞いて納得いったようないかないようなそんな顔をしているクロムなのだった。
クロム達の元から離れて馬に乗ってフィールドを走り回る二人。メイプルはというと落ちないように片手でサリーに掴まって、もう片手はガトリングに変えて道中ポツポツといる魚の群れを撃ち抜いていた。
「これが流鏑馬かあ……」
「百発百中!じゃないけど……百発撃ったらちょっとは当たるよ!」
「流石に射撃も上手くなってきたんじゃない?盾使ってて射撃上手くなるのも変な話なんだけどさ」
「ふふん、ウィルバートさんみたいに百発百中目指さないとね!」
「あはは流石にあれは無理そうだなあ。ま、撃ち漏らした分は……【サイクロンカッター】!」
サリーがそう言うと、メイプルの銃撃をかろうじて生き延びた魚群に風の刃が直撃し、トドメを刺していく。
「うん、命中」
「すごーい!」
手綱を握ってかなりのスピードで移動しながら、さらにモンスターにも攻撃するのは難しいことだ。前方不注意で障害物にぶつかってしまわないようにしつつ、サリーはメイプルが倒し切れなかった魚群を時に振り返って、時に横を向いて的確に倒して、素材のドロップがないことも確かめる。
「足りないところは私が埋めるよ。でも百発百中狙ってみて?」
「おっけー!」
そうしてしばらく走り回っていると何体かサメやマンタ、タコやイカなど大型のモンスターにも出会うことができた。ただ、どれも大量の水による攻撃をしてくる程度でそこまでの脅威ではない。
事実、倒していくにつれて馬から降りる必要がないと感じたサリーは、メイプルにひたすら射撃させながら馬の最高速で攻撃を躱し距離を取って固定砲台メイプルにより撃破を繰り返していた。
「んー、降りる手間も省けていい感じ」
「すごいね。馬に乗ってても避けれちゃうんだ」
「攻撃は単純だし、ある程度読めば大丈夫」
そうして倒してはドロップアイテムを拾うのを繰り返す。討伐数は大型モンスターも一体としか換算されないが、イズの欲しがっていた素材が確定で手に入ることが分かったため、他のプレイヤーに倒される前に優先して倒すことにしていた。
「まだ一日目だし、少し経てばどこに出やすいとかも分かってくるかな」
「そうしたらもっと集めやすくなるかな?」
「うーん、人が集まると競合相手が増えるし一概には言えないなあ」
「あーそっかあ。じゃあ穴場を見つけないとだね!」
「それが一番だね。だからこうして走り回ってるって感じ」
七層を選んだのには、二人で使えるちょうどいい移動手段があったからというのももちろん含まれる。さらに、他の層と比べて広い七層ならばサリーの言うような競合も起こりにくいのもいい点と言える。
とはいえ馬は誰でも手に入れることができるものであり、サリーと同じようなことを考えて行動しているプレイヤーも当然何人もいるわけだ。
「あ」
「おー、サリーだー。どう調子いいー?」
正面からやってきたのはそれぞれ馬に乗った二人組。【集う聖剣】のフレデリカとドラグである。
「ん、まあまあって感じかな。いい狩場探してのんびりやってるよ。そっちは?」
「同じ感じー。魚の群れ以外も倒したけどちょっとねー」
フレデリカがドラグの方を見るとドラグが所感を述べる。
「前回のイベントのモンスターは倒しがいがあったが、今回は手応えがないぜ」
「弱いよねー」
それはメイプルとサリーも感じていることだった。前回のイベントでのモンスターが強めに作られていたのは間違いないが、それを差し引いてもHPや攻撃パターンの量は大したものではない。
「まあ、それは私達も感じてるかな」
「うんうん、でねー。私達もこうして何か隠し要素が無いか探して回ってるわけ」
【集う聖剣】は所属人数も多く、全てのギルドメンバーが探索に出ていて何も見つからないとなると隠し要素が考えられる。
「うん。でも、交換材料にできるような情報はまだ持ってないかな。これは本当」
「当てが外れたな。フレデリカ」
「サリーとメイプルのことだからさっくり何か見つけてるかと思ったんだけどなー」
「じゃあ見つけたら連絡するよ!ね、サリー」
「そうだね。あ、その時はもちろんそっちの情報と交換で」
「いいの用意しとくねー。期待してるよー?じゃあねー」
「また何かあったらな。で、対人戦も楽しみにしてるぜ」
「負けません!」
「おう、俺達もだ」
フレデリカは二人に小さく手を振ると馬を進めるドラグの隣を行き、しばらくすると見えなくなった。
「情報かあ……て言っても特に何も手がかりないんだよね」
「そうだね。じゃあちょっと探索先を変えてみる?」
「……?別の層に行くってこと?」
メイプルがそう言うとサリーは首を横に振る。フィールドを駆け回っていても特にこれ以上何かが現れることはなさそうだった。であれば、別の区分と言える場所を探索すれば何かが見つかるかもしれない。
「ダンジョン。何回かダンジョンに入ってみない?」
「あ、そっか何か変わってるかもしれないもんね!」
「そうそう。で一回じゃ分からないかもしれないから何回か入る」
「じゃあぱぱっとボスまで行けるところがいいよね」
「何もなさそうならまたサメ探しに戻る感じで。まだ始まったばかりだし、まずは色々把握するところからだね」
「うんっ!」
メイプル達も七層のダンジョンはいくつか攻略済みである。二人はその中から簡単にボスまで行けるものを選ぶとダンジョンに向かって馬を走らせたのだった。